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冬富士を登る

12/9夜発~11

 冬の富士山を登ってきた。これまで何度か富士山には登っているが、冬は登ったことがなかった。夏の富士山は子どもでも登れるので、一般観光客ならそれで「富士山に登った」と言えるけれど、山を登る者としては積雪期の富士山を登らないと、富士山を登ったと言えないのではないかという思いがあった。それだけ冬富士は厳しいはずだ。

 今回、山岳会のH谷から富士登山の提案があった。H谷さんは還暦を過ぎているけれど、今夏ヒマラヤの8,000m峰を登ってきたところだ。加わったメンバーは4人。たまにクライミングなどに一緒に行くIS見さん、これまたここのところジムに一緒に行くO石さん、山スキーをやるというT井さん、それから私。

 過去富士山には何度か登っている。

中学2年と高校1年の時に富士吉田口から夜間に登ったのだが、いずれも浅間神社までで、剣ヶ峰までは行っていなかった。

その後、10年程前に再び富士吉田口から夜に登り始め、ようやく剣ヶ峰を踏んだ。

それから4年前に、富士山に登ってみたいと言う職場の女性二人を伴ってこれまた富士吉田口から夜に登り始めてそれから5年前に、富士山に登ってみたいと言う職場の女性二人を伴って登ったのが4回目。

その後、山岳会の雪上訓練で馬返しから6合目付近まで登ったのが2回ある。

さらに、3年前の5月の連休にも行ったのだが、この時は風が強く8合目付近で引き返したことがある。

前回登ったのは昨年9月で、何度も登った吉田口ではなく、富士宮口から半日で登ってきた。

 今回は、金曜日の夜に東京を発って、初日の土曜日は馬返しから佐藤小屋まで。日曜日は未明から登り始めてお鉢巡りをして下りてくるという計画だ。

富士山は、晴れた朝には職場の建物からよく望めるので毎日のように眺めていたが、前々週までは上の方しか白くなっていなかった。それが数日前からの降雪で、一気に見える範囲が白くなった。雪山らしい様相になってくれた。これなら佐藤小屋のあたりも積雪がありそうだ。

 9()夜、車2台でそれぞれ富士吉田に向かう。私の車にはT井さんとO石さんを乗せていく。迎えに行ったO石さん宅からはO石さんに運転を代わってもらい、私は後部座席で寝る。

 富士吉田ICで下りて、コンビニでH谷車と合流後、道の駅富士吉田へ。道の駅には登山姿の人達が他にもたくさんいてテントを張っていた。明日は多くが富士山に行くのだろうが、必ずしも山頂を目指すとは限らず、この時期、雪訓をやる山岳会も多いはずだ。我々もT井さんが持ってきたエスパースを張って寝る。私は新たに買った冬用シュラフ・イスカエア810で寝てみたが、5人でぎゅうぎゅう詰めということもあるが、暑いくらいだった。

10()

 この日は佐藤小屋までしか登らないのでそれほど急ぐ必要もないのだが、6時には起きることに。眠いし寒い。荷物をまとめて車2台で馬返しに向かう。ダートに入った先から路面に雪が現れてくる。ずいぶん進んでもうすぐ馬返しかというところで、道路の勾配がわずかにきつくなり、2駆の私の車ではタイヤが空転するようになってしまった。T井さんと私が車を降りて、運転していたO石さんを誘導する。少し戻った道路脇に車を停め、馬返しまで車で行けたはずのH谷さんとIS見さんのところまで歩く。馬返しを発ったのは745分頃。過去3度歩いた登山道を登って行く。1合目、2合目と進み、雪は少ないものの少しずつ増えてくる。

Imgp4765

佐藤小屋に着いたのは10時半頃。空は快晴だ。たくさんのパーティーがテントが張っている。佐藤小屋のテント場はいっぱいだったので、少し上の星観荘の前にテントを張った。隣りには某山岳会が2張りテントを張っている。少ないが新雪が積もっているので、水にするために袋に雪を入れる。時間はたっぷりあるので、テントを張り終えてからちょっと上まで登ってみることにした。

空身でアイゼンは着けずに、ピッケル片手に6合目まで登る。道中あちこちにテントが張ってあって、人も多い。滑落停止の訓練をしているパーティーもいる。我々も斜面でやってみるが、雪面が固く凸凹しているので痛い。滑落停止をほどほどにして、テント場に戻る。

まだまだ時間が早いのだが、午後2時くらいにはテントに入って、各自持ち寄った食材で鍋を作る。鍋奉行はT井さんだ。調味料もあれこれ出てきて、刻んだニンニクも用意している。マメだなあ。暗くなる5時には早々に寝る予定で、それまでの数時間、雪を溶かして、ひたすら鍋料理を作って何杯も食べた。お酒も少しだけ飲んだ。満腹になったところで、寝不足もあってとろとろと眠くなってくる。予定の5時頃には寝袋を出して、ぎゅうぎゅう詰めになって皆で寝ることにした。鍋で水分を摂り過ぎたせいか、何度かトイレに立つためにテントを出る。晴れた夜空に満月が浮かんでいる。きれいだ。そういえば今夜は皆既月食だとIS見さんが言っていたが、結局それを見ることはなかった。

隣りのテントも静かになった夜8時頃だったろうか、外で大声をあげている人がいる。聞いていると、どうやら県警のようだ。学生がいないかと声をかけて廻っている。そういえば数日前に単独で富士山に入った学生が行方不明になっているとネットのニュースで読んだ。その警察がテントの前を通りかかった時に話したのは、その学生はまだ見つかっておらず、それとは別に今日6合目で1人死亡する事故があったとのこと。また、上のほうの閉鎖中の山小屋に登山者が避難したらしいとのこと。冬の富士山は普通に人が死んでしまう危険地帯なのだと、改めて認識する。あとで知ったところでは、死亡したというのは外国人らしく、学生を捜索していた県警がたまたま発見したようで、死んだのがこの日なのかどうかは分からない。

テントの中では私は端に寝ていたので、暖かい寝袋とはいえテントの側面に当たる側が寒い。しかも夜中に強い風が長々と吹いていてテントを揺らす。その風も深夜には収まったようだ。ウトウトと睡眠と目覚めを繰り返す。

11()

 深夜2時起床。残った材料にうどんを加えて早い朝食とする。とにかく寒いだろうと思い、私は上も下も何枚も重ね着をした。ダウンジャケットも重ねる。登山口にスパッツ。アイゼンも出発時から着けておくことにした。ヘルメットはかぶるが、ハーネスやロープなどは持ってきていない。万一誰か滑落しても止められないので、一緒に登るとはいっても各自注意して登るだけなのだ。その分、身体を拘束されず軽い。ザックにテルモスと行動食、小物類を少し入れただけで、背中の荷物は軽い。ヘッドランプを点けて予定どおりまだ暗い4時にテントを発つ。満月が相変わらず明るい。下界の街の灯りも鮮やかだ。東京のほうは一面光で埋め尽くされている。

 手は薄手の手袋にウールの厚手、さらにオーバー手をしているのに、それでも指先がかじかむ。H谷さんが教えてくれたのは、手をぶんぶんと何十回も振ると遠心力で指先に血が巡るというものだ。やってみるとほんの少し実感できる。

 昨日登った6合目からは木もなくなり風が強くなってくる。着こんでいるので少し暑く感じるが、上のほうは風がもっと強いだろうから、これで良いだろう。今夏マナスルを登ったというH谷さんを先頭にゆっくりと登って行く。この日のためにアイゼンの爪を研いでおいた。東の空が少しずつ赤く明るくなってくる。640分過ぎだったろうか、太陽が顔を見せた。思わず太陽に向かって手を合わせて登山の無事を祈る。

 明るくなってヘッドランプの灯りはもう不要だ。7合目、8合目と上がるにつれて、風も強くなってくる。風は常時吹いているのだが、特に強い風が吹くと耐風姿勢を取って風をやり過ごす。しかし、身体ごと飛ばされるような風ではないから、登山は続けられる。前日は晴れていたものの、もっとずっと風が強かったらしい。休憩時にはポケットに入れておいた行動食を口に入れる。私のテルモスは500mlなのだが、ちょっと少なかったかな。H谷さんが、8合目から出発する際に、では行きましょうと皆に声をかけると、4人がよっしゃーと応える。皆テンションが高くて良い。Imgp4789

風が強いこともあって、そのH谷さんのペースが少し落ちる。T井さんと私が前に出て、歩を進める。やがて浅間神社の鳥居が見えてくる。そこに至る凍った雪の斜面を慎重に登る。登ることそのものは何でもないはずなのだが、強風で身体が振られて滑落をするのは怖い。各自の間が少し開いたが、まずは私が浅間神社に到着。午前107分。続いてT井さん、O石さん、それからH谷さんとIS見さんが登って来た。まずは一安心。

 H谷さんがちょっと疲労気味なのか、剣ヶ峰に行くのを止めようと提案したのだが、時間もまだまだ早く風があるとはいえ冬富士にしてはコンディションが良いはずなのだから、折角だから山頂まで行こうとT井さんと私が進言して、お鉢巡りは止めるものの、山の斜面が風避けになる北側から剣ヶ峰を往復することにした。ここまで来て、気象条件も身体の調子も良いのに、山頂に行かないのはあまりにももったいない。

 緩い雪の斜面を下ったり登ったりして、剣ヶ峰に到着。やった。H谷さんも着く。Imgp4796

皆で記念写真を撮る。見渡したところ、他には誰もいない。風が強いとはいえ、快晴の富士山の山頂に登ってくるのは、冬ではやはり限られた人間だけのようだ。来たところを戻るが、浅間神社に至るまでに、私はどうやらエネルギー切れになったようだ。神社の前で座り込んで行動食をとる。標高も高いこともあり、息苦しく少し疲れが出たようだ。こまめに食べてエネルギー補充する。今回は、パワーバーをちょこちょこと食べた。寒くても固くならないタイプもあるらしいが、持参したのはカチカチに固い。ピッケルで叩いて割って、それをそのままポケットに入れておく。寒くて溶けないから、そのまま入れておいてもポケットが汚れない。

 浅間神社に戻ったのは正午5分前。下りはしばらくは急な斜面を下りていくので気が抜けない。アイゼンの爪を効かせて下りていく。急なところを過ぎると、あとはどんどんと下って行くだけだ。ただとにかく下って行くだけ。空気が濃くなってきたのか、山頂にいた時のような息苦しさもなくなってくる。

 晴れていて展望が良く、河口湖に山中湖、三つ峠などの近くの山々、奥秩父、八ヶ岳、甲斐駒、さらに遠方の山々も望みながら下って行く。14時半前にはテントに帰着。着重ねした服を何枚か脱ぐ。荷物をまとめて馬返しに向かって再び下山開始。

 すでにアイゼンは外してあるので、薄いながらも固い雪の道を下って行く。山頂からがんがん下って来たので、さすがに疲れてくる。3合目での休憩をはさんで馬返しについたのは1640分頃。私の車までさらに車道を下りていく頃には暗くなりかけていた。ともあれ無事下山。荷物を車に載せ、2台で富士吉田の街にある牛丼チェーン店へ。つまり、すき家。若いO石さんとIS見さんは隠しメニューというキングサイズ牛丼を注文。O石さんは見事に平らげ、力尽きたIS見さんは残りを持ち帰り用容器に入れてもらった。それにしてもキングサイズは尋常な量ではなかった。

 帰りの中央道は小仏トンネルの大渋滞も全くなく、思ったより早く帰ることができた。しかし、氷点下の中、風に吹かれて長時間行動したのでさすがにクタクタだ。湿った荷物を部屋の中にぶちまけてから、風呂に入りさっさと寝る。ああ、疲れた。でも、冬富士に登れたのは本当に良かった。メンバーもやる気満々で、会心の登山だったといえそうだ。

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