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2014年8月

名栗・河又、瑞牆山十一面岩末端壁

2014.08.23(土)~24(日)
 土曜日は、所属山岳会のT塚さんと河又でクライミング。日曜日は、やはり所属山岳会のH内さん・I藤さんと瑞牆山の十一面岩末端壁でクラックを登ってきた。
 クラックを登るのは、6月に米ヨセミテツアー以来でほぼ2か月ぶりのことだ。
ヨセミテに向けたクラックの練習のため、それまではよくクラック岩場に出かけたけれど、7月以降は沢登りなどが続いていた。
 フェイスのルートとなると、5月GW後半に小川山の屋根岩3峰で登って以来だから、約3か月半ぶりのこと。
 ジムには行っているものの、久しぶりに全力でフェイスの岩を保持してみると、あまりの力の落ちぶりを実感した。

■8/23(土) 河又
 T塚さんとは河又に行く計画を2回立てたのだが、雨の多い今夏、そのたびに中止になりパン2に変更した経緯があり、3度目の正直で行くことができた。
私は河又には寒い季節にしか訪れたことがなく、昨冬はリクルートドラゴン5.11dやモスグレイハンド5.11dを登ったりした。
 真夏の河又は暑くてとても登れたものではないのではと思いながらも、だんご屋の駐車場に車を停め岩場に向けて歩く。
 コウモリ岩に着くと7人連れが来ていた。我々はそのままシュテファン・フェイスに向かったのだが、午後にコウモリ岩に戻ってみると、さらに3パーティーほど増えており、こんな季節にもここに来る人が意外といることに驚いた。岩は概ね乾いている様子。しかし、ところによっては緑色の苔が生えているところもある。

 私はシュテファン・フェイスに行くのは初めて。T塚さんは、ディレッティシマ・ドラゴンを何度かトライしているということで、私も一緒にこのルートをトライしてみることにした。まずはアップで、「気分はダイレクト」5.10bを登る。

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(↑コウモリ岩)
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(↑シュテファン・フェイス)

○「ディレッティシマ・ドラゴン」5.11d (通算1~2便目) ×
 まずはヌンチャク掛けを兼ねて私がトライするも、結果的にはテンションしまくり。2便目もテン山だった。どんなルートかを書くが、出だしの2ピン目をクリップするする辺りが最初の難しいところ。それから左上の遠い棚状ガバ2つを取りに行くところでも悪いカチを使うので難しい。
 棚状から先が最大の核心部だ。右手も左手も極小のカチを保持しながら右足をハイステップで棚状ガバに上げつつ、頭上のアンダーを右手で取る。左手はガストン気味のカチ、右手は頭上アンダーで耐えつつ、身体を上げるのに全身の力を使う。
それから終盤のハング気味を越えるところも手順を考えないとワルい。それを抜ければ、終了点までの数手はガバの連続。
 ということで、これが本当にイレブン台かと疑ってしまうほどキビしい。後日、人に聞いたところによると実質5.12bあるとも。
 それはともかく、何度かトライしているT塚さんは、1便目のトライで最大核心部も越え、レッドポイント目前と思ったところでフォールしてしまったが、この夏場のコンディションであそこまでイケたのはスゴい。2便目はヨレと岩のコンディションが悪くなり、テンションが多くなってしまったけれど。
 ひさしぶりにまともにフリークライミングをやった私は惨憺たる結果だったが、足位置などをきちんと決めて、もっと涼しい季節にトライすればもう少し善戦できるかな。

 コウモリ岩に戻る前に、「藤娘」5.10cをトライ。しかし、ディレッティシマのトライでヨレヨレになってしまい、オンサイトならず。2便目でRP。

 コウモリ岩に戻ると、前述のとおり大勢のクライマーが登っていた。
 私は5.11a以上の完登ルートについてはメモを残しているので、5月連休以来ごぶさたしている5.11a以上を登ることにした。
 ということで選んだルートは「イヤーイヤ」5.11a。ガバだらけなのだが、ヨレヨレの私は息を荒げながら何とかオンサイト。出だしのかぶったところを左上に抜けるところが核心かな。
 最後に「大将」5.10cも登っておく。これは藤娘よりは余裕をもってオンサイト。
今日のクライミングはここまで。それでも久しぶりの外岩フリークライミングでかなり疲れた。5.12台も登れるように、またこつこつと調子を上げていかないとなー。
T塚さんを駅まで送って解散。明日は瑞牆だ。また頑張らないと。

■8/24(日)  瑞牆山十一面岩末端壁
 5時の目覚ましで目覚めた時、なぜこんな時間に起きたのか一瞬考えてしまい、あやうくまた寝てしまうところだった。今日は瑞牆に行くのだと思いだし起き上がる。河又での疲れで身体がずっしりと重い。
 車を走らせ、所属山岳会のI藤さん、H内さんと待ち合わせる。同じ会だけどI藤さんと会うのは初めてだ。中央道を走り須玉ICから瑞牆山の植樹祭広場に着いたのは9時前頃。今日は十一面岩の末端壁に行く。H内さんの知り合いのグループがいて、彼らも末端壁とのこと。私は末端壁に行くのは5月末以来3か月ぶりで今年3回目。

 曇りがちの末端壁に到着すると、見上げる岩は概ね乾いている感じだ。
 最初に調和の幻想の1P目を登る。久しぶりのクラックで、ちょっと緊張する。前半のチムニー部分を直上せずにさっさと右壁のフレークを使うが、中段で左のオフィドゥスに移る。前半でカムを使い過ぎてしまったけれど、何とか足りた。
 別PのM田さんという人がT&T 5.10dを登るのを見たのだが、重力を感じさせないような軽々としたスムーズな登りにため息が出た。あれくらい登れたらクラックも楽しいだろうなあ。

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(↑T&Tを登るM田さん)

 続いて、たびたびトライしているアストロドーム5.11aをやってみる。が、久しぶりのためかテンションしまくり。5月の時でさえ、もう少しはできたはずなのに、ロープにぶら下がって上にカムをきめる始末。中段のガバを取る核心部はもちろんできず、後半部は以前ノーテンで行けたにも関わらず、何度テンションしたことか。RPなんて程遠い夢と思いつつ、トップロープを張って下降する。

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(↑アストロドームを登る私。テンションだらけ)

 春うららの1P目にかかっているTr.を使わせてもらって登ってみることにした。春うららを触るのは初めてだ。出だしが最初の核心部。H内さんが教えてくれたムーブで何とか突破。その後易しいところを通過すると、フィンガークラックが現れるのだが、H内さんの言うようにここが本当の核心部だった。自分の力量ではまるで歯が立たず、ゴボウでチョンボして抜ける。その先は易しくなってくるのだが、延々ととにかく長い。途中、レイバックで登ったりしたけれど、リードでカムをきめながら登ることを考えると、きちんと正対で登れないとダメだろう。

 最後にTr.で再びアストロドームを登ってみる。と、雨がポツポツと降り出してきた。やば、岩が濡れたりしたら終了点のかけたヌンチャクの回収もままならなくなる。前半の核心部ではダブルクラックに両手順手の体勢から左手デッドでリップのガバをキャッチ。その上にきめておいた振られ止めのカムの回収でテンションしたほかはノーテンでトップアウト。こんなふうにリードで登れれば良いのだが。取付に降りた頃には雨はほとんど止んでいた。

 植樹祭広場に着くと、H内さんの知り合いの人達が他の岩場から帰ってきたところで、輪になってしばし雑談。
 帰りの中央道では、一時、‘調布~大月60㎞’などと目まいがするような渋滞表示が出ていたので、都留ICで降りてあとはした道で帰った。
久しぶりに2日間クライミングしたので、週明けの月曜日は身体がだるくて仕方がなかった。
次回の予定もフリークライミングなのだが、果たして行き先は…?

北ア 太郎平 (黒部川上ノ廊下P捜索)

2014.08.19(火)
 所属山岳会のメンバーがお盆休みに北ア黒部川上ノ廊下を遡行していたのだが、予定日を過ぎても下山して来ないことが分かった。
 そこで、現地に捜索に向かうことになり、この日、北アの折立から太郎平まで歩くことになった。
捜索に関わることなので具体的な内容に触れられないところが多いのだが、私が太郎平まで訪れたことを中心に、所属山岳会や県警救助隊の対応などをほんの少しだけ書いておく。

 所属山岳会の4人と別の山岳会の1人の計5人のパーティーが、8/13(水)~17(日)の5日間の日程で、黒部ダムから薬師沢までの黒部川上ノ廊下を遡行する計画で出かけた。
 17日夜になっても山岳会へ下山連絡が来ず、翌18日(月)午前中になってから会から富山県警に対し救助要請を行った。県警はすぐにヘリを飛ばし口元ノタル沢付近で同Pを発見。ここのところは詳細を伏せるが、ヘリでの彼らのピックアップはせず。
 さらに翌19日(火)になって同Pは自力で本流を下降し、昼頃に奥黒部ヒュッテに下山し、山岳会へ連絡を行った。

 一方、当山岳会としては、同じ時期に入渓していた別パーティーに問い合わせて、同Pの目撃情報の収集などを行うほか、県警との連絡、同Pの家族や職場への連絡を行った。
 また、18日(月)夜に会合を開いて対応を協議。結果、Sのさん、O田さん、私の3人がこの晩から北アに向けて出発することになった。最長で2泊3日の行動となるので、勤め先へは3日間休むことになる可能性を連絡しておいた。

 ところで私の車、日産エクストレイルは前日の日曜日にエアコンが故障してしまった。月曜日の夕方は急きょ日産ディーラーに車を持ち込み、故障を見てもらったところ、どうやらコンプレッサーが壊れており交換が必要とのこと。部品を取り寄せる必要から、数日間車を預ける必要がある。今夜から車を使う必要があるうえに、人も荷物もそれなりに多いことから、営業所備え付けの代車ではなく、日産レンタカーから同じエクストレイルを持ってきてくれることになった。用意されたのは同じ赤いエクストレイルなのだが、現行型なので私のより一つ新しい型だ。思わず新型エクストレイルを運転できることになった。帰宅してから荷物をまとめて、Sのさん達との待ち合わせ場所に向かう。

 19日(火)の0時に埼玉県内でSのさんとO田さんと待ち合わせ、私の車で北アに向けて出発。上信越道~長野道~安房トンネル経由で、道の駅上宝に着いたのは明け方の4時。2時間ばかり仮眠をとることにした。眠い。

 明けた19日朝、有料の有峰林道から富山県の折立へ。天気は晴れ。私が折立に来るのは3回目。最初は、ずっと昔の高校2年生時の夏合宿で薬師岳~黒部五郎岳~槍ヶ岳と縦走した時。つぎは8年前に当時所属していた山岳会で赤木沢の遡行に訪れた時だ。
 駐車場は思っていたより車が多い。お盆休みが過ぎても登山者はそれなりにいるらしい。その中に知った車があった。下山してきていないパーティーのうちの一人の車だ。計画では折立に下山してくることになっているので、あらかじめこちらに車をデポしておいたワケだ。

 さて、我々3人Pの行動予定に少し触れておく。県警ヘリの発見から、遭難Pは上ノ廊下の口元ノタルという難所付近にいたらしい。他Pの目撃例から数日間ずっとその付近で停滞していたものと思われる。増水した本流の中で、具語句に動けなかったのだろう。その後、彼らがどのように行動するかで、こちらの行動も変わるわけだが、無線交信できるわけでもないので、想像するしかない。
前夜の会合で至った結論は、彼らが本流を上流に向けて遡行し、スゴ沢を詰めて登山道に至るだろうというもの。そのため、我々は太郎平から薬師岳を越えてスゴ乗越小屋に至り、スゴ沢を少し下降してみる計画となった。
 初日は折立から薬師岳山荘まで。2日目はスゴ乗越小屋からスゴ沢の様子を見てくる。3日目は折立に下山、というもの。
 そのほか、遭難Pの取る行動として、本流を下降して奥黒部ヒュッテに下山する。口元ノタル沢を詰めて読売新道から、やはり奥黒部ヒュッテに下山する、という案も出たようだが、捜索に向かえるのが1Pのみということから、結果的にスゴ沢案としたようだ。私は車の修理のため、会合での話し合いの詳細を知らない。

 ということで、折立から太郎平までの標高差1,000mの登山道を歩くのだが、書くことは何もない。快適な登山道を3人で歩いていくのだが、高度を上げて行くと眺めが開けてきて、捜索ではあるのだけど気分は夏山JOYという感じだ。歩きながら、今回の遭難や捜索の問題点や課題など真面目な話をするのはもちろん(!)、あとはいろいろな噂話などまあ世間話を延々した。途中、荷揚げのヘリが何度か往復していた。
 そうして昼の12時半頃に太郎平小屋に到着。薬師岳が見える。小屋の受付に行くと、県警山岳救助隊の隊員が駐在していたので話をする。話しの詳細は伏せるが、もちろん当会メンバーの上ノ廊下のことは知っている。

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(↑折立)
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(↑夏山JOYという雰囲気の登山道)
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(↑荷揚げのヘリ)
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(↑太郎平小屋に到着)
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(↑荷揚げのヘリと薬師岳)

 さて薬師岳山荘に向かうべく薬師峠に向かう途中、東京にいる会員からO田さんの携帯電話に着信があった。遭難Pが奥黒部ヒュッテに無事下山してきたとのこと。スゴ沢を上がってくるという読みは外れた形になるが、ともかくも下山できたことを喜ぶ。良かった。黒部湖の渡しや長い湖岸歩きもあるので、最終的な下山は翌日になるだろう。
 彼らの無事を知った我々も下山することにした。太郎平小屋に引換し、先ほどの隊員に遭難P下山の伝える。折立に下山する前に小屋の前でしばし休憩。無事下山を祝ってビールを飲んでいると、どこかで事故が発生したらしく、赤いヘリが鷲羽岳方面に飛んで行った。県の防災ヘリだろうか。

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(↑薬師峠へ。この直後、無事下山の連絡が)
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(↑ビールで乾杯♪)
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(↑太郎平から薬師岳を望む)

 折立に向けて延々下って行き、明るいうちに下山することができた。疲れた。デポしてある遭難Pメンバーの車のワイパーに我々のメモを挟んでおく。Sのさんは、有峰林道を以前タクシーで通った際に、運転手からここは熊が多いと聞いたという。走っていると、道中3回も道路脇にいるクマを目撃した。しかも全く別々の場所でだ。クマの生息密度が高いのは本当のようだ。1頭などは車が近くにいてもすぐには逃げようとしないので、停車して写真を撮ったりした。

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(↑有峰林道の熊。写真横向き)

 運転を交替しながら安房トンネルを越え松本へ。前夜の寝不足もあり、今夜は松本市内のホテルで泊まり、翌朝帰ることとした。O田さんは明日ゆっくりと帰るとのことだが、私は突然の休暇取得の日数を抑えるために、明日は出勤したいので、ホテルで少し休んだ後、未明のうちに松本を発ち朝までに帰宅することにした。するとSのさんも一緒に車で帰るとのこと。O田さんは別途電車で帰るそうだ。
 まずは松本インター近くのビジネスホテルにチェックインし、タクシーで、たくみというお店へ。信州地場の料理やお酒が美味しい。日付が替わる頃にタクシーでホテルに戻る。
 3時間ほどベッドで寝てから、眠い目をこすってSのさんとホテルを発つ。埼玉県内の家までSのさんを送ってから、帰宅したのは7時頃。シャワーだけ浴びてすぐに出勤。遅刻せずに済んだ。しかし眠いのなんの。

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(↑たくみというお店へ)
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(↑このお刺身もおいしい)

 さて、今回の遭難騒ぎについては、様々な問題点が浮かび上がってきたと思う。遭難P自身の行動の問題点はもちろんとして、山岳会側の対応や救助要請した県警との調整など、私自身多くのことに気付かされた今回の出来事だった。

南ア・戸台川イワンヤ谷(敗退) ~ 八ヶ岳山麓

2014.08.16(土)~17(日)
 天気が芳しくない今年の夏。
土曜日は、予定していた行き先を直前で変更して南アの戸台川にあるイワンヤ谷を遡行したものの、雨が降り出して途中で引き返した。
翌日曜日は雨後でどこの岩場も濡れて登れそうにないことから、八ヶ岳山麓周辺を巡ったりしながら、初対面のいろいろな人達と会う2日間となった。

■8月16日(土)
 15日夜、所属山岳会のH内さん、それからTさんと待ち合わせ、私の車で中央道から山梨県を目指す。初対面のTさんは、ピ○レ○ール賞もとっているスゴいクライマーではないか。
 途中のPAでKぽんさんとも合流。Kぽんさんとも初めて会うのだが、台湾の大きな沢を遡行していたりと、その名前が人の話によく出てくる人だ。
★南ア戸台川イワンヤ谷
 山梨県内の某所でテントと車中泊に分かれて仮眠するも、深夜から強い雨が降り出してくる。5時の起床予定が、寝坊して7時半となる。当初、南ア鳳凰山のドンドコ沢を遡行する予定だったのだが、時間を考えて、Kぼんさん提案の南ア戸台川にあるイワンヤ谷に行くことにした。1台を置いて、私の車で戸台を目指す。高遠という街を通り、戸台の河原の駐車場に到着。私がここを訪れるのは、高校3年時に友人ら4人で甲斐駒・仙丈を登った時以来だから○十年ぶりのことだ。下山してきてバスを待つ間、河原の石を投げ合う石合戦という危険なことをやって遊んだ記憶がある。
 とりあえず今は雨が降っていない河原の駐車場で身支度を整え、H内・T・Kぽん・私の4人で河原を歩き出す。30分ほど河原を歩き、右岸の山腹に岩壁が見える手前の谷に入る。ここがイワンヤ谷だ。この沢を1時間ほど遡行する。途中の滝は右岸のフィックスロープを辿って巻いた。二俣に到着。右俣を少し覗くと滝がある。左俣を遡行し、右またを下降してくる予定なので、不要な荷物をここにデポしていく。

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(↑駐車場を出発)
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(↑河原を歩いていく。遠くの岩壁にもルートが開拓されてるそうだ)
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(↑ここがイワンヤ谷出合。写真横向き)
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(↑出合)
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(↑こんな岩壁も)
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(↑右俣にかかる滝)

 それまで普通の沢だったが、左俣に入ると急に狭いゴルジュとなっている。ビルの谷間のように本当に狭いのだ。最初に現れた小滝では、H内さんがCS岩の右端から直登を試みるも難しく、左から乗っ越していく。

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(↑左俣へ入っていく)
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(↑左俣最初のCS滝を登るH内さん)

 続いて現れる滝はもっと難しそうだ。右壁をKぽんさんが人工で登り始める。カムエイドで一段上がったところからハーケンを2本打ってアブミで立つ。しかしその先でリスが無いらしく下りてくる。今度は私がリードすることにした。ゴボウで上がってからアブミに立ち込み、新たにハーケンを1枚打ち、アブミをかけて乗り移る。すると、そのハーケンが少し動いた。やべ抜けるかもと思ったけれど、持ち堪えてくれたので構わず乗ったまま、さらに上に1枚打ち足す。これはかなりしっかり効いていそう。ここから滝の落ち口脇をトラバースする微妙なところなのだが、岩の隙間にカムをきめられたのでかなり安心感があり、そのまま滝を抜けた。有名な人たちが下で見ているところで、登れませ~ん、とならずに済んで良かった。抜けた先に残置ハーケンが2枚あったので、それでビレイ。カムでバックアップも取る。皆が登ってくる。すぐに次の滝がある。2段になっていて、低い1段目の上は丸いお風呂のような小さな釜だ。そこにKぽんさんが肩まで浸かって、2段目取付にハーケンを打っていると、雨が降ってきた。結構雨足が強い。水が増えてくる感じだ。ここで撤退を決める。

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(↑滝を登るKぽんさん。写真横向き)
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(↑同滝フォローのTさん)
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(↑続く滝。ここで雨が降ってきて敗退を決める)

 先ほど登った滝を懸垂下降していると水嵩が増してきた。花崗岩の南アルプスにあって、イワンヤ谷は石灰岩が露出しているところだ。山を越えた反対側の谷にも同様のところがあるらしい。フォッサマグナかな。とにかく、石灰質のためか、水が灰色に濁っている。そういえばKぽんさんが、ここは石灰質だからアクアステルスだととても滑ると言っていたけれど、確かにそうかも。
 危険を感じるほどの増水ではなかったので、元来た沢をどんどん下降していく。雨で全身ビショ濡れになって駐車場に帰着。高遠にある温泉施設に寄って身体を温めるも、お湯はぬるめ。

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(↑濁った沢の水の中を下降する)

 茅野に抜けて、途中でお酒などの買い出し。今夜は、Oさんというこれまた私は初対面の人の別荘に泊めさせてもらうことになっている。場所は八ヶ岳周辺の某所。強い雨の降る中、別荘に到着。立派な建物だ。Oさんも8,000m峰を登っていたりと、登山の実績がスゴい人だった。作ってくれる料理の数々が美味しい。皆でお酒を飲んでいると、Iさんがやって来た。山の天気予報で有名な人ではないか。そうして夜は更けた。

■8月17日(日)
 翌朝、雨は上がっているが、どこに行ってもビショビショに濡れているという感じだ。朝食後、Tさんの引っ越し先の某所へ皆で赴く。ここで解散し、H内・O・私の3人で、どこか岩場に行こうかとなるのだが、どこも濡れてしまってキビしそう。そこでH内さんの案内で、Yさん家に顔を出していくことになった。Yさんと言ったら、これまたピオレな人ではないか。行くと、2日前にヒマラヤから帰ってきたという本人がいて、家族を交えてしばし団らん。
 それからYさんの案内で、とあるボルダーやクラックの岩場を案内してもらう。クラックの岩場はアプローチで渡渉する川の水量が多く、その手前で引き返した。さらに、もう一つ案内してもらった岩場は未公開だけれど、すごいところだった。難しいルートの多さとかもそうだけど、霊感の強い人には…なところかも…。この日はビショビショに濡れていて見るだけ。
 Yさんと別れ、温泉に立ち寄ってから3人で東京に帰ることにした。Oさんを駅まで送ったあと、H内さんと埼玉県内の某病院へ。所属山岳会のYT川さんがひと月ほど前にクライミング中にグラウンドフォールして背骨を骨折し入院中で、そのお見舞いに寄ったのだ。手術を受けてチタン製のボルトで固定してあるというYT川さんは、思っていたより元気な様子で良かった。偶然同時にお見舞いに来たM田さんという人は瑞牆でクラックをよく登っているそうだ。

ということで、沢登りは途中敗退で、クライミングもできなかったので体力的には消化不良となったけれど、強ーいクライマーの人達に会えた週末となった。
名前も場所も伏せ字ばかりで、駄文がさらに理解しづらかったかもしれないけれど、プライバシーもあるので。

クライミングジム通い(7~8月)

■B-PUMP秋葉原
2014.07.08(火)
 ヨセミテツアーとその前後はジムに行かなかったので、先月3日以来ひと月ぶりのジムとなった。ここのところフェイスのクライミングもすっかり遠ざかってしまったので力は落ちるばかりだ。
 いまだヨセミテの余韻に浸っていたのに加え、先の週末の蔵王での沢登りでくたくたに疲れたのとで、すっかりサボっているジムもさらにサボろうかと思っていた。
 ところが昨日、クライミングツアーのお誘いがあり、即行くと返事。
 返事をしたものの、こうなったらジムに行って鍛え直さねば。

 3か月ぶりのアキパンはホールド替えが結構進んでいた。白色3級ばかりトライして、1撃できたものもあるが、何度やってもダメなものもあり、グレーディングが以前よりカラくなったというより単に自分の力が落ちただけなのだろう。手のひらが痛くなるのも早いし。2時間ほど登っただけで引き上げたけれど、まあ今回はこんなものでいいか。これからはまたコンスタントにジムに通いたいけれど、今週は台風が来るからつぎは来週かな。

■B-PUMP荻窪
2014.07.14(月)
 約2か月ぶりのオギパンに行くと、当然ながら結構ホールドが替わっていた。すっかりクライミングの力が落ちてしまったので、当面は力を戻すのが目的だ。白色3級を中心に登ったけれど、紺色4級でもかなりてこずったりして、これはまたこつこつとジムに通わなければと痛感した次第。

■B-PUMP荻窪
2014.07.16(水)
 一昨日、力の落ちぶりを痛感し、中一日で今日もオギパンへ。白色3級ばかりトライしたけれど、一昨日よりはずっと身体が動いてくれたので、先日登れなかった課題も登れた。しばらくは3級にトライしつつ、そのうち水色2級にも手を出そうかな。

■B-PUMP荻窪
2014.07.18(金)
 月水金と今週は3回もジムへ。なんて勤勉なんだ。
 ずっとサボっていたジムを急に通いだしたものだからか、背中を少し痛めてしまったけれど、前々回、前回よりも登れるようになってきた。それでも白色3級が何とかイケる程度なんだけど。

■PUMP2
2014.07.19(土)
 月水金と3回もオギパンに行ったうえに、前日の疲れが残っている身体を押して土曜日のこの日はパン2へ。パン2の常連である所属山岳会のT塚さんと待ち合わせて数時間登った。ルート壁を登る前に一人でボルダリングをやっていたせいもあって、ルート壁ではとにかく易しいグレードしかまともに登れず。それだって何本も登っているうちにいよいよ前腕がヨレてきてテンションしまくる始末。
 ところで、私がパン2に来るのは2年ぶり2回目。前回初めて来たのは、西丹沢の中川川悪沢を遡行した帰りに寄った一昨年7月3日のことだ。
 まあ、今週は4回もジムに行ったので、行ってもせいぜい週1~2回だった私としては、ここのところサボってすっかり落ちてしまったクライミングの力を取り戻すきっかけにはなったかな。

○映画「ビヨンド・ザ・エッジ」
2014.07.22(火)
 映画「ビヨンド・ザ・エッジ」を観てきた。1953年のエベレスト初登頂のお話し。静止画の場面が多かったけれど、3Dの映像はきれいで迫力があった。

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■B-PUMP秋葉原
2014.07.23(水)
 2週間ぶりにアキパンに行くと、3ヶ月ぶりくらいにN川に会った。なぜかあっさり1撃できた水色2級もあったけれど、今のところは白色3級が自分にはちょうどいいところ。力をつけてもっと2級を落とせるようにならないと。

■B-PUMP荻窪
2014.08.05(火)
 先週は北アの笠に出かけていたこともありジムをサボったので、2週間ぶりのジム行き。しかし、結果はボロボロ。
 この1週間ほどで川浦谷(カオレダニ)、北ア笠ヶ岳、北ア錫杖岳と3回も岐阜県まで通ったうえに、あとの2回は体力的にも非常に疲れたものだった。
 その疲れがいまだに残っているのだろうが、とにかく登れずせいぜい紺色4級を何とか登れるかといった始末。時間も短めで切り上げた。
 齢をとるにつれて疲労回復に時間がかかるのだなあと改めて感じる次第。

○ゴーヤチャンプルー
2014.08.07(木)
 普段まるで料理を作っていないヤツと勝手に思われている…かどうかは知らないけれど、久しぶりにゴーヤチャンプルーを作ったので写真を撮っておいた。我ながら美味しくできたかな。外食のと比べてそれほど遜色ない味では?
 切ったゴーヤを塩揉みするのもそうだけど、ポイントは木綿豆腐の水分をしっかり切っておくことかな。

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■PUMP2
2014.08.09(土)
 3週間前にも行ったパン2へ。所属山岳会のT塚さんと待ち合わせて登った。今回もボルダリングをひとしきりやった後ルート壁をやったせいもあるけれど、あっという間に前腕がパンプしてしまって、ごく易しいのしかまともに登れない。まあ、筋トレにはなったから良いかな。

■クエールクライミングジム
2014.08.11(月)
 今春オープンしたジムに2か月半ぶり2回目の訪問。4級課題は1撃できたけれど、3級となるとぐんと難しくなる。先月ホールド替えしたという120°壁の3級課題は皆トライしてみて、橙・緑・水・黒色の4つの課題は登れたけれど、そのほかは落とせず。それでも、サボっていたジムでも少しは復調してきたかな。

北ア・錫杖岳 「見張り塔からずっと」

2014.08.03()

 北アルプスは錫杖岳にある「見張り塔からずっと」というマルチピッチノルートを登ってきた。

 錫杖の前衛壁では、無雪期に「注文の多い料理店」などを登りに2回、また今年3月に3ルンゼ~グラスホッパー継続で訪れている。

 錫杖4回目の今回は、初めて錫杖岳の山頂に立つことを目指す。メンバーは、所属山岳会のH明さんと富山県のMさん、私の3人。

 土曜日は、午前中に中央道の某所でH明さんと待ち合わせ、午後に新穂入りしてMさんと合流後、宴会して寝る。登攀は日曜日の計画だ。

 

 ところで、私は水~木曜日で、やはり北アの笠ヶ岳の岩壁を12日で登攀し、おまけに雷雨の中を間一髪の渡渉で命からがら下山してきたばかりだ。その前の週末もやはり岐阜県の川浦谷(かおれだに)を遡行しているので、ここ1週間ほどで3回も東京から岐阜まで通っていることになる。

 というワケで今回、疲労が回復していない私としては金曜日夜の出発となるとちょっと大変だったけれど、土曜日出発にして助かった。

 

 しかし、日曜日は夜明け前の3:30に出発し、「見張り塔からずっと」を登攀後の錫杖岳からの下山で散々道に迷ってしまい、登山口に帰着できたのが日付の回った月曜日0:30で、21時間行動となってしまった。

 それから東京に帰ったのが朝6時となり、ほとんど徹夜のまま出勤したので、週明けのこの日は日中眠くて仕方がなかった。

 

 

8/2() 新穂高へ

 H明さんと中央道の某PAに午前10時待ち合わせとして、自宅を出発。晴れた週末のこんな真っ昼間の時間帯では予想できたことだが、ひどく渋滞している。PAに入るのにも本線の路肩に並ぶ始末。なんとか駐車したものの、首都高も大渋滞しているというH明さんの車は1時間以上も遅れてやっと到着。お疲れさま。あまり詳しいことは書かないけれど、待ち合わせ後は私の車で一路新穂高温泉を目指す。

ところで、長野道松本ICを降りて安房トンネル方面に向かう際の最後のコンビニはどこだったっけというのが行くたびに思うことだった。道中いくつかコンビニはあるものの、夜中だと普通の商店は閉まっているため、最後の店を逃すとトンネルを抜けて新穂まで買い出ししそびれてしまうのだ。

先日笠ヶ岳に行った際にも通っているのだが、新島々の駅の近くにセブンイレブンがオープンしていた。駅より少し松本寄りの場所だ。店員に聞くと、4月に開店したとのこと。現在のところ、ここが最後のコンビニとなる。

さて、そうして16時過ぎに登山口となる砂防会館近くの某広場に到着すると、富山市内から1時間半ほどで来られるというMさんが待っていた。

広場にタープを張ってシートを敷き、食材を並べる。H明さんとMさんが用意してきた食材は相変わらず豪華だ。まずはメキシコのビール・コロナのボトルにカットしたライムを入れて乾杯。冷たくてうまい。Mさんが用意した飛騨牛のステーキ肉をH明さんがフライパンで焼く。油は一切敷かず、塩コショウだけで両面を焼く程度のレアで。これにレモン汁をかけて食べると、肉汁が出てきて美味しい。スパークリングワインも飲む。さて、そんな感じで夜が近づいてきた。明日の出発も早いので早々に寝ることにする。

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(↑タープを張り終えた)
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(↑メキシコのビール・コロナ)
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(↑飛騨牛のステーキ肉)
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(↑肉を焼いた)

 

8/3() 「見張り塔からずっと」登攀、下山で道迷い…

 未明の2時半起床。広げた荷物を撤収し、砂防会館近くの駐車場に移動。歩き出したのは3時半だ。ヘッ電の灯りを頼りに槍見温泉の登山口からクリヤ谷沿いの登山道を登って行く。歩き出して1時間20分ほどで錫杖沢出合に到着。薄明るくなってきた空に錫杖岳前衛壁が立っている。出合に下りていくと、テントを張ったパーティーがちょうど朝食を取っているところだった。他にも2Pほどいた。錫杖沢に入って水を汲む。知らない人のために書いておくと、クリヤ谷側の水はあまりおススメできないらしいので、錫杖沢側から水を汲むこと。目指す「見張り塔からずっと」の取付は、「注文の多い料理店」の取付に近いので、何度か歩いている道を登って行けばたどり着ける。前衛壁基部に出ると、左方カンテも注文もまだ誰も取り付いていないようだ。前衛壁を右手に見ながら北沢を回りこんだところに注文はあるのだが、その北沢がルンゼ状になったところが見張り塔の取付だ。ここも先行Pはいなかった。

 

 虫がわんわんとうるさい頭上のルンゼ内にチョックストーンがある辺りでロープを結ぶ。

 以後、ネットで見つけて参考にした某トポ図の記載にも寄るけれど、今回は結果的に前半の岩場はH明さん、中盤の長い草付き帯はMさん。大洞穴以降は私がリードした。

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(↑錫杖岳全英壁が見えてきた)
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(↑振り返ると焼岳)
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(↑「注文の多い料理店」を見上げる)
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(↑「見張り塔からずっと」を取付から見上げる)

○前半の岩場

ということで、まずはH明さんのリードで登攀開始。登攀自体はとても易しいので省略するけれど、1P目はトポ図に沿って、CS付近から左手の岩場を登って行く。60mロープを持ってきていたので、23P目相当部分を2P目としてつなげて登れたようだ。階段状から途中ガレ場を通過し、さらに登った適当なところでピッチを切る。45P目相当部分も3P目としてつなげて登った。草むらに入る辺りの岩でピッチを切った。ハーケンやリングボルトがあって使ったけれど、ピッチ支点が必ずしもあるワケではないようなのでカムで構築。草むらを通過中、ごく弱い雨が短時間降るも服がビショ濡れになるほどではない。

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(↑1P目をリードするH明さんとビレイするMさん)
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(↑1P目フォローのMさん)
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(↑2~3P目をリードするH明さん)
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(↑2~3P目フォローのMさん。ガレ場を通過したところ。写真横向き)
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(↑4~5P目をリードするH明さん)
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(↑4~5P目フォローのMさん)

○中盤の草付き

 緩傾斜の草付き帯なのでロープを解いても良かったのだが、Mさんのリードでいちおうロープを結んでおく。当初、右奥に聳え立つ岩塔が錫杖岳かと思ったけれど、それは間違い。烏帽子岩らしい。左手に見えるブッシュの盛り上がりが中央稜らしく、それをずっと左上に回り込んだ先に後半部分の取付となる大洞穴があるらしい。大洞穴に上がる手前のルンゼ部分でもロープを出していると後続Pが追い付いてきた。やはり易しいところではロープを解かないと無駄に時間がかかってしまう。それに私がビレイ中、ロープが弾いたらしい石が落ちてきて、私の右脇腹と左手首にクリーンヒット。脇腹への野球ボール大の落石はそれこそボディを殴られたようで一瞬息が止まる。肋骨に当たらなくて良かった。手首への落石はもっと小さかったが出血した。いずれにしても、落石のフォールラインを想定して避けていなかった私のほうの落ち度が大きい。ロープによる落石の誘発もあるので、易しいところではロープを使わないという判断も時には必要だ。

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(↑草付きを登るMさん)
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○大洞穴~錫杖岳山頂

 そんなこともあったけれど、大洞穴下に到着。ここからは私のリード。大洞穴の左壁に取り付く。グレードは5.8らしい。カムをいくつもきめながら登って行く。核心となる序盤の垂壁部分を越えて木を左に回り込むと左上するハンドサイズのクラックがある。さらに登るとテラス状に出るので、テラスを左に行った凹角下でピッチを切る。クラックがしっかりあるのでカムでビレイ支点を作れる。

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(↑大洞穴が見えてきた)
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(↑大洞穴に向けて登るMさん。写真左の穴は違う)
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(↑大洞穴下まで登るH明さんと私)
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(↑7P目をリードする私)
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 続くピッチも5.8らしい。凹角を少し登ってから、右のフェイスに移る。プアプロとの記載もあるが、よく見ればいくつかカムがきちんときめられる箇所がある。段々状をいったん右上してから今度は左上するように抜ける。ごく易しいので乾いてさえいれば落ちる気がしない。登った先の展望台状の岩でピッチを切った。

 続くⅡ級というスラブ状をまっすぐ登って上部壁の基部へ。基部を右へトラバースして適当なところまで。

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(↑8P目をリードする私)
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(↑9P目のスラブを振り返る)

 上部壁を右に回り込んだ草付きルンゼを登れば山頂直下に至るはずだったのだが、何を勘違いしたのか上部壁右寄りの猛烈なブッシュ帯に突っ込んでしまいタイムロス。ヤブ漕ぎ5級だ~と悪態をつく。その間に後続Pに追い越される。遅れて正規ラインに戻り、最後の山頂直下の5.7に取り付く。こうして錫杖岳山頂に到着。「見張り塔からずっと」の完登を祝って3人で握手。

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(↑間違ってヤブ漕ぎしてしまった)
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(↑山頂への最終ピッチをリードする私)
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(↑最終PフォローのMさん)
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(↑最終PフォローのH明さん)
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(↑となりが本当の山頂?)

 

○下山で道迷い

 狭い山頂の岩塔の反対側のすぐ下に道があるのでそこでロープを束ねたりシューズを履き替えて下山の支度を整える。幅は狭いながらも明瞭な道がある。南に向けて岩稜状を進むとピッケルの立つもう一つのピークに着いた。2,168mの小さな木製の標識が置かれていた。ここが錫杖岳の本当の山頂なのかな?さらに岩稜状の道をたどって行く。考えているのは、P6を越えてから東に向かう牧南沢を下降するとやがて錫杖沢へとつながるという下山路。テープ印と踏み跡につられて、あるところから左下に降りて行く。開けたガレ場を通過し樹林帯の中を少し行くと踏み跡が消えてしまった。この辺りで1時間以上迷うことになる。錫杖岳の稜線の西側は笠谷に至る枝沢の源頭部に当たるのだが、結果的にはその源頭部の枝尾根に知らない間に入り込んでしまっていたようだ。そうと気づいていない我々は18時を過ぎて夕闇までの時間が少なくなってきたこともあり、途切れた踏み跡からさらに笹藪を下って行くことにした。

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(↑となりのピークにはピッケルとこの標識がある)
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(↑ここに至って、すでに間違えていたようだ)

 ところで、私は前週の奥美濃川浦谷(かおれだに)遡行の際に、使用5年目の愛用の腕時計カシオ・プロトレックを紛失してしまっていた。直後の笠ヶ岳登攀の前にビックカメラに行って新しいプロトレックを買ったばかりだ。

 まだ操作方法を覚えきれていなかった私だが、コンパス機能を表示した際にどうも東西逆の方向に進んでいるのではないかと話したものの、ちょっと自信がなかった。

 暗くなってゆく中、笹藪から沢筋に出てやがて水も出てきた。時々コンパスを見ていた私はどうも北東方向に進んでいると分かり、持っていた地形図のコピーもたまたま錫杖岳の西側も少しだけ載っていたので、ヘッ電で照らしてそれをじっくりと眺めてみた。すると錫杖岳の少し南の標高2,000m鞍部から北東方向に下る緩い沢筋地形が読み取れた。どうやらこの沢を下って行ってしまっているようだ。

○復帰

雨も降り出していてびしょびしょに濡れている。暗闇の沢の中、皆を呼び止めてやはり間違っているのではないかと話す。MさんのiPhoneにコンパス機能があることに気づき、改めて見てみるとやはり私の時計と同じ方角を刺した。これで北東方向に下る笠谷の枝沢に入り込んでいることがほぼ確定した。錫杖岳山頂で標高を合わせておいたので現在地が概ね分かる。時刻はすでに19時半頃。雨も降っている。ここでビバークすべきか相談するが、体力的には元気なので登り返すことにする。もし下山を終えるのが明朝になるとしても、できれば今夜中に電波の通じるところから所属山岳会のメンバー宛てに下山が遅れている旨を連絡したい。

ここからは私が先行した。手元に地形図のコピーがあるし、腕時計で標高と方位を随時チェックできる。登り返すに当たり、南東方向へ登って行くように注意する。登るにつれて枝沢が分かれて南に進みそうになるので単純に歩きやすい沢筋を進んではダメだ。カンだけで方向を見定めると知らず知らずのうちにズレていってしまうので、それこそ510mおきくらい頻繁に時計を見た。ずいぶん下ってしまったけれど、登り返しは2,000m鞍部を目指すので標高差にして170mくらいだ。大した高さではない。ヘッ電の灯りを頼りに沢筋を進んで行く。

当初は南東方向に進んでいたが、やがて南寄りになってきたので、左手の笹藪に突っ込むように方角を修正しながら登って行く。いよいよ2,000mが近づいてくるが、真っ暗なので鞍部の地形が分からない。それでもヘッ電で浮かび上がる1020m先の樹木の立つ様子から地形を推測する。ほぼ真東に向かっているのは良いが、右手はさらに斜面が登っている。これ以上高度を上げる必要はないはずだから、鞍部南側のピークへの斜面と推測される。しかし、このまま標高を保ったままトラバースしては鞍部を通り過ぎて南側ピークに沿って回り込んでしまうかもしれない。

進行方向左前方が平たんな鞍部だと考えヤブを漕いで行くと左から上がってくる斜面の斜度がどんどん緩くなってくる。鞍部に間違いない。すると踏み跡らしきものが現れて、目の前の枯れて折れた大木に赤テープが結び付けてあるのを見つけた。やった。ピンポイントで鞍部に着くことができた。時刻は21時過ぎ。

ここまでたどり着く際に注意したのは、真っ暗なので稜線の岩峰などはもちろん目印にならないし、登り返す沢筋など地形図に現れないような小さな地形状の特徴は無視することにした。

それよりも比較的緩やかな地形であることもあり、地形図上の鞍部の方角を念頭に、方位と高度を頻繁に見ながら、上から俯瞰するイメージで歩いた。もちろんヘッ電で照らし出される範囲で地形の様子を把握することにも努めた。

そうやって、GPSの軌跡をたどるようにイメージに近い形でピンポイントで鞍部に到着できたのは良かった。なんだかフリークライミングで頭で描いたムーブのイメージと実際の身体の動きがぴったり合って登れた時のような感覚だ。でも、私がザクザクとヤブ漕ぎを先行したので、ついてくるMさん達は大変だったかも。

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(↑2,000m暗部の枯れた大木)

○下山

 鞍部でMさんがiPhoneの電源を入れるとアンテナマークが立った。我々の所属山岳会の一人に電話がつながった時は皆で喜び合った。道に迷って下山が遅れているが無事であることを伝え、山岳会のメーリスにも流すようお願いする。

 さて、この鞍部から東に向かって降りていけば良いはずだ。錫杖沢へとつながる牧南沢を下っていくことになると思うが、せっかく赤テープのある道を見つけたのだから、なるべくそれをたどって行きたい。クリヤ谷からこの鞍部を経て錫杖岳本峰へ向かう道がそれなりに通っているとすると、この鞍部から見ると、錫杖岳本峰に向かう北向きと、牧南沢へと下る東向きがあると思われる。この鞍部がT字路となって、南のピークへと向かう道があるというのは考えにくいので、この枯れて折れた大木赤テープの付近から牧南沢に下っていく道があると推測される。ヘッ電で笹薮を照らしながら、大木から数m南に向かう踏み跡をたどると東の斜面に向けて急に下っていく踏み跡を見つけた。これに間違いなさそうだ。笹に覆われてはいるものの、足元は明瞭だ。どんどん下っていくと、やがて水の流れる沢筋になってきた。やはり正しいようだ。

 下るにつれて左岸の奥に黒い大きな壁のシルエットが浮かび上がる。前衛壁だろう。北沢らしきところと出合う。懸垂下降を要する滝はないが、ところどころ大きな岩の段差ではショルダーなどをして降りる。やがて今朝登ってきたはずのところに至る。左岸側につけられた山道をところどころ通って滝を巻く。そうしてクリヤ谷出合に着いたのは23時過ぎ。今朝いくつか張ってあったテントは無い。笠谷の枝沢を登り返しているときは降っていた雨も今はあがっている。あとは槍見温泉の登山口に向けて登山道を歩くだけだ。

長時間の行動となっているが、ここのところ長く歩く機会が多いおかげが足がヒドく疲れたという感じはせず、良いペースで歩いていける。しかし、安全な登山道に出た安心感で緊張が解けたのか、眠気を感じてきた。そのためかちょっとフラフラする感じ。それでも良いペースで歩き続けて登山口に帰着したのは日付を回った月曜日の0時半。皆で改めて無事の下山を祝う。朝3:30に出発したから21時間行動となった。

駐車場に戻ってから、新穂高の湯と言ったか、露天風呂があるので入ることにした。深夜のため本来は入場できないのだが、疲れた身体を癒そうとH明さんと無人の真っ暗な露天風呂にヘッ電を点けて入る。しかし、お湯がぬるい。というか入っていると寒くなってくる。おそらく閉じる時点で熱いお湯を止めてしまうのだろう。

駐車場に戻り、富山に帰るMさんと解散したのが0時半前。さて、これから東京に帰らなければならない。帰る頃には朝になっているだろう。新島々駅近くのセブンで空腹を満たす。それから運転を交代しながら中央道を走り、某PAH明さんと解散。帰宅したのはすっかり朝を迎えた6時過ぎ。運転を替わってもらった1時間ほど助手席でうとうとしただけなので、眠いのなんの。出勤時間までにシャワーを浴びて洗濯も済ます。週明けの月曜日、職場にいる一日は眠くて仕方がなかった。

それでも、「見張り塔からずっと」から錫杖岳を登ることができたのは良かった。大変だったけれど、真っ暗闇でも地図読みして元の道に復帰できたし、源頭から錫杖沢の下降もできた。

北ア・笠ヶ岳 穴毛谷二ノ沢右俣あけぼの壁「夏休みルート」フリー化

2014.07.30(土)~31(日)
 北アルプスは笠ヶ岳の東側にある穴毛谷二ノ沢右俣あけぼの壁「夏休みルート」(1984年初登)をオールフリー、オールナチュラルプロテクションにより登ってきた。

 あけぼの壁は、穴毛谷の二ノ沢を入り右俣を詰めた右岸に立つ大きな岩壁で、左側のドリュ状岩壁と右側のあけぼの壁がある。新穂高からも朝日を受けたこれらの岩壁が眺められるのだが、同行者のF巻さんの話では、夏休みルートを含め拓かれているルートは初登以来ほとんど登られていないだろうとのこと。

 今回トライする夏休みルートは、人工登攀も交えて拓かれたルートだが、今回、登るに当たってのF巻さんの考えは、ひとつにはフリークライミングで登ること、ふたつめはランナー・ビレイ支点とも残置はもちろんハーケンも使用せず、極力カムやナッツといったナチュプロだけを使用するというもの。
 そのうえで、一日で完登するのは難しいとのことから2つの案が示された。ひとつには、初日にロープを伸ばせるだけ登ってフィックスしたロープで懸垂下降して取付に戻り、2日目にユマーリングして残りを登攀するというもの。もうひとつは途中壁の中でビバークするというもの。後者の場合、ビバーク時を含む2日分の水・食料や装備を担ぎ上げる必要がある。結果後者を選んだ。

 ところで、F巻さんが同行者といっても、F巻さんはツヨツヨのアルパインクライマーで、四ノ沢の岩壁にも新ルートをいくつも開拓しているし、ハンノキ滝を冬期初登しているという人。今回私はほとんどお伴で付いていくような感じだ。
 とはいえ本チャンに行く以上、私も主体性を持った態度で臨まなければならず、もちろん頑張るつもりだったのだが、フリークライミングはもちろん危険回避やルーファイなどF巻さんの様々な判断・技術には目からウロコの感心しきりで、100回くらい反省と勉強の連続だった。
 なお、ルート図は参考に「改定日本の岩場(下)」(白山書房)がある。

 金曜日夜、F巻さんと待ち合わせ、深夜に到着した道の駅上宝で前泊。
 3時間ほどの仮眠後、新穂高温泉の駐車場に移動し、穴毛谷に向けて歩き出す。F巻さんに説明されて初めて気づいたのだが、ロープウェイ駅のあるここ新穂からも目的地の岩壁が眺められるのだ。朝日に照らされたドリュ状岩壁やあけぼの壁が遠くに見える。
 左岸側に登山道がある左俣谷から大きな堰堤がいくつも並ぶ穴毛谷に入る。小さな護岸のある堰堤下を石伝いに渡渉した右岸が一ノ沢出合。そのすぐ先が二ノ沢出合なので入って行く。二ノ沢を登って行くと大きな雪渓が現れたので、軽アイゼンを装着し、私はピッケルも持つ。ブリッジ部分が薄くなったスノーブリッジを通過し、滝のところではロープを出してF巻さんがリード。続く少し小さめの滝でもロープを使用。アプローチだけでも立派な沢登りだ。靴はなるべく濡らさないように気をつけたけれど、少しは濡れてしまう。二ノ沢右俣へは自然と導かれる。ドリュ状岩壁とあけぼの壁がいよいよ近い。迫力だ。

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(↑新穂高から左奥に目的の岩壁が見える)
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(↑写真中央の日当り部分がドリュ状岩壁とあけぼの壁)
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(↑F巻さんが立っている護岸のある箇所から穴毛谷を渡る)
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(↑一ノ沢出合)
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(↑二ノ沢出合)
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(↑写真中央がドリュ状岩壁)
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(↑雪渓が出てきた)
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(↑雪渓が長く続く。右俣へは自然と入って行く感じ)
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(↑CS滝の左壁を登るF巻さん)
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(↑二ノ沢下流を振り返る)
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(↑スノーブリッジを行くF巻さん)
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(↑滝の左壁を登るF巻さん)

 壁の基部付近に荷物を広げて登攀の準備をする。F巻さんは前述したとおり、初日にいったん取付まで降りることなく、壁の中でビバークしてそのまま登る作戦を選んだ。そのため、ビバーク装備と2日分の水をたくさん持ち上げる必要がある。水はプラティパス2個にナルゲンボトル2個で6.5Lくらい。F巻さんのザック一つにまとめて、アプローチシューズなど不要なものは基部にデポしておく。
 でも、水は登り始めて2P目頃にプラティパスのうちの一つが漏れてしまい、結局1.5Lほどは漏れ出てしまったようだ。後述するテラスでのビバーク時の夜と翌朝で結構水を消費するので、行動中の水はたっぷりあるとは言えなかった。それでも、2日目は曇り空で暑くなかったのが幸いしてそれほど水を飲みたい状況にならずに済んだのは良かった。

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(↑左がドリュ状岩壁、右があけぼの壁)
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(↑あけぼの壁の右への食い込む二ノ沢右俣)

 以下、記載の最初のピッチ数は今回のもの、[ ]内は体感グレード、( )内のピッチ数・グレードは「改定日本の岩場(下)」(白山書房)記載のもの(1~2Pはバリエーションのため記載無し)、名前はリード者。
 体感グレードは、帰り道で話したF巻さんの感想だけど、「日本の岩場」に記載してある3P目の5.10cはそのまま引用するとして、その他のピッチは落ちずに登れたから5.7かなと言った感じ。結局どれも5.7になってしまい、明らかにもっと易しく感じたものを5.6にした。実際は浮石など危険要素も加わるので、フリーの岩場の同じ感覚ではないと思う。

○1P [5.7] 私
 1P目のラインが判然とせず、またどこでも好きに登ってとのF巻さんの言から、ロープを解いた場所から登り始める。垂壁の中のいくつかある適当な短いクラック状のひとつを選んで直上。フォローのF巻さんは10数㎏のザックを背負う。重そうだ。

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(↑1P目をリードする私)
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(↑1P目フォローのF巻さん)
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(↑1P目のビレイ支点。ナチュプロのみで構築)

○2P [5.6] F巻
 私がオリジナルのずっと左側から取り付いたため、右へトラバースして黒いスラブの左側の凹角下へ。黒いスラブの左縁だと思われるハングした岩下でピッチを切り、オリジナルラインに合流。小型冷蔵庫くらいの浮石があると言うので、F巻さんはそれを足で押して崖下に落とす。浮石は轟音を立てながら落ちて砕け散って行った。
 フォローの私はザックが重すぎるため背負わず、登りながらF巻さんがロープでザックを引き上げる際に手で引っ張り上げた。それでも岩を保持しながらザックを持ち上げるのは大変だ。特にトラバースの際は大変で、ザックの振られ止めのロープをそのまま握ってしまったため、荷物が降られた際に手のひらをロープバーンしてしまった。痛っ。こういう場合、ロープを支点で折り返して制動するべきだったのだ。反省。

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(↑2P目をリードするF巻さん)
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(↑ビレイ支点を構築するF巻さん)

○3P [5.10c] (2P 5.10c AA1) F巻
 黒いスラブ左側の凹角を登る。ハング気味のところを乗っ越すのにムーブを組み立てる必要がある。どうやらここで5.10cのグレードを与えているようだ。ポケットをうまく使うこと。このピッチでもザックはロープに吊るして引き上げたけれど、直上するラインなので、前ピッチよりは引き揚げ作業はラクだった。

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(↑3P目をリードするF巻さん)
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○4P [5.7] (3P ⅤAA1) 私
 短いチムニー状の凹角では右上のクラックでフィストからハンドがきまるのだが結構伸び上がらないと手が届かない。そこを乗っ越すと、プロテクションの取れないスラブ帯なのだが、スラブを登り出す前に目の前の岩溝をハンマーのピックでほじくる。ピックで細い溝を掘って詰まった土をかき出すと、深さ1㎝ほどの溝が出てきた。そこに気休めにもならないマイクロカムを2つきめてから、ランナウトするスラブを右上するように慎重に登っていく。
 万一落ちればマイクロカムは簡単に吹っ飛ぶだろうことは想像していたので、相当な距離を落ちてケガは避けられない。落ちずに登れてよかった。

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(↑4P目をリードする私。前半の凹角)
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(↑4P目フォローのF巻さん。凹角を抜けたところ)
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(↑あの辺りで、私はまるで効いていないマイクロカムをセットしておいた)

○5P [5.7] (4P Ⅳ+AA1) F巻
 ビレイ点から左上に見える途中のテラスを今夜の寝床とすることになった。F巻さんはそのままテラス右端の凹角を登ったところでピッチを切る。フォローの私はテラスにザックを置いてから、残りを登る。もう少しピッチを伸ばそうかとも話したが、その時ごく弱い雨がポツリと降った感じだったので、夕刻も迫っていることもあり今日の行動はここまでとした。頭上にダブルジェードルを見上げるビレイポイントに、フィックスロープを張る。それにしてもF巻さんの支点構築の入念さと的確さには感心するばかりだ。

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(↑5P目をリードするF巻さん。写真左下のテラスが今夜の寝床)

 フィックスしたロープでテラスまで懸垂下降する。先に降りたF巻さんに続いて、私も懸垂下降していると、ふと右足を当てた壁面の岩が動いた。見ると、50㎝四方厚み10㎝以上のフレーク状が剥がれかけている。ヤバい。当てている右足を離した瞬間に落ちてしまう。下のテラスにはF巻さんがいるし。とはいえ、手はロープを持っているし、ほとんど横向きに近い体勢で、かかとを脱いだシューズで押さえているだけなので絵、身体を起こして片手を伸ばしてフレークを持つこともできない。バックアップを取っていて両手を離せたとしても、フレークは手が届きそうにない。下にいるF巻さんに声をかけて足を離すとフレークがごそりと壁から剥がれて落ちていき、テラスにぶつかって砕け散っていった。幸いF巻さんにぶつからずに済んだ。

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(↑テラスまで懸垂下降するF巻さん)

○ビバーク
 横長のテラスには壁に沿って腰高さのフレークの水平クラックがあり、そのクラックに詰まった土や草をバイルでかき出してカムをきめる。F巻さんがテラス全幅に渡ってトラバース用のロープを張る。手際が本当に早い。横に張ったロープはところどころカムでランナーを取っておく。今夜はずっとハーネスを付けたまま、このロープからセルフビレイを取って寝るのだ。F巻さんはさらに草付き部分を整地して、タープを張った。なんとか二人が横になるくらいはできそうなスペースだ。
 空はガスってきたけれど幸い雨が降り出すまでには至らなかった。ちょっと外傾したテラスでお湯を沸かしてアルファ米の食事を済ます。F巻さんが持ってきたお酒を少し分けてもらう。すっかり暗くなったのでツエルトの中に移動して横になる。セルフを取ったままシュラフカバーに入り、足を折りたたんで寝ることにする。固い地面に身体が痛くなるので夜中に何度も寝返りを打ったけれど、その時外を見ると星が見えていた。ガスが晴れたようだ。風もなく、寒さでどうしようもないと言うほどではない。

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(↑テラスを整地するF巻さん)
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(↑こんなふうに荷物を広げた)
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(↑タープというか、ツエルトのフライシートを張った様子)

 翌朝、暗いうちに起き出して、やはりアルファ米の朝食。残りの水は1.5Lほど。そのおかげで、ザックはずいぶんと軽くなった。けれど、10㎏弱はありそう。
 まずは昨日フィックスしたロープを伝って5P目終了点まで上がるのだが、ユマールは持っていれど、やったことのない私はコツがわからず、ユマーリングはうまくできない。仕方がないのでF巻さんが先行してユマーリングであがることになった。F巻さんはみるみるうちにユマーリングで登って行く。私はフォローで前日のぼった凹角を登る。

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(↑清々しい朝を迎えた)
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(↑ユマーリングするF巻さん)

○6P [5.7] (5P ⅣAA1~6P Ⅳ) F巻
 ビレイ点から右にトラバースし、頭上右側のジェードルを登る。さらに左上して南東カンテを越える辺りまで。

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(↑6P目のダブルジェードル右をリードするF巻さん)
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(↑ジェードルを抜けた先の草付き。この辺りが南東カンテか)

○7P [Ⅲ] (7P Ⅲ) 私
 緩傾斜のスラブだがほとんどプロテクションが取れない。ビレイ支点作れる岩のクラックがほとんど見当たらず、ロープが伸びきるあたりの岩で何とか構築。結果的にはもっと左寄りのチムニー取付に進めば良かった。

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(↑7P目をリードする私)
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(↑7P目フォローのF巻さん)

○8P [5.7] (8P Ⅳ+AA1) F巻
 F巻さんが再構築したチムニー下のビレイ支点まで移動する。それから改めてF巻さんリードでチムニーを登る。チムニーは上下2階建てのような感じで、2階部分は内面が濡れていて、左内面壁のクラックに2番キャメが残置してあった。キャメを見ると開拓した頃と古いものではなく、もっと最近登った際のものだろう。
 フォローの私はザックがチムニーで使えそうなので吊るして引き上げることも考えたけれど、結局そのまま背負って登り、ノーテンで抜けられた。

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(↑8P目チムニーをリードするF巻さん)
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(↑チムニー2階部分の左壁に残置されていた2番キャメ)

○9P [5.7] (9P ⅣAA1) F巻
 最終ピッチ。ビレイ点から見上げると右上の蛇腹状のような岩の凹角が見える。そこを登り左に行くとチムニー状にすっぽりと入る。チムニーを抜けるとブッシュ帯となり登攀終了。

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(↑最終ピッチを見上げる。まずは写真左のサイコロ状岩まで行ってビレイ点を再構築)
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(↑最終9P目をリードするF巻さん)
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○下降
 終了点から少しヤブ漕ぎし、ブッシュの中を2ピッチ斜めに懸垂下降すると、NEW DAWNの終了点がある。終了点と言ってももちろん残置物はない。F巻さんは昨年NEW DAWNを登っているそうで、その終了地点を見つけ出したワケだ。そこからは3回の空中懸垂で二ノ沢右俣のガレ場に降り立つ。3回とも大きな空中懸垂が続くので見上げると巨大なルーフが張り出している。懸垂支点はハーケンなどで、昨年F巻さんが使用した際に補強したそうだ。
 ニノ沢右俣自体も激しくガレているので、F巻さんの指示で一人ずつ降りて行くことにする。私が先行し、荷物をデポしたところまでほとんど降り着くあたりに至ってF巻さんが降り始めるほど距離を空けて歩いた。

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(↑ブッシュの中を下降するF巻さん)
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(↑ブッシュを抜け、1回目の空中権するをするF巻さん)
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(↑2回目の空中懸垂をするF巻さん)
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(↑2回目の懸垂を終えたところから上を見上げる)
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(↑3回目の懸垂で二ノ右俣に降り立ったF巻さん)
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(↑NEW DAWNはこの辺りらしい)
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(↑ガレガレを下って荷物をデポした取付に戻る)

○下山
 デポ地に帰着し、休憩がてら荷物をまとめる。下山を開始。滝のところではロープを出して懸垂下降。前日登った大きな雪渓では、爪の数が少ない軽アイゼンでの下りに私が苦戦。
 雪渓を通過した頃に雨が降り出す。それも雨脚がかなり強い。しかも雷雨で、雷鳴がゴロゴロと聞こえる。雨具の上衣を着るも、土砂降りのような雨に全身ビショビショになりながら二ノ沢を降りて行く。

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(↑雪渓の間を下山)
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★増水した穴毛谷本流の渡渉!
 堰堤がいくつも並ぶ穴毛谷に至ると、堰堤からは前日とは比較にならないほどの水がドウドウと落ちている。その下を渡渉していく。相変わらず雨も強い。最初と二つ目の渡渉はまだラクだったが、最後の3つ目が困難というより、極めて危険だった。中州にある足元の岩に立ち、その先1.5mほど先に幅数㎝のコンクリート製の小さな護岸が見える。この間の流れが強すぎて歩いて渡れそうにない。その護岸の先も流れがあるのだが、それはまだ浅くて弱そう。その弱い流れの向こうは対岸で草むらを入っていけばよい。
 この流れの強いところを越えなければならない。まずはF巻さんが空身でジャンプして護岸に着地。荷物の軽いF巻さんのザックを私が投げて護岸に立つF巻さんが受け取る。そうして私が空身でジャンプ。F巻さんは再び中州側にジャンプして戻り、重い私のザックを私のいる護岸側に投げようとする。その時、F巻さんがバランスを崩し水の中に落ちてしまう。流れが強くそのまま数m流されてしまう。対岸にいる私は声を上げることしかできない。何mか流されたF巻さんは近くにあった岩にしがみついた。私のザックも手にしたままだ。マジで危ないところだった。あのまま流されていたらさらに下の堰堤から落ちていたかもしれない。
 さて、何とか水から這い上がったF巻さんは私のザックからロープを取り出し、末端を私に投げる。ロープをザックに結び、手繰り寄せようというワケだ。なんとかザックを手繰り寄せることができたのだが、そうしているうちに浅かった流れの部分も気が付けば20㎝ほど水かさが増している。激しい部分はさらに増している。
 どんどん増水していてヤバい状態だ。F巻さんは3度ジャンプして護岸に移り、2人で最後の流れも急いで渡って草むらに入る。
 草むらに入ったところで、後ろを振り返ると上の堰堤から茶色い濁流が一気に流れ出してきて、つい1分も経っていない前にいた小さな護岸も完全に濁流に覆われていた。中州部分も激しい濁流をかぶっている。間一髪だった。ほんの少しでも堰堤に下山してくるのが遅れたり、ジャンプするところで手間取っていたら、戻ることも進むこともできずに濁流に押し流されていたところだった。
 もっと下山が遅れていれば、そもそも渡渉を諦めて、渡渉前の対岸に待機するなりしたのだろうが、ほんのわずかのタイミングで押し寄せる濁流を避けられたのは運が良かったとしか言いようがない。それとF巻さんの臨機応変なジン俗な判断と行動だ。加えて私のザックを手放さずに握っていてくれたことに感謝。装備が全部濡れてしまったけれど、それは家に帰ってから乾かせば済むことだ。

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(↑穴毛谷は増水している)
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(↑この渡渉はまだラクだった)
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(↑最後の渡渉がヤバい。F巻さんの先に護岸が見える。護岸の先にも流れがある)
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(↑必死に渡渉を終え岸を上がると、一気に濁流が押し寄せてきた。つい先ほどまで我々が立っていた護岸も水の中に)
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(↑みるみるうちにさらに水嵩が増してくる。水も茶色く濁っている)
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(↑渡渉地点からひとつ下の堰堤を見る。濁った水が吐き出されている)

 草むらの中を歩き、林道からやがて新穂に至る車道に出る。雨が降る中、ビショ濡れのまま歩き、ニューホタカという旅館前に着く。19時頃。F巻さんが足を痛めたとのことなので、ここからは私が空身で駐車場まで行って車で戻ってくる。
 ビショビショのまま帰途につく。安房トンネルを越え、松本側のコンビニに着いたところで、私は服を着替え、運転もF巻さんに代わってもらった。再び私がハンドルを握って中央道を走っているとパトカーに捕まったしまった。反則金9,000円はかかったものの、違反内容は免停になるようなものではなかったので、まあいいや。
 そんなこともあって、F巻さんを某駅まで送る終電には間に合わなかったが、深夜日付を回る頃に解散。帰宅した私は濡れた荷物をひと通り広げてからシャワーを浴びる気力もなくベッドに倒れ込んだ。

 と、こんな顛末で今回の山行を終えた。F巻さんの判断・行動がスゴかったのは冒頭触れたとおり。壁の中で1泊してオールフリー、オールナチュプロで登ったのに加えて、最後の間一髪の渡渉もハンパなくスゴかったので、翌日職場に出勤しても何だか昨日のことを思い出すとフワフワした感じだ。生きて還れて良かった。F巻さん、ありがとうございました。

奥美濃 板取川・川浦谷 西ヶ洞~箱洞

2014.07.26(土)~27(日)

 岐阜県は板取川の川浦谷(かおれだに)にある西ヶ洞(にしがぼら)を遡行し、箱洞(はこぼら)を下降する1泊2日の沢登りに行ってきた。
 初日は、川浦谷本流の西ヶ洞出合付近から入渓し、河原歩きの多い西ヶ洞を延々遡行し、川浦ダムを越えたところでビバーク。2日目は、ドウノ天井(標高1,332.5m)に立ち寄り、箱洞を下降して銚子洞も近い箱洞の出合から本流沿いの遊歩道へ出た。
 同行者は、所属山岳会のK寅さん。

 金曜日夜に私の車で出発し、中央道~東海環状道~東海北陸道経由で郡上八幡ICへ。タラガトンネルのある国道256号線から板取川沿いの県道52号線へ。川浦渓谷の新錦トンネルを越えたところにトイレのある駐車場があるので、そこでテントを張って寝たのが日付を回った深夜2時半頃。

■7/26(土) 西ヶ洞~川浦ダム
 6時起床し、身支度を整え出発。天気は晴れ。駐車場の先には開いているゲートがあり、車道はまだ先まで乗り入れられるようだが、西ヶ洞出合までは1㎞強ほどなので車はここに置いていく。
【西ヶ洞出合の入渓点】
 車道を500mほど歩き、長さ700mほどの新深山トンネルを抜けたあたりの対岸で西ヶ洞が本流に出合っている。西ヶ洞出合付近から入渓するのだが、ネットの記録を見ると、出合の下流側に吊り橋があってそれを渡っているらしい。しかし、吊り橋を渡って出合まで本流を遡るのがちょっと大変らしいことが書いてあった。逆に出合の上流側から本流に入り、出合まで下降したほうが良いようだ。
 そこで、新深山トンネルの脇にある車道を100mほど戻ったところから本流に向けて下りて行く。下降地点には車が1台停まっていた。後ほど会う釣り人の車だ。踏み跡を下降していくと西ヶ洞出合の100mほど上流側に出た。梅雨明けしてからこの1週間雨は降っていないようなので、水量は多いワケではないようだ。右岸に渡って少し下流に進むと側壁にロープがフィックスしてあった。これも釣り人用なのかも。このロープを手繰るように胸まで水に浸かって下流に進むとその先が西ヶ洞出合だ。西ヶ洞に入ってすぐに釣り人2人で会った。水は驚くほど透明度が高く、胸まで浸かるような深さでも底の石が見える。水温は昨夏行った南紀の黒蔵谷よりはずっと低いけれども、最近行ったところに比べれば温かいので、全身水に浸かっても歯を食いしばるほどではない。それでも、遡行を初めて午前中の早い時間はまだ水が温められていないせいかちょっと冷たかった。

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(↑トイレ棟のある駐車場)
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(↑新深山トンネルの上流側出口と脇道)
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(↑脇道のここから下降)
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(↑川浦谷本流の入渓点)
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(↑入渓点から下流方向を見る。フィックスロープがある)
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(↑ロープを伝うK寅さん)
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(↑西ヶ洞出合)
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(↑水の透明度は高い)

 西ヶ洞は10㎞以上延々と歩くのだが、その間ゴルジュの通過もあるのだが難しいワケではなく、一方で河原歩きが長い。二俣で迷いやすいということもないし、あまり書くこともないので西ヶ洞の遡行そのものは関門ノ滝の通過のことに触れるだけにする。

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(↑中部電力のトンネル)
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【関門ノ滝】
 西ヶ洞の途中に関門ノ滝というのがある。あるネット記録では通過に手間取ったようなことが書いてあったので、我々も警戒していたのだが、結果的にはものすごくあっさり登れてしまった。
 滝の手前には釜があるので、ロープを結んでまずは私が右岸をへつって途中水面ぎりぎりの岩棚でピッチを切る。再び私が空身でリードして釜を泳いで滝のすぐ左側の壁に近づく。流れが強くないので押し戻されるようなこともなく、普通に泳いで壁に取り付けた。見上げた壁は拍子抜けするほどガバホールドだらけで簡単に登れる。
 滝の落ち口に立って、ザックを2つ引き上げる。K寅さんが続く。なんだか簡単に終わったしまったけれど、楽しい水遊びができた。

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(↑関門ノ滝)
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(↑関門の滝を登る私。以下4枚の写真も)
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(↑)
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(↑遡行を続ける)
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【ダム周辺】
 水量計が現れると川浦ダムはいよいよ近い。右岸の開けたところの木に赤テープが巻いてある。その先にプラスチック製の階段が造られていて、そこを上がればダムの上に行けるのだが、その前にダムの堤体を下から見上げに行く。赤テープのあるところから50mほど先に二俣になっていて、左の先に巨大なコンクリートの壁が聳え立っているのが見える。近づいて記念撮影。
 先ほどの赤テープに戻り、朽ちかけた階段を登ってヘリポート脇に出る。出たところの車道は、右に行けば川浦ダムだが左に行く。トンネルを2つ抜けると、もう一つのダム川浦鞍部ダムに至る。ダムの先にまたトンネルがある。真っ暗なトンネルを歩いた先の出口はフェンスで塞がれている。フェンスを乗り越えた先はダム施設の機械が設置されている行きどまりの場所だ。真っ暗なトンネル内部ではフェンスの少し手前で左に分岐しているのだ。そちらに進むと道が続いている。そろそろ今夜の寝床を探す。舗装された道は手入れされていないのか、進むにつれて両側から草が生い茂ってくる。左手の細い流れに降り立つ適当な場所を探していると、鉄の棒が立っているところから降りられた。水があるので今夜はここで泊まることにする。
 周辺で焚き木を集めて、水辺で焚き火を熾す。焚火缶でご飯を炊く。ナスやピーマン、ニンジンを切って炒め、麻婆茄子のもと加えてできあがり。お酒を飲みながら夕食を取る。目の前の小さな水流で食器を洗えるし、水の流れが小さいのでゴウゴウと水の音もうるさくない。寝場所は舗装された道に上がって、雨の心配もないのでタープも張らずに道の上で横になった。途中で倒木が道を塞いでいるし、こんなところに間違っても工事車両など車がやってくる心配もない。アスファルト舗装された道が昼間の日差しを浴びているせいか、背中側が熱くて寝苦しかった。しかし先日の蔵王の八方沢で濡れたままの服で振るえる夜を過ごしたのに比べたら極楽だ。

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(↑水量計)
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(↑川浦ダムが見えてきた)
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(↑川浦ダムと私。写真横向き)
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(↑木の赤テープ)
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(↑プラスチックの階段を上がる)
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(↑ヘリポート)
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(↑川浦ダム)
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(↑川浦鞍部ダム)
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(↑川浦鞍部ダム脇のトンネル)
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(↑トンネルの先はフェンスがあるが、その手前で左に分岐している)
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(↑道を歩く)
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(↑道脇の沢)
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(↑焚火を熾す)
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(↑夕食)

■7/27(日) ドウノ天井~箱洞
 明るくなった4時半頃に起き出して、消えたしまった焚き火を再び起こす。K寅さんが用意した朝食はラーメン。身支度を整え出発。しばらくは前日歩いた道をさらに歩いていく。空は曇っている。というかガスっていて視界がイマイチ。山肌に沿ってつけられた舗装道を2㎞くらいは歩いただろうか、立派な車道にぶつかった。車道を右に行く。この車道、地形図では少し進んだところで行き止まっているのだが、グーグルの航空写真を見れば分かるように現在はさらに延伸されていて、大ツゲ谷方面に伸びているのが分かる。実際、我々が車道に出た際も工事車両が走っていた。場合によっては、この車道から大ツネ谷へと下降できるのかもしれない。

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(↑舗装道の上で寝た)
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(↑道を行く)
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(↑車道に出た。右に曲がる)

【箱洞下降点~ドウノ天井】
 さて、ガスって視界のきかない車道をドウノ天井方向に歩いていく。ドウノ天井は地形図に標高1,332.5mと記載されているピークだ。やがて一つ目の駐車場が現れる。とあるネット記録にもあったように、この駐車場の脇から箱洞へと下降していくことにした。その前にドウノ天井に行く。一つ目の駐車場を通過してさらに歩いていくと二つ目の駐車場が現れる。車道はまだずっと続いているはずだが、ドウノ天井への登山道入口は、この二つ目の駐車場のほんの10m手前、道路脇南側にある。茂った草に隠れがちだが板が敷かれているのが目印。そこを100mも高度を上げないと思うが登って行くと山頂に至る。この時の視界はゼロ。

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(↑ひとつめの駐車場)
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(↑ここから箱洞へ)
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(↑ふたつめの駐車場)
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(↑その少し手前からドウノ天井へ)
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(↑ドウノ天井山頂)

 一つ目の駐車場に戻り、箱洞へと降りることにする。最初はヤブ漕ぎだが、それほど苦戦させられる前に枯れた小さな沢筋に出た。その沢筋も下るにつれて広くなってきた。それでもしばらくは水の流れはほとんどない。時々現れる滝で4回ほど懸垂下降した。
 やがて水流も大きくなってきて、水に飛び込んだりと遊べるところもある。途中、左右2条に分かれた滝でも中央の大木で懸垂下降。箱洞を下り始めてからは時々雨が降ったりしたけれど、それもそのうちに止んで後半はすっかり晴れてくれた。

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(↑箱洞への下降)
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(↑沢筋が現れる)
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(↑懸垂下降するK寅さん)
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 そうして、川浦谷本流に出た。対岸に朽ちた遊歩道の石積みが見える。本流を上流側に行けばすぐに銚子洞で、調子滝があるはずだ。川浦谷本流沿いに付けられた遊歩道は最初のうちは左岸右岸と渡り返すようだが、そこに架けられた橋もないし、本流の水量もまだ大したことがないのでそのまま水の中を歩いていく。すると3号橋という吊り橋が現れるので、そこで左岸側の遊歩道に上がった。遊歩道と言っても整備の手が加えられていないのか、ところどころ歩きづらい。
 1号橋を渡った先に閉鎖されたトイレ棟がある。見た目真新しいのだが、一般車がここまで来られるワケではないので閉めているのだろう。そのそばにトンネルがあるのでそこを抜け、車道をどんどん歩いていく。小ツゲ谷を過ぎ、大ツゲ谷に至る少し手前に山の斜面を登って行く新しそうな林道がある。もしかしたらドウノ天井へと続く林道へつながる道なのかもしれない。
 大ツゲ谷を渡った先でゲートがある。このゲートのところまでは一般車も来られる。ゲート脇には鉄扉で閉じられたトンネル入口がある。そういえば昨日、西ヶ洞に入ってしばらく行ったところにもやはり鉄扉のトンネル入口があったのだが、もしかしたらこことつながっているのかもしれない。中部電力の施設らしい。
 さらに林道を歩くと昨日入渓点へ下降していった新深山トンネルに至る。トンネルを700mほど歩き、さらに500mほど歩けば駐車場に帰着する。思っていたより最後の林道歩きは長く感じなかった。ヨセミテ以来、ここのところよく歩いているし。

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(↑川浦谷本流に出た)
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(↑3号橋)
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(↑遊歩道)
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(↑1号橋と閉鎖されたトイレ)
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(↑トイレ棟脇のトンネル)
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(↑大ツゲ谷)
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(↑ゲート。一般車は向こう側まで)
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(↑帰着)

 川浦谷を離れる前に海ノ溝洞の出合いを見てみた。橋から見下ろす海ノ溝は出合いからすごいゴルジュで、果たしてあんなところを突破できるのか。

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(↑海ノ溝洞を見下ろす)
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(↑本流と海ノ溝洞出合)

 郡上八幡方面に移動し、郡上温泉宝泉で疲れを癒す。ジェットバスとラドン風呂が良かった。この温泉施設のそばにある台湾料理店の四季紅へ。量が多くて満足。帰路はずっと私が運転した。日付が替わる前にK寅さんを家まで送って解散。
 西ヶ洞は河原歩きが長くてこれと言って難しいところもないけれど、適度な泳ぎもあるし水の透明度が高いので、興味のある人は訪れてみては。

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(↑郡上温泉宝泉)
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(↑台湾料理四季紅)
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