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2007年11月

またも事故に遭遇

2007年11月23~24日

 11月最後の週末は前週に続き伊豆方面の岩場へ。メンバーは8~9人。金曜日は城ガ崎、土・日曜日は城山に転戦の予定です。

【城ガ崎】
 金曜日の朝8時に伊東の道の駅に集合とのことで、私はパートナーを乗せ未明に出発。7時前に着くと、6人が前夜のうちに来てテントを張ってその中でまだ寝ていました。テントを撤収し出発。行き先は前週と同じファミリーエリアにしました。数日前に来たばかりなので岩場の様子は分かっています。前回と同様にトップロープを3か所張りました。二回目となるとロープを張るのにも慣れてきます。
 下に降りてさっそくクラッククライミングの開始。やがて他にも人がたくさんやって来るようになりました。シスターやファザーなど前回と同じルートを何度か登りました。そのうち、アンクルクラックで上向きのクラックに両手を入れジャミングし身体をあげたとこ071030may_058ろで左手を上に伸ばしてさらに身体を持ち上げた際に、右の手首を痛めてしまいました。どうやら捻挫してしまったようです。無理な体勢を取ったのが災いしました。この日は何とか騙し騙し登りましたが、やはり手首が痛み、前回登ったデルトイドでも苦戦しました。メンバーにはクライミング経験がほとんどない人もいて、クラックに相当苦戦しています。
 手首を痛めてはいますが、トップロープばかりでは上達しないので、例のアンクルでキャメロットをセットしながらリードしました。痛みと疲れのせいで途中1テンしてしまいましたが。
 近くの温泉で汗を流し、この日のうちに城山のある大仁に移動。皆でスーパーで買出しをし河川敷にテントを張って食べたり飲んだりしました。

【城山】
 城山の麓の駐車スペースはすでに車でいっぱい。近くに路駐し南壁の取り付きへ。すでにたくさんの人が来て登っています。見かけたことのあるガイドさんがいたり、先日の瑞牆山ハイピークルートで一緒になったパーティーにも会いました。うーむ、つくづく狭い世界だ。
 手首を痛めている私はリーダーの人とマルチピッチのルートを登る約束を断って、下でシングルピッチのルートを何本か登ることにしました。手首をちょっとひねるだけで痛みが走りますが、むしろホールドを握って力を加えている状態の方が痛みを感じなくなります。力を抜くとまた痛むのですが。そんなこんなでこの日も騙し騙し登っていました。
 

 と、その時、離れたところで声が上がりました。見ると、ガイドさんが顔を手で押さえているようです。落石が当ったようで、周りにいた人たちがすぐさま集まっているようです。私はビレイ中ですぐには動けなかったのですが、近くにいた別のガイドは救急用品を持ってすぐに走って行きました。私も救急セットを携行していたので後から行くと、顔から相当出血していて、すでに包帯などで患部を押さえていました。
 聞いた話しでは、数cmほどの石片が数10mメートル上空から落ちてきて、この人の眼と眼の間の鼻のところに直撃したそうです。周りの人達がガーゼなどを提供して、ガイドの人が止血の応急処置をしました。ケガを負ったガイドは自力で歩けるようなので、道路まで歩いて降りて、そこから救急車に乗ったそうです。
 

 この事故に遭遇し、あらためて岩場の危険性を思い知らされました。岩登りという行為に臨む以上、行う者はこれらの危険性があることを肝に銘じておかなければなりません。
 そんなことがあった城山での岩登りを終え、この日もスーパーで買出しをし、河川敷でテントを張りました。手首を痛めた私は無理を避けて翌日の登攀は止めることにしました。深夜に起き出して一路東京へと帰りました。早く手首を治さなければ。

湯河原幕岩、城ガ崎海岸、城山

2007年11月17~19日

 11月17・18日の週末は伊豆方面の岩場へ。メンバーは4人で、土曜日は湯河原幕岩、日曜日は城ガ崎海岸に転戦。さらに私とパートナーの二人は月曜日も仕事を休み城山に行くという欲張りな計画です。車は私の愛車ルーテシア。この車に大人4人プラス4人分の装備を積み込むのは大変でした。

 【湯河原幕岩】
 初日は、何度か訪れている湯河原幕岩へ。今回は正面壁に行きました。ちょっと厳しめのルートにはリーダーの人がトップロープを張ってくれたので、それに甘えて登らせてもらいました。しかし、トップロープばかりに頼っていてはいけませんから、最後にリードもしました。これがいやらしく、足はあるのに手がないという状態でバッタリと後ろに倒れそうで恐ろしくなります。何度もテンションしながらようやく終了点に抜けることができました。その後、トップロープでも登りましたが、精神的にはものすごく楽です。夕闇に追われるように駐車場に戻りました。翌日は城ガ崎で登るため、この日のうちに伊東に向かい、マリンパークという道の駅にテントを張りました。

【城ガ崎海岸】 Dsc00762
 城ガ崎は柱状節理が発達した断崖が海沿いに10数㎞に渡って続くところで、この日記を読んでいる方の中にも観光で訪れたことのある人がいるかもしれません。この断崖に無数に走るクラックをクライマー達は登りまくっているのです。私は城ガ崎に来るのは初めてで、いつもは山の中の岩場で登っているので、海を背にして登るのはとても新鮮でした。10数㎞続いているといっても、海面からそのまま岩壁が立ち上がっているところは取り付けないので、場所は限られます。
 今回、我々が訪れたのはファミリークラックエリアというところで、上に吊り橋が架かった入り江のように引っ込んだところです。伊豆高原駅近くの踏切を渡り、私営の駐車場に停めると地主のおじいさんがやってくるので500円を払います。そこから水路沿いに海に向かって歩いていきます。海に出るとさっそく見事な柱状節理の断崖が見えてきます。左手に進むと吊橋があり、そこがファミリークラックエリアです。
 いきなりリードするのは危ないので、シスタークラックの上に1本、ファザーおよびブラザークラックの上に1本トップロープを架けました。我々は懸垂下降で下に降り立ちましたが、踏み後があるので入り江状の奥からも降りていくことができます。
 前日に続き天気は快晴。海面が光って眩し過ぎるくらいです。それにこの週末に寒気がくるとの予報でしたが、ここは日差しがあるせいか暖かいです。仕度をしてさっそく登り始めます。2組に別れ、我々二人はシスターを3本ずつ登りました。ジャミングの感覚をつかむのが慣れずにものすごく力を使ってしまいます。小川山の花崗岩のようにザラザラしていない点では手の甲が傷つきにくいですが。
 

 続けて、後半が共通のファザークラックやブラザークラックを登ります。シスターに比べてクラックの幅が狭くて、指をねじ込んでバランスをとります。さらにアンクルクラックというかぶっているクラックも登りました。
 後半は、反対側の壁にあるフェースにロープを張ってデルトイドというのを登りました。慣れないクラックのあとにフェースのカチホールドなどを持つとちょっと安心します。吊り橋のあるこのあたりは観光散策コースになっていて、吊り橋の上から、登っている我々が丸見えです。
 この日は我々4人の他にファミリーエリアには登りに来る人は誰も来なくて貸し切り状態でした。午後3時半頃まで登りロープを回収して帰る支度をしました。帰りがけに、あかねの浜というエリアがどこにあるのか探しに行こうということになり、遊歩道を30分ほど歩きましたがそれらしき場所には辿り着けず、夕闇が迫っていたので来た道を引き返し駐車場に戻りました。
 日曜日であるこの日のうちにメンバーの二人は帰るので伊豆高原駅で別れました。残った我々はさらに修善寺に近い大仁(おおひと)にある城山(じょうやま)で登るべく車を走らせました。途中温泉により、この日は大仁にある道の駅にテントを張って寝ました。

【城山】
 いつもは仕事をしているはずの月曜日。休みをとった我々二人は一年ぶりの城山で登ります。実は翌週にも山の会の人達大勢で城ガ崎とここ城山に来る予定があり、二週連続で伊豆に来ることになります。城山は一年前にも大勢で来たことがあります。この城山が終わるといよいよ12月。冬山に入りたくなってくるのです。
 さて、この日も快晴で、麓の駐車スペースに車を停め12分ほど山道を登ると、南壁の取り付きに出ます。登攀の支度をしていると3人パーティーがやってきました。そのうちの一人は以前私のいる山の会にいた女性で、アルバイト先の登山用品店の人達と登りに来たようです。Dsc00785_3
 さっそくバトルランナーという3ピッチのルートを登ることにしました。昨年にも登ったことがあります。久しぶりのス ラブはちょっと緊張しました。2ピッチの小ハング越えも手こずったし。3ピッチを登り終えると懸垂下降します。さすがに三日目になると疲れがたまってきて、力が入りません。午後は下で1ピッチのルートをいくつか登って終了しました。
帰りの道は週末ほど混んでいないだろうと思っていたのですが、けっこう混んでいます。下道で箱根を越えたりして、くたくたになりました。翌週も頑張らねば。

エナジー

2007年11月11日

 七ツ石山に行った翌日の日曜日はエナジーへ。前日は足腰を鍛えたので、この日は腕や手を鍛えます。山の会の他の人達もやってきて、皆でたくさん登りました。この二日間で相当に身体を酷使したので、週明けの数日間は筋肉痛で全身が強張り辛かったです。

歩荷(ぼっか)登山in奥多摩・七ツ石山

2007年11月10日

 11月10・11日の週末は湯河原幕岩にでも行くつもりだったですが、生憎の雨で止めました。しかし、濡れて岩に登れないからといって家でぬくぬくとしているわけではありません。こんな時だからこそ、普段やらないようなことをやっておこうということで、歩荷訓練をしようとパートナーに提案しました。要は重い荷物を背負って山に登るというものです。
 ここしばらくはアプローチの短いゲレンデでのフリークライミング続きで、足腰が弱っているはずです。一方、翌月からは雪山に入る機会が増え、自ずと荷物が重くなります。年末年始には厳しい山行も控えています。
 

 そういうわけで、土曜日朝、奥多摩湖畔の鴨沢に車を停めました。雨が弱く降っています。雨具を着込み、二人それぞれザックを背負います。
 私のザックは予め計ったところ約29㎏。ロープ4本やテント2張りなどを詰め込んであります。パートナーのは推定で約25㎏。8㎏の鉄アレイを一つ入れているとのこと。二人とも極端に重いわけではありません。今年5月のGWに剱岳に行った帰りのアルペンルートの駅の秤で計った際も26㎏くらいありましたから。
 じつは、昨年12月に今回と同様に歩荷訓練と称して、私一人でこの鴨沢から雲取山の往復を目指しました。35㎏をさらに越える荷物を背負って、あまりの重さに手前の七ツ石山までで引き返したことがあります。この時は買ったばかりの重登山靴で靴擦れしたのも災いしました。
 今回も結果的には、当初予定していた雲取山往復や早々に諦め、七ツ石山を目指すことにしました。集落の間を抜け、やがて植林の中の登山道に入ります。途中、車道を越え、再び山道になります。雨なので普段よりは少ないのでしょうが他の登山者もいます。  我々二人は日帰りなのに、テント泊以上の荷物を背負っていて場違いな感じです。緩やかな登山道を登っていきます。弱い雨が降り続いています。休むと汗が冷えて寒いです。
 数時間後、七ツ石山の山頂の手前にある七ツ石小屋に着きました。中には小屋番のおじいさんがいて、登山者も2~3人休んでいます。この小屋番のおじいさんは御年79才。昭和30年からかれこれ52年もこの小屋を守っているとのことです。うーむ、スゴい。麓に家があるそうで、基本的に週末ここに上がってくるそうです。

 この小屋のファンという人達がいて、その人達の写真が飾ってあります。実は、この中に、我々二人が所属する山の会のHさんがおり、夫婦で写真に写っています。そのことを話すと、もちろんおじいさんはHさんをご存知でした。これらの人達がお酒などの荷揚げをしたり、巻き割りを手伝ったりして応援しているそうです。
無駄なロープやテントなど背負わずに荷揚げをしたほうが有意義でした。おじいさんに缶ビール1ケースで10㎏はあるよと言われましたが、それくらいなら軽いものです。小屋まで一斗樽のお酒を皆が交代で担いで登ったとのことです。一斗といえば18㎏。それに樽の重さや背負子が加わっても20㎏台のはず。機会があったらぜひ訓練と荷揚げを兼ねて登りに来たいものです。
 休憩料を払って外に出ました。荷物を置いて七ツ石山の山頂を往復しました。下りは塗れて滑りやすいところを重い荷物を背負って歩くので、足首を捻挫したりしないように登り以上に気を使います。途中、パートナーが派手に転倒して泥だらけになり大変でしたが、暗くなる前に鴨沢に戻ることができました。これから迎える冬、雪山に行くのが楽しみです。

水根沢・捜索訓練

2007年11月4日

 翌朝目が覚めると5時40分。5時に起きる予定が寝坊してしまいました。訓練開始は8時ですから、のんびりしていられません。柳沢峠経由で国道411号線を走ります。すると、目の前のコーナーをドリフトして走ってくる車がいます。漫画やテレビでしか見たことありませんでしたが、ここで遭遇するとは驚きです。こちらの車線に飛び出してこないか心配になったので速度を落として外側を抜けました。すると後に2台続けて同じようにドリフトしながら坂道を登ってきます。路面がタイヤの跡だらけだったのはこういうわけです。

 奥多摩湖を右手に見ながら水根沢入口の駐車場に到着。今朝、東京を出てきた5人にここで会いました。車を停め、水根沢沿いの道を登って行くと山荘があり、中に入ると前日から来ていた人達と合流。総勢20名超。
 訓練内容は、この先の登山道のどこかに先発した人が遭難者に見立てたものを置いておきます。これを探すのですが、見つけることそのものよりも捜索する側の現在地を確認するのが主な目的です。何人かが山荘に残り本部となります。まず私を含む1班が出発し、15分ごとに無線機で現在地を本部に伝えます。ここで今回の主役となるGPSの登場です。GPSの画面に出る緯度経度を伝えるのです。まあ、登山道上を進んでいるわけなので高度計で標高が分かれば地図上で位置は概ね分かるはずなのですが、山中でのGPSの正確さを確認する意味合いがあります。
 1班は先発隊を抜きどんどん登って行き、やがて帽子を見つけ、さらに近くでビーコPb040024ンを頼りに手袋を見つけました。来た道を下山します。途中で2班と先発隊に合流。
 ここからは来た道を下りるのではなく、登山道が不通という前提で、水根沢の沢筋を下降するのです。昨年7月に沢登りをしましたが、今回は水に濡れるわけにはいきません。ほとんどは石伝いに進んでいけますが、水根沢の沢登りのハイライトとなる半円の滝の下降ではちょっと手こずりました。右岸の灌木にロープを張り一人ずつ懸垂下降するのですが、そこから水際をトラバースするのです。慣れていればどうということもないのですが、そうでない人にとっては滑りそうで相当に恐いようです。ロープを固定したりスリングを伸ばして手がかりにしながら一人ずつ通過させます。いちおう私はそこでサポートしました。他にもハーケンを打ってロープを固定してくれた人もおり、こういう場面ではチームワークが大切です。
 そんなこんなで下降を終え、登山道に出て山荘に戻りました。反省会後に解散となりましたが、私を含む何人かはさらに河原の岩でボルト打ちの練習をしました。昨日、今日と疲れました。

瑞牆山④ 遭難

【遭難】
 後続のセカンドが登ってくる間おしゃべりをしながら休んでいると、南の方の雲海にヘリコプターが現れました。ずいぶん高いところを飛んでいるなぁと思っていたら、瞬く間にこちらに向かってきます。奥秩父の紅葉でも撮影に来たのかなと話していたら、瑞牆山山頂623122830_114sをぐるっと旋回して、付近をゆっくりと飛んでいます。やがて我々のいる大ヤスリ岩の少し下の方の登山道のあたりの上空でホバリングを始めました。我々のいる場所からはホバリングするヘリが下に見下ろせます。どうやら誰かが遭難したようです。岩がちの登山道で転倒して足の骨でも負ったのかなと話していると、ホイストで隊員が降りて行くのが見えます。いったん隊員を降ろし、ヘリはしばらく周囲を飛んでいました。どうやら下では隊員が樹木が比較的疎らなところまで遭難者を運んでいるようです。他にも手伝っている人達がいるかもしれません。再びヘリからワイヤーが下され担架を吊り上げました。救出作業を終えたヘリは再び甲府方面へと飛んで行きました。
 あと623122830_25s_3で、インターネットのニュースで知ったのですが、登山道を歩いていた50歳代の男性が突然倒れて、それを目撃した別の登山者たちが救助を呼んだとのことです。倒れた男性は死亡したとのこと で、病死らしいとのこと。病名までは載ってませんでした。ご冥福をお祈りいたします。さらにブログを検索したら、救助を呼んだ登山者グループの記録もあって、下からヘリを撮っている写真がありました。
 
 そういえば6月に谷川岳に行った際にも、我々が一ノ倉沢出合まで降りてきてからヘリが飛んでいるのを見ました。この時も我々が下降した南稜の隣りの3ルンゼで滑落死亡事故があったのです。一年中山に出かけている我々としては、これらの事故は対岸の火事では済まされません。事故に遭わないことが何よりも大切ですが、事故に巻き込まれた場合にいかにしてその危険な状況から脱出するか、セルフレスキュー技術など身につけなければならないことはたくさんあります。
写真
1:ヘリからホイストで降りる隊員
2:遭難者を収容するヘリ

瑞牆山③ ハイピークルート4ピッチ目

[4ピッチ目]
 いよいよアブミの出番です。束ねていた二つのアブミを伸ばしてギアラックにかけます。用意したヌンチャクは計22本。ネットで調べた登攀記録では支点数20とありましたから何とか足りるはずです。まずは右手の岩の上に数mほど上がってから左手の40mに取付くようです。
 手順としては、まずリングボルトにヌンチャクをかけます。ヌンチャクの上側のカラビナにアブミのカラビナをかけます。それから、アブミに乗り込み、下側のカラビナにロ623106718_58sープをかけます。手を離してレストするにはフィフィをカラビナなどに引っ掛けておきます。アブミの上段へと登り、次のリングボルトに手が届くようになったら、次のヌンチャクをかけ、さらにそれにもう一つのアブミをかけます。この二つ目のアブミに乗り移ったところで同様にロープをかけます。下のアブミを回収する際には落とさないように必ずリストループに手首を通してからはずすようにします。予備のアブミを持っているとはいえ、こんな岩壁でアブミを落としては前進できなくなってしまいます。こんな感じで繰り返していきます。
623106718_18s

 右手の 岩の上に出ると瑞牆山の山頂に登山者がたくさんいるのが見えます。こちらを見ているようです。ピッチを切るならここの方が良さそうです。陽が当って寒くないし、登っている様子も見やすいので。見上げると一定の間隔でボルトが打たれた岩壁が聳え立っています。前述したような要領でアブミを使って登って行きます。ボルトの間隔がちょっと遠いところではアブミの最上段に立ちこんで次のボルトにクリップします。ヌンチャクの数が足りなくなるかもしれないと思い下のヌンチャクを間引こうと回収しようとしましたが、後続パーティーから、間引くなら上の方に行ってからにした方が良いとのアドバイスを受け止めました。アブミ登攀の作業が延々と続きます。どれほどの時間が経過しているか分かりません。山頂からもずっと見られているようです。
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 ずいぶん登ったところで途中3か所ほど間引きました。傾斜が少しずつ緩くなり終了点が近いようです。残り少なくなったヌンチャクの数が気になります。いよいよ緩くなり這うように岩塔の天辺にたどり着きました。その時、瑞牆山の山頂からこちらを見ていた大勢の登山者から歓声が上がり、おめでとう!という声が聞こえました。ちょっと恥ずかしかったですが、こちらも手を振って応えました。ずっと手を振っているわけにはいきません。まずはセルフビレイをとり、セカンド確保のセットをし、下に向かって登るよう言いました。間引いたおかげでヌンチャクはぴったり足りました。間引かないなら25セットはあったほうが良さそうです。

 晴れて日差しが暖かいです。下の様子が見えないうえに声も届きづらいのですが、ロープの張り具合で登っている様子を想像してロープを手繰ります。少しずつ登っているのが分かります。後半の間引いた箇所でボルトに手が届くか心配でしたが、何とか通過してくれているようです。時々声をかけます。どれほど時間が経ったか分かりませんが、パートナーも登ってきました。トップロープの安心感はあるでしょうが、荷物を背負っているので大変だったはずです。登り終え完登を祝いました。残念ながら山頂からの歓声はありませんでしたが。時刻は12時半くらい。登攀にかかった時間は3時間半強でした。

 お腹が空いたのでパンやお菓子を食べていると後続のトップが登ってきました。登ってきたのと同じところを懸垂下降するようなのでセカンドが登ってくるのを待つことにしました。下界には雲海が広がっていますが、富士山を始め、南アルプスや八ヶ岳がきれいに見えます。
写真
1:最終ピッチをアブミでリードする筆者(チョックストーンが見えます)
2:同
3 :セカンドで続くパートナー(後続パーティーが撮ってくれました)

瑞牆山② ハイピークルート1~3ピッチ目

 登攀を開始したのは確か9時前頃です。ピッチの切り方にもよりますが、通常は623102824_201s4ピッチのルートらしいです。

[1ピッチ目]
 パートナーのリードで登攀開始。まずは左手のクラック状のところを5mほど上がります。この出だしでパートナーはいきなり苦戦してましたが、なんとか突破。クラックを抜けたところで右手のチムニー状へと2mほどトラバースす623102824_175s_2るのですが、ここは足がなく、多くの人がA0して抜けていくとのこと。その先のチムニーは奥まで身体を入れずに登って行けば良いと後から聞いたのですが、奥に入ったパートナーは攀じ登るのが大変そうです。ここもなんとか抜けてスラブ状のところに出たところでピッチを切りました。続いて私がセカンドで登ります。まだ身体が温まっていない上に岩も冷たいので調子が出ません。トラバースでは私もA0。続くチムニーでは背中のザックが邪魔で仕方がありませんでした。もがきながら1ピッチ目終了。

[2ピッチ目]
 つるべなのでそのまま私がリードで登ります。出だしがいやらしくやはりA0してしまいました。この際、きれい事は言ってられません。その先の右手にある両側を岩に挟まれた階段状のところは何でもないところで、抜け出た 箱庭風の場所で岩にスリングをかけ支点としピッチを切りました。続いてパートナーも登ってきます。陽が当らず寒いです。

[3ピッチ目] 623102824_85s_2
 続く3ピッチ目は箱庭の先にある岩を左上し、その先のチョックストーン目指して行くというものです。左上した乗っ越すところで、持ってきたキャメロットをパートナーが使ってました。続いて私が登って行きます。頭上にチョックストーンがあり、ハイライトとなる最終ピッチが見えます。この約40mの壁をアブミを使って登るのです。ピッチを切ったところは両側を岩に挟まれた日陰で寒いです。

写真
1:1ピッチ目、左のクラックを登り右にトラバースするトップのパートナー
2:同、セカンドで続く筆者
3 :3ピッチ目を行くパートナー、下は筆者

瑞牆山① 取り付きへ

2007年11月2日夜~3日

 秋も深まった11月一週目、奥秩父の瑞牆(みずがき)山へ。瑞牆山の山頂も踏みましたが、本当の目的は山頂ではなく、その南側に立つ岩頭・大ヤスリ岩。ここにあるハイピークルートを登ってきました。ハイライトの最終ピッチが40mの人工登攀で、瑞牆山の山頂から丸見えなのです。

【取り付きへ】
 さて、金曜日夜、いつものパートナーを拾って中央道を走り瑞牆湖の駐車場に到着。テントを張り3時間ほど仮眠。ちょっと遅い6時前に起きて瑞牆山荘へ移動しました。道中、脇の渓谷を彩る紅葉が吸い込まれるほどに綺麗で、早く岩場の取り付きに向かいたい気持ちを抑えて、車をゆっくり走らせて眺めて行きました。
 

 瑞牆山荘の駐車場には車がたくさん停まっており、紅葉を求めてやってきた登山者が出発して行きます。我々も荷物をまとめ、出発。大ヤスリ岩は瑞牆山山頂の少し手前にあり、2時間近く歩きます。富士見平山荘を過ぎ、一旦沢を越えるのに下った先に、桃太郎岩という岩が目に入ってきます。大きな丸い岩が真ん中で二つにパックリと割れています。さらにどんどんと登っていくと、瑞牆山のゴツゴツした山頂が見えてきます。そのそばにある岩塔が目指す大ヤスリ岩だというのは一目見て分かりました。登山道のすぐ左手にこの大きな岩塔は立っていました。うーむ、ここを登るのか。私は10数年前ぶりに瑞牆山を訪れたのですが、その時は一般道から山頂を踏みました。当時はこんな岩塔を登ることなど全く思いもよりませんでした。

 取り付きは登山道から左に少し入ったところにあります。どうやら他に登っているパーティーはいないようです。到着してギア類を身につけるべくザックから荷物をごろごろと出したところで、男性2人組パーティーがやってきました。先に取り付きに到着した我々が先に登り始めるのですが、後続を待たせるわけにはいきません。急いで支度をして、不要な荷物は一つにまとめて取り付きに置いていきます。
ダブルロープを使うのはずいぶん久しぶりです。最終ピッチに備えてヌンチャクは20本以上用意しました。一応カムも0.5~3番をぶら下げていったのですが、結果的にはほとんど必要ありませんでした。

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