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糸魚川・明星山P6南壁 墜落事故

2014.09.27()28()

 明星山P6南壁にあるマルチピッチルート「マニフェスト」の登攀中、同行者が墜落、グラウンドフォールし負傷した。

 ケガを負い入院したこともあり、本人の容体などに触れるのは憚られるので書かないが、事故発生時の様子からその後の救助活動について、事故事例の一つとして、他のクライマーへの事故防止の注意喚起の一助となればと思い筆を執る。

 メンバーは私および所属山岳会のAさんの2人。

記録の内容は基本的に私の視点から書いたもの。

 

 

1 行動時間

ただし、時間は概ね

 

9/26()

20:30 都内待ち合わせ

 

9/27()

 

1:00 明星山駐車場到着、仮眠

5:00 起床

5:30 駐車場出発

5:50 小滝川渡渉

6:35 マニフェスト登攀開始

6:40 事故発生

7:45 旅行者に救助要請

8:16 消防へ通報

8:40 私、通報者の元へ

8:45 消防隊員到着

8:55 消防隊員を案内開始

9:40 負傷者を中州に搬送

9:50 ヘリ飛来

10:00 隊員下降

10:20 負傷者をヘリでピックアップ

11:15 救助関係者解散

12:00 所属山岳会に一報

13:00 私、病院到着

21:30 負傷者家族、病院最寄駅に到着

 

 

2 事故発生まで

 前夜都内でAさんと待ち合わせ、私の車で中央道~長野道を走り、日付が替わった深夜1時頃に明星山P6南壁を望む駐車場に到着。テントを張って仮眠。

5時起床、少し明るくなってきた5時半に出発。土産物屋脇から草むらのアプローチ道へ。草むらを通過中にAさんがヘッ電を紛失。草むらをしばらく探すも見つからず。そのうちすっかり明るくなる。

河原に降り立った場所から10mほど上流側で渡渉。深いところで膝上程度の水深で無事に通過。南壁側の小滝川左岸を下流に歩き、南壁基部に沿ってガレたアプローチ道を登る。

フリースピリッツの取付のあたりを確認し、さらに登ってマニフェストやクイーンズウェイの取付のあたり(残置リングボルト2)を確認。

ボルトの5mほど右上のやや平たんなガレ場に荷物を降ろす。

ここで私もヘッ電を紛失したことが判明。河原のどこかで落としたものか。この日の目標ルート・マニフェストは登攀後に同ルートを下降することになっている。

ヘッ電を紛失していないとしても、暗い中を懸垂下降することを避けるため、明るいうちに下山することとし、糸魚川の街で懐中電灯を買えれば買おうという話をする。

天気は晴れ。特に風もなく寒くない。岩はよく乾いている様子。

2人でルート図と実際に見上げた岩壁を見比べる。

マニフェストは、クイーンズウェイと取付きが同じ。左上方遠くに右上する形をしたハングが2段ある。最初のハングを越えたあと、クイーンズウェイはさらに次のハングを越えて左上するが、マニフェストは最初と次のハングの間を右上するものと、ルート図から読み取れる。実際の岩も見て、あの辺りで1P目のピッチを切るのだろうと話す。

主な登攀装備は、ダブルロープ2本、ヌンチャク10数本、カム一式、その他に確保器、スリング、ビナなど。

西面下降路ではなく、同ルート懸垂下降なので下山用のアプローチシューズは持たず取付きにデポする。

サブザック1つに2人分の水・食料と救急用品をまとめ、フォローが背負うこととする。

基本的につるべ登攀することとし、順番については、1P5.10aAさんリード、2P5.10bを私がリードすることとした。

なお、この日マニフェストを登攀した場合、翌日は最初と最後をマニフェストと共用するJADEを登攀する計画であった。

P9270001
(↑早朝の明星山P6南壁)
P9270003
(↑小滝川に降りる)

 

3 事故発生時

 

6:35頃、Aさんのリードで登攀開始。

取付き箇所は、リングボルト地点から5mほど上の荷物を置いた少し平たんな場所。

34mほど直上すると1mほどの垂壁があり、リードするAさんは越えられないようで、その基部を左にトラバースしていこうとしている。そのトラバースが悪いようで、Aさんの動きが慎重になる。いったん右に戻るが、再び左に進みだす。

数メートル左にトラバースしたあたり、左足を置くのも慎重にしているのが見て分かる。私の位置からAさんの姿は左上に見える。

この間、Aさんはカムをセットできるところを探す素振りは特に見受けられず。

 

つぎの瞬間、Aさんが墜落する!

一瞬の出来事であるが、始めは壁のほうを向いたまま直立した姿勢のまま落下する。直後、反転して頭が下となり、岩壁の基部から下に続くアプローチ道のガレ場の上を、頭を下にうつ伏せ(ダイビングするような姿勢)で滑り落ちて止まる。

スラブ状の岩壁の墜落距離が概ね5メートル、その後のガレ場の滑落距離は34メートルくらいか。

1P目を取る前に墜落し、そのままグラウンドフォールしてしまった。

ビレイしていた私のロープが引っ張られることはなく、その前にAさんの身体は止まった。スタート地点から左上に出ていたロープがそのまま左下に向いたという感じ。

P9270006
(↑Aさんの落下地点付近を見上げる。写真横向き)

 

4 セルフレスキュー

 

消防の救助が来るまでを、ここではセルフレスキューとする。

Aさんのグラウンドフォールは一瞬のことで、落下中にAさんの声は聞こえなかった。

私は名前を叫びながらすぐに駆け寄り、うつ伏せに倒れたAさんを抱き起して仰向けにさせる。

Aさんは目を閉じ身体の動きもなく全くの無反応。見た瞬間は、生死が不明だった。私は声をかけ、仰向けにさせながら胸部を押したりする。

直後、Aさんはグ~という大きな鼾のような音を出す。

突然倒れてグーグーと鼾をかき始めたという話を瞬間的に思い出して、脳卒中という言葉が浮かんだ。が、その鼾の音は一度だけで、その後は当初ほとんど呼吸をしているのかどうか分からない感じだった。あとで思うと、鼾のような音は停止していた呼吸が急に回復した音だったと思われる。

Aさんの墜落から呼吸回復までの時間は、駆け寄り抱き起しマッサージまでの一連の動作で、おそらく10秒かもう少しくらいと思われる。

この最初の呼吸音を聞いて、生きていることが分かったが、完全に意識を失っている状態には変わりはない。とにかく声をかけながら胸部マッサージを続け、仰向けに下Aさんの姿勢を手足を伸ばせるように変えていく。

 

以後、声がけはずっと続けていたので記載は省略するが、私は「Aさん」「しっかり」「大丈夫ですよ」などと声をかけ続ける。

ガレ場で足元が安定しないので、ずり落ちないように私はAさんの下側に回り込み身体を支える。

Aさんは最初の呼吸回復後も、当初はほとんど呼吸をしているかどうか分らない状態のため、私は胸部を手で押してマッサージを続ける。10数回押して、押すのを止めた直後はハッハッと浅く呼吸をしているのが見受けられた。

私はAさんのヘルメット、ロープ、ハーネス、ギアラックを少しずつ解く作業をする。ヘルメットは呼吸回復直後にすぐに外してある。一つ外すごとにマッサージを行って呼吸を確認することの繰り返しで行う。あとでクライミングシューズも運動靴に履き替えさせる。

ガレ場で不安定のため、作業ごとに身体を支えたまま位置がズルズルとガレたアプローチ道に沿って下がる。最終的には数10分かけて落下停止地点から10mほど下までガレ場を移動した。

Aさんは舌が落ち込むようなことはなかったが、当初は顔をなるべく横向きになるようにする。口を閉じてしまうので、鼻で呼吸できているのか分らなかったため、何度か手で口を開くようにした。

視認した範囲では、大きな出血はなく、明らかな骨折も無いと思われた。

Aさんの頭の下には、引き寄せたロープの束を枕代わりに当てる。Aさんは呼吸以外にも、手足をわずかにもぞもぞという感じで動かす仕草も時々するようなった。ずっと目は閉じていて声を出すこともない。

 

事故発生からその後発見者が現れるまでの約1時間のうち、呼吸がほとんど分からずマッサージを頻繁に行っていたのを概ね前半とし、呼吸が見ても分かるようになり、後述する受け答えや水飲みなど、当初よりも少しだけ安定した様子を後半とする。

最終位置では、Aさんを支えながらその下のガレ場を足でけり崩して斜めに腰かけられるような形にして横たえる。

後半では胸部が上下して呼吸しているのが分かるようになったため、以後マッサージは止める。それでも気を失わせないように、常時声をかけたり手足や背中をさする。

呼びかけに対し、はっきりとした声ではないがAさんが「はい」と答えることが23度あった。また、目を時々ゆっくりと開閉していた。手で顔を掻くしぐさも。しかし、意思表示はハイの返事以外は無く、半分意識を失う感じで半分寝ている感じに見受けられた。

後半では、プラティパスの水を口に含ませることを試みる。Aさんの口元にプラティパスを近づけるとわずかに口を開くので、間隔をあけて湿らせる程度に何度か飲ませる。

まだ岩場基部に陽が当たる前の時間帯で、Aさんが少し寒がる仕草を見せたので、ダウンジャケットをかけ保温する。

 

後半になると、これらの介抱を続けるのと並行して、今後の救助の方法を考える。

介抱をしながら頻繁に対岸上方の車道を見上げ、通りかかる人がいないかを見る。車道は対岸の50m位上を通っている。

Aさんを運ぶ場合を考え、介抱と並行して、リングボルトを支点にロープを懸垂下降用にセットする(下の河原までまっすぐ降りるにしてもまだ10メートルくらいはガレたヤブの斜面を下りる必要があるため)

また、空にしたザックの伸ばしたショルダーベルトに横木を通して背負子も作る。ひとつやりながらAさんの介抱をするということを繰り返す。

 

救助について当時の考え

自力でAさんを運ぶ、または他人に救助を求める、あるいはそのミックス。

自力でAさんを運ぶ場合に備え、ロープや背負子の用意をしながらも、一方で、無理に背負って運ぶことによるAさんへの負担を想像した。

体重の軽いAさんを力尽くで背負ってガレ場を懸垂下降することは私一人でも可能と思われたが、Aさん側からすると、無理に起き上げさせられ、落ちないようにスリングでぎゅうぎゅうに縛られて、さらにヤブ漕ぎ懸垂下降となっては、Aさんに計り知れない負荷となることが想像された。

河原まで降り立ったところで、さらに渡渉、対岸の車道までのヤブ漕ぎ登りが続き、Aさんへの負担の大きさを考えると現実的ではないと躊躇した。

一方で、ここはヒスイ峡という観光地で、岩壁を眺めて登っているクライマーを見つける観光客がいることも知っていたので、他人に救助を求めるほうが現実的とも考える。

 

これらを考えているちょうどその時に、車道を歩く人の姿を認める。事故発生から約1時間後の7:45頃。

叫びながらAさんの雨具を振り回すと、歩行者が立ち止まってこちらに気づいてくれた。返事の声は聞こえない。その後、その人が腕で丸印を作るジェスチャーをしたので了解したものと分かる。

あとで対岸に戻って聞いたところでは、この発見者は通りかかったフィッシングセンターの管理人の車を呼び止め、管理人が消防に通報してくれたとのこと。通報は8:16

フィッシングセンターは、駐車場から少し先に行ったところにある観光施設。その管理人がちょうど朝やって来たところだったという。

発見してもらったものの、消防隊が土産物屋脇のアプローチを知っているとは限らず、また状況をすぐに伝えるためにも、Aさんを残して一人で車道に戻ることを考える。

Aさんを残していくのは極めて不安であったが、当初よりは容体がほんの少し安定したように見えたので、なるべく早く戻ってことを言い残して、走って戻る。

10分ちょっとで車道に戻ると、発見者(写真を取りに訪れたという旅行者の男性)とフィッシングセンターの男性がいた。聞くと、消防には通報済みで、もうすぐ到着するだろうとのこと。

私はすぐにもAさんのもとに戻りたかったが、消防を案内する必要があるため待っていると、数分後に消防車がやってきた。8:45。糸魚川の消防隊員約10名。警察官もパトカーで一人到着。

消防隊と私は車道から、対岸下方を見下ろして、色の目立つ雨具をかけたAさんの場所を教えると、消防隊は無線でヘリコプターの出動要請をした。

Aさんと私の氏名等を聞かれたので、山行計画書を渡して見てもらう。

私はすぐに消防隊員を現場に案内する必要があるので、発見者には紙に連絡先を書いて私の車のワイパーに挟んでおくようお願いする。また通報者はフィッシングセンターの管理人であることも聞く。

P9270009
(↑対岸の車道から、眼下にAさんのいる岩壁基部を望む)

 

5 消防隊救助活動

 

8:55、隊員一人を連れてアプローチ道を下る。ほかの隊員もその後続く。河原に降りると、登攀に来ていた某山岳会の3人パーティーがいた。

私は上流側の渡渉地点から渡り、ひとまず先にAさんのもとへ。40分くらいその場を離れていたが、反応があることを確認しながら、Aさんに消防が救助に来たと声をかける。すでにガレ場にも陽が当たり出して、Aさんは逆に暑いくらいの様子だった。

山岳会の一人がAさんのもとに付いてきてくれたので、私は対岸にいるままの消防隊のところへ戻る。

私の渡渉地点よりも下流側に大岩の間に、チロリアンブリッジのように残置の固定ロープが張ってあり、そこを渡る準備ですでに消防隊員が集まっていた。

山岳会の人達が自分達のロープでもう1本固定ロープを張りつつ、私はロープにセルフを取って大岩の間に足を伸ばして立つ。

ストレッチャーやAEDなどの機材をリレーで渡していく。その後、隊員が一人ずつロープにセルフを取って渡る際に、間にいる私は隊員のベルトを掴んでひきあげるのを手伝う。

先に渡った隊員は順次Aさんのもとへ行く。6人ほどの隊員が渡り終えたところで私も後を追う。

Aさんのもとに到着すると、先ほどボルトに張った懸垂下降用のロープがすでに真下の河原まで流してあり、Aさんをストレッチャーに載せるところだった。

ベルトでAさんをストレッチャーに固定してから、ロープ伝いに、消防隊員6名、某山岳会および私でストレッチャーを担いで河原まで降ろす。

中州まで運んだところで下すと、Aさんが頭が痛いと訴えたため、一時、隊員が酸素マスクをつけた。

消防隊員から、もうすぐヘリが来るが、風圧で岩壁から落石があるかもしれないので、離れて待機するように指示される。

9:50頃ヘリが飛来する。下流側でゆっくりホバリングした後、上流側に移動しゆっくりと谷間に進入してきて、中州上空で停止すると、隊員2人がホイストで下降。その後、ヘリはしばらく周囲を旋回している。

ヘリが再び谷間に進入してきて、10:20Tさんを乗せたストレッチャーに隊員1人が付いて引き上げられる。続いてもう1人の隊員も引き上げられ、そのまま飛び去って行く。

地上に残る消防隊員らが、我々2人分の装備まで回収して持ってくれて撤収を開始。固定ロープを渡る際に某山岳会の人が再び応援してくれる。山岳会の人達はしばらく河原に残るとのことで、連絡先を聞いてお礼を言う。

消防隊員たちと上の駐車場にあがる。Aさんの搬送先は、富山県内の某病院だと教えてもらった。

待機していた警察官に、事故時の状況を答える。病院搬送後のAさんの容体について、警察宛てに電話をくれるように言われる。

私の車にワイパーに発見者の連絡先メモを見つける。11:15、解散。消防車両、パトカーを見送る。

P9270010
(↑Aさんを中州に搬送後、ヘリを待つ消防隊員)
P9270013
(↑救助のヘリが谷間に進入してくる)
P9270015
(↑隊員2名がホイストで下降してくる)
P9270016
(↑同上)
P9270020
(↑ヘリの隊員が河原に降り立ったところ)
P9270023
(↑上の駐車場で解散後、消防車が帰っていく)
P9270025
(↑明星山P6南壁を望む。写真横向き)

 

6 病院

 

私は病院に向かう前にフィッシングパークへ寄り、お礼を言う。管理人は、発見者に呼び止められた時の様子などを話してくれた。

駐車場付近は電波が入らないため、車で国道に出てから所属山岳会の下山連絡担当者に事故一報を電話する。Aさんの家族への連絡は、私が病院に到着して状況を確認できてからとした。

13時頃、北陸道経由で富山県内の某病院に到着。病院の受付で、健康保険証が無いか聞かれるが、Aさんの手荷物の中には見当たらず。AさんはICU(集中治療室)に収容されているとのこと。

病院側からAさんの家族へ電話するとのことで、緊急連絡先の電話番号を伝える。病院側が電話した時点で留守だったが、警察からすでにAさんの家族宛てに電話がいっており、その後、家族と病院間で連絡が行われた模様。

看護師によると、緊急に手術が必要になる場合に備え、家族が病院に直接来る必要があるとのこと。看護師から、それまでの間、私は控室で待機するように言われる。

その後、私もAさんの家族と電話連絡がつくようになり、家族の人は今夜中にこちらに到着するとのこと。

家族の人が今夜到着する見込みとのことから、私は夕方に控え室を退室する(控室で待機中に、室内のテレビで御嶽山噴火のニュースを知る)

P9270029
 
 

(↑御嶽山噴火を知らせるテレビのニュース)

家族到着までの時間、私はごちゃごちゃになったままのロープなどの装備を整理したり、近くの銭湯に行ったりして過ごす。

21時半、家族から病院の最寄駅に到着したと電話があり、車で迎えに行く。Aさんの家族が、Aさんに面会して医師から説明を受けている間、私はロビーで待機。

面会終了後、Aさんの容体について警察が連絡を求めていることから、家族から警察に電話する。

待機中の昼間、所属山岳会に事故一報を入れておいたところ、会員のBさんからメールがあった。Bさんはごく最近白馬に引っ越したばかりなのだが、明日は時間があるので病院まで応援に行けるとのこと。ありがたくお願いする。

この日の夜は、家族の人は控え室で泊まることにして、私は某所で車中泊。

 

28()、応援に来てくれたBさんを含め家族の人と3人で再び集まって相談する。午前中の面会を終えた家族の人にAさんの様子を教えてもらう。AさんはICUに収容中で、家族でも面会時間が限られることから、昼ごろに解散することとなった。明日再び検査があるとのことから、家族の人はもう一晩泊まるとのこと。

 

以上、家族以外の部外者は、Aさんとの面会や容体等のプライバシーに立ち入れないこともあり、Aさんが病院に収容され、その後家族が病院に到着して医師と会ったことをもって、事故発生以降の区切りとした。

 

 今回の事故については、所属山岳会に対し、事故報告書を作成して、その中で事故発生時の状況からその後の救助活動、さらに考えられる事故原因について報告しているところである。

 よって、このブログで事故原因の考察は書くことはしないが、今回、カム等で1ピン目をセットする前に墜落してグラウンドフォールしたことから、たった一言で書くとすると、当然のことであるが早めにランナーを取らないといけないということだけを申し添えておく。

とにかく今はAさんの一日も早い回復を願うばかりである。

 

 

 

解散後、御嶽山の麓へ

 28()昼に解散し、私はこの日のうちに車で東京に帰ることにした。御嶽山噴火のニュースを聞いていたので、帰る道すがら、御嶽山の近くを通って帰ることにした。富山県内から岐阜高山経由で延々と下道を走って行ったので、とにかく時間がかかった。

高山から国道361号線を走り、御嶽山の麓の開田高原に至る県道20号線の分岐に至ったのは陽が御嶽山に隠れた日没後で、夕闇が迫るころだった。

ここでは御嶽山に向けて望遠カメラを向ける人がいて、話しかけると、噴火当日の昨日よりは噴煙が減っているとのこと。某テレビ局の取材班も居合わせて、近所の男性と話していた。聞くと、この男性は御嶽山が昭和54年に噴火した時も目撃していて、その時撮影した写真を見せてくれて、噴火の様子を話してくれた。

山頂付近では大勢の登山者が噴火に巻き込まれて犠牲となり、消防や自衛隊が決死の救助活動を始めているところであったが、噴煙を上げる御嶽山をこうして皆で眺めていると、夜の闇が少しずつ訪れる中とても静かだった。犠牲になった多くの方々に合掌。

 その先の展望のきく道路脇では、いよいよ闇に包まれていく御嶽山を撮影するカメラマンの姿が何人もあった。

P9280034
(↑噴煙を上げる夕暮れの御岳山を望む)
P9280035

P9280041
(↑月と御嶽山。写真横向き)

 御嶽山を離れた後は、再び下道を延々走って、伊那ICから中央道へ。辰野SAで夕食。龍王らぁめん(半ライス付)760円。帰宅したのは日付が替わる頃。

以上。

Img_0701
(↑龍王らぁめん)

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