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2007年5月

谷川岳・一ノ倉沢・衝立岩・中央稜

2007年5月27日

 明るくなる前に取り付こうということで、2:15に起床。まだ真っ暗です。しかし星が見え風はなく天気は上々。出合について食事を取り早々に出発。他にも登はんするパーティーが支度をしているようですが、同じ中央稜を登るパーティーに先を越されると、終始待たされることになったり、落石の危険も高くなります。一番に取り付くに越したことはありません。ヘッドランプを点けてアプローチ道から雪渓を進みます。
 テールリッジを登っているとぼんやりと明るくなってきました。下を見ると、雪渓を歩く灯りが見えます。充分距離は離れていますが、もたもたして追い越されるわけにはいきません。4時半過ぎに中央稜の取り付きに着き、すぐに登はんの支度をします。この日も終了点から同ルートを懸垂下降することに決めていました。次回は北稜を降りたり、あるいは国境稜線に抜けたりしてみても良いでしょう。4:50登はん開始。

 1ピッチ目、同行者のリードで始まりました。緩い凹角っぽいところを登ります。後ろから来ていたパーティーが追いついてきました。同じ中央稜です。早く出て良かった。 452093676_52s
 2ピッチ目、左側のルンゼ状のところを登って行き最後にカンテに出るようなのですが、ルート図にある25mⅡ級という感じではありません。たしかに出だしは何でもありませんが、上部はⅡ級よりは難しそうです。登ることそのもは何でもありませんが、ルートが間違っていたら嫌だなぁと思いながら進むと、右のカンテに出るあたりハーケンがいくつかあったのでそこでピッチを切りました。ロープの残りも少なかったので。
 同行者が登ってきたところで、ここを支点にするのは危険だからと数m右に回りこんだところでピッチを切りなおしました。うーむ、反省。
 登はん中、左の岩壁を見ると、中央カンテらしきところを登っているパーティーがいます。と、そこで落石がありました。どうやら上にいる人が落としたようで、人の頭ほどもある石がセカンドの人のちょっと下でバウンドして落ちて行きました。ひえ~。あんな石の直撃を食らったら一たまりもありません。頭にぶつかろうものなら即死です。
 さて、ロープの関係で3ピッチ目も私がリード。登って行くと懸垂にも使えるような支点があったので、そこで切りました。目の前にルート図のとおり4ピッチ目が見えています。
 4ピッチ目、同行者のリード。出だしのフェースは何でもありませんが、チムニーでちょっと苦戦していたので左のフェースに抜けるように言いました。
 5ピッチ目、登った先で右上を見るとピナクルっぽいものがあるので、ルート図に従いそこでピッチを切りました。

 最後の6ピッチ目を同行者がリードして終了。7:30。2時間40分の登はんでした。まあ、順調です。後続パーティーは上に抜けて北稜を降りるとのことです。彼らの脇を懸垂下降で通りました。途中、ロープがひっかかってしまい、同行者が登り返して回収するということもあり思った以上に時間を食ってしまいました。それに山の上のほうがどんどんガスってきて気がつくと見えなくなっていました。風も出てきて寒いです。我々はもう降りるだけなので気が楽ですが、まが南稜を登り始めたばかりのパーティーなどはこれから大変でしょう。我々も中央稜をもう一回登ろうかなどと話していましたが止めました。
 取り付きに戻り荷物を回収し、さらにテールリッジ取り付きでピッケルを回収して、駐車場に戻りました。まだ10:30です。早いなあ。昨日、望遠鏡を覗いていた男性が今日もいて、北稜下降中のパーティーを見せてもらいました。

 天気が良いので、あちこち寄りながら帰っても良かったのですが二人とも寝不足で疲れていたので早々に帰ることにしました。午後3時には東京に着いていました。
  そんなこんなで、前から登ろう登ろうと思っていた谷川岳の岩場を登ることができました。今回のルートは入門者向きということですから、これからもいろいろなルートに挑戦してみたいです。

谷川岳・一ノ倉沢・烏帽子沢奥壁・南稜

2007年5月26日

 前週は雨のためテールリッジ取り付きまでの偵察に留めて帰った谷川岳一ノ倉沢。今回は好天に恵まれ予定どおり行くことができました。
 谷川岳といえば、北アルプスの剱岳・穂高岳と並ぶ日本三大岩場の一つ。遭難者の多さでも有名で、その数は600有余名。麓には岩登りなどで亡くなった人達の名前が刻まれた慰霊碑もあります。
 一ノ倉沢にある烏帽子沢奥壁・南稜と衝立岩・中央稜は、谷川岳の入門ルートということで、初めて谷川岳を登る私にはちょうど良いルートです。土曜日に南稜、日曜日に中央稜を登りました。

 さて、例によって金曜日夜に発って関越道を行きます。あいにく雨が降っていますが、天気予報では未明には雨があがって翌日は晴れるとのこと。天気の変わりやすい谷川岳ではその予報どおりになるか心配でしたが、まずは先週と同じく登山指導センターで仮眠しました。
 深夜1時半頃に寝て起きたのは3時。とにかく眠いです。外は風が吹いており寒いですが、雨はあがって晴れています。この風なら岩場が早く乾いてくれるかもしれません。車で一ノ倉沢出合まで移動しました。既にゲートが開いているので一般車もここまで来られます。装備を身につけて、明るくなった4時過ぎに出合を出発。右岸のアプローチ道から雪渓に降り立ち、雪の上をテールリッジ目指して登って行きます。登りでは必要ありませんが、帰りの下りの際に杖がわりにするためピッケルも持って行きました。
 テールリッジの突端に着き、そこにピッケルをデポします。ただ置いておくだけなのですが。風が吹いているためか岩場は既にけっこう乾いている感じです。それでもここからは慎重に登っていきます。テールリッジというのは一ノ倉沢に向けて細く長く伸びている尾根のことで、このあと南稜を登り上から見下ろすと確かに尻尾のように伸びているのが分かります。

 岩場や潅木帯のあるテールリッジを登っていくと岩壁が眼前に迫ってきます。落石などがいつ起こるか分からない危険地帯に踏み込んでいるという緊張感が増してきま452087430_106sす。テールリッジをつめた所が中央稜の取り付きです。出合からここまで1時間ほど。そのまま左へトラバースして南稜の取り付きとなる南稜テラスを目指します。南稜テラスに向かうには烏帽子沢奥壁の下を横切る形になるのですが、この壁は脆くて落石が多いらしく、足元にも砕けた石が無数に散らばっています。こんな危険な場所に長居は無用です。立ち止まることなく通過します。
 南稜テラスに着いたのは5:45、ここからいよいよ登はん開始です。途中誰に会うこともなかったので、この日一ノ倉沢に入ったパーティーで我々が一番乗りのようです。登り終えた後に懸垂下降して再びここに戻ってくるので、荷物を極力減らすため使わないものをビニール袋にまとめてここに置いておきます。ここでクライミングシューズに履き替えます。すると2人組のパーティーが追いついてきました。出発が少し遅かったらこのパーティーの後に登ることになっていたところです。ルート図によると途中の草付きを含め全7ピッチ。ダブルロープ2本をお互い結んで、6:10に登り始めました。

 1ピッチ目、まずは同行者がリードで登って行きます。直上した先で少し右に行きさらにその先のチムニー状を越えます。このチムニーでちょっと手こずっていたようですが頑張って抜けました。続けてセカンドの私も登ります。
 2ピッチ目は入れ替わって私のリード。易しい岩場を登っていくと草付に出ました。ほとんどランナーをとることもなくワシワシと草付の中を登っていき、途中でピッチを切りました。どうやら既にルート図でいう3ピッチ目に入り込んでいるようです。
 3ピッチ目にあたる草付と4ピッチ目は、同行者のリード。このようにトップが交替しながら登っていきます。つるべ登はんといいます。
 なので5452087430_214sピッチ目は私。たしかここで私がリードしている時でしたでしょうか。突然、ゴオオオ~という轟音があたりに響き渡りました。ジェット機でも飛んでいるのかなぁと空を見上げましたが、それらしいものは見えません。と、下を見ると、大量の雪が雪渓の上を滑り落ちているではありませんか。どうやら上部で雪が崩壊したようです。リード登はん中にも関わらず、思わずカメラのシャッターを押しまくりました。写真を載せたのでご覧下さい。場所は3ルンゼのようです。あの下にいたらひとたまりもありません。表層雪崩のように細かい雪ではなく、無数の塊が落ちているような感じでした。
 さて、左上方には馬の背リッジが迫ってきます。6ピッチ目は同行者が頑張って登りました。ビレイしている所は、近くの壁を流れる水が風に巻き上げられて濡れているようです。
 最終7ピッチ目は私のリード。ルート中の核心です。垂直に近い壁らしいですが、ホールドはいくらでもあるので難しいわけではありません。ただ、水で濡れているのが困りものです。いつも乾いた岩ばかりを登っているので、持ったホールドや立っている足元がいつ滑るかも知れないというのは、けっこう緊張を強いられます。足を滑らせないようにゆっくりと登り、テラスに抜けることができました。時刻は9:10。後続パーティーも登ってきます。

 さらに登っていき、国境稜線に抜けることもできるのですが、今回はそれをせずに登ってきたところを下降します。荷物を下にデポしてあるし。最初は隣接する6ルンゼ右俣をラッペルします。ここでちょっと手間取ってしまったので、登はんルート沿いに下りた後続パーティーにいつの間にか抜かれていたようです。中央稜を登っているパーティーが見えます。懸垂下降に相当時間がかかり南稜テラスに戻ったのは12:30。三時間もかかってしまいました。登るのと同じだけ時間をかけてしまったのはいただけません。反省せねば。
 ここからの下山ではロープを使わない分、より慎重に行かないとなりません。烏帽子沢奥壁下部を横切り、途中中央カンテや中央稜の取り付きを確認して、テールリッジを降りていきました。テールリッジの取り付きでピッケルを回収しました。

 出合には一ノ倉沢を見に来た観光客がたくさんいます。一人の年配男性が話しかけてきたので、南稜を登ってきたと答えると、この男性も40年くらい前に谷川岳の岩壁を登っていたとのことです。今の化繊のロープと違って太くて重い麻のロープで、水を吸うと身体を締付けるように重かったそうです。
 今は谷川岳を登はんする人はめっきり少なくなって、いても年配の人がけっこう多いようです。我々のように若い(?)パーティーは少ないのかも知れません。今年は残雪が少なくてガッカリしたとも言ってました。昨年は出合でもずいぶん雪があったそうです。
 さらに、別の男性が望遠鏡を覗いていて、見せてもらうと北稜を下降しているパーティーの姿がけっこうハッキリ見えます。遠くから見られているかと思うと、岩登りの最中もヘタなことはできませんね。6ルンゼの下降でもたついていたのは隠れて見えないので良かったですが。

  湯テルメ谷川という立ち寄り温泉で汗を流し、水上の町の定食屋ではテレビの大相撲中継で白鵬が優勝を決める取組を見ながら、空腹を満たしました。今夜の寝床は例によって登山指導センターです。明日はさらに早い起床なので早々に寝
ました。

T-WALL江戸川橋

2007年5月23日
 一昨日の水曜日、いつもの江戸川橋へ。
 まだ皆さんが仕事をしている時間から登っていたので、空いていて沢山登れました。

一ノ倉沢、男体山、軽井沢

2007年5月19・20日

 19・20日の週末はいよいよ谷川岳を登るはずでしたが、あいにくの雨で登攀を断念し、テールリッジの取り付きまでの偵察だけとなりました。私にとっては初めての谷川岳登攀となるはずでしたが仕方ありません。
 ちなみに、谷川岳の岩場を登る際は、群馬県の条例で事前に危険地区登山届というのを出さなければなりません。

【谷川岳・一ノ倉沢】
 さて、例によって金曜日夜に出発し関越道の水上ICを降りました。雨の降る中、天神平へのロープウェイ乗場の少し先にある谷川岳登山指導センターに到着。ここは日中、山岳警備隊の人がいるところで、夜は登山者が仮眠できるようになっています。
 翌朝まだ暗いうちに一ノ倉沢出合に移動。少し雨が降っています。例年は6月1日にならないと林道のゲートが開かないそうですが、今年は雪が少ないため早くも5月始めには開いたそうです。そのおかげで出合まで車で行けました。出合の駐車場に車を停め、一ノ倉沢を見に行きました。上のほうはガスって見えません。有名な衝立岩は見えました。
 登攀装備を持たずにとりあえずテールリッジに向けて登って行きました。しばらく踏み跡を進み途中で雪渓の上に降り立ち登って行きます。この雪渓が融けてなくなるとヒョングリの滝というのが現れて、渡るのが大変になるそうです。さて、テールリッジの取り付きにたどり着きました。予定ではこの日は南稜を登るはずでしたが、弱いながらも雨が降っているので諦めて車に戻りました。この日南稜に行けたら翌日は中央稜に行く予定でした。

【日光・男体山】
 これからどうしようかと相談して日光の戦場ヶ原に行くことにしました。途中、睡眠不足で仮眠を取ろうと、奥利根から片品に抜ける県道の峠で30~40分ほど寝て起きたら車のエンジンがかかりません。見るとライトが点けっぱなしでバッテリーがあがってしまったようです。以前にもバッテリーがあげてしまったことがあり、たったこれだけの時間であがってしまうとはいよいよ弱っているのかもしれません。交換するときは国産のバッテリーにしないと。
 さて、この道、めったに車が通りません。JAFを呼ぶこともできますが、到着に時間がかかります。他の車が通るのを待とうということになり、雨の中、車中で待ちました。10分ほど経った頃、車の近づく音が聞こえたので、慌てて外に出ました。手を振って三菱デリカに停まってもらいました。バッテリーがあがった旨を伝えるとドライバーの男性は快く応じてくれました。ありがとう~。デリカのバッテリーは助手席の下にありました。ケーブルでつなげ、あっさりエンジンがかかりました。電気が溜まるまでしばらくはエンジンを止めないようにしないと。
 そんなこともありましたが、金精峠を超え、無事戦場ヶ原に到着。同行の人は以前ちょくちょくここにハイキングに来ていたそうで地理にけっこう詳しいです。戦場ヶ原を何時間か散策しようかとも思ったのですが、せっかくだから男体山に提案しました。こちらはすっかり晴れているし。私ははるか昔の学生時代に日光白根山と合わせて登りに来たことがありますが、同行者は初めてとのこと、中禅寺湖に面する神社が登山口となっており、そこで一人500円を払います。もらったチラシには登り4時間とあります。以前に登った時はそんなにかからなかったはずです。半分の2時間で登ろうと宣言し、早足で登って行きました。途中、ヘアピンカーブの連続する車道では斜面を直登しショートカットもしました。4合目からは再び山道に。7合目あたりになるとさすがにスピードが落ちてきしたが、ぎりぎり2時間以内で頂上に到着。中禅寺湖が模型のように見えます。記念写真を撮ってすぐに下山。下りは1時間ちょっとくらいだったかと思います。
 帰りは片品から川場に向かう途中にある花咲の湯という温泉に寄って汗を流し、カルビラーメンを食べスーパーで買出しをし、再び登山指導センターで泊。

【軽井沢】
 日曜日はまだ暗い3時に起きました。しかし外はまたもや雨。一応、出合までは行きましたがさっさと諦めました。で、向かった先は軽井沢。登山モードから気分をさっさと切り替えました。軽井沢へは下道を100キロほど走ります。途中、けっこういい速度で走ったりもしたので、軽井沢に着いたときはまだお店が開いてませんでした。
 軽井沢銀座というらしい商店街を見たり、大きなアウトレットモールを見て回り帰りました。毎週末、山に行っていると買い物をする暇もないので、この日少しながら服や靴を買えて良かったです。安かったし。帰りもひたすら下道を走りました。

T-WALL江戸川橋

2007年5月16日
 小川山で擦り減った指の皮がまだ回復しきっていないのですが、いつもの江戸川橋に行ってきました。

小川山でクライミング

2007年5月11夜~13日

 この週末は小川山へ。ゴールデンウィークでは雪山を歩いてばかりで、一方で次の週末からは谷川岳に入るので、ここは岩登りに慣れておこうということになったのです。

【第一日】
 金曜日夜に東京を出たものの睡魔のため途中のサービスエリアの車中で仮眠。翌朝、廻り目平キャンプ場に到着。今回は、ルートとボルダーの両方を楽しもうというのが目的です。一緒に行った人がボルダリングというものはクライミングジムでしかしたことがないから、外の岩でやってみたいと言っていました。ルートと違ってロープで確保しないので、落ちたら危なくないのかと心配していましたが。友人から借りていてずっと私の部屋に保管されているクラッシュパッドを車に積んで行きました。へなちょこの私はボルダリングの登り方そのものは教えられませんが、小川山には黒本を片手に何度も来ているので、岩の場所やその岩の課題の箇所くらいは案内できます。

 というわけで、まずはヴィクターへ。ところが行ってはみたものの身体が慣れていないせいか私はまるで登れず。一緒に行った人は右端の易しい課題で初めてのボルダリングを楽しんでいるようです。 Cimg3699
 早々に諦めて今度はルートを登ることにしました。目指すはマラ岩。TVのお正月特番でキムタクが登っていたというルー トを登りたいというので行くことにしました。(年末年始の槍ヶ岳山行から帰った翌日、実家で休んでいたら一緒に槍に行った山仲間から電話がかかってきて、キムタクが岩登りしていると言います。テレビをつけたところ終了点についたところでした。あとで聞いたら川上小唄という5.8の易しいルートだろうとのこと。たしかトップロープ2本で確保して登っていたかと思います。
 水の冷たい沢を素足で渡渉し、マラ岩に到着。各自リードで登りました。終了点からは岩の向こう側が見渡せ、廻り目平が一望できます。登ったのはここだけで、途中、カサブランカCimg3721というルートを見ながら再びテント場に戻りました。この日は、残った時間はずっとボルダリングをしてました。
 有名なクジラ岩では、表側・裏側それぞれをいくつか登りました。人が多くなかったので、登れもしないのにエイハブ船長にも手を出したりしました。あとはスパイヤーという岩やウイスキーボトルという岩の優しい課題をいじってから、水晶スラブ下エリアへ。犬岩を登っている頃にはだいぶ指が痛くなってきました。
 さらに、親指岩を見に行こうということになり、昨秋登った小川山レイバックはここだよと案内しました。裏側のクレイジージャムを見に行ったらちょうど誰から完登したところのようです。帰りに哲学岩などをいじって、この日は終了。あまりの睡魔に夕食をとることもなく寝てしまいました。

【第二日】
 前日はボルダリングばかりしていたので、今日はルートをたくさん登ることにしました。まずは小川山ストーリー。これも易しいルートなのですが、昨夏来たときには途中敗Cimg3755退という惨めな結果だったので、なんとしても登っておかなければなりません。というわけで各自リードを登りました。なんであの時は登れなかったんだろうという思いです。つぎに各自トップロープでも登りました。トップロープだとものすごく易しく登れてしまいます。続けて、同じグレードである隣りの小川山ストリート。同様にリード・トップロープで。上部がストーリーより難しいというのですが、ルートが短い分易しいように感じました。
 つぎに兄岩へ。ここで先日の剱岳で一緒に雪洞に泊まった人にばったり会いました。私と一緒に行った人は、その人の同行者も知っているそうです。せまい業界だなぁと思いつつ、ガンバレクマさんというルートを登りました。その人達も同じところを登りました。隣りのルートも登り、兄岩はこれでおしまい。帰りだけに弟岩の下部のルートをちょっと登りました。
  残った時間は再びボルダリング。クジラ岩の周りにある岩をいくつか。スパイヤーという岩の右上する課題は前日登れなかったのですが、今日は何度かトライした結果なんとか登れました。登れたところでボルダリングを終了。金峰山荘のお風呂に入って帰りました。一緒に行った人もボルダルング体験は新鮮で楽しかったようです。そのうち御岳や三峰にも案内しようかな。

T-WALL江戸川橋

2007年5月9日
 9日、ちょっと間が空きましたが江戸川橋へ。
 これ以上間を空けると、それまでジムに通っていたのが無駄になりそうだったので、ちょっと無理して行きました。
 行ったら行ったで、楽しく登れました。

剱岳・八ツ峰上半部

     2007年5月2夜~5日
 GW後半戦は、北アルプス剱岳の八ツ峰上半部へ。鹿島槍東尾根よりグレードが高いとのこと。
 鹿島槍から帰って中二日で再び行くので洗濯や準備はもちろん体力的になかなか大変でした。メンバーは4人で、リーダーを含め3人は鹿島槍にも行ってます。
 計画は以下のとおり。3日、扇沢からアルペンルートを通り室堂へ。別山乗越を経て剱沢を降り、長次郎沢を登り、八ツ峰の5・6のコルで泊。4日、八ツ峰上半部を登り、池ノ谷乗越で泊。5日、チンネへ。左方ルンゼから左稜線。再び池ノ谷乗越で泊。5日、剱岳本峰を経て室堂へ。アルペンルートを経て扇沢へ。

【第一日】
 2日の夜に駅前に集合し、中央道経由で扇沢へ。未明の3時半に車中で床に就き2時間だけ寝て5時過ぎに起床。眠いのを我慢して荷物をまとめ、長い列に並んでアルペンルートのチケットを買い、始発に乗りました。私はアルペンルートは初めてです。トロリーバスやロープウェイ、ケーブルカーを乗り継ぐこと約2時間、快晴の室堂に着きました。別山乗越が遠くに見えます。 Cimg3536
 歩き始めて少し行くと、ちょ っと凍ったところがあり、滑るのが怖かったのでさっそくアイゼンを装着しました。雷鳥平のテント場に降りつくと、いよいよ別Cimg3557山乗越への登りです。重い荷物に耐えて少しずつ登っていきます。アンダーシャツ一枚で登っていたら風が出てきて寒くなり、たまらず着込みました。そんなこんなで別山乗越着。目指す剱岳が見えます。ギザギザしててかっこよいです。ここからはいくつかの小屋を脇に見ながら剱沢をどんどん下っていくのです。リーダーはフリートレックというショートスキーを履いて滑り降りていくのですがCimg3566、ちょっと苦戦しています。3月の富士山で左手指を骨折し、固定のための針金がまだ指から飛び出している状態なので、転倒する際にも神経を使うそうです。平蔵谷を左手に見てなお降りていきます。雪崩のデブリが 雪の下に隠れていて、歩くたびに足が深みにはまります。これで相当に体力を消耗します。
 大変な思いをしながらも長次郎谷の入口に着きました。ここからは私が先頭を行くことに。当初、5・6のコルに泊まる予定でしたが今日のうちに池ノ谷乗越まで行くことになりました。そこをベースにすれば翌日の行動がずいぶんと楽になるからです。長次郎谷を登り始めたのは午後1時過ぎ。はるか前方に何人か姿が見えます。池ノ谷乗越までは標高差約900m、時間にして約4時間とのこと。大変だ。テクテクと登っていきます。
 やがてCimg3599メンバーの一人が遅れがちになってきました。先行3人パーティーは八ツ峰Ⅰ峰あたりに向かう斜面へ右へそれて行きます。私が先に登っているところで後方にいるメンバーが、誰かと話しています。どうやら一人で登ってきた人が知り合いのようです。その 人は先行パーティーと同じく右の斜面にそれて行きました。リーダーが、明日は池ノ谷乗越で一緒に泊まりましょうと言っているのが聞こえたので、その人もやはり八ツ峰を登るようです。
 前方には別の単独行者がいます。その人の後を追うように我々も続きます。遅れているメンバーとは無線機で連絡を取り合うことにして、3人で先行することになりました。だんだんとガスってきます。勾配をきつくなってきます。熊の岩と呼ばれるビバーク適地や5・6のコルの場所をリーダーに教えてもらいます。疲労がたまり足取りが重くなります。先を行く単独行者の姿がガスの向うにぼんやりと見えます。疲れて立ち止まると、すぐ後ろからリーダーからハッパをかけられます。頑張らねばなりません。
 斜度がますますきつくなり池ノ谷乗越もいよいよかというところで単独行者の人がなぜか降りてきます。池ノ谷乗越へ登る場所を間違えたかも知れないというのです。もっと左のほうではないかということです。リーダーは慌てずに逆にもっと右のほうのはずだからとトラバース気味に右上するように私にいいました。ふと見るとすぐ先に何かがいます。よく見ると雷鳥がじっとしていました。我々に池ノ谷乗越の場所を教えてくれたような感じがしました。午後5時過ぎ、ようやく到着。しかし大変なのはまだ続きます。これから雪洞を造るのです。リーダーは、遅れているメンバーが到着するまでに造るぞと言います。
 雪洞造りはこれで3度目、私も慣れてきました。斜面を落ちないようにまずは作業道を掘ります。それから穴を掘るのです。鹿島槍の時よりは少し固めですが、どんどん掘っていきます。4人分のスペースを確保するのはもちろんですが、明日も泊まることを考えると少しでも大きいほうが快適に過ごせます。ほぼ完成したころに遅れていたメンバーが登ってきました。その人が、上から雪のブロックが落ちてきてぶつかったと言うと、暗くなりガスっていて視界がきかなくてもその雪塊をたどれば雪洞にたどりつけるとリーダーが言っていました。7時過ぎに完成。造るのに2時間かかりませんでした。
 さらに雪洞前の通路を延長して、小用と大用のトイレスペースを掘りました。寝Cimg3616不足もあり食事を終えると早々に床に就きました。

【第二日】
 当初の予定は、大きな荷物をしょって5・6のコルから八ツ峰上半部を登るものでしたが、前日のうちに池ノ谷乗越にベースを造れたので、不要な荷物を置いて行くことができました。まあ、しっかり荷物を背負って下から上がっていくのが本来のスタイルらしいのですが、あまりに重い荷物でナイフリッジを行くのは危険なので、今回は軽装で良いということ にしましょう。
 長次郎谷を登るのはあんなに大変だったのに下るのはあっという間です。5・6のコルに着くと先Cimg3626行するパーティーが何人かいました。その人達が登るのを待って、二人ずつロープを組んで雪の斜面を登って行きます。ナイフリッジという両側が切り立った雪の稜線を慎重に足を運びます。私はリーダーとロープを組んCimg3650で、練習ということもありスタカットビレイでトップを交替で行い、その際ビレイヤーはピッケルと雪に刺してそれを足で踏んで押さえるスタンディングアックスビレイを何度もやりました。ものすごく急なところを登るような場面はありませんでしたが、用心と練習を兼ねて確保しながら登ったわけです。
 急な登りはなくても急な下りはあり、そこは懸垂下降しました。支点は、ボラードと呼ばれる雪を丸く切り取ったもので、それにロープをかけます。ボラードは先行するガイド山行のパーティーが作ってくれていたようで、それをそのCimg3658まま利用しました。
 Ⅵ峰、Ⅶ峰と越え、我々を含むいくつかのパーティーが八ツ峰を縦走しています。Ⅷ峰あたりで後ろから一人で登ってくる人が追いついてきて、リーダーが声をかけると返事がありました。昨日、長次郎谷で会った人のようです。八ツ峰の頭でその人が追いついたので、池ノ谷乗越への懸垂下降では一緒のロープを使って降りました。我々のパーティーの二人が先に雪洞に到着していたので、合流したその人も一緒に泊まるために雪洞を広Cimg3668げていましたCimg3669。私も到着してから雪洞掘りを手伝い、5人が寝るために前夜よりももっと大きくしました。翌日の天候の悪化が心配されましたが、天気が良い場合は5人でチンネに行くことにしました。

【第三日】
 外に出ると、上に雲が垂れ込めています。我々のいる標高と同じ高さから上くらいに雲がかかっています。富山県側はガスっています。リーダーの判断でチンネは断念して、剱岳本峰経由で下山することにしました。残念ですが仕方ありません。再び練習の意味もあって私はメンバーとコンティニュアスでロープを結び歩いて行きます。ロープでつながっている状態なので相手の歩くペースに気を使います。リーダーは、両側が切り立ったところで相手が滑落したら反対側の谷に飛び込むんだぞ、と言います。つまり、滑落した人を力で止めることはできるものではないので、稜線を頂点に両側にロープでぶら下がった状態にするというわけです。しかし、とっさの場面で谷にダイブするなどという芸当ができるかどうか、甚だ自信がありません。
 ガスっている中、頂上で記念写真を済ませ室堂へ向けて下って行きます。そのうCimg3684ち、空が晴れてきました。下ってから今度は別山乗越へ向けて登り返します。この道のりが長くて大変でした。風も冷たいです。なんとか別山乗越に着き、再び下Cimg3686りになります。するとこちら側が風がなく日差しで暑いくらいです。シリセードをしながらどんどん下って行きます。再び雷鳥平から登りようやく室堂のトロリーバス乗り場の建物に着きました。周りは一般の観光客でごった返しています。
 トロリーバスやケーブルカー、ロープウェイを乗り継ぎ扇沢に戻ってきました。鹿島槍の帰りにも行った薬師の湯で汗を流しました。この温泉には鹿島槍の際のメンバーが着替えを丸々置き忘れてしまっていたので、それを回収するという目的もあったのです。
 スーパーで買出しをして、安曇野松川という道の駅にて5人で打ち上げをしました。どうせ高速道路は混んでいるだろうからということで、翌朝帰ることにしたのです。深夜2時に起きて、八ツ峰で合流した人の車も合わせて2台で東京に帰りました。

  チンネに行けなかったのは本当に残念ですが、いつか無雪期にでも登りに行きたいと思います。それにしても剱岳まではアプローチが長くて大変でした。鹿島槍と剱岳、合わせて6日間歩きに歩いたので、ここのところナマっていた足腰はちょっと鍛えられたと思います。

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