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南アルプス 早川 黒桂河内川二ノ右俣 沢登り

2013.7.6(土)~7(日)
 南アルプス南部の早川の支流、黒桂河内川(つづらごうちがわ)二ノ右俣(にのみぎまた)を遡行してきた。
 南アルプスでの沢登りは、6年前と3年前に甲斐駒の黄蓮谷右俣へ、2年前に野呂川シレイ沢に行ったことがある。

 今回、所属山岳会のM中さんを山行リーダーに、Hさん、T内さん、私の計4人で行ってきたのだが、当初は新潟県の苗場山北面にある釜川のヤド沢か千倉沢横沢に行く計画だった。
 しかし、日本海側に梅雨前線が停滞して現地の天気予報が芳しくなかったため、代替案として計画していた黒桂河内に行くことにした。
 M中さんは様々な沢に詳しいようで、「くろかつら」と読みたくなるような黒桂河内も行き先候補の一つとして提案してくれた。

 当初案のヤド沢も三つ釜というところが見どころの良い沢らしいので、いつかは行ってみたいところではあるけれど、今回の黒桂河内では南アルプス南部の沢を体験できて良かった。ただし、いろいろな事が起きて、大変な山行ではあったけれど。

 黒桂河内川の本流には、左岸の下流側から一ノ右俣、二ノ右俣、三ノ右俣と合流してくる。
 初日は、林道入口のゲート前に駐車して、そこから林道終点まで歩き、さらに発電施設らしい堰堤のあるところまで登山道を歩いた。そのため、黒桂河内川下部にあるらしいゴルジュ帯は割愛。ここも遡行するとなると、さらにもう一日を要することになりそうだ。初日は、黒桂河内川本流を遡行し、二ノ右俣出合で泊まった。
 二日目は、大高巻きも交えながら二ノ右俣を遡行し、標高1,710m付近で左俣を選ぶ。最後はガレてきたので左岸側の尾根に取り付き、ぴったり保利沢山(標高2379.3m)の山頂に出た。下山は、伝付峠(でんつくとうげ)まで快適な稜線を歩き、内河内川沿いのところどころ崩壊した登山道を下って行き、新倉(あらくら)の集落に下りてきた。

■7/5(金)夜 現地へ
 出発当日の夕方、行き先を黒桂河内に決めたとM中さんから皆に連絡があった。新潟に行って梅雨前線の影響で豪雨にでも見舞われたら大変だなあと心配していたので、天気予報が比較的良い山梨県に行くとなって安心した。
 夜、私のエクストレイルでHさん、T内さんを乗せ中央道へ。さらに石川PAでM中さんと待ち合わせる。甲府南ICから早川町方面に車を走らせる。
 この夜は、富士川クラフトパークという道の駅で泊まる。車の外に出ると生暖かい風が吹いている。テントの中にいると暑いくらいで、M中さんは外のベンチで寝たようだ。

■7/6(土) 黒桂河内川本流遡行
 5時に起床し、早川町に車で移動する。学生時代に伝付峠を越えて悪沢岳に登ったことが2度あり、早川町に来るのはその時以来だ。今回伝付峠からの登山道を下ってみたけれど、当時よくこの長い道を歩いたものだ。南アルプスの特に南部の奥の深さを感じもした。

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(↑林道のゲート)

 新倉の集落の手前の早川に架かる橋を渡って林道に入るとすぐにゲートに突き当たる。ゲートの手前に駐車し、身支度を整える。6:45頃に林道を歩き始める。途中、堰堤の工事現場の脇を通りながら、50分ほどで工事作業小屋の建つ林道終点へ。ところで、堰堤工事の作業員に会ったのを最後に、新倉の集落近くのトンネルで通りすぎる車に会うまで、登山中に他の人間に会うことはなかった。
 そこからさらに山道を歩いていくと、発電施設らしい堰堤に行き着くので、そこで黒桂河内川本流に入渓する。前述したとおり、ここまでの本流下部のゴルジュ帯の遡行も楽しめるようだが、我々の日程では厳しいので割愛。

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 8時半前に遡行開始。ネットで見つけた遡行図を携行してはいたけれど、小滝がいくつもあるので、どこがどの滝なのか分からない。なので、あまり詳しく書くことはしないが、直登できるものもあれば、巻くものもあった。

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(↑先頭にいるのが私)

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(↑私)

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(↑私)

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(↑ビレイする私) 
 先週行った一之瀬川のように、首まで浸って泳ぐ場面はなかった。水温は一之瀬の時よりは幾分温く感じたけれど、やはり水は冷たい。ロープを出したほうが良さそうな高さの滝では、まず私が登って上からロープを投げ降ろし後続が続いた。天気は曇りがちといったところ。一ノ右俣出合に着いたのが13:40頃。HさんとT内さんは沢を歩くのにそれほど慣れていないせいか、ペースがいまいち捗らない。M中さんの考えでは、二ノ右俣出合か、できれば二ノ右俣を少し入ったどこかで泊まる計画だったのだが、この日の時間を考えて二ノ右俣出合に泊まることになった。出合が近づく前からビバーク適地を探しながら歩く。

 そうして見ていると、平坦な場所が結構あちこちにある。それらのどこかで泊まっても良かったのだけれど、14時半過ぎに二ノ右俣出合に到着したので、本流と分ける一段高いところを今夜の寝床とした。
 まずは皆で枯れ木を集めて、焚き火を熾す。沢登りといえば焚き火だ。それから木の幹にロープを渡して、M中さんの用意したタープを架ける。
 食事作りのためのコッヘルは私が用意した。焚火缶という、名前のとおり焚き火の炎に直に使える鍋で、少し前に買ったばかりで今回初めて使ってみた。
 今夜の食事担当はHさん。コッヘルで枝豆を茹でたり、M中さんが持ってきたソーセージを枝に刺して焚火で焼いて皆で食べた。また、生米を焚火で炊いて、ナスや肉を入れた麻婆丼にして食べた。うーむ満腹。お酒も飲んでいるので、寝不足と疲れでとろとろと眠くなってきた。暗くなったころに雨が降り出してきたので、皆でタープの下に一時避難。3人はそのままタープの下にマットを敷いて20時頃には寝たのだが、雨が止んだ後にM中さんは焚き火のそばで寝たらしい。

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■7/7(日) 二ノ右俣遡行 ~ 伝付峠経由で下山
 二日目は行程が長いので、未明3時起床、5時出発とした。M中さんが焚き火の番をしてくれたので、熾火に薪をくべて朝食の準備。朝食はT内さんの担当で、パスタなどを食べて5時過ぎに歩き出す。
 歩いていくと滝が現れる。滝の左側が草付き斜面になっており、そこから落ち口に抜けられそうなので、ここでロープを出して私がリード。
 ハンマーを土に打ちながら登って行く。細い灌木に3ヵ所ほどランナーを取りつつ、直上から右トラバースして滝落ち口を抜ける。ランナーが当てにならないので、滑り落ちずに登れて良かった。落ち口を抜けると奥にもっと大きな滝が見える。その手前に沢を横切るように倒木が架かっていたのでそれを支点にロープをフィックスする。
 中間の2人が登高器で確保しながら登って来る。最後の人は上でビレイする。その間、私は各人の登る様子を写真に納めた。

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(↑滝の左側草付きから登った私。赤いジャケット)

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(↑フォローで続くM中さん)

○高巻き
 奥に見えた滝は某トポ図にある20m滝だろうか。トポ図ではさらにその先に30m滝もあるようだ。ここは右岸から高巻くことにする。この高巻きに2時間要することになる。

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(↑高巻きのはじめ)
 巻きの右岸の枝尾根にはそれなりに踏み跡があり、結構明瞭なところもある。20m滝を過ぎたと思ったら、目の前に立派な滝が現れた。30m滝だろうか、でももっと高さがあるように見える。対岸には鹿の群れがいた。

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 この滝もそのまま巻いてしまう。何となく判別できる踏み跡を辿って高度をあげるけれど、ヤブ漕ぎになるところもあり、沢を行くよりはやはり時間がかかってしまう。トポ図にある10mナメ滝だろうか、眼下の樹幹越しにそれらしきものが見えた。これも巻いたことになる。現在地は、沢が右に屈曲するあたりの枝尾根だろうから、そろそろ沢床に降りることを考えないといけなさそうだ。
 そこで、私が先頭になって下降気味のラインを探って進む。下の方に沢が見える。適当な樹木があるので、それを懸垂下降の支点としてロープを架ける。1ピッチで下の樹木に届きそうだ。まずは私が下降する。目測どおり下の樹木に届いたけれど、あとは歩いて下って行けば沢に出られそうだ。皆も懸垂下降してきて、歩いて沢に復帰する。懸垂下降のポイントとしてはばっちりだったようだ。
 ロープを回収して私も追い付くと、M中さんが手の指を手当てしている。どこかで指を切って出血してしまったようで、応急措置した。この巻きに2時間くらい要してしまった。

○T内さん負傷
 再び沢を進んで行く。やはりヤブヤブの巻きよりも捗る。9時過ぎだったろうか、T内さんが先頭を歩いていて、2mほどの小滝を乗っ越すために取り付いた。足元にある石にT内さんが乗ったところ、その石が動いてしまい、バランスを崩したT内さんは後方の水の中に倒れるように落ちてしまった。その際に左手を突いて、左ヒジを痛めてしまったようだ。まずは河原で休ませて、M中さんがT内さんに痛みの様子を聞きながら、今後の判断を相談する。
 T内さんはヒジを伸ばしたりすると痛むらしい。打撲程度なのか、骨に異常があるのか分からない。結果としては、東京の夜間救急の病院で診てもらったところ、骨に異常はなく打撲とのことだった。
 ヒジを曲げておいたほうが良いとのことなので、左腕を固定することにした。T内さんに座ってもらい、Hさんと私で左腕の固定を試みる。着ていない長袖シャツで腕を包むようにして、袖の部分を首と右腋に回して結び腕を吊るようにした。ヒジの部分がシャツの裾部分から出てしまわないように、シャツを絞るように結ぶ。これで左腕が安定したようだ。
 さて、ここからどう行動するか。リーダーM中さんの判断で、ここまで遡行している以上、引き返すほうが大変なので、予定どおり沢をこのまま詰めることにした。
T内さんの荷物は3人で手分けして背負うことにして、T内さんのザックそのものはM中さんが自分のザックに結びつけて背負うことになった。
 M中さんの指示で、M中さんの20m補助ロープを使って、私とT内さんをアンザイレンすることになった。私が先行して、T内さんをコンティニュアスビレイするわけだ。長過ぎるロープを束ねてハーネスに吊るし、何メートルかの距離を保って、2人で歩くことにした。
勝手がつかめるまで最初しばらくは、ゆっくり歩く。足を痛めたワケではないので、T内さんは普通に歩いてくる。小滝のところでは、私が先に登って、上から肩がらみでビレイした。片腕が使えないにも関わらず、T内さんは結構登ってくる。それでも、手を出す際に瞬間的に岩から両手を離すことになるので、私は上からロープをがんがんに張る。
10時頃、二俣が現れた。標高1,710m付近の二俣らしい。左に進む。
 片腕では懸垂下降できないので、滝を巻いて懸垂下降する場面では、上からビレイしながらT内さんを下ろす。
 11時半頃、チムニー状の滝が現れた。トポ図にあるトイ状連爆帯だろうか。両側の壁のホールドを使って登れる。T内さんも続く。
 片腕が使えないT内さんの歩くペースは思っていたより悪くないので、私とT内さんが先行し、M中さんとHさんが少し離れて後を追ってくる。M中さん達の姿が見えないので、追い付いてくるまで待つことにした。

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(↑懸垂下降するHさん)

○ザック流失
 M中さん達が追い付いて来たのは良いのだが、ザックを背負っていない。聞くと、先ほどのチムニー状滝の滝壺にM中さんとT内さんのザックが水没して回収できずに残置してきたと言う。
 え?と驚いて、さらに詳しく聞くと、チムニー滝を空身で登って、上からスリングでザックを引き上げようとした際に、滝の水流に押されてザックを滝の中に落としてしまったようだ。
深く大きな滝壺ではないはずだが、滝壺の中に運が悪いことにチョックストーン状の岩があり、その隙間にザックが落ち込み、上からの滝の水圧もあり、ザックを引っ張り出せなくなってしまったらしい。
 仕方なくザックを捨てたのだという。T内さんのザックの中身はほぼ皆で手分けして持っていたはずだが、全部ではないし、M中さんが背負っていたザックの中にも分けていたはず。それにM中さんのザックは中身も含めて丸ごと失ったことになる。
 私はチムニー滝に戻って回収しようと言ったけれど、M中さんによるとそれはとても無理だからこのまま登ろうということになった。負傷したT内さんもいるし、時間が圧してきていて確かに先を急ぐ必要がある。稜線までまだ何百メートルも登らないといけないのだ。

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(↑チムニー滝)

 結果的に空身となったM中さんが私に代わってT内さんをビレイして遡行を再開する。1,710m付近の二俣の先にも顕著な二股が2ヵ所ほどあった。地形図に照らすと、保利沢山の少し北側に詰め上げるはずだ。水量が減ってきて、伏流になっているところもある。この先の下山も長いので、荷物を失ったM中さん達のことも考えて、水を補給しておく。
 T内さんのビレイをM中さんからHさんに代わる。いよいよ水が枯れてきて、石屑とザレた砂の斜面になってきて登りづらくなってきた。私が先頭を登っていたのだが、そろそろ両側の樹林帯に上がったほうが良いと判断し、左岸側の樹林に入った。樹林に入ってみると、ところどころ踏み跡らしいものが判別できる。Hさん達を先導するように、私はなるべく踏み跡らしいところをたどりつつ、歩きやすいところを選んで登って行く。樹幹越しに空が見えてきて、稜線が近づいてきたことが分かる。そして、14時過ぎに保利沢山(標高2379.3m)の山頂にぴったり出た。

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○下山
 私はここで沢靴からアプローチシューズに履き替える。地形図を見ると、笊ヶ岳のある主稜線の登山道はだいたい稜線上にあるようだが、ここ保利沢山付近だけは、稜線から外れ、登山道は静岡県側に少し下ったところに付いている。
 向かう伝付峠は北方にあるので、コンパスを合わせて北に歩き始める。樹林帯の中にジグザグと何となく細い踏みあ跡があるので、私が先頭になってそれをたどるのだが、すぐに見失ってしまう。非常に分かりづらいし、そもそもその踏み跡が登山道に続いているのかも分からない。
 高度計の表示を見ながら、地形図と実際の地形を見比べて、右手側に見える尾根の側面にいるのだと判断し、その尾根に近づいていくように歩いていく。樹幹越しに右手側遠方に主稜線らしき山が続いているのが散見できるし。
 こうして2,250m付近で登山道に出ることができた。地形図とコンパスの大切さを改めて認識した。登山道は快適の一言。木が茂っているところもあるけれど、幅広の平たんな登山道が伝付峠まで続いている。峠に近づくと林道が合流してきて車も通れる幅になる。昔2度越えたはずの伝付峠だが、辺りの様子はまったく覚えていない。新倉に下って行く登山道は崩壊箇所があり通行止めとの表示があるが、我々は構わず行く。M中さんによると、この4月に仮復旧しているのだという。

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 峠で所属山岳会の下山連絡担当者あてに下山が遅れ気味になる旨を電話しようと思い試みたけれど、ケータイのアンテナが何本か立つものの、残念ながら通じず。峠を発ったのは16時前。どんどんと下っていくにつれて、暑くなってきた。沢登りの格好のままでは暑すぎる。休憩時にタイツを脱いだりして薄着になるが、このあとしばらくはペースダウン。
沢沿いでは一部登山道が崩壊していて。黄色いワイヤーが張られていた。通行止めにされた橋がかかる保利沢出合を過ぎ、歩くペースも回復してくる。地形図を見ると、内河内川沿いに付けられた登山道が広河原まで続いているはずだが、途中で延々と右岸側の尾根に登って行く。おそらく1,236mピークを通るように造られた道で、内河内川沿いを避けている。尾根から再び下って行くと、広河原の上流側に出る。
 河原を横断して、左岸側の林道に入る。一部崩壊した林道を歩いていくと広河原だ。発電施設らしいものがあるだけ。
 広河原からは車も通れるような立派な道になるが、途中の橋のたもとで通行止めになっていたので、一般車はそこまでしか入っていけないはずだ。19時半を回り、いよいよ暗くなってきた。木々に覆われたところを歩く時はさすがに真っ暗だ。ずっと歩いているので、足の裏や足首が痛むし、肩も痛い。痛いのだけれど、思ったほどバテバテになるということはなく、時々立ち止まることはあっても、一定のペースで歩いていられる。
 林道をぐるりと回り込むように進むと、立派な道路の2つのトンネルの間に出る。県道37号線だ。地形図によると、少し手前に「新倉の糸魚川‐静岡構造線」というところがあるはずで、おそらく断層が露出しているのが見物できたはずで、私は見てみたかったのだが、真っ暗になってしまった今ではそれも叶わず。
 新倉の集落へは南に行くはずだから、小之島トンネルのほうに入って行く。トンネルの長さは500m以上。トンネルを抜けると、新倉の集落に出る。街灯の灯りはあるが、人家の灯りはあまり点っておらず、人々が住んでいるという気配があまりない。集落を過ぎるとすぐに黒桂河内川への林道に入る橋がある。昨日朝車を停めた林道だ。橋のたもとで各自荷物を下ろす。時刻は20時40分頃。朝5時から歩き始めて、15時間半以上。ああ、疲れた。皆もお疲れさま。
 私一人、真っ暗な林道を少し歩き車を回収してくる。橋のたもとで着替えたり荷物を整理していると、ポツポツと雨が降ってきた。M中さんが所属山岳会の下山連絡担当者に電話する。

○夜間救急病院へ
 21時過ぎに車を発進させる。T内さんのケガを病院で診てもらう必要があるのだが、山梨県内で探すのではなく、東京の病院に行くことになった。M中さんが武蔵野市にある武蔵野赤十字病院に電話して、夜間救急に行きたい旨を電話した。
 運転する私は足の裏も足首も痛むし、疲労から眠くて仕方なかったので、中央道には行ってから途中のPAで少し休憩して、次に談合坂SAに入って皆で遅い夕食を取る。
武蔵野赤十字病院に着いたのは日付のまわった深夜0時過ぎ。夜間救急のロビーには他にも診察を待つ人達が何人かいる。T内さんは受付を済ませ、時々アナウンスで呼ばれて診察をしてもらったようだ。ようだ、というのは眠くて仕方なかった私は近くのソファにすぐに横になって寝てしまったからだ。時々目を覚ましては、他の人が看護士さんと治療の話をしているのが聞こえてきたりした。
 あとでT内さんに聞くと、夜間とはいえ混雑してきたロビーのソファで、我々パーティー3人がごろごろと横になっているものだから、看護士さんに「お友達を起こしてください」と言われてしまったそうだ。すみません、疲れていたもので。
 T内さんの治療が終わって治療費の支払いも済んだのが深夜2時40分頃。ということは2時間蔵は寝られたはず。T内さんの診断結果は、左ヒジの打撲で、幸い骨には異常はないとの。それでも2週間くらいは痛むだろうからと左腕を固定していた。
 途中のPAから自車で病院まで来たM中さんとはここで別れる。千葉県に住むT内さんはこの時間では帰る電車がないので、近くのHさん宅に朝まで泊めてもらうことになり、二人を私の車で送る。
 2人を送ってから、帰宅した私はそのままベッドになだれ込む。3時半頃。あー疲れた。しかしそれから2時間ほど寝ただけで、6時前には起きて、路駐しておいた車を少し離れた場所にある駐車場に停めてきたり、沢登りで来た服を洗濯したりと、忙しい朝を過ごす。
 千葉県のT内さんはケガしてることもありもちろん朝から出勤とはいかないだろうが、Hさんも午前中休もうかなと言っていた。私もずっと寝ていたかったけれど、ばきばきに強張った身体に鞭を打って、時間通りに職場に向かった。

 今回の沢登りでは、特に2日目にT内さんの負傷やM中さんのザック流失、遅い下山と、いくつもトラブルが起きたものの、結果として遡行をやり切って下山することができた。
 私個人としては、滝の直登でのリードはもちろん、高巻きでの懸垂下降ポイント選び、負傷したT内さんとのコンテ、沢の詰めでの保利沢山へのルート探し、保利沢山から登山道への復帰など、自ら先頭になって働いた場面がそれなりに多くあったと思うので、とても良い経験となった。濡れて重い50mロープをずっと背負っていたけれど、これくらいの重さの荷物なら、ひとまずはペースを落とさずに歩けたことも悪くなかった。
 つぎの沢登りのために、良い経験を積むことができた。おしまい。

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