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2013年7月

クライミングジム通い(7月)

B-PUMP荻窪

2013.7.1()

 早いもので2013年も半分が過ぎた。この半年は、スペインや韓国にクライミングに行けたし、二子山で「振り返るな」5.13aが登れたし、それなりに活動できた。

さて、この土日に泳ぐ場面の多い沢登りをしたものだから、週明けはずっしりと身体が重い。

 その重い身体を無理に押してオギパンへ。

 先週木曜日は水色2級課題が2つも登れたのだが、2階のどっかぶりBigWest壁にある2級課題でゴールのリップに触れるまでイケていたのが残っていたので、今日もオギパンへ。

 この課題は2回ほどトライして、やはりリップに手が届かないため深追いするのはやめておく。

 その代わりに、隣りのNewAge壁の右寄りにある水色2級矢印課題が何回かのトライで登れた。張りぼてにある横長ホールドを右手ガストンで取りに行くのが特徴的なムーブの課題だ。

 あとは白色3級をあれこれ触って、最後にキャンパシングと懸垂をやって身体を酷使して終了。

 ここのところジムでボルダリングしているせいか、2級が登れるようになってきた。1級にも手を出してみるかな。

○ザックを購入

2013.7.2()

 いろいろなサイズのザックを持っているけれど、モンベルのバランスライト40というのを買った。

やはりバランスライト30というのを持っていて、日帰りの沢登りや本チャンの岩登りなどで使っている。

泊まりの沢などで使うのに、もう少し容量があって、しかも軽量のザックがほしかったのだ。

 池袋西口のマルイ5階にモンベルショップがオープンしたので、ここで買った。

■ベースキャンプ

2013.7.3()

 2週間ぶりのベーキャン。テープ課題の5.12aが登れそうだったけれど、2便出しても登れなかったので諦めた。

5.11dが一撃できたのは良かったけれど、先の週末の沢での泳ぎと週明け月曜日のジムの疲れが蓄積していたのかも。キレがいまいちだった。

身体を休ませないと、返ってパフォーマンスを低下させてしまいそう。

■エナジー高田馬場

2013.7.18()

 ジムに行くのは2週間ぶり。馬場エナは4ヵ月ぶりだ。先々週に行った黒桂河内の山行では思いのほか疲れてしまい、先週はジムをサボってしまった。

 先の週末の赤石沢も月曜日までの3日間山にいて疲れてしまい、ようやく本日木曜日になって行く気になった。

 しかし、身体のキレは落ちに落ちたという感じ。紺色3級がなんとかできる程度で、それも2時間ほどやっただけで保持もできなくなってきた。そういうわけでジムは早めに切り上げた。

ここのところ暑さで寝苦しくて熟睡できていないようで、そのため山行の疲れがなかなか抜けないのかもしれない。

○献血

2013.7.22()

 都庁に行く用件があったので、ついでに献血ルームへ。

前回献血したのは昨年の11月だからずいぶんと間が開いてしまった。

前回同様、成分献血をした。

前日の湯檜曽川抱返り沢の沢登りで滑落して強打した腰は痛いし、身体は疲れていたけれど、たまにはやっぱり献血をしないとね。

■ベースキャンプ

2013.7.23()

 二十日ぶりのベーキャン。腰はまだ痛むけれどずいぶんと回復してきた。新しいルートができていたので、あれこれとトライしてみる。登れたのもあれば登れないのも。

 K寅さんが5.11aのルートをRP。初イレブンとあって嬉しそう。岩場でもイレブンが登れるように頑張ってね。

 YT川さんも来て、沢登りの話がたくさんできたのが良かった。

○沢登り装備を購入

2013.7.29()

 今年はよく沢登りに言っていることもあり、これまでにもあれこれ装備を追加購入している。沢用のバイルだとか、焚火缶、アクアステルスのシューズ、ウェットスーツのベストなどなど。

 先日はネットでライフジャケットやタープを購入。

 今日は池袋の秀山荘で、頭にかぶる防虫ネットやフック(ブラックダイヤモンドのグラップリングフック)のほか、傷んできたモンベルの沢用の長袖シャツに代わって、ファイントラックの長袖シャツを買った。こちらのほうが生地が少し厚手だ。

■ベースキャンプ

2013.7.30()

 先の週末の沢登りで、足首周りを虫に刺されて腫れてしまったけれど、少し腫れが引いたこともありベーキャンへ。YT川さん、Sさんも来た。

概ねYT川さんと組んでルート壁を登ったけれど、前回のように沢登りの話をしつつも、ほとんど休憩することなく交互に登り続けたので疲れた疲れた。

ここのところ、ずっと沢登りをしていて、岩場でのクライミングから遠ざかってしまっている。プラスチック製のホールドを保持していても、これまでよりもすぐに手がジンジンと痛くなってくるような。沢にはまだ行くから、せめてこうしてジムでクライミングをしておかないとね。

中央アルプス 太田切川 中御所川・西横川遡行~東横川下降、中御所谷遡行(敗退)

2013.7.27(土)~28(日)
 中央アルプスの沢に行ってきた。
 中央アルプスは、山歩きをしていた学生時代に、木曽駒から空木岳への縦走で一度訪れたことがあるだけだ。
 土曜日は、千畳敷の東側にある中御所谷の支流である西横川を遡行し、隣りの東横川を下降して、出合付近でビバーク。
 翌日曜日は、中御所谷本谷を日暮の滝から遡行するも、時間がかかってしまい途中で登山道に逃げる結果となった。この中御所谷は、改めて遡行記録を調べると、滝が連続するなかなかの沢のようだ。日本百名谷には入っていないけれど、山岳雑誌「岳人」に新・日本百名谷として選ばれているようだ。
別にコレクション目的に登っているわけではないけれど、完全遡行を逃してしまったので、機会があればまた行ってみたいものだ。

■7/26(金)夜 現地へ
 今回のメンバーは、M中さん、H本さん、K田さん、M野さん、私の5人。
結果的に、メンバーの力量も含め5人では多すぎて、日曜日の中御所谷では時間がかかり過ぎて無理があった。
 金曜日夜、中央道の石川PAで待ち合わせ、私の車1台で駒ヶ根を目指す。
 入渓点に近いしらび平は、駒ヶ岳ロープウェイの山麓駅だが、しらび平へはマイカー規制のため、手前の有料駐車場に停めて、朝まで仮眠する。

■7/27(土) 西横川遡行~東横川下降
 マイカー規制区間のバスの運行は早朝5時過ぎから始まっているらしい。起き出して支度をしていると、バスがつぎつぎと通り過ぎていく。6時過ぎのバスに乗り込み、30分ほどでしらび平へ。登山客、観光客がロープウェイに乗るために並んでいるのを尻目に、我々は車道を戻り、中御所川に架かる橋のたもとから下りて入渓。

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○西横川遡行
 少し歩くと、中州状の場所に平坦なビバーク適地を見つけた。西横川と東横川の出合はこの少し上流だ。今日は西横川を遡行し、東横川を下降して戻ってくる計画なので、遡行中不要な装備はここにデポしていく。テン場の周りにはホタルブクロがたくさん咲いていた。

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(↑ビバーク地)

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(↑ホタルブクロ)

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 少し歩くと出合だ。東横川を覗くと、滝が架かっているのが見える。15m滝のようだ。西横川を進んで行くと、雪渓が現れた。最初の雪渓は左岸側から上を歩く。つぎの雪渓はブリッジが崩れていて、その間を抜け、ちょっと急な小滝があるので、私がリードしてロープを張る。

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 崩れた雪渓の先に30m大滝が現れた。ここはロープを出すほどの傾斜ではないので、M野さんを除いて皆ロープ無しで登る。

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 大滝を越えると2:3の二俣があるので右に行く。周りにはいろいろな花が咲いている。ニッコウキスゲは分かるが、鮮やかな黄色い花はシナノキンバイだとM野さんが教えてくれた。ほかにコバイケイソウなども。

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(↑2:3二俣)

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(↑ニッコウキスゲ)

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(↑シナノキンバイ)

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(↑コバイケイソウ)
 遡行図と照らして、どれがどの滝はよく分からないが、ロープを出すほどの滝は無い。
 沢床は花崗岩だ。H本さんが沢床を見て、砂金がある!と言う。よく見てみると、水の中の砂にキラキラと金色に光るものが混じっている。花崗岩の表面にもそれが見える。でも、それは金なんかではなく黄銅だろう。もし金だったら、すごい含有量でゴールドラッシュになるところだ。

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(↑花崗岩の表面)
 水が涸れてきて、源流の様相になってくる。ふと見 ると、トラロープが張られているのが見える。と、すぐ近くの岩の表面に金属プレートが貼られている。遡行図にある慰霊碑のようだ。合掌。ここを消えかけた登山道が横切っているので、尾根を一つ回り込んで東横川に入る。
○東横川下降
 東横川は西横川以上に雪渓が残っていた。脇の土斜面から巻いたり、斜度のある雪渓の上を下降する時はロープを出した。

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 15m滝では右岸の灌木を使って懸垂下降。下りると、西横川との出合を通過して、今朝荷物をデポしたビバーク地は近い。途中に咲いていた青紫色の花はタカネグンナイフウロだ。

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(↑タカネグンナイフウロ)

 皆で枯れ木を集めて焚き火を熾したり、タープを張ったりする。エスビットという着火剤を使って火を点けたのだが、ここのところ機会が多いので焚き火を熾すのに慣れてきた。
 前々回の赤石沢で借りた竿でイワナを釣った私は、自分の釣り竿を買って持ってきた。やはり釣り竿を持ってきたM野さんに釣糸の結び方を教わったり餌のブドウ虫をもらって、釣りに挑戦してみたけれど、釣果は無し。このあたりにはイワナはいなさそうだ。M野さんも釣果無し。
 私が持ってきた焚火缶(ビリー缶)も今月数回の使用で、すっかり使い込んだ感じになった。煤で汚れデコボコだ。
今夜の食事担当のK田さんが用意したタイ風カレーを食べる。辛いけれど美味しい。入渓してすぐに荷物をデポすることが分かっていたので、ビールを余計に持ってきた。
寝不足と疲労から、お酒が入るとトロトロと眠くなってきたので、タープ下に移動してシュラフカバーに包まる。しかし、未明などはとても寒くとてもぐっすり眠れる状態ではなかった。

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■7/28(日) 中御所谷遡行(敗退)
 あまりに寒いので決めていた4時より前に私一人起き出す。焚き火が消えていたので、細い枝を集めて再び火を点ける。焚き火にあたって少しずつ身体が温まる。H本さんが作った棒ラーメンを食してから、6時過ぎに出発。天気は昨日以上に良さそうだ。まずはロープウェイ山麓駅に戻り、遊歩道の脇のヤブの中に荷物をデポする。
 今日は中御所谷を遡行して、ロープウェイで下山してくる計画だ。石畳を少し歩くと日暮(ひぐらし)ノ滝15mが現れる。ここまでは遊歩道があるので観光客でも来られる。

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 この日暮ノ滝の通過に思っていた以上に時間を割かれた。後で調べると滝身の右側の岩壁を登れるらしいが、我々は右岸手前のブッシュ帯から取り付く。中段までの1ピッチ目はM中さんが渾身のリードで行くも、引いていったロープが短すぎたため、私が50mを引いて続いて登った。後続はフィックスしたロープを伝って登る。
 2ピッチ目は私のリード。8m滝の左側壁をハーケンを打ちつつ進み、そこから頭上のブッシュ帯に入る。細い灌木を掴んで身体を引き上げていくが、けっこう大変だ。上がったブッシュ帯を右に回り込むと別の滝が見えた。滝の落ち口に大きな石が乗っかった10mCS滝のようだ。この滝もとても直登できそうもないし、飛沫の激しいこの場所でピッチを切るワケにもいかないので、さらにブッシュを直上して、ブッシュ内の小棚でピッチを切った。フィックスロープをたどって皆が登ってくる間に、左手の開けた岩棚に出る。この岩棚の奥を登ると日暮ノ滝とCS滝を越えたことになる。
 遡行図と照らしてどれがどの滝かちょっと分かりづらいが、8m滝を越えると、12m滝が現れる。ここで再び私がリードして、滝手前の右岸から巻く。巻きとはいえ、前半はちょっとした岩登りだし、10mくらい登ってからやっとハーケンを打ってランニングを取ったので、その前に落ちるワケにはいかない。岩場を登ると、ブッシュのトラバースに入るので、ロープをいっぱい伸ばしてから、適当な灌木でピッチを切る。ここからは沢床に容易に下りられる。
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 人数が5人と多いため、これらの滝の通過に時間がかかってしまう。つぎの滝は左岸の草付きから巻く。いくつか滝を越えて行くも、時間がかかっており途中撤退の判断を考える必要が迫ってきた。

 遡行図にある右岸から細流が2つ流入してくるうちの上流側のところで止まって相談。M中さんが細流を少し上がると、旧登山道らしき道があるのを見つけた。私とM野さんとで、本流の上流側をちょっと覗きに行ってみると、滝下に大岩がある滝がある。遡行図の大岩有り5m滝だろう。そのすぐ上の右岸から流入する枝沢には大きな滝が架かっており、これが17m滝だろう。本流はここから先しばらくはゴルジュ状のはずで、崩れた雪渓が見える。ということで、遡行図上の現在位置が確認できた。
 その先も雪渓に埋まっている可能性があり、このゴルジュ帯を通過して再び旧登山道に出られるのは2,400m地点まで登らなければならない。無理をすれば行けないこともないだろうが、下山のロープウェイの終発が17時ということを考えると遡行を続けるべきか微妙だ。
 この日のリーダーH本さんの判断で、ここで遡行を打ち切り、旧登山道から下りることになった。メンバーの足並みやこの先のゴルジュ帯の雪渓のことなどを考えると妥当な判断だ。11時半頃。
下山はあっという間だった。数時間かけて登って来たところを、観光客がいる日暮ノ滝下まで数10分ほどで戻る。途中、キノコや花の名前をM野さんに教えてもらう。

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(↑ベニテングタケ)

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(↑サンカヨウの実)

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(↑ゴゼンタチバナ)

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(↑シモツケソウ)

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(↑オオバギボウシ)
 ロープウェイ山麓駅に帰着し、服を着替えたりしてからバスに乗り込む。駐車場に戻ると暑い。下界は立派な夏の暑さだ。早太郎温泉こまくさの湯に寄る。お風呂と食事のセットで1,000円ということでお得感あり。
 帰路の中央道は例によって小仏トンネルを先頭にした30㎞の渋滞で、この渋滞区間ではずっとM野さんに運転してもらったのは大変だったと思う。石川PAで解散。

 中御所谷を完全遡行できなかったのは残念だった。それでも、積極的にリードできたのは良かった。機会があればまた行ってみても良いかも。

谷川連峰 湯檜曽川 抱返り沢 沢登り

2013.7.21(日)
 谷川連峰は湯檜曽川の支流、抱帰り沢(だきかえりさわ)を遡行してきた。
 メジャールートの湯檜曽川本谷は6年目の2007年8月に1泊2日で行ったことがある。
 抱返り沢という風変わりな名前の沢は、ウナギ淵のあるゴルジュ地帯を抜けて湯檜曽川本谷が直角に左に曲がる十字峡で、正面に見える出合に120mの大滝を構える沢だ。右手から大倉沢が流入してくる。
 前週に南アルプスの大井川赤石沢に一緒に行ったH光さんをリーダーに、2人で行ってきた。
 私にとっては4週連続となる沢登りで、遡行後の標高差のある下山も含めてここのところよく歩いているので、フリークライミングが疎かになっている一方で、足腰の力がついてきたように思う。
 ただ、大滝の出だしで、4~5mほど滑落して腰を強打してしまい、痛みを抱えながらの遡行はちょっとツラかった。

■7/20(土)夜 現地へ
 土曜日の昼間は、K寅さんと奥武蔵の聖人岩でクライミングをして過ごした。そのK寅さんも、日曜日はM浦さん達と谷川岳の西黒沢を遡行する予定だ。
 私の車で関越道を走って、水上ICで下りて途中のコンビニに買い出しで寄ると、M浦さんとK寅さんもちょうどコンビニにやって来た。こうして両パーティーとも谷川岳ロープウェイの山麓駅ベースプラザの近くでテントを張って仮眠を取ることに。
 我々H光パーティーは、行程の長さを考え、早朝4時には起床することにした。M浦P3人は西黒沢が目の前にあることからそれほど早くに起き出す必要はないようだ。
 テントの中で5人でお酒を飲むうちに、疲れている私はとろとろと眠くなってきた。

■7/21(日) 湯檜曽川 抱返り沢 遡行
○湯檜曽川本谷
 4時に起床。身支度を整えてから、車を白毛門登山口の駐車場に移動させる。ベースプラザを発ったのは5時。
 武能沢出合辺りまでは蓬峠に至る湯檜曽川沿いの登山道を歩いていけるはずだけれど、とりあえずマチガ沢近くまでは上の林道を歩く。林道がマチガ沢に回り込む手前で川沿いの登山道に降りる道があるので下りていく。巡視小屋を経て武能沢の手前で登山道から河原に下りる。ここで私はアプローチシューズから沢靴に履き替える。

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(↑瓦を歩くH光さん)

 広い河原を進んで行くと急に両側が狭くなって、その先に魚留滝がある。右岸から越えて、スラブ状のところを滑るように沢床に下りる。

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(↑魚留滝を通過するH光さん) 

 さらに進むと雪渓が現れた。左岸から雪渓の上に乗って歩く。ウナギ淵にも雪渓がかかっており、これも上を歩いて通過。

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(↑最初の雪渓)

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(↑雪渓から降りようとする私。よく見て。雪は舳先状にものすごく張り出している。もし折れたら…。縁にハンマーを刺して、それを掴みながら足ぶらになって着地。)

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(↑また雪渓。H光さんの大きさと比べてみて)

 それにしてもこの時期にこれだけ雪渓が残っているとなると、他の山域の沢でも今年は相当に雪が残っている可能性が高い。H光さんの話では、雪渓は暑さで融けて無くなるというよりは、降雨により少しずつ押し流されて無くなっていくのだという。今年は空梅雨だったため、雪渓が雨で流されずにまだこれだけ残っているそうだ。
 ウナギ淵の先にも大きな雪渓があり、これは右岸の草付きから高巻く。出だしの草付きがずるずるで悪いのだが、先に登ったH光さんが上からロープを下ろしてくれたので、フォローで登る。H光さんは、相当沢登りしているだけあって、こういう悪い草付きドロ壁登りが強い。私は、乾いたしっかりした岩ならぐいぐい登っていけるのだけれど。
 ヤブを漕いで高巻いて沢床に戻ると、十字峡が近い。目の前に120m大滝が迫る。十字峡の正面、抱返り沢出合にかかる滝だ。ここで湯檜曽川本谷は左に直角に折れる一方、左岸からは大倉沢が出合う。

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(↑十字峡の120m大滝)

○抱返り沢出合120m大滝登攀
 大滝はだいたい4段に分かれている。最初の1段目は右側から登る記録が多いようだ。傾斜の緩い2段目を経て、3段目、4段目は再び急傾斜になる。
★滑落! 1段目。リードの順番を決めるジャンケンに勝ったH光さんは、ロープを結んで左側の草付きから取り付いた。5mほど登ったところのブッシュにランナーを取り、その先で水流上に出て登って行く。
 H光さんがロープを張ったのを見計らって私もフォローで続く。ランナーを取った草付き斜面は滑り落ちそう。ランナーを回収したその刹那、足元がずるっと滑ったと思ったら、草付きをそのまま滑落する。つぎの瞬間、ドンと尻餅をつくように下の岩棚に落っこちてしまった。腰に衝撃を受けて一瞬呼吸が止まる。
 滑り落ちている時間はほんの一瞬だが、目の前を草付き斜面がコマ落としのように流れ過ぎる。一瞬の出来事なのに、早くロープがいっぱいに張られないかなと考えていたりする。ロープにぶらさがる感覚が訪れないなと思った次の瞬間、尻餅をついたようだ。
それでも、尻餅をつく直前にテンションがかかり、全くそのまま尻から着地したというよりは、テンションにより少しだけ衝撃が緩和されたようだ。
 何とか立ち上がると、腰の後ろと尻がものすごく痛む。足は何ともないようだ。大きな声を出してH光さんにコールしたいがそんな声も出せない。足を一歩出そうとすると腰に激痛が走る。
 そんな状態だったが再び登り始める。痛みを堪えながら先ほどのブッシュのところまで登り返す。4~5mは滑り落ちたようだ。見ると、右足を載せていた草付きが剥がれ落ちていて、その下に斜めの石が現れていた。こんな平らな石の上に申し訳程度に草が乗っかっていただけなのだ。そんなところをH光さんはよくリードしたものだ。
 一歩ごとに腰に痛みが走るので、岩を乗っ越すにも歯を食いしばる。ひいひい言いながら水流通しに登り、なんとかH光さんのいるところまで行く。

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(↑1段目をリードするH光さん)
 2段目。ロープがいらないくらいの緩傾斜で短いピッチだが、歩くのもツラい今の私にはこれくらいをリードするだけで十分だ。
 3段目。H光さんのリード。他の記録では、右側から取り付いて水流を越えていくようだが、H光さんは左側の草付きを登って行った。私もフォローで続く。
 4段目。私のリード。腰と尻は相変わらずズキズキと痛むが、せっかくの大滝登攀だしリードしたい気持ちは変わらない。左側を登ると一旦緩くなる。まだまだロープがあるので4段目上部を引き続き登る。そのまま左側を登ろうと思うが、岩がかぶり気味で難しそうだ。水流を渡って右から取り付く。細い灌木でランナーを取ったほか、ハーケンも打っておいた。そこを乗っ越すと、水流の左側に移ってロープがいっぱいになるまで登って行く。
 落ち口の5mほど手前でロープがいっぱいになってしまったので、左側の灌木2本に支点を取り、フォローをビレイする。

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(↑4段目をリードする私)

 こうして大滝を登り終えると、小滝を経てすぐに13m滝が現れる。ここはH光さんリードで水流左側を登る。
 続いて、長いナメ滝が現れる。某遡行図には下から60m、50m、40mとあるが、その境目を意識することなく、ロープを出すような傾斜でもないので、各自適当なラインから登っていく。

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(↑長いナメ滝。写真右は私)
 長いナメ滝を過ぎると、10m2条滝。ここは私がリード。右側を登った。

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(↑10m2条滝をリードする私)
 さらに50m大滝が登場。ここではロープを出さないかったような気がする。上部がちょっと悪かったように思うが、右側から登った。
 だんだんと源流の様相になってくる。10m滝は登れないので、左岸の開けた草斜面から巻く。するとさらに源流の雰囲気になってくる。

○大倉沢
 1,673mピークから伸びる尾根を左から巻くように沢を登って行くはずだ。ずいぶんと少なくなった水流を詰めていくと、右手側の尾根が近づいてくる感じがする。抱返り沢をこのまま詰めると、右岸の尾根のヤブ漕ぎに苦しめられるそうなので、左岸の尾根を越えた大倉沢側に抜けるらしい。
 1,673mピークの奥が鞍部になっていて、そのあたりから大倉沢側に抜けるはずだ。再び雪渓が現れる抱返り沢を詰めていき、後ろを振り返ると右後方にピークがある。1,673mピークを通り過ぎて、鞍部も通り過ぎかけているようだ。そのあたりで、右手のヤブの薄いところがあるので、H光さんが先行して進む。

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(↑このあたりから大倉沢に向かって右に行く)

 ヤブを漕ぐと反対側の草原に下りる。緩やかな草原状で気持ちが良い。ニッコウキスゲも咲いているし、遠くの山も眺められる。上方は朝日岳らしい。

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(↑反対側の草原。分かりづらいが写真左のブッシュの下端を回り込む)

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(↑ニッコウキスゲと谷川岳)
 50mほど草原を下り、ごく小さなブッシュの尾根の下端を回り込むと朝日岳に突き上げる大倉沢の細い沢筋に出る。
 大倉沢はここでもまだ水流がある。下の方を見ると、大倉沢も結構雪渓が残っているようだ。沢の水も涸れて、足元の踏み跡を辿ってヤブをかき分けて進む。猛烈というほどのヤブ漕ぎではないが、久しぶりのヤブ漕ぎは腰を痛めた私には堪える。そのヤブ漕ぎも標高が上がるにつれて、笹の背丈が低くなってくる。視界を妨げていたササが低くなり、腰から腿くらいになりヤブ漕ぎも楽になる。

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 緩やかな斜面を登ると岩の基部に突き当たるのでそこを左側から巻くと、朝日岳の山頂が右上に見えた。やった。山頂手前で主稜線の登山道に出た。

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(↑朝日岳山頂へ)

○下山
 朝日岳山頂に着いたのは13時15分頃。晴れて360度の大展望だ。ああ、疲れた。ほぼ同時に山頂に着いた女性2人の登山者がいたので、写真を撮ってもらう。
 彼女たちとはこの後の下山で抜きつ抜かれつしたのだが、下山後の白毛門登山口で聞くと、馬蹄形を11時間かけて縦走してきたそうだ。すごい。H光さんが言うには、2人がトレイルランナーのスタイルだったので、馬蹄形を歩いているのだろうなと思ったらしい。
 朝日岳の山頂で、私は再びアプローチシューズに履き替える。濡れた服も着替えて、ギアやヘルメットをすべてザックに入れて、普通の山歩きスタイルに変身する。
 朝日岳を発ったのは13時38分頃。ここから笠ヶ岳~白毛門を経て、土合の白毛門登山口まで縦走して下りる。高い雲がかかっているものの、風通しの悪い樹林帯は暑い。笠ヶ岳の手前にはニッコウキスゲの大群落がある。小さな笠ヶ岳避難小屋を経て笠ヶ岳山頂でいったん休憩。

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(↑縦走路。笠ヶ岳、白毛門方面)

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(↑ニッコウキスゲの群落)

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(↑笠ヶ岳避難小屋)
 さらに歩き続けると、沢登りスタイルの人達が登山道上で休んでいた。聞くと、ウツボギ沢を遡行してきたと言う。ウツボギ沢にも少し雪渓があったそうだ。白毛門の先で2度目の休憩を取った後は、登山口まで一気に下った。白毛門沢に架かる橋に降り立ったのは16時20分頃。朝日岳山頂から2時間40分くらいで下りてこられた。

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(↑谷川岳の雪渓の残る3つの沢を望む。左からマチガ沢、一ノ倉沢、幽ノ沢)

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(↑一ノ倉沢を拡大)
 朝日岳~白毛門登山口間に限るものの、腰を痛めているにも関わらず、前述のトレイルランナー2人を追い抜いて下山できたのはまずまず。ここのところの沢登りでは、下山で長く歩いているのでちょっとは足腰が鍛えられたのかも。
 今回遡行した抱返り沢は、本谷とは異なり、大滝の登攀がありなかなか良い沢だった。

 自販機で買ったジュースをがぶ飲みしてから高速に乗る。帰宅後、ぶつけた腰が痛むので、装備の後片付けも早々に寝ることにする。寝る前に、ぶつけたところを鏡で見てみると、子どもの蒙古斑のようにアザができていた。ボルタレンのゲルを塗ってから寝る。夜中も寝返りを打とうとすると腰が痛むので、じりじりと少しずつ腰の向きを変えた。
 その腰の痛みも、翌月曜日、火曜日と経るにつれて少しずつ引いてきた。早く痛みが引いて、つぎの山行に臨みたいもの。

黒山・聖人岩

2013.7.20()

所属山岳会のK寅さんと聖人岩に行ってきた。

夏の最中では、ここらの岩場の状態はいかがなものかと心配していたけれど、思っていたより普通に登ることができた。

ただし、虫除けは忘れないこと。

聖人岩でも路上駐車などアクセス問題が起きているので、有料駐車場(500円/日)に駐車して民家の人にお金を払う。

 私個人としては、3年前の6月の梅雨の最中に一度だけ来たことがある。

その時は、各ルートが軒並みビショビショに濡れていて登れる状態ではなかったけれど、唯一乾きかけていた「ウォーミングアップ」5.10cと「貂が見ていた」5.11bが登れた。

今回は、どのルートもばっちり乾いている。

まずはアップを兼ねて、岩場の左側にある「ティータイム」5.8、「コーヒータイム」5.10b、「おっとりマミちゃん」5.9、「ウォーミングアップ」5.10cを登る。

K寅さんもトップロープでトライしたあと、いくつかリードしてRP

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 (↑「おっとりマミちゃん」5.9をリードするK寅さん)

ここのところ沢登りが続いている私は久しぶりのフリークライミングということもあり、とりあえず5.11台前半を選んでトライ。

「ルミちゃんは気が早い」5.11aと「黒山讃歌」5.11bが登れた。

黒山讃歌は、てんみてと並ぶ聖人岩の人気ルートだと思うが、3つ星だけあってムーブを考える面白さがあり、やはりおススメ。

K寅さんは「梅ごのみ」5.10bをトライするも、惜しくもRP成らず。

私も登ってみたけれど、グレーディングはちょっとカラめなのかも。

その後にK寅さんがRPした「ダイエット・シェイク」5.10aと比較して、グレードが一つしか違わないというのは、それはないだろうということで意見が一致。

 この日の夜から、私とK寅さんはそれぞれ沢登りの山行に発つ予定なので、早めにクライミングを切り上げる。行き先が同じ谷川岳方面なので、山行計画は別だけれど、K寅さんとは水上のコンビニで再び会うことになる。

 聖人岩は、行くまでは岩場の状態を心配していたけれど、木陰のため直接陽が当たらないので、ものすごく暑くて登れないということもなくクライミングを楽しめたのは良かった。

南アルプス 大井川 赤石沢 沢登り

2013.7.13(土)~15(月)
 海の日の3連休、南アルプス南部の大井川の支流、赤石沢を遡行してきた。
 赤石沢といえば、南アルプスの名溪として知られている。
 数年前に甲斐駒にある黄蓮谷右俣を遡行しているので、黄蓮谷を南ア北部のメジャールートとして、南部は赤石沢とすれば、南ア南北の2大ルートを遡行したことになる。

 前週に、早川の支流、黒桂河内川(つづらごうちがわ)二ノ右俣(にのみぎまた)を遡行しているので、2週続けての南ア南部での遡行となる。
 しかし、前回が山梨県側に位置するのに対し、今回の赤石沢は静岡県側からとなるので、東海フォレストの送迎バスを利用することも含めアプローチが長い。

 今回、所属山岳会のH光さんを山行リーダーに、M中さん、K田さん、私の計4人のメンバーで、前々週に奥多摩の倉沢谷塩地谷に行った時の顔ぶれだ。

 赤石沢の入渓点となる牛首峠は椹島の近くだが、一般車ではここまで入ることができず、畑薙第一ダム近くの臨時駐車場まで車で来て、そこから東海フォレストの運行する送迎バスに乗らなければならない。このバスに乗るには、東海フォレストが経営するいくつかある山小屋に少なくとも1泊することが条件となっている。
 そこで、前夜のうちに畑薙第一ダムまで来て、初日は赤石沢のどこかで泊まり、2日目に百間洞山の家という山小屋に宿泊、3日目に赤石岳を経て椹島に下山する計画とした。
 なお、同日程で所属山岳会のYT川さんも某会のF原さんと2人で赤石沢の計画を立てた。結果的に2日目の途中で2人が我々に追い付いてきて、その日は抜きつ抜かれつ一緒に遡行した。

■7/12(金)夜 現地へ
 金曜日夜、私の車に3人を乗せて環8経由で東名道へ。運転する距離が長いので途中でM中さんにハンドルを替わってもらう。新東名道に入り、静岡SAスマートICで下りたところで、再び私の運転に替わる。国道362号線から大井川鉄道に沿った道を走り、さらに県道60号を走って深夜に畑薙第一ダムの臨時駐車場に到着。ああ、疲れた。テントを張ってさっさと寝る。

■7/13(土) 入渓 ~ 1,800m付近
 広い駐車場には埋め尽くすほどではないが、たくさんの車が停まっている。ここから椹島に向けて東海フォレストの送迎バスが運行されているのだが、乗車する人数が多ければ始発予定の8時よりも前に発車することもあるとのこと。そのとおり、6時半頃に最初の便が出て、我々も7時頃の便に乗ることができた。たくさんの登山者がバスで次々と運ばれていく。
 乗車時に一人3,000円を支払う。百間洞山の家に素泊まりする場合は1泊5,000円なので、山小屋では差額の2,000円を支払えばよい。

 1時間ほどバスに揺られて、椹島の少し手前の牛首峠で我々は下車する。ここが赤石沢への入渓点だ。さて、出発しようとすると、バスのチケットが無いことに気付く。ズボンのポケットに入れておいたはずだが見当たらない。どうやらバスの中に落としてしまったようだ。このチケットが無いと、山小屋に泊まる際に差額分だけでなく、全額を支払わないといけなくなるかもしれない。困っていると、椹島まで行った先ほどのバスが引き返してきた。呼び止めると、確かにバス車内にチケットが落ちていたという。椹島の事務所に預けているというので、私の名前を告げて、山小屋で泊まる際にもその旨を言ってもらえれば大丈夫とのことになった。これでひと安心。

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 我々が牛首峠でバスを降りた際に、2人組がやって来た。彼らは送迎バスではなく、畑薙第一ダムからマウンテンバイクを漕いでやって来たのだ。頑張るなあ。
 自転車をここにデポしておいて彼らも赤石沢を遡行するそうだが、先に入渓した我々とは以降会うことはなかった。我々より2時間遅れで入渓したYT川さんに翌日会った際に聞くと、この2人を見かけていないという。どうやら、入渓して少しで遡行を断念して引き返したようだ。

 さて、今回参考にした遡行図は、「決定版関東周辺沢登りベスト50コース」(山と渓谷社)なのだが、後述するが遡行図の記載が間違っているところがあるので、今後参考にしようという人は要注意。ネットの遡行記録を見てもこの間違いが指摘されているのだが、私がこれを知ったのは山行から帰ってから。

 下車した林道から階段を下りていくと、すぐに沢に入る。現れる滝がどれがどれだかよく分からないが、最初に現れるゴルジュ帯がイワナ淵のようだ。その後少し河原を歩くと次のゴルジュ帯であるニエ淵のようだ。小滝を登ったり、登れない滝は巻いたり。曲り滝とか、神の淵、虹の淵など遡行図にはいろいろ記載されているけれど、いちいち遡行図と照らし合わせながら登っていたわけではないので、どれがどれだかは覚えていない。
 ずいぶんと遡行の様子を省略してしまうが、やがて取水堰堤の施設が現れる。北沢出合の手前だ。堰堤を通過すると、北沢出合で、ビバークできそうな広い場所もある。まだまだ時間が早いので遡行を続ける。

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(↑私)

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(↑赤ジャケットは私)

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(↑取水堰堤の施設)

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 門の滝15mが現れた。チョックストーンの左右からクロスするように水が流れ落ちる滝だ。この滝は右岸の枝沢から高巻く。ここで50mロープを初めて使う。私のリードで登り始める。結果的には1ピッチ以上、左の枝沢の草付き岩場斜面を登ってから枝沢を2つ横断するように巻いていくのが踏み跡のある正解ルートなのだが、滝の近くから何とか巻けないか、急な岩壁に取り付いてみるも、やはり厳しい。ハーケンを1枚打っただけで、前述の岩場斜面に戻る。高巻くと沢床へは歩いて下れる。

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(↑門の滝)

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(↑門の滝を高巻く)

 遡行図に「左岸の岩の洞穴をAOで登る」とある滝の通過は面白い。岩が重なったケイブ状の中に入って上を見上げると人一人が潜り抜けられそうな穴が空いている。ここを抜けるのだ。出だし部分にスリングが何本かぶらさがっている。H光さんが空身でリードして穴を潜り抜ける。身体の大きなH光さんが通れたのだから、残る我々も通れるはずだ。しかし、ザックを背負っては通れないので、H光さんがロープの一方の端を下に下ろして、4人のザックを次々に荷揚げしてくれる。その間に人間も穴を通っていく。

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(岩の洞穴を抜けるH光さん)

 左岸に岩屋があるところを通過すると、その先に雪渓が現れた。大ゴルジュ入口に架かる雪渓らしい。15時半頃になっていたので、今日の行動はここまでとし、少し戻って先ほどの岩屋で泊まることにした。

 大ゴルジュ入口の地図上の位置についてちょっと触れる。前述の遡行図では、獅子骨沢と出合うところで本流は右に屈曲し大ゴルジュ入口と記載されている。本流が右に屈曲するところは、1/25,000地形図上では標高1,800m付近。「南沢」と記載されている「南」と「沢」の文字の中間だ。高度計の高度と照らしても概ね合致する。
 しかし、地形図上の獅子骨沢出合は、もっとずっと上流にあり、標高1,890m付近だ。山行を終えて帰宅してから改めてネットで他の山行記録を調べて分かったのだが、このガイドブックの遡行図の記載が間違っているようだ。
 大ゴルジュ入口は、やはりこの標高1,800m付近が正しいようだ。今回雪渓に埋まったこの場所は、十字路のようになっていて、下から見ると左から合流する沢(下シシボネ沢?)があり、正面左寄りにも沢が続き、右から来るのが本流で大ゴルジュ入口だ。ということで、このガイドブックの遡行図を持って赤石沢に行こうという人はちょっと注意。

 さて、今夜の寝床となる狭い岩屋の下で荷物を解く。タープを張ったり、焚き火用の枯れ木を集めたりする。H光さんとK田さんはイワナを釣りに行く。ひととおり焚き木を集めた後、K田さんが釣り竿を貸してくれたので、私もイワナ釣りに挑戦してみることにした。ずいぶん昔に釣り堀で一度ニジマス釣りをやったことがあるくらいで、吊りの経験はほとんど皆無の私としては、餌となるブドウ虫の釣り針への通し方も教えてもらってから、沢に糸を垂れてみる。
 しばらく試してみたのだが雨も降りだしてきたので、切り上げることにした。ということで釣果は無し。一方、H光さんは1匹釣り上げてきた。
 イワナは釣れなかったけれど、焚き火を熾さなければならない。エスビットという着火剤を使って細かい枯れ木に火を点け、少しずつ太い枝に火が移るようにして焚き火を熾した。雨はけっこう本降りだけれど、焚き火は岩屋の下なので雨で消える心配はない。しかし、煙が岩屋の中にこもってケムい。
 先週の黒桂河内で初めて使った焚火缶を使って枝豆を茹でたり、ご飯を炊いたりする。今夜の夕食の担当はK田さんだ。M中さんが持ってきたウインナーを焚火で焼いて食べたり、1匹のイワナを4人で少しずつ齧ったりした。

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 岩屋の目の前には小さいながら雪が残っているせいか寒い。しばらくは焚き火に当たりつつ濡れた服の着干しに努めるが、乾いた服に着替えダウンジャケットも着込む。お酒も入って、寝不足と疲労から焚火のそばで横になったまま寝てしまった。目が覚めると皆はタープの下で寝ている。私もタープの下に移り、シュラフカバーに入り直す。まだ寒いのでツエルトを出して身体に巻いた。それでも特に腰回りが冷えて仕方なかった。しっかり眠れないと翌日の行動に響くことを考えると、多少荷物が増えても防寒具を増やしたほうがよいのかも。

■7/14(日) 百間洞山の家まで
 未明の3時起床。焚火を再び熾して、担当M中さんによる朝食を食べる。夕べ振っていた雨は今朝は止んでいる。冷えた身体を焚火で温めながら出発の支度をする。

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 5時に出発。まずは、前日に見ておいた雪渓の通過だ。雪渓の上を間隔を開けて歩いていく。雪渓を通過して正面の沢に向かうようにして山の斜面に取り付くと、そこに踏み跡がある。大ゴルジュの巻き道だ。大ゴルジュ入口には滝がかかっているようだ。

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 比較的明瞭な踏み跡を登って行く。それでもところどころ迷いそうなところがある。巻き道は早々に下ってしまうのではなく、しばらくは山肌をトラバースするように、ところどころ急な登りも交えながら進んで行く。枝沢を渡るように過ぎると再び踏み跡は明瞭になり、そのまま歩いて沢床に降りられる。こうして大ゴルジュを通過。
 遡行を続けていると、後ろから2人組パーティーが少しずつ追い付いてくる。牛首峠で会った2人か、YT川さん達だろうか。

 大きな淵が現れたので、ここで釣りをしようということになった。今日の行程は百間洞の山小屋までなので時間的に比較的余裕があるからだ。
 H光さんとK田さんが竿を出してさっそく釣りを始める。すると2人組がやってきた。YT川さん達だ。YT川さんの話で、牛首峠の2人組が遡行を諦めたらしいことが分かった。
 YT川さんの同行者は、某山岳会のF原さん。YT川さんも竿を出して釣りを始めると、あっという間に2匹を釣り上げたので、私はその2匹のイワナの腸をナイフで取り除いた。内臓を抜いた後、背骨に沿ってある血合いもナイフでそぎ落とす。

 H光さんもK田さんも釣れたようで、私もK田さんの竿を借りて釣ってみる。
 釣り名人のYT川さんの様子を真似て、糸を垂れる。イワナが食いつくことを期待して、何回か糸を垂れ直してみる。すると、ググッと糸が引っ張られる間隔が。きた~。竿を上げると、イワナがぶらさがっている。やった。記念写真を撮ってもらう。人生初のイワナの釣果だ。
 イワナの口から釣り針を外す棒を貸してもらったけれど、うまく外せないのでYT川さんにやってもらう。私が釣ったイワナは他のイワナよりもちょっぴり大きい。う~む、やった。
 釣りをしている間に、すでに焚き火を熾している。釣れたイワナは全部で6匹。木の枝に刺して焚火で塩焼きにするほか、K田さんが刺身に下ろしてくれた。
 冷えた身体には焚き火の熱がありがたい。イワナが程よく焼けたようなので、皆でかぶりつく。塩味が効いて美味しい。刺身もあっさりして美味しい。
 この3連休、ここ赤石沢に入っているのは我々6人だけだろうか。遡行中に釣りをして、すぐに焚き火で焼いて食べるというのは良いものだ。

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(↑釣り名人のYT川さん)

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(↑私が釣ったイワナ)

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(↑計6匹)

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 こうして1時間以上は留まっていただろうか、再び遡行を開始する。YT川さん達とは抜きつ抜かれつ同じようなペースで歩いていく。
 やがて顕著な二俣に出る。向かって左手が奥赤石沢で、右手が目指す百間洞だ。すこしずつ水量も減ってきて、沢も開けて明るい感じになってくる。途中、滝の巻きでロープを出したほかは、あとは易しい遡行が続く。ときどき雪渓が残っていたり、滝を巻いたり。

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(↑二俣)

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 地形図を見ると、百間洞山の家の位置は標高2,400m付近の右岸側の山の中腹。この山小屋の表記は古い山小屋を示しているようで、実際はもう少し上流にあるようだ(あとで山小屋に到着すると、標高2,515mと入口に掲げられていたし)。
 雲行きがだんだんあやしくなってきた。雨が降り出しそうだ。右岸側に明瞭な踏み跡が現れて、いよいよ山小屋が近いはずだと話していると、雨が降り出してきた。雨の中を少し歩いていくと、目の前に建物が現れた。百間洞山の家だ。到着したのは15時。遡行を完了できたことを皆で喜ぶ。YT川さん達もやってきた。

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 びしょびしょに濡れた荷物を解き、宿泊の受付を済ませる。山小屋は4層で、受付と食堂のある1階、外階段からもアクセスできる宿泊部分の2階とさらに3階。外から入れる地下部分にはトイレと素泊まり者用の調理スペースがある。
 あてがわれた宿泊スペースに入ると落ち着いた。お金を払ってしっかり山小屋に泊まるなんてことは滅多にないが、混雑しているわけでもないので、冷えた身体を休めることができる。
 食事付き宿泊客が利用するまで、食堂でおつまみを食べたり、私はビールを飲む。ああ美味しい。500ml缶で800円。
 2日目の就職の担当は私。レトルトの肉みそ炒めの素を味付けに、ナス、ピーマン、エリンギを用意しておいた。お米も無洗米を4合。この分、明日の荷物は軽くなるはずだ。
山小屋の外のベンチで私が野菜を切っている間に、地下の調理スペースでH光さんがご飯を炊いてきてくれる。ご飯を蒸らしている間に、もう一つの鍋に油を引いて野菜を炒め始めると、調理スペースの天井に取り付けられている火災報知機が反応して山小屋中に「火事です火事です」と非常アナウンスが鳴ってしまった。調理場なのに、炒め物の煙で警報がなるなんて…。仕方ないので外のベンチに引き返す。レトルトやフリーズドライだけの食事より、重くはなるけれど野菜のある食事はやはり良いもの。

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 明日は椹島に下山するのだが、椹島を出るバスの最終発車時刻が14時とのこと。登山地図のコースタイムを見ると、ここから赤石岳山頂まで標高差700mを登るのに3時間、山頂から椹島まで標高差2,000m下るのに6時間の、計9時間となっている。
 実際はそんなに時間は要しないのだが、万が一、最終便を逃すとこの日のうちに帰れなくなってしまう。未明の3時には起床して5時までには山小屋を出発することにして、早めに床に就く。それにしても、夕方も一雨降ったけれど、夜を通してもずっと雨が降っていたようで、明日も雨の中を歩くのかと思うとちょっと気が重い。

■7/15(月) 赤石岳山頂、椹島に下山
 3時に起床。外ではまだ雨が降っているようだ。他にも起き出している登山者がいるようだ。荷物をまとめて階下に降り、H光さん担当で朝食を作る。その頃にはいったん雨は止んだけれど、ガスが濃い。
 ヘッドランプを点けて4時半に出発。細い水流沿いの登山道を歩いていくと、幕営地に出る。幕営地付近でちょっと道に迷ったけれど、登山道をどんどん登って行く。高度が上がるにつれて、風が強くなってくる。雨も混じる強風の中、足を踏ん張らないと風に身体があおられるくらいだ。雨具のフードをかぶる。冷たい風雨に身体が冷える。手袋をしていないので手が冷える。視界ゼロの中、百間平を過ぎ、標高を上げていく。M中さんと私、少し遅れてK田さんとH光さんが続く。途中、赤石岳山頂直下にあるはずの赤石避難小屋まで30分と表示があった。
 小屋の中で一息つけることを期待して、寒さに耐えて歩き続ける。小屋まで遠いなあと思いつつ歩くと、6時45分頃ガスの中に建物が現れた。思っていたよりもずっと立派な山小屋だ。

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 中に入るとストーブが点いていて、管理人の人達もいた。ただの小さな無人小屋を想像していたので、思わぬストーブの温かさに嬉しくなる。K田さん達も追い付いて来た。さらにあとから2人組も入ってくる。暖かい休憩スペースにずっと休んでいたかったけれど、30分ほど休憩してから外に出る。
 赤石岳山頂は小屋からすぐ。標高3,120mの山頂は濃霧で展望無し。赤石岳山頂は縦走登山をよくやっていた学生時代以来だ。そんな感慨に耽っている間もなく、写真を撮ってさっさと下山開始。
 ぐんぐんと高度を下げていくと風雨から脱して、富士見平ではすでに晴れている。赤石小屋に到着すると、暑さで雨具を脱ぐ。山頂付近だけ雲の中だったようで、つい先ほどまでいた赤石岳山頂が望める。聖岳方面も見える。

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(↑赤石小屋から赤石岳を望む)

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(↑聖岳)
 さらにどんどんと下って行く。学生らしい5人組グループと抜きつ抜かれつしながら標高を下げていくにつれて、さらに気温が上がってくるのが分かる。最後にはファイントラックの肌着1枚になって歩く。

 そうして林道に降り立ち、椹島に着いたのが11時20分頃。休憩時間を除くと、実質6時間くらいで下りてきた計算だ。椹島には東海フォレストの建物がいくつも建っている。バスが発車するのは13時とのことで、それまでのんびり過ごすことにした。有料のシャワーを利用するメンバーも。バスを待つ登山者が何十人もいる。

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 大勢の登山者たちは3台のマイクロバスに分乗する。2台が出発していき、我々が3台目に乗り込み発車を待っていると、YT川さん達がグッドタイミングで下山してきた。補助席を倒して2人も乗り込む。

 1時間ほどで畑薙第一ダムの臨時駐車場に到着。道中、バスの運転手さんが山や花の名前を解説してくれた。駐車場は椹島よりもさらに暑い。
 山上での風雨には参ったけれど、一気に2,000mを下ってきたワリには、先週の黒桂河内ほどには足が痛くならなかった。先週の山行でちょっとは鍛えられたのかな。

 帰路の運転は大変だった。行きで通った国道ではなく、曲がりくねった狭い県道を延々と走っているうちに、安倍川沿いに出た。ずいぶんと東寄りの道を通っていたようだ。新東名道に入ってからSAに寄り食事をとる。交通情報によると、御殿場から先で50㎞の渋滞とある。うわ。運転をM中さんに替わってもらい、御殿場ICで下りて山中湖経由で道志村の道の駅まで運転してもらった。その先からは再び私が運転し、相模湖ICから中央道に乗り東京へ。
 昼に下山してきたワリには帰りはそれなりに遅くなった。ああ、疲れた。

 冒頭にも書いたように、北部の黄蓮谷と並ぶ南アの名渓を遡行できたのは良かった。滝を登攀するという要素は思っていたほど少なかったけれど、釣りはできたし、送迎バスを利用しないとなかなか来られない南ア南部の沢を遡行できたのは良かった。

南アルプス 早川 黒桂河内川二ノ右俣 沢登り

2013.7.6(土)~7(日)
 南アルプス南部の早川の支流、黒桂河内川(つづらごうちがわ)二ノ右俣(にのみぎまた)を遡行してきた。
 南アルプスでの沢登りは、6年前と3年前に甲斐駒の黄蓮谷右俣へ、2年前に野呂川シレイ沢に行ったことがある。

 今回、所属山岳会のM中さんを山行リーダーに、Hさん、T内さん、私の計4人で行ってきたのだが、当初は新潟県の苗場山北面にある釜川のヤド沢か千倉沢横沢に行く計画だった。
 しかし、日本海側に梅雨前線が停滞して現地の天気予報が芳しくなかったため、代替案として計画していた黒桂河内に行くことにした。
 M中さんは様々な沢に詳しいようで、「くろかつら」と読みたくなるような黒桂河内も行き先候補の一つとして提案してくれた。

 当初案のヤド沢も三つ釜というところが見どころの良い沢らしいので、いつかは行ってみたいところではあるけれど、今回の黒桂河内では南アルプス南部の沢を体験できて良かった。ただし、いろいろな事が起きて、大変な山行ではあったけれど。

 黒桂河内川の本流には、左岸の下流側から一ノ右俣、二ノ右俣、三ノ右俣と合流してくる。
 初日は、林道入口のゲート前に駐車して、そこから林道終点まで歩き、さらに発電施設らしい堰堤のあるところまで登山道を歩いた。そのため、黒桂河内川下部にあるらしいゴルジュ帯は割愛。ここも遡行するとなると、さらにもう一日を要することになりそうだ。初日は、黒桂河内川本流を遡行し、二ノ右俣出合で泊まった。
 二日目は、大高巻きも交えながら二ノ右俣を遡行し、標高1,710m付近で左俣を選ぶ。最後はガレてきたので左岸側の尾根に取り付き、ぴったり保利沢山(標高2379.3m)の山頂に出た。下山は、伝付峠(でんつくとうげ)まで快適な稜線を歩き、内河内川沿いのところどころ崩壊した登山道を下って行き、新倉(あらくら)の集落に下りてきた。

■7/5(金)夜 現地へ
 出発当日の夕方、行き先を黒桂河内に決めたとM中さんから皆に連絡があった。新潟に行って梅雨前線の影響で豪雨にでも見舞われたら大変だなあと心配していたので、天気予報が比較的良い山梨県に行くとなって安心した。
 夜、私のエクストレイルでHさん、T内さんを乗せ中央道へ。さらに石川PAでM中さんと待ち合わせる。甲府南ICから早川町方面に車を走らせる。
 この夜は、富士川クラフトパークという道の駅で泊まる。車の外に出ると生暖かい風が吹いている。テントの中にいると暑いくらいで、M中さんは外のベンチで寝たようだ。

■7/6(土) 黒桂河内川本流遡行
 5時に起床し、早川町に車で移動する。学生時代に伝付峠を越えて悪沢岳に登ったことが2度あり、早川町に来るのはその時以来だ。今回伝付峠からの登山道を下ってみたけれど、当時よくこの長い道を歩いたものだ。南アルプスの特に南部の奥の深さを感じもした。

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(↑林道のゲート)

 新倉の集落の手前の早川に架かる橋を渡って林道に入るとすぐにゲートに突き当たる。ゲートの手前に駐車し、身支度を整える。6:45頃に林道を歩き始める。途中、堰堤の工事現場の脇を通りながら、50分ほどで工事作業小屋の建つ林道終点へ。ところで、堰堤工事の作業員に会ったのを最後に、新倉の集落近くのトンネルで通りすぎる車に会うまで、登山中に他の人間に会うことはなかった。
 そこからさらに山道を歩いていくと、発電施設らしい堰堤に行き着くので、そこで黒桂河内川本流に入渓する。前述したとおり、ここまでの本流下部のゴルジュ帯の遡行も楽しめるようだが、我々の日程では厳しいので割愛。

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 8時半前に遡行開始。ネットで見つけた遡行図を携行してはいたけれど、小滝がいくつもあるので、どこがどの滝なのか分からない。なので、あまり詳しく書くことはしないが、直登できるものもあれば、巻くものもあった。

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(↑先頭にいるのが私)

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(↑私)

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(↑私)

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(↑ビレイする私) 
 先週行った一之瀬川のように、首まで浸って泳ぐ場面はなかった。水温は一之瀬の時よりは幾分温く感じたけれど、やはり水は冷たい。ロープを出したほうが良さそうな高さの滝では、まず私が登って上からロープを投げ降ろし後続が続いた。天気は曇りがちといったところ。一ノ右俣出合に着いたのが13:40頃。HさんとT内さんは沢を歩くのにそれほど慣れていないせいか、ペースがいまいち捗らない。M中さんの考えでは、二ノ右俣出合か、できれば二ノ右俣を少し入ったどこかで泊まる計画だったのだが、この日の時間を考えて二ノ右俣出合に泊まることになった。出合が近づく前からビバーク適地を探しながら歩く。

 そうして見ていると、平坦な場所が結構あちこちにある。それらのどこかで泊まっても良かったのだけれど、14時半過ぎに二ノ右俣出合に到着したので、本流と分ける一段高いところを今夜の寝床とした。
 まずは皆で枯れ木を集めて、焚き火を熾す。沢登りといえば焚き火だ。それから木の幹にロープを渡して、M中さんの用意したタープを架ける。
 食事作りのためのコッヘルは私が用意した。焚火缶という、名前のとおり焚き火の炎に直に使える鍋で、少し前に買ったばかりで今回初めて使ってみた。
 今夜の食事担当はHさん。コッヘルで枝豆を茹でたり、M中さんが持ってきたソーセージを枝に刺して焚火で焼いて皆で食べた。また、生米を焚火で炊いて、ナスや肉を入れた麻婆丼にして食べた。うーむ満腹。お酒も飲んでいるので、寝不足と疲れでとろとろと眠くなってきた。暗くなったころに雨が降り出してきたので、皆でタープの下に一時避難。3人はそのままタープの下にマットを敷いて20時頃には寝たのだが、雨が止んだ後にM中さんは焚き火のそばで寝たらしい。

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■7/7(日) 二ノ右俣遡行 ~ 伝付峠経由で下山
 二日目は行程が長いので、未明3時起床、5時出発とした。M中さんが焚き火の番をしてくれたので、熾火に薪をくべて朝食の準備。朝食はT内さんの担当で、パスタなどを食べて5時過ぎに歩き出す。
 歩いていくと滝が現れる。滝の左側が草付き斜面になっており、そこから落ち口に抜けられそうなので、ここでロープを出して私がリード。
 ハンマーを土に打ちながら登って行く。細い灌木に3ヵ所ほどランナーを取りつつ、直上から右トラバースして滝落ち口を抜ける。ランナーが当てにならないので、滑り落ちずに登れて良かった。落ち口を抜けると奥にもっと大きな滝が見える。その手前に沢を横切るように倒木が架かっていたのでそれを支点にロープをフィックスする。
 中間の2人が登高器で確保しながら登って来る。最後の人は上でビレイする。その間、私は各人の登る様子を写真に納めた。

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(↑滝の左側草付きから登った私。赤いジャケット)

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(↑フォローで続くM中さん)

○高巻き
 奥に見えた滝は某トポ図にある20m滝だろうか。トポ図ではさらにその先に30m滝もあるようだ。ここは右岸から高巻くことにする。この高巻きに2時間要することになる。

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(↑高巻きのはじめ)
 巻きの右岸の枝尾根にはそれなりに踏み跡があり、結構明瞭なところもある。20m滝を過ぎたと思ったら、目の前に立派な滝が現れた。30m滝だろうか、でももっと高さがあるように見える。対岸には鹿の群れがいた。

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 この滝もそのまま巻いてしまう。何となく判別できる踏み跡を辿って高度をあげるけれど、ヤブ漕ぎになるところもあり、沢を行くよりはやはり時間がかかってしまう。トポ図にある10mナメ滝だろうか、眼下の樹幹越しにそれらしきものが見えた。これも巻いたことになる。現在地は、沢が右に屈曲するあたりの枝尾根だろうから、そろそろ沢床に降りることを考えないといけなさそうだ。
 そこで、私が先頭になって下降気味のラインを探って進む。下の方に沢が見える。適当な樹木があるので、それを懸垂下降の支点としてロープを架ける。1ピッチで下の樹木に届きそうだ。まずは私が下降する。目測どおり下の樹木に届いたけれど、あとは歩いて下って行けば沢に出られそうだ。皆も懸垂下降してきて、歩いて沢に復帰する。懸垂下降のポイントとしてはばっちりだったようだ。
 ロープを回収して私も追い付くと、M中さんが手の指を手当てしている。どこかで指を切って出血してしまったようで、応急措置した。この巻きに2時間くらい要してしまった。

○T内さん負傷
 再び沢を進んで行く。やはりヤブヤブの巻きよりも捗る。9時過ぎだったろうか、T内さんが先頭を歩いていて、2mほどの小滝を乗っ越すために取り付いた。足元にある石にT内さんが乗ったところ、その石が動いてしまい、バランスを崩したT内さんは後方の水の中に倒れるように落ちてしまった。その際に左手を突いて、左ヒジを痛めてしまったようだ。まずは河原で休ませて、M中さんがT内さんに痛みの様子を聞きながら、今後の判断を相談する。
 T内さんはヒジを伸ばしたりすると痛むらしい。打撲程度なのか、骨に異常があるのか分からない。結果としては、東京の夜間救急の病院で診てもらったところ、骨に異常はなく打撲とのことだった。
 ヒジを曲げておいたほうが良いとのことなので、左腕を固定することにした。T内さんに座ってもらい、Hさんと私で左腕の固定を試みる。着ていない長袖シャツで腕を包むようにして、袖の部分を首と右腋に回して結び腕を吊るようにした。ヒジの部分がシャツの裾部分から出てしまわないように、シャツを絞るように結ぶ。これで左腕が安定したようだ。
 さて、ここからどう行動するか。リーダーM中さんの判断で、ここまで遡行している以上、引き返すほうが大変なので、予定どおり沢をこのまま詰めることにした。
T内さんの荷物は3人で手分けして背負うことにして、T内さんのザックそのものはM中さんが自分のザックに結びつけて背負うことになった。
 M中さんの指示で、M中さんの20m補助ロープを使って、私とT内さんをアンザイレンすることになった。私が先行して、T内さんをコンティニュアスビレイするわけだ。長過ぎるロープを束ねてハーネスに吊るし、何メートルかの距離を保って、2人で歩くことにした。
勝手がつかめるまで最初しばらくは、ゆっくり歩く。足を痛めたワケではないので、T内さんは普通に歩いてくる。小滝のところでは、私が先に登って、上から肩がらみでビレイした。片腕が使えないにも関わらず、T内さんは結構登ってくる。それでも、手を出す際に瞬間的に岩から両手を離すことになるので、私は上からロープをがんがんに張る。
10時頃、二俣が現れた。標高1,710m付近の二俣らしい。左に進む。
 片腕では懸垂下降できないので、滝を巻いて懸垂下降する場面では、上からビレイしながらT内さんを下ろす。
 11時半頃、チムニー状の滝が現れた。トポ図にあるトイ状連爆帯だろうか。両側の壁のホールドを使って登れる。T内さんも続く。
 片腕が使えないT内さんの歩くペースは思っていたより悪くないので、私とT内さんが先行し、M中さんとHさんが少し離れて後を追ってくる。M中さん達の姿が見えないので、追い付いてくるまで待つことにした。

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(↑懸垂下降するHさん)

○ザック流失
 M中さん達が追い付いて来たのは良いのだが、ザックを背負っていない。聞くと、先ほどのチムニー状滝の滝壺にM中さんとT内さんのザックが水没して回収できずに残置してきたと言う。
 え?と驚いて、さらに詳しく聞くと、チムニー滝を空身で登って、上からスリングでザックを引き上げようとした際に、滝の水流に押されてザックを滝の中に落としてしまったようだ。
深く大きな滝壺ではないはずだが、滝壺の中に運が悪いことにチョックストーン状の岩があり、その隙間にザックが落ち込み、上からの滝の水圧もあり、ザックを引っ張り出せなくなってしまったらしい。
 仕方なくザックを捨てたのだという。T内さんのザックの中身はほぼ皆で手分けして持っていたはずだが、全部ではないし、M中さんが背負っていたザックの中にも分けていたはず。それにM中さんのザックは中身も含めて丸ごと失ったことになる。
 私はチムニー滝に戻って回収しようと言ったけれど、M中さんによるとそれはとても無理だからこのまま登ろうということになった。負傷したT内さんもいるし、時間が圧してきていて確かに先を急ぐ必要がある。稜線までまだ何百メートルも登らないといけないのだ。

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(↑チムニー滝)

 結果的に空身となったM中さんが私に代わってT内さんをビレイして遡行を再開する。1,710m付近の二俣の先にも顕著な二股が2ヵ所ほどあった。地形図に照らすと、保利沢山の少し北側に詰め上げるはずだ。水量が減ってきて、伏流になっているところもある。この先の下山も長いので、荷物を失ったM中さん達のことも考えて、水を補給しておく。
 T内さんのビレイをM中さんからHさんに代わる。いよいよ水が枯れてきて、石屑とザレた砂の斜面になってきて登りづらくなってきた。私が先頭を登っていたのだが、そろそろ両側の樹林帯に上がったほうが良いと判断し、左岸側の樹林に入った。樹林に入ってみると、ところどころ踏み跡らしいものが判別できる。Hさん達を先導するように、私はなるべく踏み跡らしいところをたどりつつ、歩きやすいところを選んで登って行く。樹幹越しに空が見えてきて、稜線が近づいてきたことが分かる。そして、14時過ぎに保利沢山(標高2379.3m)の山頂にぴったり出た。

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○下山
 私はここで沢靴からアプローチシューズに履き替える。地形図を見ると、笊ヶ岳のある主稜線の登山道はだいたい稜線上にあるようだが、ここ保利沢山付近だけは、稜線から外れ、登山道は静岡県側に少し下ったところに付いている。
 向かう伝付峠は北方にあるので、コンパスを合わせて北に歩き始める。樹林帯の中にジグザグと何となく細い踏みあ跡があるので、私が先頭になってそれをたどるのだが、すぐに見失ってしまう。非常に分かりづらいし、そもそもその踏み跡が登山道に続いているのかも分からない。
 高度計の表示を見ながら、地形図と実際の地形を見比べて、右手側に見える尾根の側面にいるのだと判断し、その尾根に近づいていくように歩いていく。樹幹越しに右手側遠方に主稜線らしき山が続いているのが散見できるし。
 こうして2,250m付近で登山道に出ることができた。地形図とコンパスの大切さを改めて認識した。登山道は快適の一言。木が茂っているところもあるけれど、幅広の平たんな登山道が伝付峠まで続いている。峠に近づくと林道が合流してきて車も通れる幅になる。昔2度越えたはずの伝付峠だが、辺りの様子はまったく覚えていない。新倉に下って行く登山道は崩壊箇所があり通行止めとの表示があるが、我々は構わず行く。M中さんによると、この4月に仮復旧しているのだという。

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 峠で所属山岳会の下山連絡担当者あてに下山が遅れ気味になる旨を電話しようと思い試みたけれど、ケータイのアンテナが何本か立つものの、残念ながら通じず。峠を発ったのは16時前。どんどんと下っていくにつれて、暑くなってきた。沢登りの格好のままでは暑すぎる。休憩時にタイツを脱いだりして薄着になるが、このあとしばらくはペースダウン。
沢沿いでは一部登山道が崩壊していて。黄色いワイヤーが張られていた。通行止めにされた橋がかかる保利沢出合を過ぎ、歩くペースも回復してくる。地形図を見ると、内河内川沿いに付けられた登山道が広河原まで続いているはずだが、途中で延々と右岸側の尾根に登って行く。おそらく1,236mピークを通るように造られた道で、内河内川沿いを避けている。尾根から再び下って行くと、広河原の上流側に出る。
 河原を横断して、左岸側の林道に入る。一部崩壊した林道を歩いていくと広河原だ。発電施設らしいものがあるだけ。
 広河原からは車も通れるような立派な道になるが、途中の橋のたもとで通行止めになっていたので、一般車はそこまでしか入っていけないはずだ。19時半を回り、いよいよ暗くなってきた。木々に覆われたところを歩く時はさすがに真っ暗だ。ずっと歩いているので、足の裏や足首が痛むし、肩も痛い。痛いのだけれど、思ったほどバテバテになるということはなく、時々立ち止まることはあっても、一定のペースで歩いていられる。
 林道をぐるりと回り込むように進むと、立派な道路の2つのトンネルの間に出る。県道37号線だ。地形図によると、少し手前に「新倉の糸魚川‐静岡構造線」というところがあるはずで、おそらく断層が露出しているのが見物できたはずで、私は見てみたかったのだが、真っ暗になってしまった今ではそれも叶わず。
 新倉の集落へは南に行くはずだから、小之島トンネルのほうに入って行く。トンネルの長さは500m以上。トンネルを抜けると、新倉の集落に出る。街灯の灯りはあるが、人家の灯りはあまり点っておらず、人々が住んでいるという気配があまりない。集落を過ぎるとすぐに黒桂河内川への林道に入る橋がある。昨日朝車を停めた林道だ。橋のたもとで各自荷物を下ろす。時刻は20時40分頃。朝5時から歩き始めて、15時間半以上。ああ、疲れた。皆もお疲れさま。
 私一人、真っ暗な林道を少し歩き車を回収してくる。橋のたもとで着替えたり荷物を整理していると、ポツポツと雨が降ってきた。M中さんが所属山岳会の下山連絡担当者に電話する。

○夜間救急病院へ
 21時過ぎに車を発進させる。T内さんのケガを病院で診てもらう必要があるのだが、山梨県内で探すのではなく、東京の病院に行くことになった。M中さんが武蔵野市にある武蔵野赤十字病院に電話して、夜間救急に行きたい旨を電話した。
 運転する私は足の裏も足首も痛むし、疲労から眠くて仕方なかったので、中央道には行ってから途中のPAで少し休憩して、次に談合坂SAに入って皆で遅い夕食を取る。
武蔵野赤十字病院に着いたのは日付のまわった深夜0時過ぎ。夜間救急のロビーには他にも診察を待つ人達が何人かいる。T内さんは受付を済ませ、時々アナウンスで呼ばれて診察をしてもらったようだ。ようだ、というのは眠くて仕方なかった私は近くのソファにすぐに横になって寝てしまったからだ。時々目を覚ましては、他の人が看護士さんと治療の話をしているのが聞こえてきたりした。
 あとでT内さんに聞くと、夜間とはいえ混雑してきたロビーのソファで、我々パーティー3人がごろごろと横になっているものだから、看護士さんに「お友達を起こしてください」と言われてしまったそうだ。すみません、疲れていたもので。
 T内さんの治療が終わって治療費の支払いも済んだのが深夜2時40分頃。ということは2時間蔵は寝られたはず。T内さんの診断結果は、左ヒジの打撲で、幸い骨には異常はないとの。それでも2週間くらいは痛むだろうからと左腕を固定していた。
 途中のPAから自車で病院まで来たM中さんとはここで別れる。千葉県に住むT内さんはこの時間では帰る電車がないので、近くのHさん宅に朝まで泊めてもらうことになり、二人を私の車で送る。
 2人を送ってから、帰宅した私はそのままベッドになだれ込む。3時半頃。あー疲れた。しかしそれから2時間ほど寝ただけで、6時前には起きて、路駐しておいた車を少し離れた場所にある駐車場に停めてきたり、沢登りで来た服を洗濯したりと、忙しい朝を過ごす。
 千葉県のT内さんはケガしてることもありもちろん朝から出勤とはいかないだろうが、Hさんも午前中休もうかなと言っていた。私もずっと寝ていたかったけれど、ばきばきに強張った身体に鞭を打って、時間通りに職場に向かった。

 今回の沢登りでは、特に2日目にT内さんの負傷やM中さんのザック流失、遅い下山と、いくつもトラブルが起きたものの、結果として遡行をやり切って下山することができた。
 私個人としては、滝の直登でのリードはもちろん、高巻きでの懸垂下降ポイント選び、負傷したT内さんとのコンテ、沢の詰めでの保利沢山へのルート探し、保利沢山から登山道への復帰など、自ら先頭になって働いた場面がそれなりに多くあったと思うので、とても良い経験となった。濡れて重い50mロープをずっと背負っていたけれど、これくらいの重さの荷物なら、ひとまずはペースを落とさずに歩けたことも悪くなかった。
 つぎの沢登りのために、良い経験を積むことができた。おしまい。

渡渉訓練(丹波川・一之瀬川)、日原川倉沢谷塩地谷 沢登り

2013.6.29(土)~30(日)
 土曜日、所属山岳会の丹波山村での渡渉訓練に参加してきた。
翌日曜日は、倉沢谷塩地谷で沢登りしてきた。

 土曜日の渡渉訓練には、総勢30数名が参加。
6班に分かれ、午前中は三条新橋下の丹波川でスクラム渡渉やロープを使った渡渉を体験した。
午後は、そのうち3班が、丹波川への出合から大常木谷出合までの一之瀬川本流を遡行した。

 日曜日は、前日の班分けを若干入れ替えて、奥秩父・奥多摩の沢に各班が向かう。私のいる班は、日原川水系の倉沢谷塩地谷を遡行した。

 両日とも泳ぐ場面が多くて、これまで泳ぐ場面多い沢には行ったことがほとんどなかった私にはとても良い経験となった。しかし、冷たかった~。

■6/29(土)午前 渡渉訓練(丹波川)
 午前9時の集合時間に合わせて、丹波川に架かる三条新橋の駐車スペースに車が集まってくる。私は自車で一人現地へ。空模様は薄曇りといった感じ。
 今シーズンの沢登りのために、アクアステルスの沢靴やロックテリクスのゴルジュハンマーというハンマーを買ったほか、今回泳ぐ場面があることから、モンベルのネオプレンサワークライムベストというウェットスーツも買い足した。
 ということで、奥多摩奥秩父のようなコケ生してヌメる沢では、フェルトソールが滑りにくくて良いとは聞くけれど、試し履きとして、キャラバンの大峰アクアを初めて履いてみた。
念のためフェルトの沢靴も持ってきたのだが、うっかり沢靴を忘れたというM藤さんに貸してあげることができた。

 さて、9時に全員で今日一日の訓練内容の打合せを行う。30数人と多いので、計6班に分かれて行動する。
 各班とも、午前中は三条新橋下の丹波川で、スクラム渡渉やロープを使った渡渉の体験を行う。
 午後は、3班ずつに分かれ、私のいる班を含む3班は一之瀬川を遡行するという内容だ。
 日帰りの者もいるが、この日の夜は丹波山村にある木下ファミリーキャンプ場のバンガローに皆で泊まり、夏に向けた沢登りの打合せを行うことにもなっている。

 午前中の渡渉訓練場所の丹波川は、思っていたより水量が少なかったようだ。
 私のいる班は、H光さんとリーダーに、M浦さん、YT川さん、K田さん、M藤さん、私の6人。
 本格的な渡渉を体験するというものではなかったけれど、まずは一人で川を渡ってみて、水流の抵抗をどのように感じるかを体験する。水量が少ないとはいえ、バランスを崩しやすい。
 続いて、2人あるいは3人でスクラムを組んで渡ってみる。一人で渡るよりもずっと安定する。横に一列に並んだり、向かい合って組んだりといくつかバリエーションがある。

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(↑スクラム渡渉。手前が私)※今回、H光さんがたくさん写真を撮ってくれたので拝借。

 最後にロープを使って渡る。簡易三角法および末端交換三角法というロープを使った渡渉の練習をやった。
 簡易三角法では、上流側にロープを固定し(あるいは肩がらみなど)、下流側でロープを持つものが待機。そのロープにカラビナを通して(結ばない)、渡渉者が上流側のロープを引く感じで対岸に渡る。
 対岸に渡ったら、肩がらみ程度で確保して、斜めに渡されたロープを伝って残りの者も渡る。初めの者や中間のものが渡る際、下流側でロープを持つ者は、渡渉者が流された際に下流側にロープを引き、こちら岸に渡渉者を引っ張り寄せる役割がある。
 最後の者が渡る際は、固定したロープを解き、対岸の者が上流側に移動して、斜めに引くように最後の渡渉者を確保する。

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(↑渡渉する私)

 末端交換三角法では、最初の者が渡ったら、上流側の固定した末端と下流側の末端を結ぶ。結んで輪っかになったロープを手繰って、結び目を対岸に移す。輪っかになった2本のロープにカラビナを通して、中間のものが渡る。最後の者が渡る際は、結び目を解き、最初の者が渡るのと同じ要領でロープを上流側と下流側で確保しながら、最後の者を引き寄せるように確保する。

■6/29(土)午後 一之瀬川遡行
 このような訓練を11時半まで行って、駐車場に全員が集合する。午後からは、私のいる班を含む3班は一之瀬川に場所を変えて、一之瀬川の本流を遡行する計画だ。
 私は、この近辺の沢としては、竜喰谷のほか、小常木谷と火打石谷を遡行したことがある。小常木に行った際は、入渓場所の滑瀞谷の水量が多く、ここで流されたら下流のダムに自分たちの死体が浮かぶのではと話しながら水流に身を沈めて通過したものだ。
 さて、午後の私のいる班はM浦さんが抜けて、H光さんとリーダーに、M浦さん、YT川さん、K田さん、M藤さん、私の5人。

 一之瀬川出合の駐車スペースから柵のある車道に入ると、すぐに川床に下りる。遡行図を持っていたわけではないので、細かな滝の位置などは覚えていないが、連続するゴルジュの突破に身体が冷え切ってしまった。
 最初の泳ぐ場面では、リーダーのH光さんが背面平泳ぎ(ラッコ泳ぎ)で深みを通過するのを真似て皆が続く。私もやってみたが、身を沈めた水が冷たい。ヘルメットが背中の荷物に押されて視界を妨げるので、泳ぐ際はヘルメットを外したほうがよいだろう。

 そんな泳ぐ場面を数回繰り返すうちに、寒さで身体が震えてきた。ガタガタと震えが止まらない。これが悪化すると低体温症に至るのかもしれない。身体が震えるのに加え、両足の太腿が筋肉痛のような症状になってきた。通常の歩きすぎて起こる筋肉痛ではなく、極端に冷やされたせいで筋肉が痙攣を起こしているようだ。

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(↑私)

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(↑赤い服が私)

 泳ぐ場面ではH光さんが先頭を行く、流れの強いゴルジュではH光さんも大変なようだ。今回のためにH光さんはタロンというギアを手に持ち、鉤先状のそれを側壁の岩にひっかけながらゴルジュ突破を試みる。
 それを待っている間、身体を水に浸けているとますます身体が冷えてくるので、そばの岩棚に上がって待つことにした。私はフリークライミングをやっているからというワケではないけれど、体脂肪が標準体型よりは少ないので寒さは苦手だ。
 他の人を見ていると、何でもないような様子で水の中にずっといる。大ベテランのYT川さんは、涼しい顔をして最後尾をついてきて、時々K田さんをフォローしている。サーファーでもあるM藤さんは水の中ならお手のものといった様子。

 待っている間に、ほんの少し回復した私も意を決して泳ぐことにした。H光さんが引っ張ってくれるロープがあるので助かる。引っ張られた際に身体が沈んで、沢の水をガボっと飲んでしまったけれど。

 そのあとに現れた滝は直登できないので巻くことにした。出だしの斜面を登るところではいちおうロープを出す。私にとっては、こういうところはお手のものだ。メンバー次第ではノーロープだろうけれど。後続の2パーティーもゴルジュの通過では苦戦しているようだ。先頭を行く我々に追い付いてくることはない。

 しばらく水を避けて歩けるところは無用に水に入ることはせずに、体温の回復に努めた。
 もう泳ぎは無くて済むかなあと思っていたら、まだ2ヵ所ほど水に浸かるところがあった。その頃には震えも治まっていたので、多少水に入るのは抵抗が無くなっていた。
 そんなこんなで全身ずぶ濡れになって遡行していくと、大常木谷出合が現れた。遡行はここまでで、右岸の枝尾根にある踏み跡を登って、一之瀬集落に至る車道に出る。午前中のお気楽な渡渉訓練と打って変わって、けっこう大変な遡行だった。これまで行った沢登りで、ここまで連続して泳いだことはなかったので、冷たい水に身を浸けるのが大変だった。でも、これくらいの水温で身体がどのように変化するのが知ることができたのは貴重な体験だ。

 しばらく車道を歩いて、一之瀬川出合に停めた車に戻る。他の2班が戻ってこないので、先ほどのところに車で引き返す。雨が降ってきた。少し待っていると、2班が枝尾根を登って来た。ゴルジュでは我々のすぐ後ろを来ていた2班は、結局1時間半近く遅れた形となった。
 2班のドライバーを乗せて駐車スペースに戻る。そのあとは、今夜の宿泊場所である木下ファミリーキャンプ場へ。荷物を大部屋のバンガローに運び込んでから、温泉に行くことにした。
 お風呂に入らない人もいるようだけれど、今日一日で身体が冷え切った私としては是が非でもお風呂で身体を温めねば。ということで、お風呂に行く人達を車に乗せて道の駅にある「のめこい湯」へ。ああ、温かい。

 キャンプ場に戻り、簡単に夕食を済ませると、大部屋のバンガローに全員が集まり夜からミーティング。詳しくは書かないけれど、今後の沢登りの計画について皆で話し合った。
 私が参加する予定の計画の話もしたけれど、結果はその沢登りから帰ってきたらここに書こうと思う。
 これまで一緒に行く機会のなかった人とも話せたのは良かった。翌日も沢登りをするというのに、ちょっとビールを飲み過ぎたのは反省。

■6/30(日)  日原川倉沢谷塩地谷
 渡渉訓練の翌日は、メンバーを多少入れ替えて、各班で付近の沢登りに向かう。大常木や火打石、三条沢のほか、私のいる班は、日原川(にっぱらがわ)水系の倉沢谷を遡行し、さらに塩地谷(しおじだに)に入る計画だ。メンバーはM中さんをリーダーに、H光さん、K田さん、S幡さん、私の6人だ。
 各班がキャンプ場から出発していく中、最後の我々も朝7時には出発。途中、S幡さんが他車にヘルメットやギアを忘れてきたとのことから、三条沢に入るパーティーに追い付くため、後山林道のダートを私のエクストレイルで走るという場面もあったけれど、8時半頃に倉沢谷に入る林道入口の駐車スペースに到着。倉沢林道は崩壊箇所があるとかで通行止めになっていた。

 林道を少し歩いてから、斜度が少し緩そうなところから沢床に下りる。K田さん、私、S幡さんが適宜先頭を交替して歩く。私が先頭の時に現れたある滝は手前に釜があり、この釜を渡ってから滝に取り付くようだ。さっそく私が先頭を切って釜に入る。胸まで水に浸かりながら釜の左岸側の側壁のホールドをクロスで持ち替えながらトラバースしていく。足は水中だ。滝の水流のツルっとした壁の中にハーケンが打たれてスリングがぶらさがっている。水中からエイヤと手を伸ばしてそのスリングの下端を掴む。そうして身体を水中から引き揚げ、壁に取り付く。壁の中はホールドが乏しいのだが、滝自体は低いので、少し身体を上げるとリップに手が届くので乗っ越す。皆もロープで確保することなく、登ってきた。万一落ちても、水の中だからケガすることはない。

 水温は昨日よりもほんの少し温かく感じる。もちろん冷たいのだが、昨日のように歯を食いしばって水に入るという感じではないし、身体が震えてくることもない。昨日ほど泳ぎが連続する沢ではないこともあるけれど。
 進んで行くと、堰堤の下に小さなトンネルがあるところをくぐる。近くに鍾乳洞があるらしいのだが、どれなのか分からない。そうすると、塩地谷と長尾谷に分かれる手前の魚止橋が上に架かるところに出るので、ここでいったん林道に上がる。橋の近くには石灰岩の岩場があり、ボルトが打たれている。何気にここには石灰岩のクライミングエリアがあるのだ。クライミング装備があれば登りたかった~。

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(↑滝に取り付く私)

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(↑再び滝に取り付く私)

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 塩地谷出合に架かる魚止滝を巻くため、林道を少し歩いてから再び沢床に下りる。その先の地蔵滝は右岸側の斜面を登り、いったん登山道跡に出る。登山道跡から少し斜面を下ってから、懸垂下降1ピッチで再び沢床へ。
 その先の6mCS滝も右岸から巻く。踏み跡がほとんどないようなので、悪そうなトラバース箇所でロープを出す。再び懸垂下降して沢床へ。
 13時半頃、右岸から合流する芽尻沢出合に到着。ここで遡行終了とする。登山道跡がこのあたりまではあるようなので、途中で遡行を終えるとするとエスケープはここくらいしかなさそうだからだ。
 塩地谷の完全遡行とはならなかったけれど、見どころのある箇所は遡行できたのでここで終えるのも良いだろう。

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 右岸側を少し登ると登山道跡に出る。それを辿るとあっという間に先ほどの魚止橋だ。さらに林道を歩いて車を停めたところへ戻る。早めに切り上げたため余力のあった私は、林道を荷物を背負ってゆっくり走って下って行った。皆が追い付いてくるまでに私は着替えを済ませることができたけれど、調子に乗って頑張った走ったせいで翌日は筋肉痛気味。
 2日間、何度も泳ぎを体験できたのは良い経験となった。水温が高い盛夏の沢登りならもっと気持ちよく水に入れるのだろう。

 帰りの新青梅街道は、いつもどおり渋滞気味だったけれど、S幡さんとH光さんを駅まで送って解散。早めに帰宅できたので、沢で使った服を洗濯するも、その後どっと疲れが出て、服をハンガーに干す手間も億劫になるほど。水に浸かっていたせいで、想像以上に身体に疲労が蓄積していたようだ。
 さて、この夏は例年よりは沢登りに行く機会が多そうだ。がんばらないと。

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