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2011年3月

高尾山の翌日、昼間っからB-PUMP荻窪へ

 高尾山に行った翌日の今日、月曜日と同様に13時の開店に合わせて荻窪へ行った。

 やはりあまり休まずにどんどん課題にトライした。

 先週、月曜日とできなかった2階の茶色3級課題が2つ登れた。

 1階は2階よりもグレーディングが甘いそうだが、水色1級が1つ登れた。

 月曜日に続いて登ったおかげか、思ったより成果を出せた。

 4時間近く登りまくって終了。

春休み、甥っ子・姪っ子と高尾山へ

 29日(火)、春休み中の甥っ子、姪っ子を連れて高尾山を登ってきた。甥っ子は4月から小学4年生、姪っ子は2年生になる。よちよち歩きの頃を思い出すと、月日が経つのは早いものだと思う。私もそれだけ歳をとったというわけだ…。
 甥っ子達はこれまで何度か高尾山には来たことがあるようだが、姪っ子は自分の足で下から山頂まで歩いたことはないという。今回はケーブルカーを使わずに自分の足でしっかり歩いてもらうのが一つの目的だ。
 私も昔は何度も高尾山へ行ったことはあるが、今回の行き先としては他のところにしたいとも考えていた。高尾山はミシュラン日本版に紹介されてから、訪れる人が激増して混雑しているらしいからだ。そのミシュランの本は興味がないので見たことはないが、なんで高尾山が三つ星の山なのだろうか?分からないものだ。
それでも、観光地としては登りやすいし、訪れたことのある姪っ子が今度は自分の足で山頂まで登るということでは、よい目標になりそうだと思い行くことにした。

 中央線の吉祥寺駅から電車に乗って、高尾駅で京王線に乗り換え、高尾山口駅に着いたのは9時過ぎ。よい天気だ。2人ともやる気満々の様子。高尾自然研究路を銘打った登山道がいくつかあって、そのうちの6号線をしばらく歩いて行くと、琵琶滝というところに出る。そこから6号線から分かれ右に行くと、道が急になる。2人の様子に目を配りながら、急ぎ過ぎないように注意を促し、こまめに休憩をとって水分を摂らせる。汗をかく前に上着を脱ぐようにも言う。時間はたっぷりあるのだから、急ぐことはない。追い抜いて行く登山者に励まされながら、よく頑張っている。

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 やがて十一丁目茶屋のある1号線に出て、そこのベンチで休憩。私が持ってきたガスバーナーでお湯を沸かす。ここまで来ると観光客がたくさんいる。タコ杉を通過し、薬王院の石段を登るが、平坦なところも多いので、先ほどまでの急登よりは楽だろう。
 そうして昼前に山頂に到着。雲のせいか富士山は見えないが天気は良い。お弁当を食べて過ごす。甥っ子は妹の水筒も持ってあげたりして荷物がちょっと重かったようだがよく頑張った。姪っ子も心配を余所にあっけなく頂上まで歩けた。

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 下山もずっと歩いても良かったのだが、甥っ子がちょっと疲れ気味でケーブルカーに乗りたがっていたので乗ることにした。数分で登山口駅に下りる。帰りは京王線に乗り、明大前で乗り変え吉祥寺へ。ムーミンスタンドというお店で、抹茶やチョコレートドリンクの中にグミが入れたような飲み物を3人で飲む。その近くの建物の中にはICI石井スポーツのお店ができていたので入ってみた。広い店舗の中をゆっくりと見て回りたかったのだが、疲れた2人がしきりに帰りたがるので店を出る。仕方ない。
 普段、山に行くと入ってもフリークライミングばかりなので、たまにこういうハイキングがあるのは良いものだ。

二子の翌日、昼間っからB-PUMP荻窪へ

 二子に行った翌日の月曜日、13時の開店に合わせて荻窪へ行った。

 こんな昼間の時間から登ることはまずないのだが、平日休みの人が来るようだ。

 それに春休みだからか子どももいる。

 あまり休まずどんどんトライし、先週できなかった2階の茶色3級課題も登れた。

 3時間ほど登りまくって終了。

御岳ボルダー & 「愛しのエリー」5.12a RP 二子山

 26~27日の週末は、2日間I澤さんと二子山で登る予定だったが、I澤さんが仕事で土曜日に行けなくなってしまった。そこで私は土曜日は御岳ボルダーに行き、そのまま小鹿野に行って泊まり、翌日曜日にI澤さんと待ち合わせて二子に行くという計画に変えた。

【26日 御岳ボルダー】
 過去の日記を見ると、前回御岳ボルダーに行ったのは昨年4月3日というから、1年前のことだ。翌日二子山で登ることになっているので、御岳であんまり疲れるわけにはいかない。それに忍者返しの岩は午前中は陽が当たらず寒いので、昼に到着するくらいで家を出た。岩場の前には10数人がいただろうか。
 まずは何度も登った「子供返し」初段をやる。3回目で遠い右上方ホールドをキャッチできた。あとは何でもない。
 そのあとは、「忍クラ」(忍者クライマー返し直上)2段にトライ。以前御岳に通っていた頃もひたすらこの忍クラにトライし続けたが、トラバースから直上に移るところがずっとできないままだった。今回やってみると、トラバース部分のホールドの感じが違う。悪くなっている。
 声をかけられたので顔を見ると、二子で「おいしいよー」をやっていた男の人だった。名前を聞くとT橋さんという。確か前にも聞いたと思い出した。T橋さんの話では、トラバースで使うそのホールドは欠けてしまい保持が悪くなったそうだ。あらら。その欠けたホールドを使わずに左隣りにある子供返しの遠いホールドを無理やりマッチするようにするのだが、なかなか大変だ。
 明日は二子に行くと話すと、T橋さんは同行者が見つからないというので、では明日一緒に登ろうと誘った。私は忍クラを何度か試してから午後4時頃早々に撤収することにした。
 道の駅「ちちぶ」の隣りにあるウニクスというショッピングモール内でコーヒーを飲みながら読書して時間をつぶし、暗くなってから下吉田キャンプ場に行って泊まった。隣りの部屋に男性2人組がいるだけなので、計3人か。相変わらず少ない。

【27日 二子山】
 小鹿野市内でI澤さんと待ち合わせ二子山へ。駐車場でT橋さんと合流。アップはいつもどおり祠エリア。ガソリン不足がずいぶんと解消してきたのだろう、クライマーが増えていた。
 東岳に移動。私は先週2日間トライして持ち越しとなっていた「愛しのエリー」5.12a。I澤さんはペト。T橋さんは火の鳥をやるという。
 この日1便目(通算10便目)。下部はイケるようになった。右サイドの上下2つのうち上側ホールドから左のクサビ状穴を取るのに失敗。2便目もほとんど同じ。その間、T橋さんはパワフルな登りで火の鳥を落とす。
 3便目(通算12便目)。左のクサビ状をキャッチ、さらに穴に指をねじ込む。このホールドがこれまでよりも安定して取れたのは左足を置く穴の中に深く入れてトゥを効かせられたからだ。右足を少し上げ、左足をハイステップで上げ、右足を切って、右上リップのガバを伸び上がってキャッチ。これで実質終了。落ち着いて乗っ越して終了。やった。
 I澤さんはこの日2便目のペトルーシュカのトライ。このルートは最後の最後が核心で、I澤さんもこれまで悉くはね返されてきたが、とうとうレッドポイント。自己グレード更新とのこと。おめでとうございます。ここ2か月ずっとトライしているのを見ていたので、私がビレイできて良かった。
 私は残った時間で、やはりやりかけのミラージュに手を出したが、急に空が曇って来て気温がぐんぐんと下がり寒くなってきていた。下部は登れたのだが、中間にさしかかった時には指が冷たさで感覚がなくなってしまいフォール。寒いのでもう止める。それでもこの日は3人ともトライのルートが登れて良かった良かった。
 この日が今シーズンの二子通いの一つの区切りになるのかなあ。昨年11月後半から通い始めて4ヵ月半、毎週末のように出かけていた。12以上では、5.12aを6本、12bを1本、12cを1本の計8本登れたから自分としては上々かな。来期までにもっと力をつけないと。
 帰りにスーパーやおよしに寄る。ホウレンソウなど野菜がずいぶんと安く売っている。福島第一原発事故の放射能による風評で値段が下がってしまっているのだろうか。放射能に過敏になっても仕方ないではないか。もちろんホウレンソウを買って帰った。

地震から12日、B-PUMP荻窪へ

今日は荻窪に行ってきた。

課題のレイアウトが変わっている壁もあった。

あまり休まず、とにかくどんどん登った。

たくさん登って鍛えねば。

二子の常連さん達もいた。

途中、外を見ると雨が降り出していた。

お店を出る頃はそれが雪に。

寒いわけだ。

これからお風呂に入って寝る。

「愛しのエリー」5.12aにトライ 二子山

 3連休のうち1920日の土日の2日間、I澤さんと二子山に行ってきた。東北関東大震災の全容が未だ分からない中、クライミングに行ったものかどうか迷った。家でじっとしているべきかとも考えたが、被災地に救援に行けるわけではない者にできることは、節電と募金くらいしかなさそうだ。

節電を心がけるにしても、家にいれば少なからず電気は使うし、山に行かずに街に出かけたとしても、電気なり何なりを消費することになってしまうのだ。単にクライミングに行きたいというのが理由であるが、迷った末行くことにした。

個人的に最も心配なのが車のガソリンだったが、それは地震前に満タンにしてあったので、二子山なら2回行ける。次の給油の頃には関東でもガソリン不足が解消に向かっているかも知れない。

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 そういうわけで、I澤さんと待ち合わせる小鹿野町へ1人車を走らせる。とにかくガソリンを節約することに心がけ、エアコンをつけないのはもちろん、急加速をしないようにし、エンジン回転数を上げないように早め早めにシフトアップして高速道路くらいでしか入れない5速にもギアを入れて走行した。

 普段より遅めにI澤さんと待ち合わせ、私の車1台で二子山へ。林道に入ると、道路脇の山の斜面がところどころ崩れているところがあり、大きめの石が路上に転がっている。これも地震によるものなのだろう。道路の真ん中に大きな石が転がっているところがあり、このままでは通行できないので、車を降りて2人がかりで石を脇に動かした。人力で動かせるくらいの大きさで良かった。斜面の土が緩んでいるはずだから、今後も崩れることがあり得るだろう。人の手ではとても除却できないくらいの土砂崩れがあるかもしれない。今後行く人はそれを前提に行動したほうが良さそうだ。

 そうして、駐車場に無事到着。他に車は無し。快晴の空のもと、まずは祠エリアへ。ハイカー4人に会ったが、クライマーはいない。いつもの「ごんべえ」5.11a2本登ってアップとする。

 弓状エリアに移動しても、やはり他に誰もおらず、結局この日は我々2人だけの貸し切り状態だった。晴れて岩も良く乾いており、普段だったら大勢のクライマーが集まっていたことだろう。

 I澤さんは引き続きペトにトライ。前回「マイライフ」5.12aが登れた私は次にどのルートにトライしようか考えていなかった。また5.12aあたりをやろうと思い、陽当たりが良くて、ルートが短い広場エリアにある「愛しのエリー」5.12aをやってみることにした。短い分、ノースマウンテンなどの長い持久系のルートよりはムーブが厳しそうだ。

 帰宅後に過去の記録を読み返したら、昨年4月に二子に行った時に一度このルートに触っていたようだ。まるで歯が立たなかったとある。その時はそばの「クレーター」5.11bは何とか登っている。

 この日1便目。早々にテンションしながらムーブを探る。出だしのオフィドゥス状から持ちづらい穴へ、そして

 右の遠いサイドプルを取りに行く。左手でカチを使いながら、右手でさらにうえのサイドプルを取る。足位置を変えつつ、左手でクサビ状穴の中の穴に指をこじ入れ、右足スメア気味、左足ハイステップして伸び上がって右上方のリップのガバをキャッチする。これで実質終了。しかしどれも厳しめで特にクサビ状穴を取りに行くのが大変。そんなこんなで、この日は4便出して何とかムーブを確定できた感じ。クールダウンで「バカ犬」5.10cを登って終了。

 帰りに温泉宿「小鹿荘」に寄ってお風呂に入る。宿の人の話だと、地震の影響でキャンセル続出で立ち寄り温泉も我々が数日ぶりのお客だったという。閉店を普段より1時間早めているスーパー「やおよし」にぎりぎり入れて買い出しを済ませ、夕食のため「カフェまいん」へ。このお店もお客が減った上に、計画停電で大変だという。常宿の下吉田キャンプ場に泊まるのも当然我々だけ。

 冒頭にも書いたが、過度な自粛ムードで人の動きがなくなると、こういうお店や中小企業には打撃になるのだろう。大企業ならこれが長引いても持ち堪えられるかも知れないが、例えば観光地の小さな店などは客足が途絶えて、収入が激減しているはずだ。直近の問題としては、自粛ムードのほかに、単純に車のガソリンがなくて出かけられないということもあるのだろう。被災地でないところにも、こういう影響があるのだ。

 我々ができることは節電や募金といった支援や協力ことのほかに、日常の自分の仕事をするということだけでなく、休日は出かけたりしてお金を使って経済を回すということも必要だと思う。震災による経済的打撃に加え、消費が低迷し景気が余計悪くなってしまっては、ひいては被災地の復興を遅らせることになるとI澤さんも言っていた。確かにそうなのかも。クライマーが小鹿野町で使うお金などたかが知れているけれど。

要は、義捐金や物資援助という被災地向けの行動と、家に引きこもらずに出かけて消費するという両面のバランスなのかなあ。東北関東の電力不足はすぐに回復できることではないと思うが、ガソリン供給はじき回復するという報道だし。余談が長くなってしまった。

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 再び祠でアップ。少し雲はあるが良く晴れている。弓状に移動すると二子の常連3人が来ており、この日は計5人。「愛しのエリー」に引き続きトライ。この日も4便出したが、下部は行けるようになるも、左手クサビ状穴をとるところで何度もはね返されフォール。キャッチして穴に指を入れられたのは4回中1回だけ。できないムーブではないはずなので、ヨレていない時にやればそのうちキャッチできるだろう。昨年4月に触った際に1トライしていたとすると、これで通算9便。I澤さんもペトの終了点直下の本当に惜しいところでフォール。

 残った時間で、私は「ミラージュ」5.11bをやることにした。雲が出てきて、すっかり陽射しがなくなり肌寒くなってきた。前半のコルネ部分はぐいぐいと登っていけるのだが、合流する「猿の腰かけ」5.10cの終了点から先の後半のスラブが核心。ものすごく細かなカチではないのだが、二子のコルネに慣れた手には小さく感じる。そのスラブもホールドの手順をしっかり決めておけばそれほど難しくはないのだが、この日は2便目もコルネからカチに移るところで力尽きてしまった。これも次回持ち越しだ。雨も少し降ってきたのでこれで終了。

 帰り道も省エネ運転に心がけたためか、いつもよりもガソリンの減りが少なかった。やればできるものだ。

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クライミング in 沖縄

 3月11~14日、3泊4日で沖縄に行ってきた。メンバーはU野さん、S木さん、Mさんと私の4人。

【11日 残波岬(ざんぱみさき)】
 朝、羽田空港のANAチェックインカウンター前で集合。11時半頃、那覇空港に着陸。送迎バスで日本レンタカーの営業所に行き、そこでホンダ・エアウェーブを借りる。
 U野さんの運転で、初日は沖縄本島の中部西海岸にある残波岬へ。駐車場に車を停め、遊歩道を数百m歩くと、東シナ海を望む断崖に懸垂ポイントがある。すでに午後2時半頃。懸垂下降で海際へ。曇り空で風もあり肌寒い。沖縄はもっと暖かいと思っていたのに。

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 すぐに準備をしてクライミング開始。岩は琉球石灰岩というものらしい。「Squeeze」5.10b/cや「Zampa Crack」5.9+でアップする。潮でちょっとヌメる感じだ。その後、エリア左側の「Roof Canal」5.12aをやろうと取り付く。下半は何とか登って行けるも、後半で壁がかぶってきてからホールドもいきなり悪くなってきて、たまらずテンション。ヌンチャクを残置するわけにはいかないので、チョンボしながら何とかトップアウトする。降りてから分かったのだが、左隣りの「Fear of Flying」5.13aと間違っていたようだ。難しいわけだ。
 ヘリが空を飛んでからしばらく経った午後4時前だったろうか、我々が登っているところに階上から船が近づいてきた。見ると海上保安庁の船だ。船のスピーカーから「聞こえていたら手を振って応えて下さい」という声が。手を振る。「東北地方で地震があって高さ1mの津波が来るので上がって下さい。津波の到達予想時刻は午後5時40分頃です。」とのこと。
 東北の地震で沖縄に1mの津波?本当に?そう言えば2日前の9日の昼前にも東北で地震があったね、という話になった。後で街に戻ってから知ったことだが、超巨大地震による大津波で想像を絶する事態が起きていたのだ。
 現実感が湧かなかったが、さすがに津波が心配になってきたので、到達時刻になる前に上がることにした。1人ずつ登るのだが、まずは荷物とともに3mほど上がった中段のテラスに上がっておく。これなら海面ぎりぎりよりは安心だ。それから荷物を引き揚げたり、1人ずつ登った。時刻になっても津波らしい変化は分からなかったが、断崖上の草地に上がってひと安心。夜が近づく中、駐車場に戻る。短い時間だったが、残波岬でクライミングできた。懸垂下降が大変なので、あまりおススメとはいえないかな。
 車で移動中に兄から携帯電話に着信がある。名護市内の食堂に着いたところでこちらから電話をかけると、東北地方でとてつもない地震が起きて大津波が襲い、東京でも震度5強だったという。はじめは何を言っているのかよく分からなかったが、食堂に入ってテレビのニュースを見て、破局的な事態が発生していることを知った。ニュースが伝える惨状に、食べていても美味しいはずの食事が楽しめなかった。

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 宿泊するホテルは名護市街から南に行った「オキナワマリオットリゾート&スパ」という立派な建物。普段のクライミングではとてもこんなきれいなところに泊まることはない。それに、地震のことを思うと、あまりの平穏さに何か後ろめたさを感じてしまう。部屋ではすぐにテレビをつけてニュースを見た。大津波が街や田畑を飲みこむ地獄絵図に衝撃を受けた。こんなことが同じ日本の中で起こったのだ。未曾有の災害の犠牲になった人達の冥福を祈るとともに、救援を待つ人達にお見舞い申し上げます。無くなった人達に、合掌。

【12日 Kの岩場】
 起きるとすぐにテレビをつけて、NHKで地震のニュースを見る。被害の規模が広すぎて全体像がつかめない。バイキングの朝食は種類が豊富で美味しい。ここは平穏だ。荷物をまとめてレンタカーで出発。今日も曇り空だ。昨日行った残波岬や明日行く辺戸岬などはROCK&SNOW 035に載っているので知られているが、この日の行き先は、一般に公開していない岩場とのことなので、場所は内緒。U野さんがあらかじめ知り合いのクライマーから情報を得ているのだ。とはいえアプローチが分からない。現地近くまで行き、U野さんが人が集まっている某所で聞いてみることにした。するとYさんという人が案内してくれるという。Yさんもクライミングをしているそうだ。徒歩20分くらいだろうか、Kの岩場に到着。ここは1階のエリアらしく。アプローチ道を少し戻って脇の踏み跡を登った右手にある2階、逆に左に進んだ斜面にある3階のエリアも案内してくれた。Yさんの案内がなければ、絶対に辿りつけなかっただろう。ありがとう。Yさんは案内を済ませ下山。

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 U野さんが入手したルート図は1階エリアだけなので、この日はここで登ることに。「The Complete Package」5.10‐、「Hydraulic Failure」5.10、「South Pacific」5.10と易しめルートをどんどん登る。それから「Nankurunaisa(なんくるないさー)」をマスターオンサイト。ルート図には5.11+とあったが、体感5.11‐といったところ。かぶったところをガバを伝ってぐいぐいと登る楽しいルートだ。そのうち、Yさんも仲間を連れてやってきた。沖縄にもクライミングを楽しむ人たちがいるのだ。

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 私は続いて「なんくるないさー」の右隣りにある「Open Project」5.??とあるルートにトライ。ボルトはしっかり打ってあるのだが、5.??ということはこのルート図作成時点ではまだ完登できていないということか。かぶった大ガバアンダーから上部を取って抜けるのが核心のようで、1便目はそれが分からずテンション。ムーブを探りながら何とかトップアウト。どうやらイケそうだ。しかし2便目は足さばきに迷って再びテンション。Yさん達が持っていたイラスト無しのトポでは、このオープンプロジェクトのルートには5.13aと記載してあった。
 3便目でようやくレッドポイント。グレードは5.11+といったところ。5.12もない。もちろん5.13も絶対にない。しかし、しっかりとしたガイドブックに載っているわけではない、こういったルートを登るのも良いものだ。これからも地元クライマーに静かに登っていてもらいたいから、やっぱり場所は内緒。
 下山して、集まりが行われている所で、福島第一原発の建物が爆発したと聞く。事態がさらに深刻になっている。どうなってしまうのか?クライミングは楽しかったのだが、重い気分のままホテルへ。

【13日 辺戸岬宇佐浜】

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 起きてすぐにテレビで地震のニュースを見る。被害の全体像が依然分からない。昨日と同じくバイキングの朝食。今日は天気が良さそうだ。行き先は沖縄本島最北端の辺戸岬(へどみさき)。そのすぐそばの宇佐浜(うさはま)というビーチの端に岩場があるのだ。ホテルから辺戸岬まで数10㎞ある。昨日からレンタカーは私が運転している。右ハンドルのオートマ車を運転するのは久しぶりだ。
 R58号から岬方面への道に入り、ドライブインのある辺戸岬に至る前に右に分かれる道に入る。沖縄独特の墓地が並ぶ所に駐車スペースがあるので、そこに停める。その少し先からビーチに下りることができ、そのビーチの反対の端に岩場が見える。

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 それにしても良い天気だ。Tシャツを脱いで上半身裸になる。他に誰もいないし。岩壁の手前にアンダギー岩という大きな岩がそびえ立っている。さらにその手前にハーフドームボルダーという岩が立っている。

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 まずはアンダギー岩の東面にある「ハブバリ」5.10a/bをアップ。陽が当たって暑いくらいだ。続いて「初日の出」5.11aにトライ。出だしが核心で手順を誤りフォールするも、すぐに登り直してレッドポイント。

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 北面に移って「アンダギーマン」5.11a/bをマスターオンサイト。おススメのルートだ。アンダギー岩の裏に位置する岩壁のアンダーウォールにある、人気ルート「うるま」5.12aに手を出すも、2ピン目付近のホールドがヌメって登れない。何度かトライするもどうも無理そうなので、ヌンチャクを回収して敗退する。
 再びアンダギー岩に戻り、北面の「アンダギーカンテ」5.11bをマスターOS。下部は易しく、上部カンテで左に回り込み上がるところが核心。続いて「シークワサー」5.11bとその延長版である「シークワサー茶」5.11b/cをフラッシュ。他の皆もいろいろ登っている。最後にアンダーウォールの「ブエノチキン」5.11bもマスターOS。5.11台前半をたくさん登った。浜辺でのどかなクライミングだった。

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 展望台や辺戸岬を見物して、国道を名護方面に戻る。名護近くのレストランに入り、ステーキをがっつり食べる。おいしい。

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ホテルの部屋では毎晩のことだが、つまみを食べながら泡盛を飲む。しかし地震のニュースを見ながらなので、楽しめる気分ではない。東京も相当揺れたらしく、家の様子が心配だ。その東京に明日には帰るのだ。

【14日 再びKの岩場】
 最終日は再びKの岩場へ。アプローチの道はもう覚えた。2階エリアに行き荷物を広げるが、ここは岩が苔生しているのでパスし、3階エリアに行く。山の斜面にある岩壁にボルトがいくつも打ってある。ルート図がないので、適当に見繕って登ることにするが、多くは易しいものばかりだ。上のほうに登ったところに、3階エリアで唯一とも言えるコルネが発達したルートを発見。いくつものコルネを伝っていくルートで、このエリア一番のおすすめルートかも。

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 さらに右上・中央・左上とルートが3本固まったところがあり、そのうち右上するルートは、出だしから右へトラバースし上に抜けるのが核心で、これもおすすめだ。
 そんな感じで7本くらい登って午後3時に終了。すぐに荷物をまとめて下山する。6時までに那覇のレンタカー会社に車を返さないといけないのだ。無料化されている高速道路を走り、5時過ぎにレンタカー会社に到着。少し早いが那覇空港にバスで送ってもらう。

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 空港から東京の実家に電話をすると、スーパーが買い占めで商品ががらがらで、電池も売り切れているという。電車も動いていないらしい。仕事などを無視できれば、このまましばらく沖縄で過ごしていたい気分だが、帰京しないわけにはいかない。夜7時半に予定どおり離陸。9時半過ぎに羽田空港に着き、預けた荷物を回収し、解散した。電車の運行は大きく減らされているらしい。U野さんとS木さんは今夜は空港内で泊まるという。Mさんは家が遠いので、都内の知り合いの家に泊めてもらうとのこと。私は電車が動いているようなので、何とか自宅を目指すことにした。
 東京モノレール~都営大江戸線~西武池袋線と乗り継いで行ったが、どれも車内は空いていて座ることができた。ぎゅうぎゅうに混雑していると思っていたので、ちょっと意外だった。日付が替わる頃に自宅に到着。部屋の中がどれだけ地震の被害を受けているか心配だったので、ドアを開けるときはちょっとドキドキしたが、棚の上の物が多少床に落ちた程度で済んだ。食器が割れているということもなかった。ひとまず安心。
 現在でも大震災の被害の全貌は分かっていない。死者・行方不明者は膨大な数だ。あまりにも痛ましい。亡くなった方々のご冥福を祈るとともに、避難されている方々がより良い救援を受けられることを願うばかりです。私にできることは節電と募金くらい。今は便利なもので、日本赤十字社のHPからカード決済で簡単に募金できた。献血にも行こうっと。

ベースキャンプ6

ひと月ぶりにベースキャンプへ。

あまり休まず立て続けにトライしていたら、腕の筋肉よりも掌の皮が先に参ってしまった。

2時間ほどやって終了。

調子はいつもどおりといった感じ。

「マイライフ」5.12a RP 二子山

 356日の週末も二子山。昨年11月下旬から毎週のように二子に通い続けて、とうとう3月に。二子で越冬したことになるかな。

5日】

 数日前に降雪があったようだが、私の車でも立ち往生することなく林道を走行できた。アップのため祠エリアへ。「ごんべえ」5.11a2度登る。良く晴れて陽射しが暖かい。

 弓状に移動し、先週3便やった「マイライフ」5.12aに引き続きトライ。前日まで結構気温が低かったせいか、陽射しはあるものの岩自体は冷たい。熱容量の関係で、数日の寒さで冷えた岩は、その日の陽射しと気温の高さだけではすぐには温まらないということかな。というわけで、久しぶりに焼き石を用意した。

 マイライフ、この日1便目(通算4便目)。ムーブを忘れていて早々にテンション。岩も冷たく指の保持力が落ちる。いちおうトップアウトしておく。

 ルートが短いせいか、延々とレストする必要も感じない。1時間少しで次の便を出すことにした。通算5便目。スタートから左上、3ピン目から右にトラバースして、直上、最後に少し左にトラバースして終了。この右トラバースをして右手ガバ穴を取ったところでテンションしてしまう。岩が冷たいせいか、ガバのはずなのに指のかかりがいまいち。それと穴の中が少し湿った感じがする。染み出しが始まる季節に入りつつあるのだろうか。

 通算6便目。前便とまったく同じところでテンション。う~む。

 日が伸びて登れる時間が長くなったおかげで、もう1便出すことにした。通算7便目。ヨレているせいか、もって手前でテンションしてしまう。あらら。今日はここまで。

 I澤さん、U野さん、T橋さんはペトにトライ継続中。K端さんはノース。

小鹿荘で温泉、スーパーやおよしで買い出し、カフェまいんで夕食、下吉田で泊まるという、いつもの黄金パターン。

6日】

 ごんべえを2度登ってアップ。このごんべえも何度登ったことか。この日は雲が多く寒いくらいだ。弓状の岩は冷たいだろうなあ。

 マイライフ通算8便目。コルネの中の湿り気は前日ほどは気にならなかったが、逆に冷たさは前日以上。右トラバを終えた同じところでテンション。

 午後1時頃に通算9便目。右トラバから足を右方に出し左手を上に出すことができた。そこで足が滑って落ちてしまったが、初めて下から続けて直上部分に一手を出せた。

 1時間ちょっと休んで通算10便目。さらにほんの少し上まで手を出せた。岩も午前中よりはほんの少し冷たさが収まっている感じ。焼き石はチョークバッグに入れておくが。

 U野さんが早めに帰ったあとの通算11便目。この日もすでに4便目だ。毎回トップアウトはしているが、しかしそれほど疲労感はない。スタートから、二つ並んだコブ状を右足で連続ヒールフックしながら左上し、3ピン目へ。そこから右にトラバースするのだが、その際は微妙に左足、右足とちょっとしたキョン。このキョンが身体が安定して良いのだ。例の右手ガバ穴から上部コルネを左手中継後、左手で取り、右足深キョンにして右手でさらに上を取る。キョン足を返して左足を左方に伸ばし左手を出す。再び右足深キョンで右手を寄せる。終了点左のガバ穴を取り足を踏み替えたり上げたりしてクリップして終了。やった。

 かぶった短めのルートで力を要するが、序盤のヒールフック2回、中盤の浅いキョン2回、終盤の深キョン2回が登れた要因だと思う。身体が岩から剥がされたり開きそうになるのを、こうした足さばきをすることでずっと安定感が増すのだ。

 今期の二子通いで、5.12a5本、12b1本、12c1本登った。もうしばらく二子には通うと思うが、残り時間も少なくなってきた感じだ。歯が立たなくてやりかけにしてある「任侠道」5.12dにトライするだけトライしてみようかなあ。う~む、ちょっと考えよう。次の週末の行き先は…、帰ったらまた日記に書こう。

八ヶ岳 南沢大滝アイスクライミング

 3月1日、一週間前の霧積に続きHN田さんと再びアイスクライミングに行ってきた。行き先は八ヶ岳の南沢大滝。南沢大滝は3年前の3月2日に訪れている。その時は腕が張って力尽きてしまい、途中で降りて他の人に替わってもらうという力の無さを思い知らされた記憶がある。今回はそれを払拭すべくレッドポイントするのが個人的な目的だ。

 前夜HN田さんを乗せ、首都高~中央道経由で諏訪南ICで降りる。美濃戸口に建つ八ヶ岳山荘の中で夜11時半には寝ることができた。
 翌1日はまだ暗い5時に起床。荷物をまとめて6時10分頃に出発。私の車では上の赤岳山荘までは入れないのでここから歩かなければならないのだ。この頃には外はずいぶん明るくなってきた。凍った路面で転びたくないので最初からアイゼンを付けて行く。アイス用のアイゼンはザックに入れ、縦走用のを装着。最近はアイゼンを使うような山行に行かないので、こういう時に遠慮なく使うことにした。Imgp3135
 途中、男性二人組に会っただけで、50分ほどで赤岳山荘に到着。私はアイスマスターというボリエールの靴を履いていたのだが、右足の踵が靴擦れして痛くなってきた。HN田さんに靴擦れ防止パッドをもらって貼った。これでずいぶんと痛みが軽減された。ところどころ青空が見え風もないが、予報では午後から崩れるはずだ。
 美濃戸山荘のところから北沢の登山道と別れ南沢に入る。防寒具やギアなど用心してたくさん持ってきたものだから荷物が重い。だんだんと足取りが遅くなり、すたすたと歩くHN田さんに付いて行けない。
 南沢大滝・小滝に入るところで、HN田さんが待っていてくれて、誰かに電話をしている。ドコモだとこんな山中でも通話できるのだ。私のはauだが、とっくに圏外なので電源を切っている。私の古い機種は来年7月で周波数の関係で使えなくなるのだが、これを機会にドコモに換えるかな。携帯電話会社を換えると手数料とかで余計な出費がかかるが、これからもずっと山に行くことを考えれば、使いこなせないほどの高機能で比較するのではなく、通話エリアの広さで選択すべきかも。思い返せば、携帯電話が急速に普及しだした10数年前は携帯各社は通話エリアがどんどん拡がっていることを盛んに宣伝していたが、今はそんなことは聞かない。その間、一向にauがドコモのように山中でも使えるようにならなかったのは、auの怠慢と言われても仕方ないだろう。
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 さて、話を八ヶ岳に戻そう。まずは小滝に行く。着いたのは8時35分くらい。小滝は右側の氷が崩れてしまったのか途切れているが、残りはしっかり氷がある。週末にたくさん人が来て登られているようで、表面は穴ぼこだらけだが。この日は平日なので我々二人だけの貸し切り状態。餅入り粉末お汁粉をお湯で溶いて食べてから、まずは私がリード、HN田さんがトップロープで登ってアップとした。

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 午前11時前に大滝に移動した。この頃になると空が曇ってしまいガスも出てきた。南沢大滝は3年前に訪れた際に感じたよりは大きくなく、傾斜も無いように見えた。これなら十分登れそうだ。HN田さんも以前訪れた時よりも傾斜がないと言っていた。が、帰宅してから見た3年前の写真と見比べると、氷の付き方は多少違いはあるにしても、それほど傾斜が異なるようには見えない。いずれにしてもたくさん登ろう。まずは持参したスコップで雪を切り崩し、荷物置き場を作る。それからチャイ風生姜湯というのを飲んだ。今はいろいろな味のものが売っていて便利だ。温まる。

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 リード&フォローで登ることにして、1便目は私のリード。滝の右寄りに取り付く。下部の斜度が緩いところでスクリューを2本。上部で4本使った。先週登った霧積の隠れ橋の氷瀑より少し難しいといった感じのグレードか。 アックステンションせずにところどころスクリューをセットしながら登り滝上に抜ける。もっとスクリューを使わずに登ることもできるのだろうが、セットするのも練習だから良いだろう。滝上の向かって右側(左岸)の樹木にぼろぼろの残置スリングを見える。そのスリングは使わずに、フォローで登るHN田さんをビレイする。3年前には歯が立たなかった南沢大滝も、今回けっこうあっさりと登ることができたので、少しは力がついたのかなあと実感(ダブルロープが交差してしまったけど)。

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 懸垂下降して、今度は抹茶オレを飲む。寒い時にはこういう甘い飲み物が美味しい。ちらちらと雪が降ってきている。2便目はHN田さんのリード。滝の中央あたりを登る。途中アックステンションしながら、使ったスクリューは5本。見事滝上に抜ける。HN田さんは先週、霧積に行った際にアックスの振り降ろし方を手首のスナップを利かせるようにしてから、無駄打ちがずっと減って、この滝もきっちりとリードして登った。

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 私はフォローで登るも、アプローチで濡らしてしまったアイス用のグローブがあまりにも冷たくて指の感覚がなくなりそうだ。早く下りて予備の手袋に交換したい一心で、がつがつと急いで登って、すぐに懸垂下降した。
 雪の降りが強くなってきて、荷物が雪まみれになる。時刻は14時40分頃。あと1便は登れるので、私はウールのグローブにオーバー手袋を重ねて、3便目を出した。取り付いたのは滝の左寄り。上部では凹角っぽいラインを登った。これまたテンションすることもなく抜ける。HN田さんも登ってきてすぐに下降した。
 取り付きに戻ると荷物はさらに雪に埋まっていた。パッキングを済ませ、16時10分に下山開始。下りは速い。美濃戸山荘に着いたところで、私はアイゼンを縦走用のに替えた。HN田さんはここからはアイゼンなしだ。17時半頃、車を停めた美濃戸口に帰着。普段こんなに長く歩かないものだから、疲れてしまった。
 立ち寄り温泉「もみの湯」で冷えた身体を温める。アイスの後の温泉は極楽じゃ~。先週の霧積と今回の南沢大滝と、なかなか行く機会のないアイスクライミングに二度も行くことができて良かった。同行してくれたHN田さんに感謝。

二子山 & 兜岩

22627日の週末は、二子山と兜岩へ。

26() 二子山

いつもどおり祠でアップ。暖かくて焼き石はいらない。弓状も暖かい。着ていたアンダーシャツとタイツを脱ぐ。極寒の1月はこのメリノウールのアンダーウェアが必須だったが、着ていると今はもう暑過ぎるくらいだ。

任侠や唐獅子あたりは10人待ちとのこと。U野さんが崩れかけた斜面際の荷物置き場を補修するために針金や土嚢袋を持ってきた。横に渡した木を針金で固定したり、岩場に置いてあるスコップを使って皆で土嚢を作って並べた。弓状は取り付きが斜面なので、こうして足場作りをしないと少しずつ崩れていってしまうのだろう。

待ち時間が長そうなので「マイライフ」5.12aを初めてトライすることにした。先日買ったアナサジアローヘッドを下ろす。新品なのでちょっとキツい感じだが、じき慣れるだろう。新品なので当然エッジが効いて良い感じ。

マイライフ1便目。かぶりがキツくて結構大変だ。テンションしながら何とかトップアウト。

順番が回って来て、任侠道にトライ(通算6便目)。途中テンションしながら、両手アンダーの5ピン目までは来れた。しかしその先、左上ホールドを取ってさらに上がることがやはりできない。諦めて降りる。どうも埒が明かないので、任侠はこれでお終い。マイライフを再びやることにした。

マイライフ2便目。テンション回数はずっと減った。トップアウトする。

夕方、マイライフ3便目。ヨレているが雄たけびをあげながら登るも、やっぱりテンション。3ピン目4ピン目が左右に並んでいるのだが、I澤さんの話では、左は「ピヨピヨ」のためらしく、マイライフは右だけにヌンチャクを掛けるらしい。

4ピン目付近の右手ガバ穴では、私は指4本全て入れるのではなく、小指を入れずに3本だけ入れると保持が良い。その際、薬指が当たって痛いのであらかじめテーピングしておこうと思う。要は小指がその痛さに耐えられないのだ。

I澤さんはペトの核心を取りに行く時に左脇腹を痛めてしまい、大事を見て以降のトライを取り止め。痛そうだ。T橋さん、U野さんもペト、Mさんは火の鳥、K端さんはノースにトライ。

帰り道は凍っていて滑る。転んでしまった。小鹿荘で温泉、スーパー買い出し、カフェまいんで夕食、下吉田泊。

27() 兜岩

 U野さんは仕事のため、朝別れて帰る。残った5人で7時半に車3台で下吉田を発ち、途中で2台を停め、I澤車1台に5人が同乗。雁坂トンネルが有料なので台数は少ないほうが良いのだ。

 兜岩(かぶといわ)は山梨県の石和近くにある兜山の中腹にある岩場。兜山は山梨100名山に選ばれてから登山者が増え、登山口の駐車場やトイレが整備されたらしい。9時半頃に登山口到着。暖かい。少し前に積雪40cmなどという情報があったが、本当だろうか。そんなに雪があった様子もない。

30分も歩いてないと思うが、二つあるエリアの一つ大手門エリアに着く。二子の常連A井さんペアも来ている。私は一昨年11月に二度兜岩に来たことがあり、その時に「てんとう虫のレクイエム」5.11cと「カチッとマントル」5.11cを登っている。また、「フィジカルアップ」5.12aがやりかけとなっていた。

アップ後、D岩にあるそのフィジカルアップをやることにした。しかし、細かなカチホールドの保持力が落ちているし、苦手のスラブ・カンテ状ルートに苦戦。チョンボ棒も使いながら何とかトップアウトするもこれで打ち止めとする。ヌンチャクを回収。このルートは封印だ。もうやらないかも。

下に下りて、B岩の「祝退職」5.11bにトライ。過去の記録を読むと、一昨年来た時に一度触っているようだが、記憶にない。右寄りから取り付いてしまいえらく難しくテンションしてしまう。すぐに左寄りからスタートするとそのまま完登。

T橋さん達のいるA岩へ。凹角状を登る「ブリム・オブ・スカル」5.11bをマスターオンサイト。快適だ。

皆が「ハローワーク」5.11aにトライしている。T橋さんがRPしたのに続き、脇腹を痛めているI澤さんも渾身のRP。私もフラッシュ。

午後3時をまわり、どれにトライしようか考え、A井さん達が登ったB岩の「フラッシィ」5.11bにトライすることにした。出だしから数手がボルダーちっくのようで、マスターで取り付くも、乗りあがれずテンション。ホールドとムーブを確認するとイケるのが分かった。中間のマントルは易しいが、後半もそれほど気が抜けない。少し休んで2便目で確実にRP

最後にA岩の「チキンちゃん」5.11aをマスターオンサイト。下半分は階段状のアプローチ。上半分は一見難しそうだが、岩の切れ目にガバホールドが続いており、ぐいぐいと登って行ける。

5.11abばかり5本登った。薄暗くなる中、下山。石和方面の夜景が眺められる。神奈川県に住むT橋さんを中央本線の春日居駅に送り、4人は再び雁坂トンネルを越えてから解散。帰宅したのは夜10時過ぎ。

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