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2010年9月

9月も終わり、B-PUMP荻窪へ

 先週木曜日に続き、今日も荻窪へ。

 週末の岩場でのクライミングだけでは強くなれない。

 少しでも平日にこうしてジムで登らないとね。

 茶色3級をやったり緑色2級をやったり、いつもどおりの感じ。

小川山はずいぶん寒くなった

 9月最後の週末も小川山。梅雨明け以来、何度通ったことだろう。前週、錫杖でK端さんは足をケガしてしまったため、この週末はクライミングをお休み。そこで、他の人達にあれこれ声をかけた結果、日曜日に小川山で登ろうということになった。小川山日帰りはちょっとかったるいので、土曜日は一人でボルダリングをすることに。
 この一年、ルートクライミングばかりやっていたので、外岩でのボルダリングはずいぶん久しぶりだ。ただ、土曜日は未明まで雨が降っていたようで、日当たりの悪い哲学岩はビショビショ。まだ9時頃なので午後になれば少しは乾くかも。そこでヴィクターへ。ここはすでにきれいに乾いていた。アップに「コンケーブ」3級を登る。久しぶりとはいえ、コンケーブくらいは登れないと。
 そういえば、この日は「クリーンクライミング・イン・小川山」と題して、廻り目平で清掃活動のイベントが開かれていた。その中でお昼からじゃんけん大会をやると聞き行ってみた。K端さんの知り合いのF原さんが進行役で、クライミング関連のスポンサーが提供してくれたグッズをじゃんけんで勝った人にあげるというもの。
 グッズごとに希望者が立ちあがり、進行役とじゃんけんをする。良さそうなクライミングパンツやシャツなどでことごとく負けてしまい、もうすぐ終わりかなという頃にマグカップが出された。他に希望者がいないとじゃんけん無しでもらえる。コーヒーを飲むときに良いかなと思いもらった。マムートの小ぶりの陶器のカップ。山では割ってしまいそうなので、家で使うかな。
 その後、再び哲学岩に行くと朝寄りはずいぶんと乾いていたので、昨年登った「フィロソフィー」初段をやってみる。トラバース部分はできるのだが、直上に移行するところで落ちてしまう。何度かやってみても、どうもダメそうだ。ちょっと疲れた。
 ここのところ、ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」など海外の古典文学といわれる小説を読んでいる。この時はE・ブロンテの「嵐が丘」を読んでいて、物語の先が気になって早めにボルダリングを終え駐車場に戻る。
 車の近くにテントを張って、外でビールとおつまみを片手に読書。暗くなってからもテントの中でヘッドランプの灯りを頼りにずいぶんと遅くまで読んでしまった。
 それにしても廻り目平もずいぶんと寒くなった。先週もこれほど寒くなかったはずだし、夏に比べると本当に寒くなった。

 翌日はI澤さんと待ち合わせ。I澤さんが来るまでの朝の時間もひたすら読書。リバーサイドに行くことになった。私はリバーサイドに行くのは初めてだ。先週からI澤さんはここにある「ランデブー」5.11aにトライしているという。
 その前に、八幡沢左岸スラブに行く。既登の「トムといっしょ」5.10aでアップし、「雨がやんだら」5.11bを2トライ目でレッドポイント。
 それからリバーサイドへ行こうとヴィクターの脇を通り林道に出ると、友人Nとばったり遭遇。日帰りでボルダリングに来たと言う。
 リバーサイドに着くと、まずはI澤さんがランデブーにトライ。そのヌンチャクを使わせてもらって、私はランデブーをフラッシュ。続けて、二つとなりの「DOKUFU」5.11aもオンサイト。3ピン目手前が核心で遠いホールドをいかにして取りにいくか試行錯誤したが何とかできて良かった。I澤さんもランデブーをRP。
 私はさらに中央の「BUN2」5.11bに2便出すもRPできず。でもムーブは解決できたからヨレていない時にやれば落とせそうだ。
 夕方4時頃になると雨が降り出したため撤収して帰る。I澤さんは小川山に残り、翌日T橋さんと再びリバーサイドに訪れたという。

献血にいこう!

 昨日は秋分の日でせっかく休みなのに雨。

 そこで梅雨明け前以来、久しぶりにジムに行った。

 荻窪のB-PUMP。
 
 2か月以上行ってなかったけど、外ではたくさん登っていたから力はそれほど変わってなかった。

 っていうと進歩してないみたいだけれど。

 そのあと渋谷に行った。

 モンベルのポイントカード5,000円分を持っていたので、それを使うため。

 モンベルのお店に行く前に、ハチ公口にある献血ルームに行った。

 献血は3カ月ぶり。

 成分献血をやった。

 前にも書いたけど、クライマー諸氏には積極的に献血に行ってほしいもの。

 献血を済ませてから、モンベルショップへ。

 ウインドブレーカーと小物類をいくつか買った。

 それから歩いて原宿へ。

 駅前にあるICI石井スポーツに行くため。

 街に出ても、寄るところは山関係ばっかりだ。

小川山 妹岩

 錫杖でのマルチピッチで疲れていたが、3日目は小川山に一人転戦。そこでT橋さん、I澤さん、O形さんと合流。3人は前の二日間はリバーサイドで登っていたそうで、この日は妹岩に行くという。妹岩にはクラックがいくつもあるので、私も錫杖のために持ってきたカムをすべてザックに詰めて行くことにした。
 妹岩には「イエロークラッシュ」5.12aがあるそうで、私はこれにトライしてみることにした。その前にアップで「カシオペア軌道」の1P目5.10bをやってみるが、スラブが大の苦手の私はすぐに敗退。その隣りの「愛情物語」5.8NPはカムをきめながら快適に登れた。
 で、イエロークラッシュではなかなか苦労した。1便目はホールドも分からないから、テンション掛けまくりながら這う這うの体でトップアウト。しかしこれでヌンチャクは掛った。身体が重くて、とてもこの日のレッドポイントは無理そうなので、「ジャックと豆の木」5.10b/cNPをトップロープで登ったりした。ジャク豆はトップロープながら、ハンドジャムをバシバシときめながらノーテンでいけたので、リードもできそう。この日はやらなかったが、そのうちやっても良さそうだ。
 イエロークラッシュ2便目。テンションはしてしまうが、ムーブは前よりも分かった。できないパートもなくなった。この日はこれでお終いにしたが、次回、まだ粗削りなムーブを整理できたらレッドポイントできそうだ。
 「カサブランカ」5.10aNPをフラッシングして嬉しそうなO形さんと、最後に「龍の子太郎」2P5.9,5.8NPを登って終了。
 結果的にこの3日間はカムをよく使った。大渋滞の上信越~関越道では、SAで適当に時間をつぶしながら東京に帰った。疲れた。

錫杖岳(後半)「P4ルーフ」

【P4第4フェース「P4ルーフ」】
 暗いうちに起きてお湯を入れるだけで食べられるフリーズドライの朝食をとる。ようやく明るくなってきたところでテント場を発つ。前日見つけておいた踏み跡に入って行く。25分ほどで岩壁に出る。

■1ルンゼを錯誤
 出たすぐ左手に大きなルンゼがある。どうやらこれが3ルンゼか。本当にこれが3ルンゼなのかどうか自身がないので、さらに左に続く踏み跡を辿ると数分で左方カンテに出てしまう。あれ?その間に1ルンゼや2ルンゼがあるはずだが、どうもそれらしいルンゼはない。いまいちよく分からないまま、3ルンゼと思われるところに戻り登攀の準備をする。他パーティーの記録には、じーやの大冒険は3ルンゼを少し登ってから右壁に取り付くとある。
 私のリードで登攀開始。目の前のルンゼの左側を少し上がると支点があったのでそこでピッチをいったん切る。ここからがじーやの1ピッチ目であり5.10cでルート中の核心のはずで、そこも私がリードすることになっていた。ルンゼを跨いでトラバースし、すぐある短いクラックを登る。10cというほど難しくない。抜けるとボルトがあったのでそこでピッチを切る。Imgp2700

 これが本当にじーやなのかどうか2人とも自身がない。取付を通りかかったクライマーに声をかけると、3ルンゼだと思うと言う人もいれば、1ルンゼだよと言う人もいる。人によって言うことが違うので混乱してしまったが、最後に判断するのは我々だ。と2人で話していたら、前日の3人組の人が下にやって来て、ここは1ルンゼだととどめを刺してくれた。3人組の一人は冬の錫杖も登るようなベテランなので、さすがにその意見を信じることに。
 このまま1ルンゼを登っても仕方ないし、時間がまだ早かったので降りることにした。

 朝登ってきた道が岩壁に出たところで、すぐ左手のこの1ルンゼに目を奪われていたが、踏み跡は右にも続いていた。少し歩くと石の小さなガレというか道に出る(木の枝に白い案内札がかかっている)。それを上がると、ここを登れと言わんばかりの3ルンゼが見えてくる。3ルンゼの上部は両側の岩壁の隙間から向こうの空が見えている。ここだったのかあ。3ルンゼを登るというパーティーに続いてすぐに登り始めることにした。
 結論から言うと、じーやの大冒険を登るつもりが、誤ってP4ルーフを登ってしまった。P4ルーフというルートは「日本の岩場」に載っていない。帰宅してインターネットで山行記録を調べたところ、やっとP4ルーフらしいと分かった。登っている最中はそんなことは分からなかったので、下記のグレードはそのネットで見つけた記録に拠る(1P目を除く)。

■P4ルーフ
1P目(Ⅱ?):K端
 9時過ぎ、仕切り直しで登攀開始。3ルンゼを登る2人組に続いて、K端さんが3ルンゼを20mほど上がる。緩い階段状で、3ルンゼルート1P目の半分くらいの長さでⅢ級もないからいちおうⅡ級としておく。ルンゼの左側(右岸というか)壁内にビレイポイントがある。ここは他パーティーの記録では、3ルンゼを登るパーティーがいると落石が危険とあるが、このあとその場面をまざまざと目撃することになる。
2P目(5.10c):ミノル
 ここからが実質の登攀。我々はじーやを登るつもりでいたのだが、帰宅後ネットで調べた分かったのだが、P4ルーフも少なくともこのピッチまではじーやと共通である。ビレイポイント向かいの右壁(左岸)に取り付く。壁が立っているが、その右寄りが少し低くなっている。他の記録には、その壁の中にあるポケットを右手指2本と左手はカチを持って離陸して上部のガバを取るというボルダーチックとあった。たしかに指2本入るポケットがあるが、私は初めからガバが届くし、特に難しくない。そうして一段上がり、ランナーが取れないところを左上する。フォローで続く人はフォールした際に左に振られないように注意が必要だろう。
 そうすると頭上に湿ったチムニーがかぶさってくる。手持ちのカムをどんどん使いながら少しずつチムニー内をにじり上がる。まったくのビショビショというわけではなかったのだが、滑りそうで緊張する。チムニー内では背中を壁に押し付けバックステップする感じだと安定してカムをきめられる。途中、頭上のチムニーが狭まり頭がつかえるところでは、右のホールドを取ってチムニーから身体を出す。再びチムニー内に戻ったりしながら、なんとかテンションせずに抜けられた。核心のチムニーを抜けたものの、ビレイ点はまだ見えない。ルート図には50mとある。どんどんロープが重くなる。というかチムニーのどこかに引っかかって流れが悪くなっているようだ。ランナーの取り方に注意。ぐいぐいとロープを手で手繰りながら、50mロープがいっぱい出切ったところで、ビレイ点に到達した。ふう。
 途中、「ラク~ッ!!」という声が聞こえ、下をみると3ルンゼ内を石が跳ねながら落ちている。どうやら3ルンゼを登っているパーティーが落としたらしい。遠めながら見たところ、ソフトボールよりは大きいくらいかも。そんな石がK端さんのすぐそばを跳ねて落ちていった。K端さんに声をかけると「大丈夫~」という返事。無事だったから良かったものの、やはりあそこでビレイして長居するのは危険だ。早く登らねば。
 凹状内にボルトが2本あった。ハンガーはそれなりに新しそうだが、ボルトの頭は二つとも茶色く錆びている。ここで左上してくる雪稜会ルートというのと合流するはずだが、その雪稜会ルートというのが見下ろしてもよく分からない。K端さんがフォローで続く。手繰り上げるロープが重いのなんの。登るより疲れる。Imgp2707 
3P目(Ⅳ+):K端
 このピッチが結果的にじーやとP4ルーフの分かれ目になってしまったようだ。上を見上げると左カンテあたりに灌木が2本見える。あのあたりかそのもっと右寄りでピッチを切るようだと判断。実際のじーやのラインはその灌木よりも左に回り込んだ見えない左側にあったわけだ。その左へのラインがどこなのかはよく分からない。灌木よりももっと下から左に行くべきだったのかも知れないし。目の前の岩壁をじーやと思いこんだ我々はそこを行くことになる。
 K端さんは出だしの草付きを上がり、少し右寄りから左へというラインで灌木の右下方でピッチを切る。といってもボルトは確か1本だけだったか、頼りなくなってくる。Imgp2710 
4P目(Ⅴ):ミノル
 じーやと思い込んでいた我々は、このピッチを5.9のハンドクラックと勘違い。大したクラックもないし、ルート図にあるような凹角になっていない。おかしいなあと思いつつも登る。難しくはない。頭上にハングした岩が迫るところで、数人立てるくらいのテラスに出る。登ってきた長さからみてのここでピッチを切るべきと判断。しかしどこをさgしてもボルトがない。そこそこ登られているルートのはずだからボルトがしっかりあっても良さそうなものである。というわけで、ここはもはやじーやではなく、続くP4ルーフの核心部分の直下だったのだ。右手の壁のクラックにカムをきめてビレイする。
 じーやでないとすると、直上ルートなのかとも思ったが、ルート図と合わない。日本の岩場のルート図では、じーやと直上がずいぶん近く隣りあって描かれているが、実はこの間にハングした岩があり、そこにP4ルーフのラインがあるのだった。Imgp2716 
5P目(5.10d):K端
 いまだにじーやと思い込んでいるので、このピッチは5.8と勘違い。数mクラックをあがるとかぶった岩の下を右上するようにクラックを辿り抜けて行くようである。この右上して右壁に移るところがどうもものすごく大変なようである。エイリアンなど小さいカムをきめながらK端さんは奮闘するも移るところで、たまらずフォール。3mほどおちただろうか。ハイブリッドエイリアンは外れず効いてくれた。しかし後で分かったのだが、K端さんはこの時に右足のスネに裂傷を負い出血。この抜け口のパートが極端に悪くなっているようだ。フリーでは厳しいので、カムをつかんでA0したり、スリングをアブミにしたA1で何とか突破。このトライで3回フォールするも本当に大変そうだ。しかしその時の私はまだ5.8と勘違いしていたので、どうしてあんなに大変そうなのかと思っていた。フォローで登ってみて、その大変さを思い知った。ハング下のクラックを右上でレイバック気味に持つあたりで、その先がクラックが途切れているようで、右手の壁に移るのも相当に大変だと分かった。P4ルーフの予備知識が全くない我々、特にリードしたK端さんは本当に苦労したわけだ。私もたまらずカムをつかんでしまい、A0で抜ける。右壁にガバがあるのだが遠い。後で調べて5.10dと分かったが、11でも良いのではと思うくらいだった。
 ハングを右から越え、上部フェイスを登るとK端さんが細い灌木でビレイを取っていた。Imgp2719 
6P目(Ⅴ):ミノル
 最後のフェイスは何でもない。10mくらいだったか、登るとボルトが1本あった。K端さんのビレイ支点が細い灌木なので、ここでピッチを切ってもよいのだが、上部にブッシュ帯が見えていたのでこのまま登り続ける。ブッシュ帯に分け入り、ピッチを切る。P4肩下のブッシュ帯のようだ。見上げるとP4の岩峰が立っている。これがじーやだとすると、最後にⅢ級のピッチがあるはずなのだが、ただのヤブ漕ぎにしか見えないので、登ってきたK端さんと相談して、ここで終了することにした。

 懸垂下降では、2ヶ所でスリングを残置しながら同ルートを降りた。前日のように途中でロープが引っかかることもなかった。ただ、5.10cのチムニー抜け口にロープが入らないように、その左寄りを降りたほうが良いだろう。取付に戻り、K端さんがズボンのすそをめくりあげると血で真っ赤だった。大変だ。血は止まっているものの、傷口は深そうだ。Imgp2728 
 Imgp2726

 荷物をまとめてテント場に戻る道をたどる。すると傷口から再び流血が始まり、靴下までべっとりと血で濡れてしまっている。これはマズい。持っていた救急セットから大判の傷口パッドを当てるが、すぐに赤くなってしまうようだ。2~3針縫ったほうが良いくらいの傷口だ。K端さんはゆっくりと地力で歩く。テント場に着きすぐに撤収する。翌日は小川山で仲間と合流してクライミングのつもりだったが、とても無理のようだ。松本あたりで救急病院に寄れれば良いが、いずれにしてもK端さんは今日中に帰ることした。
 中尾橋の駐車場までの道のりも大変そうだった。重い荷物を背負って下るとなると、やはり足に負担がかかり痛みも相当なようだ。この時期6時を過ぎるとすっかり暗くなる。ヘッドランプを出して、6時半にようやく駐車場に着いた。平湯の温泉に寄ったり、のんびり夕食をとるというわけにもいかない。今日中に帰るとなると救急病院に寄っている時間はない。私は翌日小川山に行くことにして、K端さんを松本駅まで送ることにした。中央線の特急に乗れば、十分帰宅できるだろう。

 2人ともラインの誤りに気付かなかったとはいえ、K端さんがケガを負ったことは申し訳なく感じる。あとで聞くと、翌日病院に行ったとのこと。傷口は縫うのではなく、まずは化膿しないように血を流させるそうである。飲み薬も処方してもらったらしい。さらにその翌日、K端さんは仕事に出たそうだが、動いていると足が腫れてきてしまったそうだ。そこで次の週末まで仕事を休み、水曜日からちょっと入院するかも知れないとのこと。医者の話だと、要は動かずに横になって足を高くして安静にしていれば2~3日で治るそうだが、動いているといつまでも傷口がふさがらず、化膿してしまう恐れもあるのだという。本当に申し訳ない。お見舞い申し上げます。
 K端さんを松本駅に送った後、高速に乗り長坂ICへ。道の駅「南きよさと」で車中泊した。翌日は小川山だ。

錫杖岳(前半)「注文の多い料理店」

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 18:15自宅発、19:20府中本町駅待合せ、23:25中尾橋駐車場着

18()

 4:15起床、5:00出発、6:55錫杖沢出合着・テント設営、7:30出発、8:30取付到着、8:50登攀開始、12:50登攀終了・懸垂下降開始、14:00懸垂4回で取付帰着、16:00テント帰着、18:30就寝

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 4:15起床、5:20出発、7:25 1ルンゼ登攀開始・その後下降、9:07登攀開始、14:00登攀終了・懸垂下降開始、15:25取付帰着、16:30テント帰着・撤収、18:30中尾橋P着、19:50松本駅、その後道の駅「南きよさと」へ

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 小川山・妹岩でクライミング 帰宅

【錫杖へ】

91820日の3連休を使って、北アルプスの錫杖岳(しゃくじょうだけ)に行ってきた。登ったルートは前衛フェースにある人気ルート「注文の多い料理店」と「P4ルーフ」。後述するが、計画ではP4ルーフではなく「じーやの大冒険」を登るつもりだったのだが。

 錫杖岳は、登ったという周囲の人達の話を聞いていたので、自分もいつかは行きたいと思っていた。なかでも、「注文の多い料理店」はよく聞くのでぜひ登ってみたかったのだ。

そこでフリークライミングによく一緒に行くK端さんに梅雨の頃に話したところ、「注文~」にはすでに二度登ったことがあるが、リードしていないピッチがあるので、秋になったら行こうということになった。せっかく遠くまでいくのだから、もう一つフリーのルートを登ろうということで、「じーやの大冒険」にも登ることにした。

 そうして出発の日を迎える。行き先が岐阜県ということでいつもよりずっと遠いので、待ち合わせ時間を早めにして府中本町駅に金曜日夜7時半とした。中央道を松本ICで降り、安房トンネルを経て新穂高温泉へ。新穂の少し手前の中尾橋を渡ったすぐ右手に無料駐車場があり、そこに駐車。夜11時半前には着いた。すぐにテントを張って寝る。

【北沢側フランケ「注文の多い料理店」】

 まだ暗いうちに起きだしてテントをたたむ。ヘッドランプを点け、槍見温泉の脇を通って少し歩くと山道に入る。しばらくはクリヤ谷右岸側の登山道を歩くが、途中で沢を渡り左岸側を歩く。沢は石伝いに渡れる。対岸の山にごつごつとした岩峰が見えるようになるが、それはまだ前衛フェースではない。もう少し歩くと、その前衛フェースがどーんと現れる。朝日を受けた岩壁がそそり立っている。おお~、カッコいい。早く登りたい。

Imgp2659 

 対岸にクリヤ谷に合流する錫杖沢が見えてくる。真横に錫杖沢出合が見えたところで、出合に下りて行く踏み跡の入口がある。すぐに狭い幕営地に出る。そのすぐ下や対岸にもテントを張れる場所がある。幕営地とってももちろん正式なテント場ではない。すぐにテント張って、登攀に持って行く装備をまとめる。水はクリヤ谷ではなく、錫杖沢から採ったほうが良いとのこと。Imgp2664

 装備をまとめていると3人組が来た。そのうち1人はK端さんの知り合いのようだ。こんな山奥でも知り合いに会うのだから、クライマーの世界は狭いものだ。クライミングジムが次々とオープンして通う人が増えても、岩場のルートを登る人はそのうちの何割だろうか。ゲレンデならともかく、曲がりなりにも本チャンで知っている人に会うのは、本チャンに行く人がさらにずっと少ないからだろう。

 初日に登るルートは「注文の多い料理店」。5人で一緒に取付に向かう。錫杖沢の左岸にある樹林帯の中の道を登って行く。樹林帯を出て沢沿いを歩くところもあった。樹間に岩壁が見えてきて、やがて岩壁下部に出る。出たところで踏み跡は左右に分かれているが、注文のある北沢側フランケは左手に進む。左方カンテらしい稜線を廻り込んだところが北沢側フランケ。ルート図と照らし合わせて、注文のラインがだいたい分かった。天気は雲が少しあるくらいで晴れていて上々。Imgp2669

 すぐにクライミングシューズを履きダブルロープを結ぶ。いちおう手の甲にテーピングしたのだが、K端さんの話では注文ではテーピングするほどジャミングする場面はないという。3人組は時間がかかるからと我々を先に譲ってくれた。幕営地を我々よりも早く発った2人がいたのだが、他のルートに行ったようで、注文にはまだ誰も取り付いていない。

注文は3ピッチ目で5番のカムが必要ということで、4番までしか持っていない私は知り合いに借りて来た。ルート中の核心でもあるその3ピッチ目をK端さんはリードしたことがないというので、奇数ピッチはK端さん、偶数ピッチを私がリードすることにした。

■注文の多い料理店

1P()K

8:50登攀開始。大量のカムをぶら下げてK端さんが登り始める。上部に見える大テラスを目指してジグザグと登って行く。3人組の話では、前日は雨後で濡れており、登るのを見合わせたという。ところどころ濡れており、私がリードする2ピッチ目も少し濡れているように見える。フォローで私が続く。特別難しいところはない。ボルトがしっかり打ってある。各ピッチのグレード表記は「日本の岩場」に拠る。

Imgp2672

2P():ミノル

10mくらいの直上するクラックを伝い、そこから左上するラインのようだ。左上方のハングした岩のあたりでピッチが切れそうだ。この出だしの直上クラックがけっこう大変だった。ところどころ濡れているので緊張する。小さなカムを決めながら奮闘。なんとかこのクラックを抜けると一安心。写真を撮ってもらってから易しい左上部分を伝い枯木テラスへ。どこに枯木があるのかは確認できず。Imgp2673

3P(+)K

 核心のピッチ。テラスの頭上すぐに岩がかぶっており、そこを右から行くようになっている。かぶった岩とフェイスの間に持ってきた5番など大きめのカムを決めながらK端さんが登って行く。そこを越え少し行くとビレイ点があるようだ。私もフォローで続く。ここまで来ると岩はよく乾いている。フォローの安心感もあるが、カムを回収しながら快適に登る。

Imgp2677

Imgp2679

4P(+):ミノル

 3P目と似た感じで岩がかぶっているのだが、登りだしてみると大して難しくない。あまり覚えていないのだが、ワイドクラックを伝って行く。むしろ2P目のほうが難しいくらいだった。

Imgp2688

5P(+)K

 出だしで凹角を登って行くルートだったと思う。そのあと、K端さんは随分と登ったようで、右からの左方カンテルートと合流するようなラインを採っていた。ルート図には最後6P5mハングとあるが、どこがハングなのか分からなかったが、ピッチの長さからしてこの部分も登ってしまったのかもしれない。これで注文のルートとしては終りなのだろうが、頭上に薄いフレークのあるようなフェイスが続いていて、その先でようやくブッシュ帯になっているようだ。Imgp2689

6P(+):ミノル

 このピッチは左方カンテの最後のピッチなのかもしれないがよく分からない。たたくとパコパコと軽い音がするフレークを使って登る。こんなフレークにカムを決めたところで、落ちたらフレークが砕けそう。それでもホールドは豊富なので快適に登れる。スリングの掛った大きな木で終了する。さらに岩がちなところが少し続いているようで、別パーティーがそこを降りて来たのだが、実質の登攀はこれで終わりのようだ。私はどのピッチでもテンションすることなく登れた。全体的にグレードもラインの読みも思ったより難しくなかった。Imgp2692

 懸垂下降では途中ロープが二度も引っかかってしまった。上から降りてくる他パーティーにロープを取ってもらって助かったが、注意が必要だ。最初の懸垂で左方カンテ側にある大テラスに降りて行ったのだが、そうではなく注文のライン通しで降りたほうが良いかも。支点もあるんだし。4回の懸垂下降で無事取付に戻る。よし。

 3人組も降りてくる。荷物をまとめて、翌日登る予定の「じーやの大冒険」の取付を偵察してからテント場に戻ることにした。左方カンテの取付を過ぎ、踏み跡を辿ると切り立ったところで行き止まる。K端さんの話ではここが1ルンゼらしい。じーやの取付は3ルンゼだから、もっと先のはずなのだが、踏み跡が見つからない。3人組の話では、テント場からの道からすぐのところから3ルンゼに上がる道が別にあるのだという。探しているうちに疲れてきたので降りることにする。テント場がすぐ近くまでというところで、左手に入る踏み跡入口を発見。どうやらこれが3ルンゼに続いてるようだ。

 翌日行く道の目星も付いたし前夜の寝不足もあるので、食事を済ませ早々に寝袋に入った。その夜は思ったよりも寒くなかった。空には星が輝いていて翌日の天気も期待できそうだ。

Imgp2695

世は富士登山ブーム?

【世は富士登山ブーム?】
 世は富士登山ブームらしい。「一生に一度は富士登山を」みたいなフレーズで、アウトドア用品店などが盛んに宣伝している。日本第二の高さの山が北岳というのは登山をする者くらいしか知らないかもしれないが、日本一の富士山は国民誰でも知っている。その富士山に登ってみようと言われれば、登山経験のない者でもちょっとその気になりそうだ。
 そうなるとお店としてはしめたもの。富士登山を舐めてはいかんと不安をあおり立てて、登山靴から防寒着など高い装備を丸ごと一式買わせるようなことをしていそう。すでに山を登っている人はそれなりに装備がそろっているけれど、未経験者は一から買いそろえなければならないとなると、お店としては良い商売になるだろう。
 そんなわけで、数年前から妙に富士登山の宣伝を聞くようになって、意図的に造られたブームの胡散臭さを感じる。

【富士登山履歴】
 とまあ持論は置いておいて、そういう私も11日に富士山を登ってきた。富士山に登ったのは過去4度。中学2年と高校1年の時に富士吉田口から夜間に登ったのだが、いずれも浅間神社までで、剣ヶ峰までは行っていなかった。本当の頂上を踏んでいないというのがずっと心に引っかかっていたので、かれこれ10年くらい前だろうか再び富士吉田口から夜に登り明るくなってからお鉢巡りをした。
 それから4年前に、富士山に登ってみたいと言う職場の女性二人を伴ってこれまた富士吉田口から夜登った。この時も途中の小屋で仮眠することもなく夜通し登ったので、2人とも寒さと睡魔と疲労で大変そうだった。それでも良く頑張ったと思う。

【今回は富士宮口から】
 これまで富士吉田口ばかりだったので、今回は静岡県側の登山口・富士宮口から登ることにした。翌日曜日はO形さんと甲府幕岩でクライミングすることになっていたので、夜に電車で来るO形さんと甲府駅で待ち合わせることにして、昼間1人で富士山に登ってこようということにしたのだ。
 10日(金)の夜東京を発ち、高速道路無料化の恩恵にあずかり中央道の大月JCTから河口湖ICまでと須走ICまでの東富士五湖道路は高速料金を取られずに済んだ。道の駅「ふじおやま」で車中泊。

 翌朝、4時半には起きて一時間くらいで富士宮口新五合目に着く。しかし、すでに車でいっぱい。6日ですでに山小屋は皆閉まったと聞いていたので、多少登山客が減ったかなあと思いこんでいたら、世の富士山ブームはすごいようだ。何とか一台の空きを見つけすかさず駐車。
 ザックを背負いいざ出発。5時55分。空はよく晴れている。ここですでに標高2,400mあるので、頂上までは1,400mも登らない。上はTシャツ一枚。荷物は防寒着をたくさん持って来たのだけれど、結局最後まで出すことなく、もっと軽量化できたなあとちょっと後悔。
 それでも荷物が軽いので、他の登山者をどんどん抜きながら登っていく。10分で100mあがるくらいのペースだ。1時間10分で600m分かせいだ。途中、閉鎖された山小屋の前でちょこちょこ休憩をとる。標高が上がるにつれて、少しずつ空気が薄くなってきているのだろう、ちょっと息が上がる。ペースも自然と落ちる。9合目5分?を過ぎた最後の登りだろうか、気付かないうちにキャタピラ車の通るジグザグ道に入ってしまい、最後の登りはここを登った。吉田口の下山道みたいな感じで、ちょっと遠回りになってしまった。
 それでも8時50分に剣ヶ峰に到着。ぎりぎり3時間を切ることができた。何度も登っているし、今回は特にあっさり頂上に着いた感じなので、特に感慨深いものはなかった。登頂の感動がないなんて登山者としてダメかなあ。

 記念写真を取って、地面に横になって昼寝することにした。他にも寝ている人達が何人もいる。目覚めると、しっかり眠ったおかげか頭が少しすっきりした。山頂到着からちょうど一時間後の9時50分、お鉢巡りに出発。15分ほどで吉田口の浅間神社を過ぎ、10時半には一周。すぐに下山を開始し、休憩を取ることなくどんどん下って行く。11時40分に富士宮口に帰着。下りに1時間10分か。まあまあのペースで、午前中に下りて来られた。それにしても下界は暑い。

【富士宮ヤキソバ】
 午後はどうして時間をつぶそうか。まずは昼食を兼ねて富士宮市内に行くことにした。この街には愛車ルーテシアを買ったばかりの頃にドライブで来たことがある。富士宮というとヤキソバがご当地B級グルメとして知られている。市内の浅間神社にお参りしてから、神社の斜向かいにあるお宮横町という小さなお店がいくつもある一角あり、そこでヤキソバを食べた。あとは温泉に寄ったりして適当に時間をつぶし、最終の特急あずさ35号で22:39に甲府駅に到着したO形さんと駅前で合流。この夜は高速を少し走り、例によって塩川ダムの駐車場でテント泊。


【甲府幕岩でクライミング】
 12日(日)は、この夏何度か行った甲府幕岩でクライミング。アップを済ませ、やりかけの「パストラル」5.12aにヌンチャクをかける。出だしの乗り上がりと前回解決した右上ホールドを取りに行くムーブは問題なし。しかし前日の富士山で思ったよりも身体が疲れているようで、その先に5手くらい続くカチホールドがとても続けられない。それよりも手前の2ピン目のクリップが大変。1ピン目はプリクリップしておいてスタートするのだが、気付いてみると、しっかりリードして2ピン目をクリップしたのは今回が初めてだった。これはもっと安定してクリップできないと怖いなあ。この日のレッドポイントは諦めて、何便かトレーニング目的で練習。
 O形さんは粘り強い登りで「30へのアプローチ」5.11bを見事レッドポイント。移動して、私は「初夏」5.11dにトライ。これまた上部のカンテを使う部分に苦戦。それに岩が温まって手がヌメる。これまた3便ほどやって何とかムーブは解決できたが、RPまではできず。次回に持ち越しだ。
 まあ先月11a以上を15本も登ってしまったので、こういう宿題があったほうがまた甲府幕岩に来る理由ができて良いかも。ちょっと苦しい言い訳か。

南アルプス 甲斐駒ケ岳 黄蓮谷右俣 遡行記

【甲斐駒のこれまでの登山】
 9月3日夜から6日まで、甲斐駒の名渓黄蓮谷(おうれんだに)へ沢登りに行って来た。甲斐駒に登るのはこれで7回目。
 高校生時代に2回。高2の夏に甲斐駒~仙丈岳、高3の夏に甲斐駒~アサヨ峰。いずれも黒戸尾根から。山岳会に所属していた4年前の12月には雪山登山の練習として久しぶりに黒戸尾根を往復し、翌年8月には黄蓮谷の沢登り(完全遡行ならず、途中からヤブ漕ぎ)、同年12月にも再び雪山の練習として黒戸尾根を登っている。さらに、昨年9月にボルダリングでケガした左足首の回復具合をみることを兼ねてワンデイ登山をしたのが6回目。
 前回の黄蓮谷遡行では、2日目に歩き始めてすぐ現れる坊主滝を高巻きし過ぎて迷い、さらに谷を横断後の右岸の高巻きで本流からどんどん逸れてしまい、頂上までの標高差1,000mを残してひたすらヤブ漕ぎするという辛酸をなめた経緯がある。

http://mino-climbing.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post-6e59.html

【出発まで】
 今回は、前回の轍を踏まないという私にとってはリベンジ山行でもある。メンバーはO形さん、HN田さん、私の3人。HN田さんとは初対面ということもあり、事前にメンバーで集まって行動・装備の打ち合わせをしたり、前週にはHN田さんと甲府幕岩に行ってクライミングをした。
 そうして3日夜、府中本町駅で愛車ルーテシアに2人を乗せ、一路、登山口となる竹宇駒ケ岳神社の駐車場へ。駐車場には他にいくつもテントが張ってある中、我々もテントを張って就寝。

【4日:前回と同じBPまで】
 初日は五丈沢出合近くのビバーク適地までの行程で比較的短い。5時前に起きてテントを撤収して6時過ぎに出発。神社そばの橋を渡り、尾白川右岸の渓谷沿いより一つ上の登山道を経て不動滝へ。そこで再び橋を渡り、斜面を登って行くと荒れた林道に出る。トンネルを3つ越えると林道が途切れ、急斜面を下って行くとそこが入渓点。そこで遡行のための支度をする。沢用シューズに履き替えたり、ハーネスを付けたり。
 3年ぶりに履く沢靴の感触を確認しながら、9時40分頃に入渓。ジャブジャブと水の中に入って行く。思ったより水が冷たくない。それにまとまった雨がずっと降っていないせいか、水量も少ないようだ。河原歩きや小さな滝を越えたりして順調に進んでいく。途中の淵でO形さんとHN田さんが持参した釣竿を出すも、イワナは釣れなかった。魚影も見えないというので、どうやらいないようだ。釣れれば今夜の食事の足しになったのにちょっと残念。
 噴水滝はやはり水量が少ないせいか、前回来た時よりも小さく迫力がない。やがて本谷との出合。沢の向きとしては、本流のほうがまっすぐ伸びていて、黄蓮谷は左に分岐するT字路のようになっている。うっかりしていると、そのまま本流へと進んでしまうので注意が必要だ。知り合いのパーティーも間違えて本谷を行ってしまい、ずいぶんと登ってから途中から引き返したことがあるという。
 しかし、今回はその心配はなかった。というのも、O形さん、HN田さんの仲間のK村さんを含むパーティーが前週、本谷を遡行しており、分岐の岩に焚き火の炭で、黄蓮谷は左だと「←」を残しておいてくれたのだ。我々は事前にそれを教えてもらっていたので、ありがたかった。この場を借りて感謝。それにしてもK村さんパーティーは2日間で本谷を遡行し下山したという。ものすごい健脚だ。
Imgp2590 

  さて途中で、わざわざ淵の中に全身入ってびしょ濡れになって泳いだりもしながら、あるいは滝の高巻きでちょっと遠回りをしたりしながら、午後3時前には左岸のちょっと高いところにあるビバーク適地に到着。1人で来ている男性がテントを張っていた。
 まずはタープを張ってその下にツエルトを張る。O形さんが持ってきたツエルトはテントポールを通せるようになっていて、3人が横になれる広さがある。焚き火を熾し食事を作る。O形さんがたくさん用意してくれたので、満腹になった。ずいぶん早いが6時半頃にはツエルトに入る。今回、軽量化のため、寝袋もエアマットも持って来なかった。代わりに、薄い銀マットとエマージェンシーブランケットというアルミホイルのような大きな封筒状の袋に入って寝た。雨具なども着て寝たので思ったよりも寒くはなかったが、エアマットがないと地面の硬さでぐっすりとは眠れなかった。

【5日:黄蓮谷を遡行~山頂~七丈小屋へ】
 4:15に起床。HN田さんが用意してくれたラーメンを食べ、6時半頃出発。歩き始めるとすぐに坊主滝が眼前に現れた。右手に遡行図にもあるガレルンゼがある。前回は坊主滝を高巻きするために、このガレルンゼをどんどんと登り過ぎてしまい、本流に戻るのに相当苦労した記憶がある。かなり上部で本流に戻ったものの、さらに先の滝の右岸の高巻きで沢から大きく離れてしまい、冒頭で述べたようなことになってしまった。そのため、ここから先は私にとっても初めて歩く場所である。
 まずはガレルンゼに入って行くが、調子に乗ってどんどんと登ってしまわずに、左手に続く岩壁が切れて登れそうなところを観察する。すると踏み跡を発見。それを登って行くと、黄蓮谷本流を左下に見ながら続く巻き道を行ける。その巻き道をしばらく進むと、小さな枯れたルンゼに出て、巻き道が途切れてしまう。さて、周囲をよく観察して、数メートルほどだがこの枯れルンゼに懸垂下降する。降り立ったその先に再び踏み跡が続いている。本流も近い。今回は坊主滝の巻きがばっちりできた。ここで懸垂したのも正解だろう。
Imgp2603 

 六丈沢や左俣の出合がいまいちどこなのか分からなかったのだが、あぶなそうな滝では積極的にロープを出して登って行った。巻き道も随所にある。細かな場面はちょっと覚えていないが、やがて奥千丈滝が出てくる。急傾斜のため右岸にやはり巻き道があり、それを辿る。しかし全て巻いてしまっては面白くない。途中、ロープを出してHN田さんが果敢にリード。私はそこをフリーソロで行ったのだが、いつ足元が滑るかもしれないので結構緊張する。岩の乗っ越しでは、普段のフリークライミングのおかげで、小さな濡れたホールドを持って進むことができた。緊張したが、ノーロープで登る私を見ていたHN田さんのほうが、はるか下方に流れ落ちる急斜面が見えるためか、見ていてヒヤヒヤしたという。
 再び高巻いて懸垂したりしながら奥千丈滝を突破。その先の連続する小滝でもロープを出して登って行った。しかしロープを出すと、どうしても時間がかかってしまう。時計の高度計を見ると、頂上はまだまだはるか先だ。
 どこかで烏帽子沢と別れ、二股を左に入る。これも場所が良く分からない。しかし山頂に突き上げるのは間違いなさそうだ。再び悪そうな斜面をロープを出して登っている午後3時頃、雨が降り出した。しばらくして止んだのだが、時間が押してきている状況で雨に降られると精神的に疲れる。シャリばてなのか疲れて息が上がる。何度もリードする場面があり、緊張感があり楽しいのだがやはり疲れる。これではいけないと、雨の中で携行食を食べる。それが効いたのか、最後数百メートルのひたすら踏み跡を登る場面では結構さくさくと登れた。休憩を入れず登り続けたので、O形さんにはちょっとキツかったようだ。Imgp2621
 時計の高度計がズレていたようで、山頂まであと160mとか言っていると、ひょこりと登山道に出た。すぐ上50mほど先に山頂の石の祠が見える。おお、やった。時刻は午後4時43分。明るいうちに山頂に着けるかどうか心配していたので良かった。O形さんもHN田さんも嬉しそう。私も黄蓮谷をリベンジできて感慨深い。 
 山頂で記念写真を撮り、濡れた服を着替え、沢靴もアプローチシューズに履き替える。夕方のためか他に登山者はいない。5時過ぎに下山開始。何度も歩いた黒戸尾根の登山道を七丈小屋に向かってどんどん降りて行った。6時前にはテント場に着き、その先の小屋でテント場代を払いビールも買う。前夜と同様、タープとツエルトを張って寝るも、やはり硬い地面がツラい。

【6日:下山、サントリー白州蒸留所へ】
 この日は下山するだけだからゆっくり起きようという話だったけれど、硬い地面で背中が痛むし、周りも騒がしくなってきたので5時半くらいには起床。未明は寒かった。朝食はパスタ。荷物をまとめて7時過ぎには下山開始。
 下山中は、キノコに詳しいO形さんとHN田さんが生えてるキノコを見て、これは食べられるとか食べられないとか言いながら下って行く。カレエダタケというのは図鑑によると食用ではないそうだけど、HN田さんはそれを食べるのだという。キノコというと中毒のイメージがあるから、その話を聞いてすごいなあと変に感心。真っ白な姿で生えているドクツルタケというキノコもHN田さんに教えてもらう。このキノコを食べれた一発で死ねるらしい…。私はイワタケとタマゴタケの二つを最近教えてもらったけれど、タマゴタケは見つからなかった。
 どんどん下るに連れて暑くなってくる。それでも足の速い二人に負けないよう頑張って下り続けた。単独で登って来る登山者何人かとすれ違った。皆、年配の男性ばかり。平日だからかなあ。
 登山口が近くなった頃、下からガシガシと登って来る男性ともすれ違った。上半身裸で背負子に箱を積んでいる。よく見ると七丈小屋の管理人さんだ。たしか我々が下山前に七丈小屋で水を汲んでいた頃は小屋にいるのを見た。ヘリコプターで荷揚げができないらしいが、我々が気づかないうちに下山し始めて、下で荷物を背負ってこうして登り返してきたわけだ。ものすごい体力だ。
 竹宇駒ケ岳神社にお参りして駐車場へ。11時頃。オニグルミをいくつか拾って割って食べてみる。O形さんは子どもの頃、これがおやつだったそうだ。もちろん炒って食べるとよいのだが、生でも食べらるらしい。一つ食べてみた。おいしい。
 尾白の湯べるがという立ち寄り温泉で汗を流し、昼食。まだ帰るには早いので、近くのサントリー白州蒸留所に工場見学に行く。私は何度か来たことがあるが、行ったことがないという二人にぜひ見てもらいたくて、山行前から薦めていたのだ。見学後、ウイスキーを試飲できる。ドライバーの私は当然飲めないので、ジュースやミネラルウォーターを飲む。お酒好きのO形さんは何杯もおかわりしてた。
 平日なので高速道路もすいていて、いつもより早く帰宅できた。こうして黄蓮谷遡行は終了。久しぶりにこういう大きな沢を遡行するのは良いものだ。今シーズンの沢登りはこの1回だけだろうが、来年も登り応えのある沢に行ってみたい。私をこの山行に誘ってくれたO形さんとHN田さんに感謝。

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