« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

成人の日の三連休② 河又・雷岩

[9日 河又・雷岩]

 翌日は河又の雷岩に皆で行くことにした。コウモリ岩には何度か来たことがあり、デザートソング5.12aも登っているが、雷岩は初めてだ。コウモリ岩のほうからも行けるらしいが、アプローチは上の車道から25分ほど山道を歩くことになる。

 駐車スペースから山道をゆっくり20分ほど歩くと左手に下って行く。小泉エリアを通り過ぎると雷岩に着く。その先には蛇岩があるらしい。

 まずはレンコン畑5.10aをアップでオンサイト。他の皆も登る。続いて、こがらし5.11aにトライするも、出だしからの一連のムーブがけっこう手強く、声をあげながらの3便目でようやくレッドポイント。Mさんがトライしていた隣りのルート、カミナリ族5.11bは出だしが大変で、1便目はすぐフォール。しかし、そこでムーブを見つけて2便目で登れた。私の場合、スタートのガバを右手、その左上にある逆三角状ポケットをちょっとガストン気味に左手、右足をスタートホールド近くだったかどこかに当てて、右手ガバと左手に寄りかかるようにして、クロスで左上の水平カチを右手で取りに行く。それが取れたら身体を戻して左手で左方のサイドホールド、さらに右上の斜め状ホールドを右手で取りにいく。さらに左上のクラック状をこなせば後は易しい。午前中だけ仕事をしてきたというI澤さんも午後から合流。

 サンダー・ボルト5.12aをやっている人がいたので、ヌンチャクを使わせてもらって自分もやってみることに。1便目はレストが短かったせいか、指がヨレてて、テンションしながら下部だけやって下りる。2便目は下部はこなせたものの中間部でテンション。細切れに登って、上部の傾斜が少し変わるあたりの遠いホールドなどを取りに行くところまでをやってみたが、右上に見える終了点までトップアウトはできなかった。

 しかし、まるでできないわけではないことが分かったので、いつかまた雷岩には来てみたいものだ。

成人の日の三連休① 「SVP」5.12b RP 二子山

 三連休初日の7日は、年末年始とずっと出かけていて家のことができなかったので、片付けをしたり記録を書いたりと家で過ごした。そして、翌8日は二子山、9日は名栗の河又でクライミングしてきた。この2日間も良く登った。

[8日 二子山]

 この日は、一人で一足先に祠エリアへ。何度か会ったことのあるH出さんグループが来ていて、ビレイしたりしてもらったりしながらアップしていると、I澤さん達がやってきた。T橋さん、K藤さん、O形さん、Mさん、H野さん。

 アップでごんべえ5.11aを二度登ってから弓状に移動。目標ルートは当然SVP5.12bだ。ヌンチャクがかかっていて助かる。これまで11便出していて、フォールの際に逆さまになって岩に背中を打ちつけたこともある因縁のルートだ。

 午前11時頃に1便目(通算12便目)を出す。久しぶりにチョークバッグに焼き石を入れて登る。昨年1月のようなものすごい寒さではないが、特に冷たい下部はやはり焼き石があって正解だ。しかし、5ピン目のフレーク付近でテンションしてしまう。しかし、リングボルトの先の7ピン目付近のコルネの処理ではムーブを修正したことで、ラクにイケることが分かった。これが良かった。

 良く晴れてぽかぽかと暖かいが、気温はせいぜい3℃くらい。昼をはさんで2時間余り休み、午後1時半頃に2便目(通算13便目)を出す。午前中よりも幾分岩が冷たくなくなっている。しかし焼き石を持って行って正解だったと思う。登っているうちに少しずつ指が冷えてくるので、ちょこちょこと焼き石で指を温められた。

 4ピン目付近のコルネにニーバーでレストする人が多いが、私はどうもそれがうまくできないので、ここではレストはしないで5ピン目の遠いフレークを目指す。そのフレークが取れクリップしたところで、片手ずつシェイクさせる。6ピン目は長めのヌンチャクがかかっているおかげで、フレーク下側のよくきくヒールフックでクリップできる。その先のリングボルトにかかったヌンチャクはどうもクリップがしづらいのでとばし、右上部のコルネを左足キョンで伸び上がって左手でキャッチ。右手をすぐ上側に逆手でマッチ、さらにその上に左手を持ち替えるとそこが持ち良く、7ピン目クリップ。右隣りのコルネを下からアンダーで取ると身体をあげやすく、そのあとは左のコルネをたどって右に移ると、おいしいよーに合流する。

 こうしてSVPをレッドポイント。やった。というか安心した。目標のルートが登れたので、今日はもう登らなくても良い気分だったが、時間があるので、既登のマイライフと前半が同じ「ピヨピヨ」5.11bをやってみることに。しかし2便出すも既にヨレていて登れず。そのうちまたトライしよう。

 T橋さん達が下吉田に泊まって翌日は河又に行くというので、私も混ざらせてもらうことにした。8人でスーパーやおよしで買い出し、星音(せいね)の湯でお風呂、カフェまいんで夕食を済ませたあと、翌日仕事のあるI澤さんと別れ7人で下吉田キャンプ場泊。ワインをずいぶんと飲んだ。

ジムの登り初め、ベースキャンプへ

 15日。新年最初のジムは三が日の伊豆の疲れが残っていたのか、のんびりとした感じで登った。近く出かける山行の計画の話しをしながらなので、クライミングに集中できなかったというのもあるが。O石さんは年末にIS見さんと北アルプスに行っていて、クライミング自体はちょっと間が開いてしまったようで、以前登っている5.10bに手こずり気味。O石さんとこうしてベースキャンプに来るのはこれで10度目だ。毎度この日記でカウントしているけれど。そんな感じで新年最初のジム登りを終える。

正月三が日 伊豆ツアー③ (1/3 「ドロンパ」5.12a RP 城山チューブロック)

 伊豆ツアー3日目。狩野川の河川敷は寒い。車で城山の上の登山口まで行き、ワイルドボアゴージに向かって登山道を歩いて行く。先シーズンは城山に来ることはなかったから、ずいぶんと久しぶりだ。まずはチューブロックにあるチャンディーラサ5.11aに手を出す。下部の凹角でいきなりテンションするものの次で何とか突破。しかし上段の壁ではさらに手こずり諦めて下りる。

 気持ちを切り替えて、以前少しだけ触ったことのある「ドロンパ」5.12aというかぶったカンテのルートをやることにした。一昨日城ヶ崎で会った京都から来ているという学生に再び会い、彼もこのドロンパにトライしているという。1便目はヌンチャク掛けとホールド探り。カンテに向かって右側はホールドが細かい。5ピン目だったか、ちょっとクリップしづらいところもある。さらに2便ほど出すもそのクリップしづらいところでテンションしてしまう。京都の学生はこの日3便目くらいでレッドポイントすると撤収して帰っていった。

 考えた作戦は、めんどくさいクリップはしないでトバしてしまえ、というもの。クリップの間隔も短いし、その上でフォールしても大丈夫だという判断をしたからだ。先日のタイ・プラナンで最後に登った7bのルートでも終了点手前にそんなランナーがあったが、同様の理由でクリップしなかった。いつもこんなことをやっていたら、いつかケガしかねないから慎重に。

 そして、学生が帰った後に出した便で確実にレッドポイント。新年最初の5.12aだ。やったね。京都の学生に登ったことを伝えられなかったのは残念だけれど。

 バロンダンス5.11a3便目で落としたIS見さんは、チャンディーラサ、ミウラー5.11aと続けて落とし、それからワイルドボアゴージの壁に移った。IS見さんが下部でテンションしながらドライブミーナッツ5.11bにヌンチャクをかけてくれたので、私はこれをフラッシュ。IS見さんもRP

Imgp4953

 暗くなり始めたので私はこれでおしまい。最後にIS見さんにカルカッタ5.10cを薦めて登ってもらうが、惜しくも下部でテンション。

 とうに他の人達は帰ってしまい、ヘッドランプを点けて荷物をまとめ帰路に着く。途中、城山の頂上に立ち寄り、大仁の夜景を眺める。

 13日ということで、帰りの東名道は大渋滞しているだろうと思い、仕事の始まる明日4日早朝に帰ることにして、今夜は再び河川敷にテントを張ることにした。早々に寝て、翌4日の午前3時に起床。沼津ICから流れの良い東名道を走り、IS見さんを駅まで送って、思ったより早く帰宅できた。

 タイに発った1222日の夜以来、31日の日中に一時帰宅したものの、ずっと出かけていた。今夜はようやく自宅で寝ることができる。それにしても年末のタイ・プラナンから伊豆巡りと、12日間の休みのうち、10日間はクライミングをしていたことになる。我ながらよく登ったものだ。

正月三が日 伊豆ツアー② (1/2 西伊豆・海金剛スーパーレイン再訪)

 まだ夜といえる4時に起きだしてテントを撤収。雲見崎方面に向かって、途中コンビニに寄って朝食を買う。雲見オートキャンプ場に着いたのは、確か5時半頃か。来る途中、ぽちぽちと雨が降ったので、まさか天気が悪いとはと心配したが、すぐに雨は上がる。キャンプ場の管理人さんに海金剛に行く旨を告げ、駐車代500円を払う。この日に訪れることは年末のうちに電話でキャンプ場には伝えておいた。管理人さんは今日の天気はこれから良くなるはずだと教えてくれる。

 6時半くらいにキャンプ場を出発。車道を少し戻ったところに「雲見54」という番号の電柱があり、そこから海金剛へのアプローチ道が始まっている。下り気味のトラバース道をしばらく歩く。ところどころ崩れているところもあるが、歩ける程度だ。明るくなってきて、樹林も抜けると懸垂下降するところに出る。残置ロープがいちおうあるのだが信用できないので持参のロープで下りる。荒涼とした海に面した断崖の風景に、IS見さんは「昼ドラだ~」と声を上げる。刑事モノのドラマで崖から突き落とす殺人のシーンに出てきそうな風景だ。IS見さん、後ろから突き落とさないでね。

さて、見上げると海金剛の岩壁がどーんとそそり立っている。小さな岬を越え、樹林に入るとすぐにスーパーレインの取付だ。着いたのは7時半前でほかには誰もいない。クライミングシューズに履き替え、ギア類を身につける。セカンドが飲み物や食べ物を入れたナップザックを背負う。

2年前に来た際には、1ピッチ目を除いて私が全てリードして登った。ハイライトとなる35ピッチ目などは大変で何度もテンションしながらカムをきめ、苦労して登った記憶がある。今は当時より力が付いているはずなので、多少は余裕を持って登れるつもりだが、初めて来たIS見さんはクラックをリードする気満々なので、結果的にほとんどリードしてもらうことにして、私はずいぶんとラクをさせてもらった。

8時にIS見さんのリードで登はん開始。私がビレイしていると二人組がやってきた。正月2日に海金剛に登りに来るのは我々だけではなかったか。1ピッチ目はクラックに沿って灌木がたくさんありランナーがそこで取れる。クラックから右にトラバースして樹林帯に入るところでIS見さんはピッチを切っていた。

いちおう2ピッチ目となる樹林帯を右上に20mほど歩く。ビレイの必要は全然ない。見上げるとクラックが走っているのが見える。3ピッチ目だ。ちょっと上がって左上、それかあ右上、クラックが分かれるところは左側とIS見さんがリードで登って行く。フォローというラクさを差し引いても、2年前よりも易しく感じる。

ずっとフォローというのもつまらないので、4ピッチ目だけ私がリードすることにした。左上、そして右上するところのクラックでは前回は散々苦労した記憶があるが、今回はラクとは言わないまでも、それなりに危なげなく通過できた。しかし、直上するワイドクラックは腕を突っ込んでもジャムができず苦労させられた。フェイスクライミングばかりやっているので、こういうクラックの登り方が分からず、ついついクラック内のホールドを手で探してしまう。フットジャムをきめたつもりが、セットしたカムを踏んづけて登るようになってしまうも何とか突破。ふう。

Imgp4918

続く5ピッチ目は先人クラックと呼ばれるところだ。これも大変そうだがIS見さんがリードしていく。6ピッチ目は右側にある崩れそうにいくつかの岩がはまっているだけのように見えるところを登っていく。ここもIS見さんリード。後続のパーティーは追いついてくる様子はない。さらに下を見ると、まだこれから登って来る人達もいるようだ。眼下には駿河湾の海が広がっている。タイ・プラナンに始まり、前日の城ヶ崎といい、今日の海金剛といい、海を見ながらのクライミングが続いているなあ。

Imgp4922

最後の7ピッチ目は出だしのクラックのラインは正しかったのだろうが、そのあとIS見さんは右側のガレたとkろをトラバースして行ったので、結果的にここでラインを間違ったようだ。私がさらにガレた感じのところを登って行くも、以前たどり着いたような場所に出なかった。高度的にはスーパーレインは登りきっているはずなので、これで登はん終了とする。時刻は12時半頃。斜めのラインで二度ほど懸垂下降すると、6ピッチ目終了付近に出て、後続のパーティーが登ってきていた。さらに2回懸垂下降すると恂隊の中に入る。途中、数パーティーが登っている。この時間でまだ登っているとなると、完登は厳しそうだ。樹林帯から最後の懸垂をすると取付から一つ隣りのディエードル下に降り立つ。まだ午後2時くらいだ。まだ1ピッチ目を登っているパーティーもいて、さすがに登りきるのは時間的に無理だから、早々に終えて下りるようだ。

Imgp4943

靴を履き換え、朝来た道を戻る。まだ明るいので、遠くに見える雲見崎に行ってみることにした。ここには直上裏参道という名前のルートがあるくらいだから、山頂には表参道から至る神社があるはずだ。車で行くと、麓にやっぱり神社があって、石段の参拝道があった。初詣で兼ねて雲見崎を登ることにした。300段以上続く石段を登った入りして狭い山頂に着くと富士山が眺められるし、海岸線の風景がきれいだ。

Imgp4946 Imgp4947

この日は車を走らせ、明日登る城山のある大仁(おおひと)へ。一二三荘のお風呂で汗を流す。大型スーパー・アピタで買い物をして、裏手の河川敷でテントを張って寝る。

正月三が日 伊豆ツアー① (1/1 城ヶ崎シーサイドで初登り)

 大晦日。タイから帰ってきてのんびりする間もなく、片付けや洗濯をして、夕方から伊豆に発った。お正月の三が日、IS見さんと伊豆の岩場を巡るのだ。元日は城ヶ崎のシーサイド、2日は西伊豆・海金剛のスーパーレイン、3日は城山のワイルドボアゴージという欲張りな計画だ。こたつでミカンを食べながらテレビで箱根駅伝を見る、なんて退屈なお正月にはしないのだ。

 2年前の成人の日の3連休にも私は同じことをやっていて、その時もシーサイド~スーパーレイン~城山南壁と巡っている。海金剛はその時が初めてで、その少し後にもスーパートリトンを登りに行っており、今回が2年ぶり3回目の海金剛というわけだ。

 タイ・プラナンの余韻に浸っている間もなく、北アルプスから帰ってきて、右ほほに凍傷を負っているIS見さんと西武池袋線の某駅で夜7時に待合せ。環8~東名道~小田原厚木道路と走り、道の駅「伊東マリンタウン」には思ったよりずっと早く着いた。キャンピングカーがずらりと並んで停まっている。ここは海に面しているので、初日の出を拝もうと前夜からたくさんの車がやってくるのだ。我々は臨時に開けられたらしい駐車場の隅に車を停めて、その後ろにテントを張って寝る。

 2012年元日。新年明けましておめでとうございます。テントを撤収して伊豆高原駅方面に向かう。有料の民営駐車場に車を停めると、他にもクライマーが来ている。ファミリーエリアに架かるつり橋は現在かけ替えの工事中で通れないため、遊歩道を迂回する。Imgp4901

 懸垂で下り着くと、そこは1年ぶりのシーサイドエリア。すでに何人も来ている。天気は快晴で暖かい。IS見さんにとっては伊豆の岩場はどこも初めてだ。

 まずはティンカーベル5.10bでアップ。城ヶ崎の岩は潮でベタつく感じで滑りそうで慣れない。それからホワイトシャーク5.11cにトライするも1便目は核心部がこなせず。ムーブを探って2便目で確実にレッドポイント。

続いてトライしたピスタチオ5.12aは前にも一度触ったことがあるのだが、今回もまるで歯が立たず。あとで登ったインストラクターのK井さんが何でもないようにさくさく登ってヌンチャクを回収してくれた。

 カルボナーラを2便で登れたあとは、チェシャネコ5.10dとタイトボーイ5.10dをそれぞれオンサイトして終了。IS見さんの収穫は人気ルートの風に吹かれて5.11aだ。陽射しがぽかぽかと暖かく、気持ちの良い元日を過ごせた。さすがに元日なので岩場は混雑しているというほどではなく、帰りの登り返しもほとんど待たなかった。京都から来ている大学山岳部の学生とその顧問をやっているという東京のB山岳会の人もいて、彼らには2日後城山でも再び会うことになる。ほかに新潟から来ているという大学山岳部の女の子たちもいた。

 伊豆半島を南下し、河津から西伊豆方面に横断。道の駅「花の三聖苑伊豆松崎」でテント泊。

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記⑧ (12/29 最終日「Ton Sai Love Story」7b(5.12b) RP そして帰国)

 クライミング7日目。帰るのは翌日だが、この日でクライミングはおしまいだ。これまでの6日間、5.11台は20数本登っているが、5.12台は1本も登れていない。昨年数本登れたことを考えると、このまま登れずに日本に帰るのは正直面白くない。最終日のこの日は今回たびたびトライしているトンサイルーフにあるTon Sai Love Story7b(5.12b)を何とか完登しておきたいと思っていた。

 満潮干潮の時刻は毎日ずれていくが、この日午前中はまだまだ潮が引いていた。まずは近くのダムズキッチンにある「Schlingel Moritz6a(5.10a/b)でアップして、それからLove Storyのトライに臨む。昨年1便、今回これまでに4便出しているので、これが通算6便目だ。終了点直下まで行けたのだが、ここでフォール。ムーブがちょっと強引なので、最後の最後で力尽きてしまう。

 少し休んで、通算7便目のトライ。やはり終了点直下でフォールしてしまう。終了点手前のクリップしづらい残置スリングとカラビナには、ピン間隔が近いこともあり、クリップをとばすことに決めている。このトライでは、ポンピングであげてもらったあと、終了点直下のホールドをあれこれ探ってみた。よく探せば左側に板状の掴みやすいコルネがあったし、その直上にもかかりの良いホールドを見つけた。試してみるとやはり良いことが分かった。このムーブならイケそうだ。しかし、すでに陽が当たってきて、潮も満ちてきてやがて取付が水没するので、トライは夕方までお預けだ。

 ダムズキッチンの「Good Medicine7a(5.11d)をフラッシュしてから、初日に行ったネストへ移動する。「Britishty White(1P)7a(5.11d)では3ピン目付近のコルネの処理でテンションしてしまったが、2便目で確実にRP。出だしのパワフルなムーブも含めこのエリアでおススメのルートだ。

続いて「Lost In Ton Sai7b(5.12b)にトライ。ガバをぐいぐい登るようなこれまでのルートと違い、短くてちょっと悪いムーブのあるルートだ。2ピン目をかける前に落ちるのが怖そうで、1便目ではムーブ探りでテンションだらけだったが、何とかイケそうなムーブを解明。そして、2便目ではそのとおりにRP。今回のツアーでやっと5.12台が登れた。ちょっと安心。夕方近くになり蚊がわんわんと出てきたので撤収する。

再びどっかぶりのトンサイルーフに着くと、この日キープで登っていたというN川さん夫妻とI手さんがちょうど帰って来た。N川さんは数日前にトライした「Tongue Thaid(1P)7a(5.12a)をきっちり登ってきたという。おめでとうございます。

午後5時を過ぎて陽が少し陰り、がらがらだった岩場に再び人が集まって来た。泣いても笑ってもトライできるのは帰りのボートの時間もあるのであと1便だ。トライするのはもちろん朝もやったトンサイラブストーリー7bだ。日中たくさん登ってヨレているはずだが、先ほどネストで7bが登れたこともあり、気分的にはちょっと安心している。朝のトライで終了点直下のムーブを修正したので、そういう安心感もあり、リラックスして登り始めた。通算8便目。出だしは地ジャン、コルネの右側を直上し、カフェアンダマンのレストポイント近くでやはりレスト。そこからどっかぶりの下に突き出ているコルネをつたって右上していく。さらに左上していくところも何度も登って覚えた手順足順で登って行く。終了点直下では朝のトライで修正したラインを行き、終了点に無事クリップ。余力を残してばっちりレッドポイントできた。やった。「これで日本に帰れる~」と私。下で見ていた皆がおめでとうと言ってくれる。最後の最後にずっとトライしていたルートが登れて帰国の途につけるというのは気分が良い。N川さん達と別れアオナンに戻る。

Imgp4896

30日。帰国する日だ。

Imgp4897

午前10時過ぎのクラビ発の便に間に合うように、宿にたのんで朝8時に車で運んでもらう。クラビからバンコクに飛び、さらに羽田空港に着いたのは夜10時過ぎ。荷物の受け取りなどで空港を出たのは11時半をまわっている。終電に間に合わなさそうなので、Aさんと私は横浜のU野さん宅に泊めてもらうことにした。ランドマークタワーが望める最近建て替えたばかりのマンションで、日中はコンシェルジュという人がいるらしい。ホテルみたいだ。リッチだなあ。

明けて大晦日。U野さんに朝食までご馳走になって午前10時くらいに帰宅。8日間の旅行から帰ってきたが、自宅でのんびりはしていられない。洗濯をして、つぎの計画の準備をする。今夕からまた出かけるのだ。

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記⑦ (12/28 ピピ島)

 2日前に、日帰りでピピ島に行こうという話が出ていて、この日Aさん、N川さん夫妻、私の4人でピピ島にいくことにした。プラナンという地名は日本人には知られていないが、プーケットやピピ島の知名度は高いはずだ。

前日までに各自チケットを取っておく。アオナンに泊まっているAさんと私はいくつもある旅行代理店に立ち寄って、翌日のピピ島行きの船の代金を払う。行きのみで350B。帰りはピピ島で払うらしい。宿まで港までの送迎バスが迎えに来てくれるらしい。島の滞在時間は極めて短いのは承知の上で、私は有名なピピ島に試しに行ってみようと思ったのだ。そして、ピピ島にもクライミングできる岩場があるという。

8:20を少し遅れて宿の前に木造の吹き抜けのバスがやってきた。白人観光客もたくさん乗っている。街中からずいぶん走ったところに船着き場がある。それなりに大きな船に乗り込むが、甲板には白人が大勢いて、ひしめきあっている。中の船室は冷房が効きすぎて寒い寒い。9時に出港するはずが遅れて9時半過ぎに出港。甲板は陽射しがきついし、船室は寒い。ライレイビーチの置きでいったん停まり、木造ボートが何艘も横付けされ、プラナンの観光客がどんどん乗り込んできて、さらに混雑する。その中に、トンサイに泊まっているN川さん夫妻もいた。ボートは何艘も来るので、なかなか出発できない。ピピ島に着いたのは11時半頃。帰りの船は午後3時半発だから、島には数時間しかいられない。要は日帰りで来るところではないのだ。

Imgp4890

入島時に一人20B支払う。島の環境のための料金?みたいなものらしい。帰りの船のチケットを買って、ビーチを通り過ぎトンサイトワーというピピ島にある岩場へ。Imgp4891

ピピ島まで来てクライミングとは、傍から見ればあきれるだろう。「Mr.Phi Phi6b+(5.11a)、「Seven Samurais6b(5.11a)、「Gladiator(1P)6c(5.11b)をさくさくと登ってクライミングは終了。

Imgp4893

残った短い時間はビーチへ。ブイで囲われた中でしか海水浴できないようだが、借りたシュノーケルでシュノーケリングのまねごともやってみた。息継ぎで顔を水中から上げなくて良いが、方向感覚が分からなくなり、酔った感じになった。ごく短い時間とはいえ、いちおう泳いだからいいか。昨年もハッピーアイランドからプラナンビーチに泳いで帰ったし。あの時は溺れかけて本当にヤバかった。死の恐怖を感じたが、何とか泳ぎきって海底の砂地に足が着いた時には本当にホッとしたものだ。

帰りの船は定刻どおりに出港した。島に行く便の時間はルーズでも、帰りとなると島から本土に行くことになるので、観光客にとってはさらに飛行機などの出発時間もあるから正確に出港するのかもしれないという話をした。

船着き場から宿までは再びミニバスで運んでくれる。夕食で入った店は、埼玉で中古車の販売をやっていたというタイ人がやっていた。越谷だったかな。マッサージのあと、そのとなりの店で米麺を食べる。おいしい。インターネットが使える店に寄って、久しぶりにメールチェックする。所属する山の会で、北アルプスの槍ヶ岳を目指して入山していた若者2人が無事下山したとのメールが来ていた。クリスマス寒波で荒れていたらしいが、遭難せずに済んで良かった。

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記⑥ (12/27 キープほか)

 クライミング5日目。ライレイイースト側にあるムエタイとワンツースリーエリアへ。ここは易しいルートでの体験クライミングが行われることが多く、混雑してくるのだ。潮が満ちて来ると水没するので、ずっといられるわけでもない。ムエタイエリアにある「Muay Thai6b(5.11a)にトライするも、出だしのコルネに手こずりテンション。続けて登ってレッドポイント。ガイドのS崎さんという人がお客さんを一人連れてやってきた。ガイドを雇って日本から来るなんて贅沢だなあ。

 N川さんの奥さんに勧められて、「We Sad6a(5.10b/c)という出だしのホールドが高いルートを登ってから、場所を変えることにした。目的地は奥にあるキープで、潮が満ちてきた海水の中を少し歩いて行くと、すぐに山道に入る。私は途中のDuncan’s Bootというエリアの「Falling Love6b(5.11a)と「Top Not6b(5.11a)とどちらも短いルートをU野さんにビレイしてもらって登ってから、皆の後を追う。キープ手前の岩の間の急登と下降で皆は手こずっていたようで追いつく。

 キープに着くと、昨年チロリアンウォールで会った京都から来ているという親子に1年ぶりに会った。S崎さん達を含め総勢9人の日本人が狭いキープの取付を独占している。壁の中央に4本並んだ6c(5.11b)のうち、3本は昨年登っているので、残った「Aspirin6c(5.11b)をまずオンサイト。長いルートだ。続いて「Lom Mon(Cyclone)7a(5.11d)も何とかオンサイトする。最後に左端の「Gengis Bond6b(5.10d)という60mロープいっぱいのルートをぐいぐいと快適に登る。これでキープのほとんどのルートを登ってしまったことになる。雨が降ってきたので荷物をまとめて戻ることにする。

 行きで少し登ったDuncan’s Bootで雨宿りを兼ねて皆で登る。私は「The Voice Of Doom6c(5.11c)を何とかオンサイトし、続けて「Mai Prue(Never Mind)6c(5.11b)を登る。この日は5.11台ばかり7本も登った。

 雨があがり、潮も引いたワンツースリーエリアに戻り、「Dr.Jekull&Mrs.Hyde6a(5.10b/c)を登って本日のクライミングは終了。

 アオナンに戻ると、U野さんの携帯にI手さんがクラビに到着したという連絡が来た。I手さんは4日ほどと短い滞在で今夜合流することになっていたのだ。さくらクラビに寄ったりして、アオナンに着いたのは夜9時近くなり、それから皆で夕食をとる。部屋にエキストラベッドを入れてもらって、I手さんは一晩だけアオナンに泊まる。翌日からはトンサイに泊まるとのこと。食後は、I手さんも一緒に例によってタイマッサージへ。Imgp4879

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記⑤ (12/26 ダムズキッチンやファイヤーフォールへ)

 クライミングも4日目。それにしても毎日よく登っている。N川さん達と合流し、5人であれこれ登る。私は朝のうちは陽が当たらないダムズキッチンの人気ルート「The Lion King6c(5.11c)にトライ。このルートは人が多いと順番待ちになることもあって、昨年はトライする機会を逸したのだが、この日は空いているうちにアップを兼ねてトライ。右を向いた大フレークをぐいぐい登って行くのだが、終了点直下のところで力尽きる。2便目では確実にレッドポイント。

 ダムズキッチンのインサイド側にある「By Way Of Deception7a(5.11d)は、出だしが高く、地ジャンもむりそうなのでルーフ下から登りだすようだ。ルーフ下はジムの課題にあるようなホールドで行けるのだが、ルーフ抜け口が悪くて直上部分に移れず。2度ほどトライして諦める。近くの「No Onion,No Garlic6c(5.11c)はオンサイト。

 ダムズキッチンも陽が当たりだしたので、ビーチを反対側まで歩きファイヤーウォールへ。先に向かったはずのU野さんが途中で道を間違えたようで姿が見えない。あとでビーチに降りた際に見つけたが、昼寝をして待っていたようだ。ファイヤーウォールでは昨年来た際に2本登っているので、「Fire Show6c(5.11c)にトライ。出だしから少し登ったところにある乗っ越し部分のホールドを取るのが核心のある意味一手モノで、2便目でRP

 ビーチに降りて、気になっているトンサイウォールの「Ton Sai Love Story7b(5.12b)を一度だけトライさせてもらう。しかし、身体がヨレヨレでテンションだらけで話しにならなかった。

 約束したボートが待っていても来ないので、他のボートをつかまえてアオナンに。屋台のラーメンというかベトナムのフォーのような米麺が美味。マッサージは一昨日までと別の店に。お茶も出てきて良い。

Imgp4875

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記④ (12/25 タイワンドウォールのマルチピッチ[後編])

■空中懸垂での反省

前号のつづき。登はん終了後、すぐに懸垂下降に移る。2本のロープを結んで少しずつ垂らすように下ろす。束をまとめて投げるようにはしない。私はハーネスのビレイループに環ビナとルベルソでシングルロープを2本通す。万一、仮固定する際に下側のロープを持ちあげるために、これは教えてもらった方法なのだがハーネスのレッグループにビナをかけ、そこにロープを通しておく。そのビナを介してロープを上に持ち上げることで少し制動がかかり、確保器周りにぐるぐるとロープを巻いて仮固定すれば良いわけだ。後述することになるが、今回の場合これはダメなのだ。しかもマッシャーなどのバックアップを取っていない。普段の懸垂下降ではやらないことが多いが、これが致命的な事態に直結することになる。私が先に下降して下りていくが、太いシングルロープであるうえ、強風のため、ロープの流れが重い。途中岩に引っかかったロープを下に投げるとそれが延々と斜めにたなびくのが見える。そうしながら下りていくと、やがて足が岩壁から完全に離れ空中懸垂となった。そして、先ほどいたテラスの高さまで下りてきたが、空中にぶらさがっているだけで、テラスには手も足も届かない。分かる人には分かると思うが、あまりにもお粗末でしかも致命的な事態に直面しているのだ。何もできない状態で力尽きてこのまま手を離せば、バックアップを取っていないのだから、末端を結んでいるとはいえ、そこまで下り切って、空中に垂れ下がったロープにぶら下がったまま何もできなくなってしまうのだ。登り返しのためのスリングが十分かと言うと、いちおうテープスリングでまっシャーを作り、延々と登り返しはできたかもしれない。仮固定のことを書く前に、助けられたことを先に書く。テラスには若者をビレイ中のイタリア人の年配者がいた。その彼が、手を伸ばすと私の手に届き、そのまま引き寄せてテラスに立たせてくれた。

私がセルフビレイをと取り礼を言うやいなや、英語で何か早口に言っている。私がものすごくマズい懸垂をしていたことを注意しているのだ。命を守るためにナニナニ~、というようなことを言っているのは理解できた。彼は、私が掛けたハーネスのレッグループのビナをすぐにはずし、ビレイループから直にとっていたルベルソを顔の前に来るくらいの長さにしたスリングの先にかけるようにし、代わりにビレイループに環ビナをかけ、それに細いダイニーマ製のスリングをインクノットで結び、環ビナのすぐそばになるようにメインロープにマッシャーで結んで反対側を環ビナに再びかけてくれた。ごく短時間でこれを作って見せてくれて、厳しい顔で私に「ドゥーユーアンダスタン?」と聞いた。バックアップのことはだいたい理解していたつもりだが、今回まるでやっていなかった私はすぐに自分のバカさ加減を痛感し、分かったと返事した。

彼は両手を広げて、懸垂下降中に両手を離してもそこで止まれる方法をしておかなかればならないのだと言っているのだ。当たり前と言えば当たり前なのだが、これほどの長い空中懸垂ではそれが致命的な事態になりかねないのだ。懸垂下降でのミスによる死亡事故は多いと聞くが、自分自身もそうなっていた。マッシャーやプルージックによる停止だけでなく、もちろんロープの登り返しができる分のスリングも必要だ。

仮固定に関しては、これほどの強風ではおそらくできなかったはずだ。普段の仮固定は下側のロープを持ちあげて確保器周りにぐるぐる巻いたり、最近知ったのは太ももに巻くだけでも下側のロープの重みがあれば止まる方法がある。しかしそれはロープを持ちあげられるからだ。強風下でバックアップがない状態で片手でロープを持ちあげられたかと言うと心許ない。今まで本当にいい加減な懸垂をやっていたのだと痛感し、反省した。そして、日本にはないような長い長い空中懸垂では、それが死につながるということだ。もちろん長さに関係なく懸垂中にはロープの絡まりなど様々な事態はいくらでも起こりうる。

では、空中懸垂で下りてきても、壁から離れてしまい次の支点に届かない場合はどうすれば良かったのだろうか?これは分からないが、少なくとも今回の場合、登ったピッチをすぐに下降するのだから、バックアップ用のロープの下側をテラスの支点にフィックスしておけば、下降してきて、そのロープを手繰ればテラスに戻れたと思う。この話を後日山仲間にすると、ではその次のピッチも空中懸垂だった場合はどうすれば良いのか?と聞かれた。分からない。バックアップ用ロープは当然下でフィックスされていないのだから、手繰り寄せられない。分からない。手持ちの装備では足りず、予めもっと固定ロープが必要なのかも。

U野さんも同様に下降してきて、今度は私がU野さんを引きよせた。手が届く距離だったから、結果的に助かっただけだ。このイタリア人は後続のパーティーにも何か注意していたから、もしかしたらヨーロッパアルプスのベテラン山岳ガイドとかそういう人なのかもしれない。聞いておけば良かった。

次の懸垂では、教えてもらったとおりにバックアップをセットし下降する。再び壁から離れ出したので、その前に壁のホールドを掴みながらそろそろと下りて、次の支点に着いた。この方法だって本当はマズイのだ。風にあおられたりして、壁から離れてしまったら元に戻れないからだ。壁から離れたくなかったら、普段どっかぶりの壁でヌンチャクを回収しながらロワーダウンしている際に残置ビナにクライマー側のロープを通すように、捨てビナやスリングなどランナーをとって、壁から離れないようにするしかなさそうだ。

這う這うの体で取り付きに下り着くことができた。助かった。ロープを引きぬくのは本当に大変だった。1人の力ではびくともしない。力を緩めるとロープが上に戻ってしまうので、一人が下に引いている間に、もう1人が上に手を持ち替えるようにした。これをずっと繰り返していると、あまりのロープの重さに腕の筋肉が攣りそうになってきた。

時刻はすでに午後4時を回っている。下でのぼっていたはずのAさんやN川さん夫妻の姿はなく、おそらく他の岩場に移動したのだろう。帰りのボートは6時と決めているので、そこで待合せればよい。以前風が強い中、クタクタに疲れた我々は荷物をまとめて、ライレイビーチに戻った。本当に疲れた。そして生還できて良かった。

ライレイウエストから数百メートルほどの細い通路を通って、反対側のライレイウエストに行ってみる。一年前に泊まった安い宿ヤヤは、最近プリンセスリゾートのグループ傘下になったらしく、見た目は代わっていないようなのだが、安い部屋が無くなってしまったらしい。豊かになってきてだんだんと高級路線になっているのだろうか。安宿を求めるクライマーにはだんだんと居づらくなってしまうかもしれない。ムエタイやワンツースリーエリアまで散歩してみると、AさんとN川さんの奥さんがいて、荷物をまとめているところだった。N川さんは前日から風邪気味でこの日も途中から先にホテルに戻ったという。

この日は必死の懸垂下降と強風のためか目が回るような妙な疲労感で、近くのレストランで夕食を済ませ宿のベッドに横になるとそのまま泥のように寝てしまい、マッサージには行かず仕舞い。

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記③ (12/25 タイワンドウォールのマルチピッチ[前編])

 クリスマス。宿から海辺に向かう途中、朝から開いているお店があって、バナナの皮で包んで蒸したチマキ(ご飯状の中に肉みたいのが入ってる)とか揚げパンを安く売っているところがある。地元の人もお弁当にするのか、お客が何人もたくさんいる。毎年来ているU野さんもよく買うそうで、コンビニのパンだけでは味気ないので、私も買うことにした。結局、ツアー中、毎日ここで日中の行動食を買い込んでからボートに乗るのが日課になる。

アオナンのボートの乗船券発券所は朝8時にならないと開かないし、人数も8人くらい集まらないと船を出してくれない。前日も乗船まで30分くらい待たされたので、この日は浜にいるボート乗りに声をかけて乗せてもらった。8時前でも乗れるし、3人でも一人100Bで済んだ。もちろん他に同乗する観光客もいれば、プラナンで仕事している現地の人も通勤のため同乗することもある。沖に停泊してあるボートまで他のボート乗りが乗ることもある。帰りに迎えに来る時間を約束して下船する。

そんなわけで、普段の私の出勤時間よりも早く、プラナンの岩場に毎日ボートで通勤?する。仕事よりもよほどがんばっているなあ。

Imgp4855

U野さんがマルチピッチのルートを登りたいと言っていたので、この日はタイワンドウォールへ。トンサイビーチではなく、となりのライレイウエストで下船する。タイワンドウォールのある巨大な岩塔は海上からもそそり立つように目立つ。マルチピッチのルートはいくつかあって、ピッチ数は4ピッチほど。壁はあちこち洞窟状にえぐれていて、オーバーハングを登ることもあれば、下降では空中懸垂になりそうだ。

ところが、リゾート気分で安易にマルチピッチに取り付いたのだが、あとで痛い目を見ることになる。というより、本当は致命的ともいえるヤバい場面だったのだが、結果的に助かって(助けてもらって)、ものすごく反省させられることになる。このことは、自戒を込めてきちんと書いておくことにする。

 ライレイはトンサイよりもずっと高級そうなホテルが並んでいて、白人の宿泊客がのんびり朝食をとっていたり、砂浜でくつろいでいる。勤勉な日本人である我々は、その傍らを重いザックを背負ってビーチ端まで歩き、山道に入る。しばらく山道を歩くと、タイワンドウォールの取り付きに着く。

 左端の「Primal Scream6a(5.10b/c)で各自アップすると、白人クライマー達もやってきた。U野さんが薦める「Organ Grinder5,6c(5.8/9,5.11b)2ピッチ分まとめて登る。巨大な縦長洞窟状の右側壁を登るもので、楽しくオンサイト。Imgp4859

N川さん夫妻もやってきたところで、私はU野さんとマルチピッチに出発することにした。U野さんは過去数回登ったことあるらしい。選んだルートは「Circus Oz」という4ピッチのルートで、3ピッチ目までのグレードは1P6a+(5.10b/c)2P6b+(5.11a)3P7a(5.11d)となっており、4ピッチ目は別ルートに入り、「Inaka(The Country)(つまり「田舎」。日本人が初登したらしい)5ピッチ目を行くことにして、6b(5.11a)

この日はとにかく風が強く、土ぼこりがヒドい。この強風にあとあと苦しめられることになる。ロープはシングルロープで登るのだが、長い懸垂下降のために、もう1本をバックロープとしてフォローが引っ張って行くことにする。

■「Circus Oz1-3P~「Inaka(The Country)4P

 1ピッチ目。私のリードで登はん開始、1ピッチ目は易しくこれと言って書くことはない。後から2パーティーも登って来て、混雑気味となる。が、これが結果的に良かったのだが。

 2ピッチ目はU野さんのリード。フォローで登る私はバックロープをハーネスから垂らして登ったので重い。しかし、このピッチはテンションせず抜けることができた。U野さんが右寄りのラインを登ってしまったため、正規の左寄りを登った後から来たイタリア人ペアに先を譲ることにする。このイタリア人ペアは強そうな若者と年配者だ。

 3ピッチ目は45mと長いのだが、表記の5.11dというほど難しくはなく、イタリア人のすぐ後に続いて、私もリードしてテンションせずに4ピッチ目に続くテラスに出る。テラスと言っても壁に凹んだ形になっている。ここでルートは3つに分かれ、右上がCircus Oz4ピッチ目。真ん中は7c(5.13a)でイタリア人年配者がトライしていた。Imgp4864 

4ピッチ目。リードのU野さんは左トラバースから直上するInakaを登る。フォローで登った私がバックロープが重くて途中でランナーのスリングをつかむことになる。それくらいロープが重かったわけだが、岩角に引っかかって重かったというより、風がそれくらい強かったのだ。60mのシングルロープが斜め45度くらいになってたなびくほどの強風で、誰かが下でロープを引っ張っているのではないかと思うほど重い。ロープ自体が4㎏ほどあるし、そのロープが長さ60mに渡って斜めにたなびくほどの風圧を受けるのだから大変な力だ。強風で知られる南米パタゴニアのクライミングではロープが真横にたなびくと聞いたことがあるが、うなずける話だ。結局は判断ミスで、バックロープを垂らすのではなく、束ねて背負って行かなければならなかったのだ。

ギザギザで痛い4ピッチ目を登り終える。風は強いが、眺めは最高だ。眼下にはライレイのビーチとボートが浮かぶ海が見え、ホテルが並ぶ。ここまで登って来れる者にしか見られない眺めだ。

次号につづく

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記② (12/24 トンサイで「Ton Sai Love Story」7bにトライ開始)

 クリスマスイヴ。ボートで再びトンサイビーチに渡る。Imgp4833

 ダムズキッチンの砂浜側でなく、草むらを入った陽の当たりにくいインサイドで、「Jumping For Jugs6c(5.11b)2便目でレッドポイント。出だしは足元と丸太に乗って、上部のガバに取り付くのだが、ここがパワフルなのと少し上がった部分がもう一つの核心と言ったところ。

 そして、トンサイウォールに移動する。圧倒的などっかぶりのルーフはプラナンの中でも最も人気のある壁だろう。5.13とか5.14という難度のルートもあり、強そうな身体つきのクライマー達もいる。

Imgp4837

 まずは、「Tidal Wave7b(5.12c)という昨年少し触ったことのあるルートに手を出すも、今回も歯が立たずトップアウトもできずに下りる。きびしいなあ。

 そのうち、N川さん夫妻がやってきた。我々3人とは一日遅れの日程で、宿はトンサイにとったらしい。

さて、「Ton Sai Play Boy7a(5.12a)は、「Ton Sai Love Story7b(5.12b)と前半が一緒で、Play Boyはその後右上、Love Storyは左上するルートだ。昨年の記録を読むとPlay Boyに一便出したようだがこれは間違いで、Love Storyにトライしたはずだ。

 というのは、まずは今回Play Boyにトライしてみたのだが、明らかに昨年触ったことにないルートだったからだ。それから、グレード表記はPlay Boy7a+Love Story7bとなっているが、Play Boyのほうが明らかに難しい。これはちょっと違うと思い、かけたヌンチャクを回収して下りる。

 ちなみに、Love Storyにはずっとヌンチャクが掛けっ放しになっていたので、回収のことを気にせずトライできる。ということでこの日Love Story2便出すもすでに身体がヨレてレッドポイントできず。2便目では1テンまで持ちこめたものの、終了点直下のムーブにちょっと無理がある。しかし、昨年にもトライしているルートで、海側に面した見栄えがするし、傾斜100何十度といったルーフ状をぐいぐい登る楽しいラインなので、何としても登りたい。昨年登った左隣りの「Cafe Andaman7b(5.12b)と並ぶ人気ルートといっても良さそうだ。Imgp4849

結局、この「Ton Sai Love Story」を登ることがツアー最終日まで頭から離れず、たびたびトライすることになる。何とかこれを登らないと日本には帰れないなあと思いながら。

この日は途中で雨が降り出してきて、かなりのザーザー降りが続いた。陽射しが和らいで助かる。雨が降ってるのに岩が濡れないのかと思うかもしれないが、庇の下のようなどっかぶりのルートは、雨を気にせず登れる。終了点もルーフ下までなので大丈夫なのだ。

最後に、「beauty And The Besust(つまり「美女と野獣」)6c(5.11b)に登っておく。途中で背後にある巨大なツララ状のコルネに乗り移るのが核心で怖いのだが、私でもめいっぱい手と足を伸ばしてやっと届くくらいなので、女性にはちょっと厳しいかも。下の砂浜で見上げている人達をこちらは見下ろしながら、コルネに乗り移るということでは個性的なルートだ。

N川さん達と別れアオナンに戻る。夕食ではパッタイというきし麺みたいな平たい麺が入った野菜炒めを食べる。ビールは毎日よく飲んだ。チャンChangというのが現地では一般的なビールのようだ。レストランでも飲むし、コンビニでも売っている。Leoとかシンガというビールも飲んだ。コンビニはセブンイレブンが何軒もあって、24時間やっている。ちなみに、飲み水については、宿の蛇口から出る水を飲むわけにはいかないので、ペットボトルのミネラルウォーターをまとめ買いしておいた。暑いので水分補給は必要だ。

マッサージは前夜と同じところにいったのだが、この日ナニがあったかはU野さんと私だけの秘密だ。

タイ・プラナン再訪 クライミング旅行記① (出発~12/23 初日はチロリアンウォールやネストへ)

 前年末に続き、2011年の年末は再びタイのプラナンというマリンビーチのリゾート地でクライミングしてきた。海外の岩場で登るのはその時のプラナンが初めてで、夏のカナダ・スコーミッシュが2回目。そして、今回のプラナン再訪が3回目だ。

【タイ・プラナン】

 プラナンは細長いマレー半島の真ん中あたり、クラビという街から何㎞か離れたアンダマン海に面した小さな半島にあるリゾート地だ。地理的にはプーケットやピピ島が近い。半島状のプラナンは懸崖のため陸路では行けず、クラビやアオナンなどの本土側からボートで渡ることになる。ライレイといったマリンビーチがあり、白人観光客がたくさんいるのだが、石灰岩の断崖絶壁の奇観も見ものだ。

その岩壁のあちこちにクライミングのルートが拓かれていて、トンサイウォールのように砂浜からそのまま岩場が切り立っているようなところでは、水着姿でクライミングをしている人達の姿が見られる。というわけで、クライマーにとっても南国リゾート気分で楽しめるところだ。クリスマス休暇で訪れる白人が圧倒的に多いのだが、日本人クライマーも訪れるようになっているらしい。というより、プーケットやピピ島はリゾート地として日本でも知られているが、知名度の劣るプラナンにわざわざ来る日本人はイコールクライマーだ。

2010年の年末、タイのプラナンというマリンビーチのリゾート地でクライミングをやってきた。海外の岩場で登るのは自身初めてだし、海外に行くこと自体が実に8年ぶりだ。それまではちょこちょことよく旅行に行ったものだが、2002年サッカーの日韓共催W杯が開催中にベトナムに行ったのが最後だった。

【準備】

 今回一緒に行ったメンバーは前年の顔ぶれと異なり、U野さん、Aさんと私の3人。さらに一日遅れの日程でN川さん夫妻、さらに遅れてI手さんも合流。U野さんはここ10年ほど毎年プラナンを訪れているという常連だそうで、今回の旅行の手配は全てU野さんがやってくれた。去る5月頃のある日、U野さんからお誘いのメールがあり、すかさず参加の返事をすると、その夜には航空機のチケットを予約したとの返事が来るという対応の素早さのおかげで、比較的安い料金で行けることになった。

1222日の深夜の便で日本を発ち、翌23日午前中にバンコクからクラビへ国内線で飛び、空港から半島の付け根の街アオナンへはタクシーで移動。アオナンの宿をベースに、毎日木造ボートでプラナンに渡るというもので、帰国は30日の夜になる日程だ。

【ルート図集、グレード換算】

はじめに断っておくと、プラナンのルートとそのグレードは「Rock Climbing in Thailand」というルート図集に寄る。前回、現地で2009年版のものを800Bで買っておいた。それまで岩場の絵が拙い手書き風で分かりづらかったものが、2009年版ではきれいになって見やすくなっている。私は主に5.11a以上のルートを狙って登ったのだが、ルート図集にあるグレード換算に従い、6b+5.11a6c5.11b6c+5.11c7a5.11d7a+5.12a7b5.12b とする。しかし、日本のグレーディングと比較するとずいぶんと甘いので、プラナンでは登れた気分にさせてくれる。まあ、いいか。

■現地入り

そういうわけで、1222日夜10時過ぎ、羽田空港のタイ国際航空のカウンター前でU野さん達と待合せ。荷物は寒い二子山に登りに行く時よりもむしろ少ないくらいだ。クライミング装備はいつも使っているものそのままだし、防寒着やテント、寝袋、ガス類もいらないし。Imgp4805

24:20発バンコク行の便に乗り、バンコクの空港到着は翌234:30 (時差は2時間)。クラビ空港行きの国内線に乗り換え、クラビ空港に着いたのは午前10時頃。空港からは600バーツでアオナンへ。U野さんが毎年泊まっているというアダムバンガローという宿にまずはチェックイン。私はU野さんと同じ部屋で1500B1人あたり250B、つまり700円もしない。素泊まりでシャワーも水だが、普段のテント泊に比べたらずっと快適だ。Imgp4807

短パン、Tシャツに着替えてから、向かいにあるセブンイレブンで買い物したり、両替したりしながら10分ほど歩くと海辺に出る。砂浜には何艘もむき出しのエンジンを載せた木造ボートが並んでいる。初日は近くのチケット売り場でお金を払いボートに乗った。この日は午後だけのクライミングとなるが、結局結構登ることになる。ボートが進んで行くと、一年ぶりのプラナンが見えてくる。海からそそり立つ断崖の光景が気分を盛り上げてくれる。西を向くトンサイビーチはすでにかんかん照りだ。

トンサイビーチ周辺のエリアを巡る

 一年ぶりのプラナン。まずは、ダムズキッチン(Dum’s Kitchen)というトンサイビーチの砂浜に面したエリアでアップすることにした。「Schlingel Moritz6a(5.10a/b)を登る。昨年も登ったかもしれないが、あまり覚えていない。

陽が当たってあまりに暑いので、岩場を少し登った右隣りにあるチロリアンウォール(Tyrolean Wall)に移動。取り付き部分は木陰なのだが、壁は陽が当たっていて暑そう。昨年、白人クライマーが登れずに延々と取り付いていたため、手を出すことができなかった「Missing Snow6b(5.11a)を登る。持ったヌンチャクが足りなくなり、途中間引きながら登るという易しいルートなのだが、とにかく暑くて汗だくになった。ついで、U野さん達が登った「Placebo6c(5.11b)もフラッシュ。とにかく暑いので、このエリアも退散することに。

どっかぶりのトンサイウォールを横目にビーチを反対端まで歩き、そこから陸地側に少し入ったネスト(The Nest/Wild Kingdom)という初めて行くエリアへ。

蚊が多くて、日本から持参した蚊取り線香を点ける。この時間、日陰になっているし、壁にあるルートも良さそうだ。右端にある「Overstay6b+(5.11a)はジムのルート壁をぐいぐい登るようにガバが多くて快適なルートで、あっさりオンサイト。となりの「Mutual Of Omaha6c(5.11b)も同様にオンサイト。

初日は午後のみのクライミングだったが、結構たくさん登った。帰りのボートは浜にいるボート手配の人間に声をかけるのだが、人数が集まらないと船を出してくれない。人数が少ないと倍の200Bとか要求してくる。しばらく待っていると数人のグループがやってきたので、彼らと同乗してアオナンに戻る。

夕食は、泊まっているアダムバンガローの食堂でグリーンカレーを食べる。食堂と言っても暑い土地柄なので、壁のないオープンな造りだ。カレーは辛い。その後、U野さんとタイマッサージのお店へ。1時間で足から背中、腕、頭と全身をマッサージしてくれて、200250Bと日本では考えられない安さなので、ほぼ毎日たくさんあるお店をあちこち行くことになる。マッサージしておくと筋肉がほぐれて、翌日に疲れを残しにくいはずだし。

Imgp4823 

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ