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誕生花「忘れな草」

 31314日の週末は、Kさんと栃木県は鹿沼にある古賀志の岩場に行ってきた。今回の私の目標は、1月末に完登できなかった「ドラゴン」5.12aのレッドポイント(RP)と、昨年9月末にこれも完登できないままだった羚羊(かもしか)ハング

5.11aRPである。

 前回聞いた地元クライマーの話では、ドラゴンは核心のホールドが欠けて5.12bにグレードが上がったという。また昨秋、羚羊ハングにトライした時は足首の骨折から復帰してそれほど経っていないので今ほど身体の調子は良くなかった。

313日】

 土曜日早朝に東京を発ち、東北道が空いていたこともあり8時頃には岩場に着いてしまった。地元のクライマーはこんなに早くから来ることはないので、我々が一番乗りである。花粉症の私はマスクを着用する。晴れてはいるが、数日前に降った雪のためか不動滝あたりの岩はビショビショだし、ドラゴンの出だしや中間部近くも濡れているようである。

 さて、Kさんはしばらくクライミングにブランクがあり、最近再開したばかりでまだリードには躊躇するようなので、私が登ってトップロープをかけることにした。まず、「粉屋の娘さん」5.8と「ウルトラマン・フェース」5.9でアップ。

それから私はさっそくドラゴンに取り組むことにした。出だしの凹角部分がまだ水が滴っているので、それを避けながら乾いているホールドを頼りに慎重に登っていく。まずはヌンチャクを掛けるのと岩の状態を見るのが目的なのでテンションしながら終了点まで行き、何とかトップロープをかける。ハング下の大きなアンダーホールドあたりはやはり湿っている。

 Kさんが登るところにトップロープをかけながら過ごした後、トップロープでドラゴンのハング越えのムーブを練習した。練習しながら、前回やっていたムーブを若干修正した。

欠けたという右手ホールドから一気に伸びあがって左手で左上リップホールドを捕える。それから右足を右下の四角いホールドにヒールフック。身体を壁に引きつけて右手でリップ先端を捕える。ここはまだ持ちが良くないので、左足の位置を少し上げ右足をさらに高い所にヒールフックし直す。再び身体を壁に引きつけて、右手ですぐ上の持ち良いホールドを捕える。それから右足を切って反対に左足でリップにヒールフック。身体を上げてハング先のホールドを左手、右手と捕えながら、ハング先端を越えて行く。

 トップロープ練習後、午後からトライしたのだが、1回目は下から登って来てハング下に至るところのムーブの確認が乏しかったため力尽きてテンションして失敗。

 アミノバイタルを飲んでKさんが数本登るのをビレイしながら前腕を休ませ再トライ。丁寧にハング下に迫っていくが、あまり慎重になり過ぎては腕が疲れてきてしまう。覚えているムーブを迷わず繰り出さなくてはならない。先ほど書いた連続ヒールフックでハングを越える際は声が出た。

そうして完登。やった。「日本100岩場」に記載されているグレードで自己初の5.12台のRP

 この日、313日は私にとって大切な人の誕生日。一週間ほど前、忘れな草という花が職場で話題に出た。ネットで調べた人が花言葉は「私を忘れないで」だと教えてくれた。私がさらにネットで検索すると誕生花という項目が出てきた。誕生石というのは聞いたことはあるが、一日毎に誕生日の花というものも決まっているらしい。ただし、サイトごとにその日の誕生花が異なっており、絶対的に決まっているわけではないようである。たまたま最初に覗いたサイトで、忘れな草は313日の誕生花だと載っていたのを見てドキッとしてしまった。花言葉も見て、単なる偶然ではないような気がした。

 忘れな草について、ウィキペディアから以下を引用↓

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

ワスレナグサ(勿忘草、忘れな草)は、広義には、ムラサキ科ワスレナグサ属のの総称。狭義には、ワスレナグサ属の一種、シンワスレナグサ(学名:Myosotis scorpioides)の和名。ただし、園芸業界でワスレナグサとして流通しているのは、ノハラワスレナグサ(学名:Myosotis alpestris)、エゾムラサキ(学名:Myosotis sylvatica)、あるいはそれらの種間交配種である。一般には、広義の意味で称される。季語

である。

名前の由来(伝説)

中世ドイツの悲恋伝説に登場する主人公の言葉に因む。

昔、騎士ルドルフは、ドナウ川の岸辺に咲くこの花を、恋人ベルタのために摘もうと岸を降りたが、誤って川の流れに飲まれてしまう。ルドルフは最後の力を尽くして花を岸に投げ、「Vergiss-mein-nicht!(僕を)忘れないで)」という言葉を残して死んだ。残されたベルタはルドルフの墓にその花を供え、彼の最期の言葉を花の名にした。

このような伝説から、この花の名前は当地ドイツで「フェアギスマインニヒト(Vergissmeinnicht)」と呼ばれ、英名もその直訳の「フォーゲットミーノット(Forget-me-not)」である。日本では、1905年明治38年)に植物学者の川上滝弥によって初めて「勿忘草」「忘れな草」と訳された。それ以外の国々でも、同様の意味の名前が付けられている花言葉

「真実の愛」「私を忘れないで下さい」も、この伝説に由来する。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 死を暗示させる点については目をつむるとして、写真で見るこの花はきれいだし、私の中ではこの花はこの日の誕生花であると決めた。そんなわけでドラゴンは何としてでも落とすつもりで臨んだのだった。

 その後、地元クライマー達が帰って行くのを横目に見ながら登り続け、5時を過ぎていよいよ我々だけになってから下山した。ろまんちっく村の温泉に入り、みんみんで餃子を食べ、今夜の寝場所として考えていた赤川ダムの駐車場に移動してテントを張った。缶ビールやおつまみをつついた後就寝。

314日】

 テントで寝ていると外が騒がしくなってきた。車がどんどんやって来ているようである。時計を見るとまだ朝6時までしばらくある。こんなに早くからどうして人が集まってきているのかと外を見ると、スポーツタイプの自転車に乗った人達がいる。そういえば先日インターネットを見ていて、1週間前に古賀志で自転車のイベントが開かれるというのを知った。たしか古賀志8耐というイベントで、おそらく先週は雨だったので、この日に順延されたようである。もう少し寝ていたかったが、テントを撤収して再び岩場に向かう。

 始めにマラ岩に行った。易しいルートでアップしてから「サムスペード」5.11aにトライ。核心は細かいカチが3つほど続く箇所で、2回目のトライではほとんど捕えていたのに惜しくもフォール。RPはあきらめて、不動滝エリアに下りた。Kさんが競技会ルートを初トライでリードした後、私はドラゴン以外のもう一つの宿題羚羊ハング

5.11aにトライ。これも核心のハング越え部分の大きなアンダーホールドが湿っていて、1回目はテンション。この時にハング越えのムーブを再確認して、しばらく休んでから2回目のトライ。覚えたムーブでレッドポイントできた。

 その後はいくつか登ったりしながら、やはり夕方まで過ごし撤収。所々渋滞している東北道をひた走り東京に帰った。

 古賀志の岩場は地元クライマーの人達によって大切に維持されているようで、雰囲気ものんびりしていて良い。行くと必ず見かける人達がいるし、アットホームな雰囲気である。この日は、私よりも30歳も年上の女性がトップロープながら5.11cを完登していたのを見て感心したものである。私も30年後もあれくらい登れるようでありたいものである。

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