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2009年5月

雲取山&御岳ボルダー

2009年5月23日(土)

【雲取山】 

 奥多摩の雲取山に登ってきました。雲取山は高校時代に山岳部で冬に登った時以来です。

 その後、3年前、一昨年と歩荷(ぼっか)訓練で七ツ石山までは登りましたが、雲Imgp0935取山は本当に久しぶりです。

 ほぼ1年振りの登山で、どの程度歩けるものか試すのが今回の目的です。車で鴨沢の駐車場に到着。6時15分に歩き始めました。荷物が軽いので、快調に歩いていきます。七ツ石小屋が近づくころにはさすがにペースが落ちてきましたが、七ツ石山山頂を経て、雲取山山頂に着いたのは9時過ぎ。鴨沢から2時間Imgp093950分くらいです。なかなか良いペースです。

 富士山の眺めがきれいです。山頂の非難小屋でしばし休憩して、往路を戻ります。それにしても日差しが暑いくらいです。七ツ石山は巻いて、どんどん下っていきます。緩やかな下り坂のところでは、走って行きます。歩いているとブレーキをかけるようになり、かえって疲れてしまいます。足首のねん挫に気をつけながら下って行くと、まだまだ下から登ってくる人達がたくさんいます。

 鴨沢に着いたのは11時40分。下りは2時間でした。地図のコースタイムが7時間くらいなので、ずいぶん短縮できました。駐車場に着くと、松葉杖をついたおじいさんがはなしかけてきました。鴨沢に着く直前追い抜いた人です。バスが2時間半も来ないというので、奥多摩駅まで乗せていってあげることにしました。

 車内で、足のことを聞くと、2年前の10月に北アルプス涸沢岳付近の稜線を歩いていて、岩に足が挟まって転倒し、40~50m落ちて骨折したとのこと。顔なども大けがしたそうですが、何と自力で歩いて涸沢、上高地と下り、バスに乗って東京に帰ったそうです。どういう斜面か分かりませんが、50mも落ちてよく死ななかったものだと思うとともに、骨折しているのに救助のヘリを呼ばずに自力で下山したというのに驚きました。

写真1:七ツ石山から雲取山方面を望む

写真2:雲取山山頂

【御岳ボルダー】

 そのあと、一人御岳ボルダーへ行きました。寒山寺の駐車場に停め、忍者返しの岩へ。子供返し初段でアップして、それからはおなじみの忍クラ(忍者クライマー返し直上)2段に挑戦。トラバース部分から右カンテのカチはずいぶん安定して保持できるようになりました。

 今日はそこから2手進むことができました。顔の前に来る左縦ホールドを持ち、身体が振られないように足の位置を変えて、右手をカンテカチのすぐ上のホールドに持ち帰ることができました。できたのはそこまで。そこから先は身体を持ち上げていって、遠い上のホールドを取りに行かなければならないのですが、なかなか大変そうです。

 帰りに、寒山寺の駐車場に向かう遊歩道を歩いていると、ボルダラーがたむろする岩がありました。私は初めて見たのですが、どうやらこれがロッキーボルダーのようです。今日はもうやりませんでしたが、エゴイスト初段をそのうちやってみたいです。

今日もPUMP荻窪へ

 友人に誘われて、今日も荻窪のPUMPへ。

 友人より一足先に来て登ってました。

 先日同様、2~3級をいくつか登ったほか、初級にも挑戦してみました。

 初級となるとやはり難しいです。

 友人が来てから、2階の壁にある黄色課題(初段)の一つにトライ。

 何度かやってみたら、登れてしましました。もしかしたらグレード付けが易しめだったのかもしれませんが、ジムのボルダリング課題で初級以上が登れたのは初めてです。

 続けていけば、もっと難しい課題が登れるようになるかも知れません。頑張らねば。

ブログ開設にあたり

 昨日2009年5月17日にブログを開設しました。

 それ以前の日付の日記は、山行記録などをもとに後から追加したものです。

【私の山行歴】

 子供の頃アウトドア教室に入れられ、毎月ハイキングやキャンプなどに参加していました。

 その延長で、高校では山岳部に入り、重い荷物を背負って、北アルプスや南アルプスの縦走をやるようになりました。

 その後、大学時代から社会人になって20代後半までは個人的に登山を続けていました。縦走ばかりです。

 人生の紆余曲折を経て、30代に入った頃、高校山岳部時代の友人からボルダリングに誘われました。初めて行ったのは川口のPUMP1。

 そうしてたまに誘われてジムに行くようになり、やがてその友人と黒本片手に三峰、御岳、小川山と年に数回行くようになりました。その頃登れたのは小川山でいえばコンケーブ3級などが上限です。

 一方で、冬はスキーにもちょくちょく出かけていて、3年前の2006年3月に一緒にスキーに行った人に、クライミングをもっとやってみたいという話をしたら、東京の私の地元○○区にある○○山の会を紹介してくれました。紹介してくれたその人は、38年前に会を設立したメンバーの一人だったのです。

 4月に会の集会を見学し翌月には入会。それからはとにかく毎週毎週山に出かけていました。その内容も、岩登り、沢登り、雪山、アイスとオールラウンドです(レベルはともかく)。

 休日やクライミングの志向が合うパートナーに恵まれたこともあり、次から次へと計画を立てて出かけて行きました。金曜日の夜に出発して、日曜日の夜に帰るというのが何週間も続くと、平日仕事をしながら疲れを取るのが大変でした。しかし本当に充実した日々でした。

 そんな感じが昨年7月頃まで続きました。その後は家庭の事情で山を控えるようになり、以前の日記にも書いたように、それからは専ら御岳ボルダーに通っていました。

【これから】

 人生いろいろあるもの。山やクライミングに対してこれからどのように向かっていこうか、果てはどのように生きていこうか。じっくり考えてないと。

クライミングジム

 前にも書いたとおり、事情により遠出ができないことにより御岳ボルダーに通っていましたが、昨夏から秋まで7回ほどぽつぽつとクライミングジムにも出かけていました。しかし、前回最後にジムに行ったのは11月14日で、もう半年も前になります。車で行く御岳ならガソリン代だけで済むというのが、ジムではなく御岳を選んだ理由の一つでもあります。

 そして今日は半年ぶりにB-PUMP荻窪に行ってきました。考えごとが頭に浮かび集中しづらかったのですが、御岳通いのおかげか、以前は苦労した2~3級(深緑~茶色テープ)の課題を数トライで登れるくらいに楽しむことができました。

ブログ開設

はじめまして。本日、ブログを開設しました。

人生は山あり谷あり。

明けない夜はないことを信じて、クライミングのことなどを書いていきたいと思います。

御岳ボルダー通い

 事情があってロープクライミングや遠出ができなくなったので、2008年秋から今年春にかけては御岳ボルダーに何度も通っていました。

 友人からクライミングジムに誘われて6年ほど前からボルダリングをやっていますが、当時はまだそれほど気合いを入れてやっていなかったので、これといって成果はありませんでした。

 そして、080928 昨年9月28日に通い出したその日に、10撃くらいで忍者返し1級を落とすことができました。有名な課題を落とせたのはやはり嬉しいです。

 その後、10月12日、11月9・15・23・30日、12月7・20・28日、1月11日、2月8・15・22日、3月1・8・11・21・26日、4月4・11・12日、5月3・5日とこれまで23回通いました。

 1級以上の課題で落とせたのはこの他に、子供返し初段、デッドエンド1級、勅使河原美加の半生(てっしー)初段、ファットブロッカー初段、立ち鵜1級です。

 クライマー返し初段は出だしから歯が立たず。

 忍クラ(忍者クライマー返し直上)2段は、何度も挑戦しましたが、右カンテにたどり着くところではね返されっぱなし。

 先日、小川山に行って念願のエイハブ船長1級を落とすことができました。1級くらいで何を言っていると思うかも知れませんが、これでボルダリングには気持ちのうえで一つの区切りがついたように感じました。御岳もこれからますます暑くなることもあり、しばらく行くことはないかも知れません。

 

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