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2008年1月

湯河原幕岩 登攀禁止

2008年1月27日

 お正月の剱岳で一緒に行った冷え症のパートナーは爪先が冷え切ってしまったそうで、山から帰って何日経っても痺れて感覚がないということで、歩くのも辛そうにしてました。

 そういうわけで一月は、雪山どころではなく、運動不足解消のため2度クライミングジムに行っただけでした。その時もパートナーは痛そうにしていて、気の毒です。山から帰ってしばらくは爪先の感覚が全く無い状態だったそうで、それがしばらくすると痺れて痛くなってくるのだそうです。パートナーが医者に聞いたところだと、爪先の毛細血管が少しずつ復活しているために痛むんだとか。
 

 そんなわけで、月末になりようやく岩登りに行こうということになりました。それでも寒いところは避けて、選んだ場所は湯河原幕岩。もう一人が加わって3人で現地へ。

 岩場のある幕山公園はそろそろ梅の花が咲くようで、梅祭りの準備が進んでいました。

 向かった先は正面壁。まずは№7ルートでアップを済ませ、№3ルート、小ハング右凹各ルート、アジアをリードやトップロープで交替で登りました。

 最後にやった小ハング左凹角ルートはトップロープでもハング越えが大変でした。そんな感じで夕方4時過ぎ頃まで登って駐車場へと戻りました。
 

 さて、後日談ですが、この日の夕方にてんとう虫エリアで落石があり、これを受けててんとう虫~正面壁が登攀禁止とされてしまいました。私たちが帰る際にてんとう虫の前を通ったはずですが、それには気付きませんでした。
 詳しくは日本フリークライミング協会のHP 
http://homepage2.nifty.com/jfa/
をご覧ください。

 ある人のブログによると、講習会を開いた人が浮石処理のため故意に叩いて石を落したそうです。さすがに下に人がいないことを確認した上での行動でしょうが、結果的に登攀禁止の原因を作ったわけですから、軽率な行動だと批難されても仕方ないでしょう。湯河原幕岩に登りに来る多くの人達に迷惑をかけたわけですから。

 そんなわけですが、いつか解禁されることを祈っています。

三峰ボルダー

Dsc01058  1月26日の土曜日は、いつもボルダリングに一緒に行く友人と先月にも行った三峰ボルダーへ。今回は友人のジム仲間2人も参加して、4人でいろいろ登りました。三日ほど前に東京でも少し雪が舞ったくらいなので、三峰は雪で埋まっているのではないかと心配でしたが、現地につくとほとんど雪はありません。シルクハット岩の課題・一輪車のマントルする辺りには少し雪が残っています。
 それにしても寒いです。近くでアップを済ませ、近くの岩の涼しいマントルという4級の課題を皆でやりました。ちょっとかぶっていて難しそうです。力不足の私では一見して登れそうもないのですが、一緒にあれこれと挑戦しました。そのうち、一人が登ることができました。おお~と歓声が上がります。次に登れたのは何と私。よかった。残り二人も登れたので、次にシルク
Dsc01067_2ハットの池田カンテなどをちょっと触ってから、いつもの草もち岩へ移動。
 台風で
動いて易しくなって先月も登ったペタシをまた登った後に、隣りのベロンチョにも挑戦しました。これも何度か挑戦するうちに登れるようになりました。そんな感じで4人で楽しく登ることができました。三峰にはもう少し暖かい時に来たいです。

剱岳 早月尾根【3日】

 朝、2台の車はスーパー銭湯を出て北陸道に乗ります。途中のSAで朝食を済ませ、上信越道、関越道と走り、昼過ぎに東京に到着。今回、私は行きでちょっと運転しただけで、ドライバーは大変だったと思います。それにしても今回の山行はひたすら雪・雪・雪という感じでした。寒くて大変でしたが良い経験になりました。

おしまい

剱岳 早月尾根【2日】

 いよいよ下山する日。早めに起きて寝袋を片付けます。雪洞の外に出ると前日ほど積もっていません。雪の降り方もだいぶ弱くなっています。それでもまずは雪かき。それからイグルーでの最後の食事を済ませ、出発の準備をします。近くでテントを張っていた4人も下山するようです。ワカンを付け、一足早く下りて行った4人組のトレースをたどります。早月小屋の小屋番さんと警備隊2人も後から下山してくるそうです。私の先頭で歩き始めます。ほどなく行くと4人組に追いつきました。少し後を付いて行くとどうやら迷ったようで、後方にいる我々のリーダーが別の方に進むためラッセルしていきました。そこからしばらくが迷いに迷って苦労しました。

 高度計によれば標高2,000m付近。小屋から下り始めてそれほど進んでいないはずです。力のあるMさんが先頭でラッセルして下りて行きます。ラッセルしているのに後を追う我々よりも速いから驚きます。しかし、どうも違う斜面を下りてしまっているようです。地形図と高度計を睨んであれこれと進むべき方向を探ります。2度ほど別の斜面を登り返した末、その斜面と斜面の間に尾根が続いているのを発見し下りて行くことができました。それにしても深雪でトレースなど何もなく視界も見渡せないと現在地を把握するのが大変です。

 こうしてしばらくは雪面をどんどん下っていけました。時々、木の枝に結びつけた目印の赤布が目に入ります。標高1,600m付近で再び迷っていると、後から来た小屋番さんと警備隊員に追いつかれました。彼らの指示で右斜面の方に下りて行きます。そうするとまた赤布が現れてきました。彼らが後ろにいてくれるというだけで心強いです。
長い長い道のりにだんだん疲れてペースが落ちてきます。パーティーもばらばらになりがちですが、後を行く時は前を行く人のトレースがあるので助かります。

 ずっと下りて行くと最近までテントを張っていたような跡があり、そこから先はトレースが続いています。どうやら今朝までここでビバークしていたパーティーがいたようです。このトレースのおかげでさらに下山が楽になりました。それでも時々迷いましたが、松尾平まで来るとだいぶ下りたんだなあと感じます。雪はもう降っていません。ここから馬場島までは日差しを出るようになり何だか春山でスノーハイキングしているような気分になります。最後の斜面を下りるとそこは馬場島。ここもずいぶん積雪があります。“試練と憧れ”と彫られた碑の前で我々7人は小屋番さん、警備隊の方々と一緒に記念写真を撮りました。そのそばにあるコンクリート製のお社にお参りもしました。初詣です。

 馬場島の山荘前で、山行中ずっと首にかけていた山探(やまたん)を返します。ここから伊折まで車道を歩いて行くのですがこれが大変でした。時間は夕方4時近く。車道は車に踏まれているとはいえ雪が積もっています。そこを延々と歩いて行きます。最初701499066_246sの洞門までは頑張れたのですが、そこから先は私はずっと最後。それどころか6人にずいぶんと引き離されてしまいました。暮れゆく中、黙々と歩いて行きます。真っ暗な中、時々遅れて歩いているメンバーに追いつきます。そうしてゲートも過ぎ、さらに歩いて、7時前頃、ようやく伊折に停めた車のところに着きました。

 すると先についたメンバーらが何かをしています。なんと雪に埋まった車を掘り出しているのです。道路はきれいに除雪されているのですが、道路脇に停めた車は雪の中。1m以上は積もっているようです。私が着いた時は車の前方のスペースを概ね掘り終えたところで、2台の車はまだ雪の中。私もスコップを出して701499066_143s_2、車を傷つけないように雪かきをしました。車の前とドア側を優先して雪かきします。ドアが開けられるようになるとエンジンをかけて温めます。そうするとフロントガラスの雪は取り除けやすくなりました。

 そうして私が到着してからでも1時間は雪かきしたでしょうか、ようやく2台の車を道路に出すことができました。くたくたです。今夜の寝床となる24時間営業のスーパー銭湯に向かいます。食事もできるし仮眠室もあるそうで、ここで夜を明かし翌日変えるわけです。頑張り過ぎたせいか、どうも体調が思わしくありません。その銭湯は大きな建物で、お風呂がいくつもあって、ゲームや映画など娯楽施設がたくさん入っているようです。まずは入浴。入山していた5日間は当然お風呂に入ることはできませんから、ずいぶん久しぶりのお風呂です。ほっとします。
お風呂から上がってもしばらく私は体調がいまいちで、食事を済ませ仮眠室で眠りました。

【写真1】馬場島からの帰り道
【写真2 】屋根に雪の乗せたクルマ

つづく

剱岳 早月尾根【2008年元日】

 あけましておめでとうございます、とお祝い気分で新年最初の朝を迎えるわけにはいきませんでした。というかまだ朝とは言えない午前4時頃、目が覚めると目の前に雪が迫っています。昨夜の就寝前には私が寝る場所は天井高が1mほどはあったはずです。それが60㎝もないくらいまで 下がってきているのです。すわ、生き埋めになってしまうとドキドキしましたが、もう少し様子を見ることにしました。再び少し寝て5時半を回ってから5人皆起きることにしました。3人が寝ている奥は大丈夫なようですが、入口に近い私が寝ているところは頭を下げて座っていないといけません。
 

 ヤッケを着こみ靴も履いて、寝袋をたたんで荷物をまとめました。雪洞が埋まった際に荷物を掘り出せるようになるべく一つにまとめておきます。さて、まずは外に出なければなりません。が、入口に張ったツエルトが外側に降り積もった雪で大きくたわんでいます。触ってみるとツエルト前面が雪に埋まっています。この夜も相当降り積もったようです。ツエルトを少しめくって隙間から雪を掻き出します。降り積もった雪面はずっと上の方のようで、ツエルトから外に出した腕を上に向かって伸ばして雪を掻き分けます。手の先の雪が明るくなり雪面に達したようです。それから身体を積った雪の中に入れて行きます。そうしてようやく外に出ることができましたが、雪は胸の高さまであります。雪洞とイグルーを結ぶ通路はすっかり埋まっています。泳ぐようにして雪を掻き分けイグルーにたどり着くと、イグルーも雪にすっぽり埋まり頭が覗いているだけです。入口は足元より下にあるはずで、スコップで掘ります。入口を塞いでいたザックを退けて中に向かって声をかけました。雪に埋まって酸欠にでもなっているのかと心配していましたが、こちらの心配をよそに中の2人はぐっすり眠っていたようです。
 

 この一晩でまた1mは降ったようです。豪雪です。まずは外の雪かきをしました。その間に雪洞にいるメンバーが天井を掘って広げてくれたようです。雪かきがひと段落したところでイグルーで新年最初の食事。お正月らしい献立です。リーダーはこの時のために瓶のシャンパンを出してくれました。重いのに。外で雪かきしているときに小屋の警備隊の人が来て、我々と隣りのテントパーティー、それから小屋のひと組を除いて、この日のうちに皆下山するそうです。我々はこの日も停滞が決定。この日は午前中は小屋で過ごして、昼食を再びイグルーで済ませ、午後1~3時に近くでラッセル訓練をすることになりました。他のパーティーは下山していくという中で、我々は残って雪訓(せっくん)です。その後は再び夕食まで小屋で過ごしてよいとのこと。

 というわけで、午前中は山小屋の1階の部屋で過ごしました。ここには小屋番さんのほか、山岳警備隊2人が詰めています。ストーブがガンガンに焚かれて暖かいです。2階のストーブも点けてくれたので、濡れた寝袋や雪まみれの衣類をたくさん干して乾かしました。そうして昼になったので、イグルーに戻り昼食を食べました。天候が回復するしないに関わらず明日は下山することになりました。
昼食を終えラッセル訓練をすることになりました。テント泊の際に雪かきを担当した私を含む4人を対象にラッセル訓練の開始です。この2日間で2~3mは積もっているでし690888513_39sょうか、ラッセルするのには十分すぎるほどの雪です。これほどの積雪になると足で踏みつけるだけでは進めません。横に持ったピッケルで雪を崩して、それを膝で押さえつけます。それから踏みつけて前に進みます。斜面では目の前が雪の壁になります。先頭の人がラッセルして、後に続く人達が踏み固めて行くのですが、やはり圧倒的に先頭の人が大変です。
 何10mか進んでから先頭を交代します。そんなことを小屋の周りでしばらくやりました。練習の最中、樹木の枝の二股のあたりに何かがくくり付けてあるのが見えました。どこかのパーティーが無雪期のうちに食料をデポしに来たもののようです。このお正月を目指してデポしておいたとすると、もしかしたらこの豪雪でここまで来るのを諦めたのかもしれません。依然、いっ時でも止むことはなく雪は降り続けています。

 さて、訓練を終え再び夕食の時間まで小屋で暖を採りました。こうしてちょくちょく暖かい小屋で休める時間帯がありがたいです。イグルーで夕食。苦労して造ったイグルーは大活躍です。前夜と同様、雪洞に戻ると、リーダーが携帯電話を見ています。私は、携帯電話の機種のことはチンプンカンプンですが、ドコモのワンセグの最新機種だそうで、テレビを見ることができるのです。そういえば前夜にも紅白歌合戦を見ていました。
と、山で雪崩事故がなったというニュースをやっています。槍平のテント場で4人が死亡したらしいです。合掌。後で聞いた話ですが、山に詳しくない家族などはこのニュースを聞いて、同じ北アルプスに入っている我々の身をずいぶん心配したそうです。同じ北アルプスでも剱岳と槍ヶ岳はずいぶん離れているのですが。

【写真】4人が横に並んでラッセルしているところ

つづく

剱岳 早月尾根【31日/雪洞&イグルー】

  外で雪かきをしているだんだんと明るくなってきました。大晦日の朝です。それでも雪は降り続いています。一晩で1mは降ったでしょうか。ものすごい雪で昨日の様子とは比べものになりません。外で雪かきを続けていると中で起きだしたメンバーが朝食の仕度を始めたようです。テントの中に入るとどうも体の調子が思わしくありません。ほとんど眠ることができなかったのでそのせいのようです。しばらく横になって後から朝食を取りました。

《雪洞》
 さて、この日は雪が降り続くので停滞と言うことになりました。停滞とはつまり一日そこで過ごすと言うことです。しかし、依然降り続く雪にテント泊は大変だと判断し、雪洞(せつどう)を造ることになりました。私は雪洞は何度か造ったことがあるのでだいぶ慣れています。降ったばかりの軟らかい雪で雪洞の屋根が持つのかどうか心配しましたが、重みで圧縮されて下のほうの雪はある程度固いだろうとのことです。それでもなるべく屋根の厚みを確保するために下に向けて掘る必要があります。場所は早月小屋のすぐ脇です。
 

メンバーが掘り進み書き出した雪を私はさらに外に掻き出します。作業にあたっては一人1本スコップが必要です。入口付近を掘り終えたら居住部分としてだんだんと大きく掘っていきます。程なくして小屋の外壁にぶつかりました。板を張った窓があります。どうやら2階の窓のようです。外壁に沿って横長の空間を作り4~5人は横になれそうです。雪洞造りに2時間くらいはかかったでしょうか。

《イグルー》
 雪洞が概ね完成したので外に出てみると、他のメンバーが近くでイグルーを造685183469_220sり始めています。イグルーとは雪のブロックを切り出してドーム状に積上げたものです。雪洞以上に、この軟らかい雪で造れるのかと心配する人もいましたが、どうやら造れるようです。このイグルー造りが大変です。雪洞はある意味穴をどんどん掘っていくだけですが、イグルーは雪のブロックをきれいに積んでいかないとドーム状になりません。これがかなり神経を使います。
 

 今回、685183469_43sイグルーの中で作業をする人が3人、外で作業する人が2人。リーダーは工事監督です。もう一人はこの間、雪洞をさらに広げ、トイレスペースも造ってくれていました。
 雪のブロックを造るにはスノーソーというノコギリが必要です。これで縦横30~50㎝、厚さ20㎝くらいのブロックを切り出します。私は外で作業したので、このブロック切り出しもやりました。
 

 持ってきたスノーソーは2本。1本はブロックの切り出しに、もう1本はイグルーの中で作業する人が積みやすいようにブロックを削るのに使います。さらに切り出しようにもう1本あると作業が捗ることでしょう。イグルーの内側の直径は2mほどでしょうか。寒さに震えながら少しずつブロックを積んでいきます。なかでも、イグルーの円の中 で作業する3人は大変です。壁が高くなるにつれブロックは内側に傾けて乗せます。下や隣りのブロックとくっつくまでは滑り落ちないように手で押さえていなければなりません。それが数時間続くのです。私はもう一人と共に、イグルーの外でブロックを切り出しそれを中の人に円の上から渡します。最終的には高さが2m近くになっていたと思います。中の3人は私よりも背が低く、ブロックが崩れないようにずっと万歳状態で押さえていないといけません。
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 いよいよドームの屋根が塞がりそうな頃、リーダーがイグルーの下部に小さな出入り口を掘り、中に入りました。最後に天頂部を塞ぐのに大きめのブロック板を切り出し、天辺に乗せました。細かなところを修正してやっと完成しました。時刻は午後3時頃。疲れました。それよりも寒いです。暖かい小屋の中で休みたいのですが、イグルーづくりの間、テントが雪に埋まってしまったので掘り出さなければなりません。テント周りの雪かきをしながら中の荷物を出して雪洞に運びます。テントのポールは雪の重みでグニャグニャに曲がっています。掘り出す最中にポールを1か所折ってしまいました。皆で雪かきをして何とかテントを掘り出したたみます。しかし、雪まみれのジャンボテントはものすごい大きさです。ちなみに、雪洞の入口は雪が入ってこないようにツエルトとピッケルなどで塞ぎます。

 夕食の時間まで小屋の中で休んで良いとリーダーが言ってくれました。身体が冷え切った我々は小屋に入り、2階のストーブにあたりました。濡れたグローブなども乾かします。2階の廊下の突き当たりに雨戸を閉めた窓があります。そこをトントンと叩いて声をかけると、一足先に雪洞に戻ったメンバーが返事をしました。雪洞の中の窓はやっぱり2階だったのです。
 

 小屋は素泊まり5,400円。寒さと疲れで小屋に泊まりたい誘惑に駆られましたが、せっかく雪洞とイグルーを作っておきながらそういうわけにもいきません。夕食はイグルーの中に7人が車座になり食べました。テントも寒いですが、イグルーの中も寒いです。ブロックの隙間や入口から寒気が入ってきます。
 

 雪洞に5人、イグルーに2人が寝ます。イグルーで寝るのが初めてという2人と別れ、私を含む5人は雪洞に入ります。雪洞の中は基本的に0度を下回らないといいます。テントは薄い生地を介して外気に接しているため外気温が例えば氷点下20度などというと、それに応じて冷えます。 そういうわけで雪洞の中は思ったより快適なのです。それにイグルーのように隙間風もないので、どちらかというとイグルーよりも雪洞を寝床に選びたくなります。しかし、今回の雪洞は壁の一部が建物にあたっていて強度的に不利で、加えて雪も降ったばかりの柔らかいものなので、天井が落盤しないか心配です。横になって寝る頭上には厚さ数mの雪があるわけですから、雪洞が崩れてしまっては生き埋めになってしまいます。そんな不安はありましたが、前夜の寝不足と日中の疲れからすぐに眠りに就くことができました。

【写真1・2】イグルーの中で作業する3人。大変そうです。
【写真3】イグルーの天井を見上げたところ

つづく

剱岳 早月尾根【30日夜/テント泊】

 小屋のエントランスでしばらく過ごして身体を休めてから、すっかり暗くなった外に出てテントの設営を始めます。他にも何張りかテントがあるようですが、暗いうえに降り積もる雪に周りの様子がよく分かりません。テントを張る場所は他のテントが張ってあった場所のようである程度平らになっていたようです。そこをまずは踏み固めます。テントの四周はすでに雪の壁になっており、このせいで後々雪かきに苦労することになります。
 

 ジャンボテントを張り終えるとピッケルやスコップを除き、ザックも全てテントの中に入れました。7人が中に入り、銀マットを敷く前にテントの中に入った雪を掻き出します。ザックは中身をすべて出して下に敷き、周囲に荷物を寄せて中央に食事をするための場所を作ります。
 

 コッヘルで雪を溶かしてお湯を沸かします。雪から水を作る際は、雪をそのままコッヘルに入れて火にかけるだけでは焦げ付いてしまうので、誘い水と言って水を差してある程度雪を溶かします。コッヘルの外側には結露した水滴が付いて熱効率が悪くなるの685105864_222sでこまめに拭き取ったほうが良いです。結露を防ぐには雪を一度にたくさん入れるよりは水にすぐに溶けるくらいの量を少しずつ入れるようにしたほうが良いかもしれません。
 

 そうしている間にもテントの外では雪が降り続き、テントが周囲の雪で内側に押されてきて狭くなってきます。さらに、換気のための出入口が雪で塞がれ空気の流入が妨げられている状況の中、ガスを使用するのでテント内が酸欠気味になって息苦しくなり頭もボーっとしてきます。これでは危険なので少々寒くても何とか外の空気を入れるようにします。中から外の雪を押しても埒が明かないので、食事の仕度をしている間、私ともう一人で外に出て雪かきをしました。暗い中、ヘッドランプの灯りをたよりにテントの周りの雪を掻き退けるのですが、掻いたそばから雪がどんどん積もっていきます。
 

 そうこうして夕食を済ませ床に就いた頃には夜10時をまわっていました。この雪では翌日の剱岳本峰を狙うのは無理でしょう。それどころか、このテントが雪に潰されないように時々雪かきをしなければなりません。雪かきについては、リーダーが、メンバー7人のうち私を含む若手4人が分担してやるようにとの指示を出しました。そうして床に就いたのですが、すでに夕食前の雪かきからは3時間は経っています。再び雪がテントを圧迫してきて喚起も悪くなり息苦しくなってきました。このままでは眠りにつくどころではないので、私は先ほど雪かきしたメンバーとは別のメンバーを起こして外に出ました。
 

 テントを張った場所が良くなかったようで、周りが雪の壁になっており吹き溜まりのようなばしょなので積もり方が早いようです。山小屋へのトレースはとっくに見えなくなっています。外に置いておいたピッケル類も埋まっており掘り出しておかなければなりません。テント四周の雪かきでは、換気を確保するため、フライシートの裾を掘り出すようにします。フライシートの下に空間を取っておけばまたしばらくは時間稼ぎができます。足元の雪を少し掘ると固く凍った層が出てきます。前日の雨はここ早月小屋でも降ったそうで、それが凍ったもののようです。
 

 こうして深夜0時を挟んで1時間以上雪かきをして中に入りました。深夜の雪かきは寒くて辛いです。ようやくウトウトと眠りにつくと再びテントが雪に押されてきました。午前3時頃です。目を覚ましたリーダーが雪かきをするよう指示します。雪かき担当の残り二人が起きて小一時間雪かきをしました。その間とその後、私は目が冴えて眠れず、午前5時半頃に再び雪かきのために外に出ることにしました。0時の雪かきを一緒にしたメンバーを起こします。

【写真】雪に埋まるテント

つづく

剱岳 早月尾根【30日/早月小屋へ2】

 午後2時前、標高約1,900m。さすがに寒いのでフリースを1枚着こみました。我々685097600_17sよりも先行するパーティーはいるはずですが、吹雪でトレースがすぐに埋まってしまい、ここでワカンを履くことにしました。他パーティーでは疲れて遅れた人が仲間から置いていかれているようです。大変そうです。ますます吹雪が強くなりメンバーの女性は寒さが相当辛いようです。
 

 早月小685097600_32s_2屋はまだかまだかと思いつつ吹雪に耐えながら登って行くと、あたりが少し緩やかな地形になってきました。どうやら小屋が近いようで、よく見ると前方に小屋が見え隠れします。ここに来て、前に数パーティーが踏み跡を一列になってほとんど立ち止まっています。先頭の人がラッセルに苦労しているようです。早く小屋に入って休みたいですがラッセルしてもらっている以上文句は言えません。
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 ようやく小屋にたどり着きました。午後4時30分頃。長かった。当然、小屋に泊まるパーティーもいて、私を含むメンバーもその誘惑に惹かれましたが、今日はテント泊。
 ところで、結果的にこの日のうちに早月小屋まで上がってきて正解でした。翌日に馬場島から上がって来るパーティーの中にはさらに降り積もった雪に撤退を余儀なくされた人達が少なくなかったようです。
 

 また、我々と同じ前日29日に入山で登山届を出していたのは11パーティーいたようですが、事前に悪天が予想されていたので、リーダーの話では、初めから来なかったパーティーが半分くらいはいるだろうとのことです。さらに、入山しても途中で諦めたパーティーもいるはずだから、ここ早月小屋までたどり着けただけでも大変なわけです。

【写真1・2】早月小屋へ
【写真3 】ワカンをつけているところ

つづく

剱岳 早月尾根【30日/早月小屋へ1】

 計画では前日のうちに松尾平まで行き今日早月小屋まで上がることになっていましたが、馬場島で泊ったことで今日は標高差約1,500mを登り早月小屋まで行きます。起きると、四阿屋の外は雪。一晩で20~30㎝くらい積ったようです。テントの中で朝食を済ませ、テルモスに雪を溶かしたお湯を入れ7時20分に出発。少し歩くといよいよ早月尾根の突端に取り付きますが、そこに“試練と憧れ”と彫られた石碑があります。剱岳が日本近代登山史の舞台だったということでしょうか。
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 私の服装はメリノウールのアンダーウェアの上に買ったばかりのヤッケを羽織るだけです。重い荷物を背負って歩いている時は暑くなるのでこれでちょうど良いくらいです。冬山ではとにかく汗をかかないようにとリーダーが言います。かいた汗が身体を冷やしてしまうからです。
 

 足回り685090629_27sは登山靴だけでワカンはまだ履きません。先行パーティーによって雪が踏まれてその必要がないからです。ほどなくして松尾平と思われる平坦地が続くところに出ました。8時20分頃。たしかにここならテントを張れそうです。別パーティーと越しつ越されつしながら進みます。そのパーティーは最初からワカンを履いていたのですが、途中で脱いだようです。踏み固めた雪の上ではむしろ歩きづらいだけですから。
 

  685090629_167s ここから標高約2,200mにある早月小屋までの道のりが長く大変でした。休憩時はすぐに身体が冷えてきますから、長々と休むとかえって辛くなります。数十分歩いて10分ほど休むというのを繰り返します。標高を上げて行くにつれて、だんだんと風が強くなり吹雪になってきました。他パーティーの人達も大変そうです。ここまでずっと先頭を歩いていたKnさんが疲れてきたようなので、パワーのあるMさんに変わりました。歩くのが速いです。2番手を行く私はとてもついて行けません。

【写真3枚とも】早月小屋へ

つづく

剱岳 早月尾根【29日/馬場島へ】

P1020248    雨の降る中、馬場島までの約6㎞の車道を歩いていきます。馬場島までは山岳警備隊の車両が出入りするので圧雪されています。加えて雨でグシャグシャに融けています。3㎞ほど歩いて洞門のところで一旦休憩。私の荷物の重さは約30㎏。最近の山行でこれくらいの荷物は背負って歩いているので慣れているつもりですが、やはり大変です。
 

 馬場島荘が見えてきました。入口の軒下にザックを置き中に入るととても暖かいです。採暖室があるので、ちゃっかり濡れたヤッケを干しました。ストーブもあるので他の濡れた衣類をDsc00985乾かします。ここ馬場島には富山県警の詰め所があります。
 ここでリーダーが入山の届けをすると、かわりに山探(やまたん)というペンダントのような発信機を一人ずつ受け取ります。ボタン型電池のようなものを細いスリングで首に掛けるだけなのですが、一つ一つ発信する周波数が異なっているそうで、雪に埋まっている人が誰なのか特定できるようです。
 

 ここ馬場島送は宿泊施設なのでただ休憩するだけの我々はちょっと肩身が狭いのですが、暖を採るのには必死ですから遠慮していられません。食堂もやっていました。そうするうちに、車を置いてきた二人もやって来ました。外で新聞記者が我々の歩いていくシーンを撮りたいとのことで、ザックを背負って歩き始めました。雨はまだ降っています。今日は松尾平までかと覚悟していたら、歩き始めてそれほど行かないうちにそばにあるキャンプ用の四阿屋があり、今日はここまでということになりました。やった。
 

 四阿屋は、四方に竈があり、中央にコンクリート製の大きなテーブルがあります。そのテーブルの上にテントを張ろうということになりました。さすがにテントの方が大きくDsc00987、テーブルの上に張ると外側が垂れ下がってしまいます。テーブル部分だけなら4人は横になれそうで、残り3人はテントの外で寝ることになりました。まずはテントの中で7人で夕食を取りました。初日からけっこう豪勢な食事です。お酒もちょっと飲み過ぎました。スピリッツというアルコール度数98度のロシアのお酒は、お酒というより薬品という感じです。ストレートではとても飲めません。
 

 私は外に寝ることになり、張り出したコンクリートのテーブルの下にツエルトとエアマットを敷き、その上に寝袋を敷きました。吹きっさらしの場所ですが風がないので思ったより寒くありませんでした。前夜の寝不足がありけっこう良く眠りました。夜のうちに雨から雪に変わったようです。

【写真1】馬場島への車道を行く
【写真2】馬場島にて
【写真3】四阿屋のコンクリート製テーブルの上にテントを設営

つづく

剱岳 早月尾根【29日/出発まで】

 テントの外が明るくなってきた頃でしょうか、外で車の音がします。他の登山パーティーも着いたのかもしれません。何だか足元が冷たく起きてみると、どうやら外は雨。それもけっこうザーザー降りのようです。フライシートを張らなかったので、テントに密着していた寝袋の足元部分が濡れてしまったようです。最悪。雪なら払い除けられますが、雨は濡れてしまうので大変です。気象のことはよく分かりませんが、メンバーが言うにはフェーン現象のようなものらしいです。しかし、ここでこの季節に雨に見舞われるとは。
 

 雨具を着込み、荷物を閉まってテントも撤収。皆、とりあえず車の中に非難しました。見ると近くに車が一台停まっています。NHK富山の人達が入山者の取材に着ているそうです。我々が車の中で朝食をとりながら時間をつぶしていると、タクシーがやってきました。剱岳に入るパーティーの到着です。すかさずNHKクルーが近づいてインタビューしています。後で聞いたらこの様子が東京でも放映されていたらしいです。こうして2パーティーほどがゲートの脇を抜けて雨の中、馬場島に向けて歩いて行きました。

 我々はどうしようかということになり、こんな雨の中歩きたくないから今日はどこかで停滞しようとの意見も出ました。停滞はともかく、とりあえずいったん町まで下りて荷物整理をすることにしました。

 そういうわけで、我々がゲート前から車を出す前にさらに1パーティーがマイカーでやってきました。伊折集落~ゲート間は除雪されないので、今は積雪がなくても下山時に車が動かせなくなってしまう可能性があります。普通は、荷物をゲート前に置いて、いったん伊折まで車を置きに行き、歩いてゲートまで戻ることになります。そのパーティーも一人が荷物とともに残り、もう一人が車を置きに伊折に下りて行きました。
 

 我々が町に向かって車を進めると、先ほどの伊折に車を停めて戻って来る登山者がいたので、車に乗せてゲート前まで送ってあげました。歩くほうもゲート前で雨の中待っているほうも大変ですから。その二人にもNHKクルーがすかさず駆け寄っていました。
 上市の町にいったん下りた我々は大型スーパーの軒先を借りて、パッキングなどをしました。今日一日は温泉やカラオケに行って過ごそうなんて意見まであったのですが、停滞はせずに入山することにしました。
 再びゲート前に戻るともうNHKはいませんでした。ちょっと寂しい。さて、伊折まで2台の車を置きに行く二人と別れ、私を含む5人は一足先に馬場島に向けて歩き始めます。

つづく

剱岳 早月尾根【28日夜】

 2台に分乗して関越道の高坂SAで合流しました。雨を避けて屋根の下で共同装備や食料を分けてパッキングしました。今回、小型車である私の車の出番は無し。私が乗せてもらった車は三菱のアウトランダーで大きいのですが、4人の荷物を載せると荷室はいっぱいになりました。次の休憩ポイントの東部湯の丸までは私が運転したのですが、途中ものすごい雨でトラックを追い抜くときなどは水しぶきがひどくて神経を使いました。
 それからは眠りに着き、気がつくと富山県に入っていました。高速を降りコンビニに寄ったときは雨が降っていませんでした。気温も妙に高いようで、震えるような寒さではありません。時間はおそらく深夜3時くらい。それから伊折の集落を過ぎ2~3㎞進んだところにあるゲート手間にテントを張って寝ました。

つづく

剱岳 早月尾根【計画2】

《装備・食事》
 メンバーで食事や装備、渉外などの担当分けをして、出発までに何度か集まって打合せをしました。私は装備担当ですが、テントやロープなどの共同装備をメンバーに振り分けるのを決めるだけなので大変ではありません(共同装備の多くを山の会事務所から借りて、出発日まで保管するため自宅に運ぶのは大変でしたが)。
 それよりも、3人の食事担当者がもっと大変だったと思います。遅くても3日までには下山する見込みなので、共同食をして用意するのは朝食・夕食の6日間分です(4日以降の分は予備食として別途用意します)。担当者は各自2日間分4食×7人分の献立を考え、買出しをしなければなりません。
 ガスカートリッジもメンバーの一人がまとめて沢山買出しをしてくれました。テントはエスパースのジャンボテントという大きなもので7人まとめて寝ることができます。これは全部一人が持つのは大変なので本体、フライ、ポールを3人が持ちます(それでも本体は相当大きく重いです)。
 目印に立てる赤布も作りました。篠竹という長さ1.5mほどの竹棒の先に、雪のつきにくいツルツルした赤色の布を結び付けます(布は本当は蛍光色が目立って良いそうです)。それを20本作りました。昨年のお正月に槍ヶ岳横尾尾根に行った際にはもっと短かくて細い棒だったのですが、豪雪の剱岳では埋まってしまうのでこれくらいの長さが必要とのことです。

《天気予報》
 さて、心配される天気について。週間予報支援図などを見ると運の悪いことにぴったり年末から年始にかけて今期最大の寒気が流れ込むそうで、山は相当に荒れる見込みです。この予報で登山届を出しながら出発を諦めたパーティーも結構いたようです。
 心配する我々にリーダーのKさんからメールが来て、その中に“絶好の悪天”とありました。冬の剱岳は、この標高では世界的に見ても気象条件も厳しいところだそうです。一方、昨年の槍ヶ岳横尾尾根などは快晴続きで、その他の山行も結構晴れることが多かったのです。Kさんはこれでは冬山の厳しさが分からないと言っていて、我々にそれを体験させたいのです。そういうわけで、今回の予報を受けても、中止にするなどということは考えていないようです。

つづく

剱岳 早月尾根【計画1】

 年末年始の山行は、北アルプスは剱岳の早月尾根へ。リーダーKさんの募集に、我々の所属する山の会以外の2人を含め6人が名乗りを上げました。富山県の登山条例による届け出の関係上、出発ひと月前くらいには募集を締め切りメンバー7人が決まりました。

《行  程》
 Kさんが作った計画書では以下の予定です。
 12月28日夜 東京発(関越道~上信越道~北陸道)伊折(いおり)着 仮眠
 12月29日  伊折~馬場島(ばんばじま)~松尾平(早月尾根の途中)
 12月30日  松尾平~早月小屋
 12月31日  早月小屋~剱岳本峰(往復)~早月小屋
  1月 1日  早月小屋~馬場島~伊折 帰京
 以下、6日まで予備日(届出上は8日まで予備日)

つづく

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