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2007年8月

谷川岳・湯檜曽川本谷で沢登り

2007年8月24日夜~26日Dsc00407

 8月25・26日は所属する山の会の人達6人で湯檜曽川へ。私にとっては、今0708_002_edited1期3回目にして通算10回目、そして今期最後の沢登りです。前夜のうちに一ノ倉沢出合の駐車場へ行きそこでテント仮眠。
 翌日、天気は上々。しばらく林道を進み、途中から湯檜曽川へ向かって下りて行き、枝沢の武能沢で入渓。湯檜 曽川の河原を少し進むとさっそく第一関門、魚止めの滝。同行の女性が右岸Dsc00427をリードして巻きます。ちょっと時間がかかりましたが、なんとかクリア。張られたロープを頼りに皆が続き、最後に私が回収しながら行きました。
 やがて箱のよう な淵に出ます。水面がキラキラ光ってきれいです。胸まで水に浸かって冷たい冷たい。泳いで 突破するには長かったので途中左Dsc00435岸を歩きました。十字峡を過ぎ、泡返滝では左岸を私がリードしロープを張りまし0708_013た。そ の後、小滝をいくつも越えどんどん進みます。40m大滝でもロープを使用し突破。予定していたビバーク予定地は先行パーティーがいて使えず、しばらく進んだ右岸のスペースに草を払って何とかテントを二張り設営。焚き木を拾い集めて、焚き火を熾しました。 Dsc00443
 豪華な食事と沢で冷やしたビールで疲れを癒しました。

 翌日曜日も晴れ。二俣を通過し、いよいよ源頭の様相を呈してきます。詰めのヤブ漕ぎはそれほど苦労せず、やがて稜線上に出ると朝日岳の山頂はすぐそこ。ここから登山道を白毛門方面に行きます。笠ヶ岳までは5人で0708_019行き、そこからは年配3組を残して、私を含む3人が先行して下山します。一気にペースがあがり、なかば駆け下る感じです。先ほど抜かれた学生パーティーを瞬く間に抜き返します。コースタイムの約半分で土合の駐車場に到着。 0708_035_edited1
 そこで一人が荷物番で残り、私を含む二人で一ノ倉沢出合に停めてある車を回収に向かいました。車の回収に二人も行く必要はないので、私はカギを預かりジョギングしながら先に行きました。出合までは4㎞弱ですが、さずがに疲労もあり途中歩きも 挟みながら行きました。車を回収し戻ると同行者をマチガ沢のところで乗せることができました。土合の駐車場に戻ると後続の3人はまだ下りてきません。
 橋桁でキャンパシングなどしながら待っていると、後続がやってきました。帰りは、まずソバ屋で空腹を満たし、水上の温泉に入りました。
  ここのところ、黄蓮谷や剱岳で鍛えたせいか、今回の沢登りは体力的に余裕がありました。

小川山

2007年8月18~19日Dsc00379_2

  剱岳の疲れが抜けないまま中二日で8月18・19日の週末は小川山へ。ルートのほかボルダリングもしました。ボルダリングではヴィクターの三日月ハング1級をクリア。ずいぶん前からこの岩に来るたびに挑戦していたのですが、コンケーブにつながる最後のリップをしっかり持てずに落ちていました。今回は、顔の前にある極小ホールドに右手をかけ、フラッギングも安定し、そのまま左手でリップを取れました。良かった良かった。

北アルプス・剱岳でクライミング

2007年8月10日夜発~16日朝 

 黄蓮谷の疲れが残ったまま、お盆は剱岳(つるぎだけ)へ。黄蓮谷に一緒に行った人と二人です。
 日程は、10日夜に東京を起ち、16日早朝に帰ってきました。
 まず、登ったルートを先に書いておきます。
 12日:チンネ左稜線
 13日:八ツ峰Ⅵ峰Dフェース富山大ルート
 14日:  〃   Cフェース剣稜会ルート・RCCルート

■11日
 黒部川上ノ廊下を遡行するという同じ山の会の人達二人を乗せ、立山黒部アルペンルートのある扇沢へ。到着してテントを張り寝たのが既に明るくなった4時頃。トロリーバスの始発に乗るために5時には起きます。わずか1時間し か寝れませんでした。この日の行程の長さを考えると寝不足が心配です。黒部ダムで上ノ廊下に行く二人と別れ、さらに乗り物に 乗り富山側の室堂に着いたのが8時半。そこから重い荷物を背負って歩き始めます。
 地獄谷、雷鳥平を過ぎ、別山乗越への登りが始まります。真夏の日差しがきついです。この登りで同行者が早くもバテ気味です。荷物がずいぶんと重いようなので聞くと、食料の量を勘違いしてかなり余分に持って来てしまっているようです。私のザックに荷物を少し移し替え、頑張って登ってもらいます。何とか別山乗越に着。ここから剱沢へと下って行きます。途中の剱沢小屋のテント場に着いたところで、同行者が今日はここで泊ろうと言ったのですが、まずは休息を取ってそれから考えようと説得しました。この日のうちに長次郎雪渓を登り熊の岩まで行っておけば、明日、チンネに挑戦できるからです。
 少し休むと同行者の調子が回復したので歩き始めました。剱沢をさらに下って行くと途中で雪渓が出てきてそこでアイゼンを付けピッケルも手に持ちました。雪の上をザクザクと下りて行きます。いかにも岩登りに来ている他のパーティーはそのまま真砂沢方面に降りていくのですが、我々は5月の時と同じように長次郎雪渓に入ります。ここから長い長い登りが始まります。
 黙々と雪の上を進んで行きます。同行者も辛そうです。数時間ののち、ようやく熊の岩に到着。幕営指定地ではないのですが周辺の岩場の登攀のベースにするには最適の場所なのです。他にも10張りくらい既に張っていました。何とかひ1張り分のスペースを見つけテントを張りました。良かった。二人ともクタクタです。これで翌日のチンネのアプローチが楽になります。

■12日
 今日はチンネ左稜線。天気は上々。暗いうちに起きて食事と支度をしてヘッドラDsc00308ンプの明かりの中、テントを出て池ノ谷乗越(いけのたんのっこし)を目指します。50分ほどで着。そこから池ノ谷ガリーを降り三ノ窓へ。ここにも何人かが幕営していました。チンネの下部の雪渓をトラバースすると左稜線の取り付きには既に数パーティーが取り付き、我々が登り始めるまで30分ほど待つことに。チンネ左稜線はピッチの切り方にもよるが、我々はたしか全14ピッチほど。1ピッチ目は私のリードでしたが、身体がまだ慣れていないためちょっと怖かったです。しかし数ピッチ登って行くうちにだんだんと慣れてきました。背中のザックにDsc00320は登山靴とアイゼン、ピッケルが入っており重いです。つるべで登って行きます。登るスピードはおよそ速いとは言えないのですが、後続パーティーも待っているというわけではないので助かりました。
 どんどん高度を上げて行き、ピナクルの続くリッジを通過するとT5と呼ばれる場所に出ます。T5からのピッチがこのルートの核心です。時間がかかるため前に数人待っています。ここは私のリード。ホールドがたくさんあるので難しいということはありません。さらに数ピッチ登るとチンネの頭に出ます。やった。八ツ峰の頭側に少し降りて、そこから懸垂下降し池ノ谷ガリーに出ます。すぐに池ノ谷乗越。雪渓を降り熊ノ岩のビバーク地に帰着。

■13日
 登攀二日目は八ツ峰Ⅵ峰Dフェース富山大ルート。この日も天気は晴れ。熊ノ岩を出て雪渓を横断しすぐに取り付きに到着。熊ノ岩からだとアプローチが短くで楽ちんでDsc00330す。このルートは全6ピッチ。3ピッチ目が核心のようです。この3ピッチ目も私がリード。これといって難しくはないので無事通過。さらに登り続けてDフェースの頭に到着。時間がまだ早いのでもう一本登ろうと思い、まずはⅤ・Ⅵのコルへの下降。ところがここで降りるところを間違え、登り返すのに時間を食ってしまいました。下降点を見つけ無事降りることができたのですが、何かと疲れてしまったので、Dフェース一本で今日はおしまい。再び熊ノ岩へ。

■14日
 熊ノ岩での3回目の朝を迎えました。この日も天気良し。連日天気に恵まれて良かったです。今日はまずCフェースの剣稜会ルート。5ピッチのルートを終え、八ツ峰主稜を下り昨日のⅤ・Ⅵのコルを降ります。今度はAフェースの魚津高ルートか中大ルートを登ろうかと思ったのですが、学生のパーティーが先に取り付いていました。待っていると、長次郎雪渓を登ってくる二人組がいました。我々より一日遅れで剱岳入りしていた同じ会の人達で(正確には、一人は別の会の人ですが)、前日にチンネを登り、この日はDフェースを目指して登ってきているとのこと。連日、真砂沢小屋から登って来ているのには感服します。我々はそれが嫌で熊ノ岩にテントを張っているわけですから。
 学生パDsc00333ーティーがずいぶんと時間がかかりそうなので、諦めてCフェースへ移動。ここでピッケル片手にフラットソールのままで雪渓を登ったところ、同行者が滑り落ちてしまいました。距離にして10mほどでしょうか。足を擦り剥いてしまい痛々しいです。落ち着くのを待って、RCCルートを登ります。ここも別の学生パーティーが先行していて待たされましたが、途中で抜かしてもらい登りました。
 同様にⅤ・Ⅵのコルを降り熊ノ岩に戻りテントを撤収。アイゼンとピッケルを持ち、長次郎雪渓を降りて行きます。雪渓を降りている間、背中から冷たい風と暖かい風が交互に吹いて来て変な感じです。やがて真砂沢に到着。先の同会の二人組もすでに戻っていました。

■15日
 同会の二人は剱沢を登り返し室堂経由で扇沢に戻るとのこと。我々はハシゴ谷乗越経由で黒部ダムまで歩きます。
 真砂沢小屋から少し下ったところから雪渓を渡りハシゴ谷乗越への登りが始まります。暑い。乗越からは内蔵助平が一望できます。内蔵助平までの下りも長くて大変でしDsc00369たが、そこから先も大変でした。途中、右手上方には黒部の巨人と言われる丸山東壁が見えます。同じ会にこの壁によく登りに来る人もいます。黒部下ノ廊下に出ると水流が増えます。それを眺めながら延々と歩くと遠くに黒部ダムの巨大なコンクリートの壁が見えてきます。ダムの上を観光客が歩いているのも見えます。
 暑さに喘ぎながらダムの脇にある山の斜面をジグザグを登り、アルペンルートのトロリーバス乗り場へ続くトンネル入り口に到着。あまり待つことなくバスに乗れ、数日ぶりに扇沢に到着。5月にも行った薬師の湯という立寄り温泉に着いたところで同会の二人組から電話あり。今、扇沢に着いたとのこと。先にお風呂に入っていると、後から入ってきました。どうせ高速道路は混雑しているだろうからということで、この日に変えることはせず、スーパーで買出しをし、安曇野松川という道の駅へ。ビールを飲みながら買った総菜を平らげました。

■16日
 暑くて暑くてテントの中は蒸し風呂状態。未明に起き出して、がらがらの中央道経由で東京に帰りました。
 5日間の充実した山行が終わりました。

南アルプス・甲斐駒ケ岳・黄蓮谷(沢登り)

2007年8月2日夜~5日Cimg4049

 8月2日夜~5日の日程で、黄蓮谷(おうれんだに)という登り応えのある沢に行ってきました。職場の年配の男性が予てから行きたがってい た沢で、いCimg4077つも一緒に山に行っている人も加わって総勢4人で行ってきました。登山口の竹宇駒ケ岳神社から山頂までの標高差2,200m。一般登山道ではなく、沢を遡って行きます。
 天気は上々。歩き始めてしばらくは山道を歩き、不動滝のところで一旦林道に上がります。林道を進んだところで入渓します。南アルプスの天然水に浸りながら進んでいきます。滝の高捲きに苦労しましたが、初日は何とか遡行図にあるビバークポイントに到着。テントを張りました。   Cimg4079

 二日目は頂上に抜けるはずでしたが、そう甘いものではありませんでした。坊主の滝を巻くために、左岸にある谷に入っていったのがその始まり。危険な超高捲きを強いられ時間をロス。再び沢を登るも、午後になって、また捲くために右岸の枝尾根に取り付き、ヤブ漕ぎとなりました。瞬く間に夕方になりヤブのCimg4091中に見つけたスペースに無理やりテントを張って本当のビバークとなりました。斜面なので4人横になって寝ることはできません。とにかく早く夜が明けてほしい。このあたりで標高は1,700mほど。頂上が2,900mくらいであることを考えると先が思いやられます。三日目に下山できるか心配です。メンバーの中で体力的に余裕があるのは私だったので、頑張らないといけません。
 いよいよ最後の三日目。予備日がないので何としてもこの日に下山しなければなりません。沢へは降りずにこのままヤブ漕ぎを続け上を目指すことになりました。残念ながら黄蓮谷の完全遡行は失敗ということになります。それよりも今は無事に一般登山道に抜けることが先決です。私は高度計と地形図、周りの風景から大よその位置を把握できていたと思います。猛烈なヤブ漕ぎに年配の人たちは相当に参っているようです。前日の午後からこんなヤブ漕ぎ続きですから無理もありません。一般登山道を登っていくというのが、どれほど楽なことか思い知らされました。

 笹や這松を手がかりに、少しでも登りやすそうなところを縫うように進んでいきます。後の人が少しでも進みやすいようにと先頭を行きながら考えていました。地形図をじっくり見ないと見落としてしまいそうですが、登るにつれて地図どおりに枝尾根が合流してきます。これで現在地はまず間違いありません。岩場の表示も地図のとおりです。はるか先に人の姿が見えました。登山道を行く人です。やった。昼前にようやく9合目と山頂の中間あたりの登山道に出ることができました。年配の二人は相当に疲労していて、頂上へは行かずに先に七丈小屋に降りるとのことです。残った我々二人は荷物を置いて頂上を往復してきました。自身4回目の甲斐駒登頂です。七丈小屋で合流し、どんどん黒戸尾根を下って行きます。夕方、丸三日間の登山を終え神社の駐車場に帰ってきました。近くの日帰り温泉で汚れた身体を洗いました。完全遡行ができず失敗でしたが、標高差1,000以上をヤブ漕ぎしたというのは体力作りには役立ちました。

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