雪山登山

北ア 白馬岳主稜

2014.05.03(土)~04(日)
 ゴールデンウィークの後半、北アルプスは白馬岳主稜を登ってきた。
初日は天気が崩れてきた中でⅢ峰付近で幕営し、翌日に快晴のもと山頂に抜け、大雪渓から下山した。
 トレースがずっとついていて、山頂直下でもロープを出すことなく、快適に登ることができた。
 同行者は、今年何度かクラックに一緒に行った北アの某山小屋で働くY和さん。

 金曜日夜、登山装備を積み込んだ車でY和さん家まで迎えに行き、中央道経由で白馬岳の登山口猿倉を目指す。高速道路はGW後半を迎え車が多い。Y和さんと運転を交替しながら、長野道の安曇野IC(旧豊科C)で降りて、日付を回った土曜日未明の1時過ぎに猿倉の駐車場に到着。100台くらい停められそうな駐車場に数十台の車が停まっていてテントも張ってある。我々もテントを張り、軽くビールを飲んでから2時頃に就寝。

■5/3(土)
 テントの外が騒がしくなってきて6時前に起き出す。駐車場の中にテントを張っているから、後からやってくる車のことを考えるとずっと張っているのもマズい。
 ヤマテンの天気予報では、この日は昼ごろから風が強まり、雨雪に見舞われるらしい。雨は止んでも午後から翌朝まで強風が続く見込みらしい。しかし、明日は回復するとのことだった。
 そこで、初日は主稜を登れるところまで登ることにした。インターネットの記録を見ると、Ⅲ峰付近にテントを張れるらしいことから、そこまで行くのが今日の目標だ。そこでテント泊して、天気が回復した明日朝に頂上に抜けるという算段だ。
 そのため、テントや寝袋などの宿泊装備、一晩分の共同食や炊事道具を用意。登攀具は、ピッケルにアイゼン、ハーネス、ヘルメット、確保器・カラビナ・スリング適宜、バイルも。

 雪山に入るので、お互いビーコンを装着して送受信のチェックを行う。大雪渓では雪崩の事故が多く発生しているし。6時50分頃に駐車場を発つ。猿倉荘の前を通り過ぎ、雪に埋まった林道を歩いていく。1時間以上歩いただろうか、大雪渓の入口が見えてきた。右手に見えるのが目指す白馬岳主稜だ。大雪渓の上を歩いている多くの登山者の姿が見え、主稜に取り付いているパーティーもいくつか見える。人気ルートだからやはり人が多い。
 小休憩してから我々も主稜に取り付く。尾根のほぼ末端から取り付いているらしいパーティーもいたけれど、我々は少し上の側面の傾斜の緩そうな雪面を選んで取り付く。というか、先行Pのトレースがあるのでそれを辿るだけだ。中には、もっと上の急な斜面に取り付いて岩場で行き詰まって降りてくる人もいた。

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(↑猿倉荘)
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(↑白馬岳主稜へ)
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(↑尾根に取付く)
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 まずはⅧ峰を目指して、何百メートルかの長い登りが続く。今のところまだまだ天気は良い。他のパーティーと前後しながら雪の斜面を登っていく。天気の良い中、ひさしぶりにこうして雪山を歩くのは気持ちいい。途中、ブッシュが現れているところを通過して、なおも雪面を登っていく。暑いくらいなのでジャケットは着ない。雪は日差しを受けてグサグサに柔らかくなっている。
 やがてピークっぽいところに至る。この辺がⅧ峰だろうか。少し行くと、下りてくる2人組と会った。聞くと、この先に露岩があり、そこを登れそうもないので引き返してきたのだと言う。登っていくと、彼らが言っていたらしき露岩があった。数メートルほどの岩場だ。グレードにしたらⅢ級もないようなところだ。それでも脆そうな石を手で叩いて確かめながら各自登った。今回、Y和さんに終始先頭を歩いてもらったが、この何でもない岩場だけは、いちおうクライミングしている私が先に登った。ロープは出さず。

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(↑露岩を登るY和さん。写真横向き)

 雪稜上をずっと歩いていく。山の上のほうは雲に隠れている。風も強くなり寒くなってきたのでジャケットを着込む。稜線上はナイフリッジというほど両側が切り立っている感じではないが、ばっちり付いているトレースを忠実にたどって行く。ピークらしきものをいくつも越えていったが、どれが何峰なのかはよく分らない。
 それまで快適に歩いていたのだが、標高2,000mを超えたくらいからだろうか、少しずつ息が上がってきて歩くペースが落ちてきた。大した標高ではないのだが、空気が薄くなってきて身体が重くなってきたらしい。昔は北アルプスなど3,000m級の縦走をしていたけれど、そんなところに滅多に行かなくなった今、これくらいの標高で息が上がってしまうのが情けない。数日前に早月尾根から剱岳を登ってきたばかりのY和さんは高所順応がばっちりできていると言って、変わらないペースで登っていく。
 辺りはすっかり雲の中に入ってしまった。ポツポツと雨か霙が降り出してきた。途中、休憩しているパーティーがいて、どうやらこの辺りでテントを張るようだ。

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(↑写真横向き)
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(↑ガスってきた)
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 先を歩くY和さんと距離が開いてきた。やがて傾斜が緩んだところに至るとテントが張ってあった。先行Pのテントらしい。男性3人のようだ。その隣りではY和さんがすでにテントを張る場所の整地のためスコップで雪を掘っている。13時くらいだったろうか。雨交じりの風の中、風を少しでもよけるために下に下に雪を掘っていく。1mくらい掘り下げたところでテントを張り、スノーバーなどでテントの綱を張る。

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(↑テント場の雪を掘る)

 テントの中に入ると風が避けられ、まずはホッとする。14時頃。装備を解いて、まずはお湯を沸かす。濡れた服から蒸気があがる。雪を入れた土嚢袋から雪をすくって鍋の中に入れ水を作る。雨に降られたのは短い時間で、再び山頂方面も見えるようになったけれど風は強い。暗くなるまで時間がある。しばらくお茶を飲んだりお菓子を食べたりしながら過ごし、夕方が近づいてきてからお酒を飲み始める。Y和さんが用意してくれた夕食を食べる。
寝不足と疲労から19時頃には寝袋に包まる。今使っているものよりは薄い古い冬用寝袋だったけれど、ガタガタ震えるような寒さではなかったのは良かった。夜中、風は強かったのでテント生地が頭に当たって鬱陶しかったけれど。
 深夜1時頃にトイレのためテントの外に出たときは、空は晴れ渡り星空が広がっていた。これは明日の登山が楽しみだ。

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(↑夕方の山頂方面)
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(↑杓子岳)

■5/4(日)
 3時20分にアラームが鳴って起床。お湯を沸かして朝食を済ます。外が明るくなってくる。快晴だ。起床から2時間ほどで出発。ここにテントを張った2パーティーはまだ出発準備中だ。Y和さんを先頭に稜線を歩いていく。前日はグサグサだった雪は凍って固くなっており、アイゼン、ピッケルがしっかり刺さり歩きやすいことこの上ない。

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(↑朝日。テントは別パーティーのもの)
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 1時間ほど歩いたⅡ峰付近にテントが1張りあり、出発の準備をしているところだった。彼らを追い越したことで、この日この先頂上までは誰もいなさそうで、我々が先頭になった。あまりにも快適で歩きやすいので緊張感がない。1晩泊まって、私もこの高度に身体が慣れたようで、おしゃべりしながら登っていく。

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(↑Ⅱ峰付近のテントを見下ろす)

 頂上直下の雪面がいよいよ近づいてきた。支点の取れる露岩から55~60mで山頂に抜けられるとネットの記録にはよく書いてある。ここでロープを出すことが多いようだが、私もY和さんも見上げたトレースの斜度の緩さを見て、ロープを出す必要はないね、ということになった。トレースは山頂直下の雪庇の右側に付けられていた。露岩にはハーケンが打たれていて、ロープを出す場合はここでビレイできるようになっていた。

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(↑山頂直下のビレイ支点のある露岩)
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(↑ハーケンが打ってある)

 ロープは出さないけれど、ここでバイルを出してダブルアックスでザクザクと登っていく。雪庇の切れ目からあっさり山頂に抜ける。ロープもスノーバーも全く使わなかった。

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(↑撮影のためバイルを大げさに振り上げてもらった)
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(↑雪庇の抜け口から主稜を見下ろす)

 抜けたところから標識の立つ山頂まで50mほど歩く。山頂に出た途端、強い風が吹いていて寒い。それまでが無風みたいなものだったので余計寒く感じる。山頂には登山者が何人もいた。見渡すパノラマは素晴らしく、特に剱岳がカッコいい。記念写真を撮る。

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(↑剱岳)
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(↑山頂にて私)

 強風で寒いので早々に下山を開始。少し降りると白馬山荘があったので、アイゼンを外して中に入る。中に入る際に、前日主稜を登ったという男性が話しかけてきた。天気の悪い中山頂に抜けたそうだ。そういう意味では、天気の良い時を選んで行動し、悪い時はテントの中にいた我々の判断は正解だ。長めの良い中、歩きたいからね。
 山荘の中では山スキーヤーの人達が出発の準備をしていた。ビールが売っていたので完登祝いに飲むことにした。ヱビスビール500ml缶800円を二人で分ける。美味しい。時刻は朝の7時半。朝っぱらからビールを飲むなんていつ以来だろう。

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(↑白馬山荘)

 30分ほど休んでから下山開始。途中、村営頂上宿舎というもう一つの山小屋はまだ閉まっていた。ここから大雪渓へと下っていく。降りるにつれて気温が上がっていくのか、暑くなって途中でジャケットを脱ぐ。

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(↑大雪渓を降り始める)

 大雪渓を降り始めてまだ10分くらいだった辺りだろうか、雪面に広く血の跡が広がっている。何か事故があったようだ。そういえば、今朝主稜を登っているとヘリコプターが頻繁に飛んでいるのが見えた。私はGWだから登山客の様子を撮っているのではと言ったが、北アの山小屋で働くY和さんはその様子に何かあったのではと言っていたのだが、そのとおりだったようだ。
 近くにピッケルが一つ落ちていて、拾い上げるとピッケルにも血痕があった。どうしたものか迷ったけれど、このままここに置いていくのもマズいので、下まで持って行くことにして私のザックに留める。猿倉荘で預ければ良いだろう。少し下ると再び雪面に血痕があり、辺りに菓子パンがいくつか落ちていた。やはりただ事ではないようだ。これらのパンはY和さんが持ってくれた。

 どんどん大雪渓を下っていくと、下から登ってくる人たちとすれ違う。その多くが板を持っている。スキーヤーかスノーボーダーがほとんどだ。そのとき、誰かが「落石~!」と叫ぶ。左後方を振り返ると、後方の岩場の斜面から落ちたらしい岩が音もなく雪面を転がり落ちてくる。大きさはデイパックくらいだったろうか、途中で止まった。大雪渓では大岩が直撃する死亡事故も発生しているが、雪の上を転がり落ちてくる岩は音もしないので気づきにくいだろう。特に下に向かって歩いていたら、後ろから落ちてくる岩にまったく気づかないかもしれない。

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(↑大雪渓を登っていくスノーボーダーたち)
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(↑白馬岳と飛行機)
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 はるか下方に白馬尻が見えてきた辺りで休憩を取る。ほかにも登山中のスキーヤーらがたくさんいる。その中に、Y和さんが以前所属していた山岳会の人達もいた。白馬尻の辺りまで降りてくると昨日登った主稜を登っている人たちが米粒のように眺められた。林道のトレースをずっと歩いていき、10時半頃に猿倉の駐車場に帰着した。

 拾ったピッケルを預けるため猿倉荘に赴くと、建物の前のテーブルに男の人達がいた。遭対協の人達らしく、登山届の受け付けなどをしているようだ。彼らにピッケルを預けると、遭難事故があったと教えてくれた。2人パーティーのうち一人が亡くなったという。このあとネットのニュースを見て事故の概要を知ったけれど、その亡くなった人がピッケルの持ち主がだったようだ。合掌。

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(↑帰り道、カタクリがたくさん咲いていた)
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(↑この花の名前はなんだろう)

 車で大町方面に車を走らせる。湯~ぷる木崎湖という温泉施設で登山の疲れを癒す。北大町駅近くにある鹿肉料理のお店は満席で食べられなかったので、大町駅まで移動して昭和軒というお店でソースかつ丼を食べた。ツーリングマップルに載っているお店だからか、ライダーの客が多かった。注文してから料理が出てくるまでえらく長く待たされたけれど、満腹になった。

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(↑昭和軒。写真横向き)
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(↑ソースかつ丼。写真横向き)

 さて、GW後半4日間のうち、2日間をこうして白馬岳主稜で遊んだ。残りの2日間は別のところで遊ぶのだが、雪山でひと仕事終えた我々は乾いた岩場でクライミングすることにしている。安曇野ICから小淵沢ICまで高速に乗り、小淵沢ICすぐそばにあるスーパーで買い出しをしてから今夜の寝床となる道の駅南きよさとへ。ここに泊まるということは、翌日行く岩場はだいたい想像がつくだろう。道の駅ではたくさんの鯉のぼりが空を泳いでいた。

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(↑道の駅南きよさと)

 駐車場の隅にテントを張って、お酒を飲んでいるとすっかり夜になった。メールで連絡があったHUさんが車でやって来た。HUさん曰く、明日は午後から天気が崩れる予報だから、雨に比較的強い湯川に行ってクラックしようかという話しになった。HUさんはしばらくいたあと、別のところに泊まっているはずの所属山岳会の人達に顔を出すべく再び車で出ていった。疲労でとろとろと眠いので寝ることにした。
 翌5日の早朝、メールチェックすると昨夜会ったHUさんからのメールが届いていた。急用のため東京に帰るとのこと。ということで、湯川行きは白紙にして、改めてこの5日の行動をY和さんと相談する。つづく

谷川岳 天神尾根 雪山登山

2014.01.25(土)~26(日)
 谷川岳の天神尾根を歩いてきた。
ロープウェイで天神平に上がり、山頂まで天神尾根を往復するだけなので日帰りで行けるコースなのだが、雪洞を掘って泊まるというのが今回の山行のコンセプトだったので、わざわざ1泊した。
 当初の計画は、初日に天神尾根の途中で泊まり、翌日に山頂を経て西黒尾根を下降するだった。結局、西黒尾根の下降は見合わせて、天神尾根往復のお気楽スノーハイキングに変更して、雪洞を掘ってワインを飲むという宴会山行となった。
 同行者は、所属山岳会のHさんとS幡さんと私の3人。昨年の残雪期に、遠見尾根から五竜岳を登ったり、小池新道の途中敗退後に西穂を登った際に雪洞を掘ったりした顔ぶれだ。

■01/25(土)
 前夜の金曜日の夜に待ち合わせ、私の車で関越道から一路土合を目指す。土合駅でステビバ。駅舎待合には他にも登山者が寝ていた。軽くビールを飲んで深夜2時頃に就寝。

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(↑土合駅)

 ロープウェイは7時から運行を開始するらしい。谷川岳ロープウェイの山麓駅であるベースプラザの立体駐車場に移動する。駐車料金は1台1,000円。出発前の段階で、天神尾根を下降しないことにしていたので、使わない装備を車に置いていく。ロープウェイ乗場にはスキーヤーやスノーボーダーの姿があるが、多くはない。まだ朝早いからだろうか。

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(↑ロープウェイから)

 ロープウェイに揺られて天神平に上がる。天気は上々。予報では気温が高くなるらしく、夜から天気が崩れて明日は雪模様らしい。ロープウェイが登っていく右手に見える尾根は田尻尾根だろう。
 雪洞を掘って泊まる場所は、天神尾根の途中にある熊穴沢避難小屋付近の予定だが、そこまでは1時間ほどでついてしまうようなので、そこに余計な荷物をデポして、今日のうちに山頂を往復してくることにした。それでも時間が余りそうだ。
 天神平のスキー場はまだ朝早いとはいえスキーヤーの姿が少ない。こんなんでスキー場の経営は大丈夫だろうか。私は谷川岳の山頂を踏んだのは一度だけで、2年半前の2012年7月末に魚野川万太郎沢を遡行して谷川岳の山頂に初めて登った。その時は西黒尾根から下山した。天神平そのものは十何年前のスノーボードをしに一度来たことがあり、それ以来だ。
 天神平から谷川岳の双耳峰、トマノ耳とオキノ耳が見える。日帰りで行けるくらいだから遠いようには見えない。スキー場の脇から山頂に向かってトレースが付いていて、我々の他にも何人も登山者の姿があった。スノーシューを履いている人が結構いるけれど、トレースが付いているのでスノーシューを必要とするほど雪に沈むようなことはない。

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(↑天神平から山頂を望む)
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 緩いアップダウンを経て1時間ほどで熊穴沢避難小屋に着く。まだ9時半頃。小屋そのものは雪の下に埋まっており、雪に穴が掘られて小屋の入口が現れていた。入口の扉は鍵がかかっておらず、中を見ると四周にベンチ状に座るところがあり、中央が土間になっていた。避難小屋なのだから、もちろんここでも泊まれる。

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(↑熊穴沢避難小屋が覗いている)

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(↑小屋の中)

 ザック丸ごと残して、ウエストバッグ一つくらいのほとんど空身で山頂を往復することにする。ここまではツボ足とストックで来たけれど、ここからはせっかく持ってきたのでアイゼンとピッケルで行くことにする。
 荷物が軽いので俄然足が軽くなる。他の日帰り登山者の姿も多い。今日は天気が良いので登山日和だ。左手の谷には関越トンネルの換気塔が見える。群馬県側の換気塔のはずだ。肩ノ小屋が見えてくるとあっけなくトマノ耳に到着。そこからオキノ耳もすぐだ。山頂からは万太郎沢が見え、新潟県側の換気塔が見える。2年半前に遡行した沢だ。なつかしい。そういえば一緒に遡行を共にした人は、その後別の山で逝ってしまった。
 近くには白毛門が見え、上州武尊も見える。反対側は平標山方面が見え、遠くに見えるのは浅間山だろうか。良い眺めだ。

 荷物を残した熊穴沢避難小屋近くに戻ったのは13時半頃。まだまだ時間が早いので、雪洞を掘る時間はたっぷりある。小屋が丸ごと埋まっているくらいだから積雪は結構あるはずだ。雪崩埋没時の捜索用に持ってきたプローブを雪面に刺してみたが、確かに積雪はそこそこあるようだ。
 雪洞を掘る場所は、避難小屋から山頂側に50mほど行ったところのトレースから右手に少し寄ったところの斜面とした。樹林帯を出たあたりだ。
 ゴム手袋をはめてスコップを持ち、いざ雪洞掘り開始。まずは入口とするあたりを見定め、雪をどんどん切り崩していく。ある程度垂直面を切り出したら、入口となる横穴を掘り始める。1mほど掘り進んだところで、居住スペースとなる部分を作るため、左右にも掘り広げていく。途中から灌木の枝が雪の中からたくさん出てきた。枝が邪魔で掘るのが捗らない。奥に掘り進むにつれて、雪の下の斜面も上がってくるようで現れてくる。ある程度奥行きが確保できたので、足を伸ばして寝られるように左右に掘り進む。出てきた木の枝はぼきぼきと折れるものは折っていく。半分凍っているのか細いものは折りやすい。天井付近には直径10㎝ほどの太い木が現れ、これはさすがに折れないし、のこぎりもないのでそのまま残すことにした。真上の雪は結構な厚みがあるので、天井を切り崩して天井高さを確保する。枝がたくさん出てきてしまい、中で過ごせるだろうかとちょっと心配しながら掘り進んだけれど、3人で力を合わせてそれなりの雪洞を完成させた。3人用テントよりは広いくらいだ。銀マットを敷きつめ、荷物を持ち込む。入口はツエルトで塞ぐ。天井に現れた木は、梁が現しになってちょっとログハウス風かも?

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(↑雪洞を掘るH幡さん)

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(↑木の枝がたくさん出てくる)

 一応の完成を見たのは15時頃。ということは、結構苦労したので時間がかかったと思ったけれど、1時間半もかからなかったようだ。まだまだ外は明るく風もないので寒くない。そこで、雪洞の入口前に雪でテーブルをこしらえて完成祝いに明るいうちからお酒を飲むことにした。尾根の東側に掘ったので、西側が見えないけれど、上州武尊を眺めながら、テーブルの上に持ち寄ったお酒やおつまみを並べていく。3人とも皆ワインを持ってきており、S幡さんなどはペットボトルに移し替えて持ってきていたけれど、私は瓶のまま持参。
 特別高いワインを買ってきたワケではないけれど渋くて美味しい。チーズも美味しい。Hさんがホットワインというのを作ってくれた。沸かしたワインに焼いたレモンやオレンジ、ドライフルーツなど、それからスパイスを入れた飲み物だ。これは身体が温まる。周りにいくらでもある雪をどんどん溶かして水も作る。

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(↑ワインほか)

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(↑Hさんが作ったホットワイン)

 それでも外で1~2時間も座って過ごしていると、陽も陰ってきたのか寒くなってきたので、雪洞の中に入ることにした。
 外気から遮断されて雪洞の中はそれほど寒くない。が、寒がりの私は一度冷えた身体がなかなか回復しない。外で食べたおつまみでもそれなりにお腹は満たされたけれど、夕食はHさんが用意してくれたキムチ鍋で、これまた美味しくて十分満腹になった。雪洞の中でガスの火を点けると、梁にした木から滴が垂れてくる。
 お酒も飲んでご飯も食べると眠くなってきた。寝袋に入って横になる。3人でちょうどぴったりの広さだ。雪洞の中は零度までしか下がらないとか言うけれど、確かにダウンを着たまま登記用のシュラフに入ると十分すぎるほど温かい。というか暑くなってくるので靴下を脱いだりした。真夜中に外にトイレに立った際は星空が見えていた。

■01/26(日)
 今日は天神平に戻って下山するだけなので時間は余り過ぎるほどある。それでもいつまでも横になっていられないので6時半頃には皆起き出す。朝食はこれまたHさんが用意してくれた雑炊。昨夜は食べ過ぎたので朝は軽く食べるくらいでちょうど良い。
 朝食を済ませると、荷物をまとめて出発の身支度を整える。雪洞の外に出ると雪が降っていて風もある。アイゼンにストックで歩き始める。降雪で前日のトレースがほとんど消えているけれど、なだらかな稜線歩きなので問題はない。時々深いところを歩くと言ってもヒザ下くらい。1時間ほど歩くと天神平のロープウェイ駅が見えてきた。少ないけれどスキーヤーもいる。まだ朝と言える時間だったけれどロープウェイに乗って下山することにした。

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(↑朝、雪洞を出る)

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 すぐに高速道路に乗ったので、昼頃に東京に着いた。HさんとS幡さんを送って解散。午後半日空いてしまったけれど、帰宅して濡れたものを干して洗濯も済ませると、外の天気が急に崩れてきて寒い風が吹いてきた。登山そのものは書いてきたように少ししか歩かない楽チンなものだったので、すごく疲れたということはないけれど、なんだか外出するのが面倒になり自宅の中でだらだら過ごすうちに夜になった。
 ということでお気楽登山ではあったけれど雪洞泊ができたのは良かった。2014年を迎えて最初の1か月、前週までフリークライミングも結構行けた。二子で穴ムジ5.12cも登れたし。さて、来月は?。日記の更新はしばらく間が空くと思うけれど、また書こう。

北ア 4/27槍ヶ岳(小池新道 途中敗退)・4/28西穂高岳・4/29右俣谷(滝谷出合手前まで)残雪期登山

2013.4.26(金)夜~29日(月)
 ゴールデンウィークの前半、所属山岳会の人達と北アルプスの槍ヶ岳を目指した。
しかし、大量の降雪のため、槍ヶ岳には遠く及ばず初日での敗退となった。
残った日数で、西穂を登ったり、槍平に至る右俣谷を歩いたりした。

想像以上の降雪で撤退は仕方ないけれど、余力を相当残して終わってしまったので、不完全燃焼の山行となったのは残念。

 さて、先々週に北ア五竜岳の遠見尾根に登ったけれど、これは会に入会して1年未満くらいの人達に雪山登山を体験してもらうという企画の一つで、今回の槍ヶ岳登山はその総決算となる計画だ。
 人数が多いので、3パーティーに分かれ、一つは上高地から横尾尾根を経て槍ヶ岳を目指し、もう一つは新穂高から中崎尾根を経て槍ヶ岳を目指す。私のいるパーティーは、新穂高から小池新道~双六岳~西鎌尾根を経て槍ヶ岳を目指す距離あるルートだ。

■4/27(土) 小池新道で敗退
 前夜、車3台に分乗して各車北アルプスに向かう。上高地から入山する横尾尾根パーティーのメンバーを沢渡(さわんど)で降ろし、新穂高にある深山荘の無料駐車場へ。天気予報では今夜から明日27日にかけてかなりの降雪があるとのことで、すでに雪が舞っている。安房トンネルを抜ける道中もうっすらと雪が積もりつつあり、すでにノーマルタイヤに替えてしまっていたので、慎重に運転する。
 雪の降る中、中崎尾根Pと西鎌尾根Pの計10人で、テント泊と車中泊に分かれ仮眠。

 翌27日朝、少し雪が積もっている中、荷物をまとめ出発。中崎尾根に向かう5人Pとすぐに別れ、我々小池新道~西鎌尾根Pの5人は左俣谷に入って行く。S藤さんをリーダーに、HGSさん、S旗さん、N島さん、私の5人。

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 ヤマテンの予報では30㎝くらい降雪があるとのこと。降りしきる雪の中、確かにそれくらいの雪が新たに積もっている感じだ。先行するスキーヤーのパーティーのトレースと辿りながら、中崎橋、わさび平小屋と過ぎていく。林道が中崎尾根側に渡る橋のところでスキーヤー達が立ち止っている間に、我々は小池新道方面の雪面に入って行く。小池新道といっても、夏道が分かるわけはなく、深雪をラッセルしながら進んで行く。ラッセルの深さはヒザどころではなく、腿さらに腰くらい。ある程度ラッセルすると先頭は疲れるので、順次2番手が先頭になってラッセルを繰り返す。
 最初の休憩は歩き始めてから2時間後だったけれど、深いラッセルが始まってからは全員で休憩を取るということはせず、先頭ラッセルを終えたものは休憩してから列に追い付くという形になった。

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 ガスっているので遠くが見渡せないが、時々ガスが薄くなった際に見える遠方の地形や、地形図とコンパスから判断して進む方向を判断する。
 ワカンを持ってきていなかったのだが、あってもなくてもあまり変わらなかったかも。それよりもストックは大いに役に立った。ピッケルよりもストックを前方に刺してそれを引き寄せるようにすると次の一歩を出しやすい。
 途中、デブリの上を通過した。冷静に考えれば、降雪中はもっとも雪崩の危険が高いのは雪山に入るものの基本。
 地形図を見ながら、秩父沢があるらしき凹状部を通過する。左手の山側斜面からいつ雪崩が襲ってきてもおかしくなかったのだろう。
 秩父沢を過ぎ、ほぼ真北に進路を取りながら小池新道があるはずの前方の沢に入って行く。もちろん雪で覆われている。沢の最底部を行くのではなく、左斜面側を辿って行った。
 プロトレックで高度を見ると1時間で100mほどしか上がっていない。この積雪のラッセルではなかなかはかどらないのは仕方ない。

 午後2時頃、標高1,900m付近の左斜面岩場基部で、リーダーが撤退の判断をする。当初の予定では双六小屋まで行くはずだったが、それどころではなく、今日中に鏡平まで行けるかどうかも難しい。しかも、鏡平に至るには夏道では、前方の大きな沢を西から東へとトラバースするように上がっていくことになる。雪崩が危険だ。3日間の日程では、頑張れば双六小屋くらいは往復できるかもしれないが、槍ヶ岳は無理だろう。
 リーダーのS藤さんは、ラッセルしながらも様々に考えていたはずで、これ以上前進すべきか引き返すべきかというところで撤退の判断をしたわけで、ここはもちろんリーダーの判断を尊重して下山することにする。
 少し前に付けたトレースも新たな降雪で埋まりかけている。うっすらと残るトレースを目で追いながら進んで行くも、途中でトレースが途切れていた。どうやら雪崩れてトレースが埋まったようだ。少しラッセルするとまたトレースが現れる。規模の大小はあれ雪崩が頻発しているのだ。少しずつ天気が回復してきて、視界がきくようになってきた。振り返って下りてきたトレースを見ると、つい5分ほど前に付けたトレースが雪崩れて消えている。
 下って行くと、横切る右手斜面の沢という沢から雪崩れたデブリが堆積している。小さなものなら巻き込まれても埋まることはないのかもしれないが、大きな雪崩跡はトレースのずっと下まで続いていて、そのボリュームも大きい。これに巻き込まれていたら完全に埋没していてもおかしくない。
 雪崩れた瞬間をみることはなかったけれど、登ってくる際に付けたトレースが随所で埋まっているのを見て、あそこまでラッセルして登っただけでも、雪崩の危険の中、十分だったのだろう。
 下山後に知ったのだが、この日北アルプスでは白馬岳の大雪渓で雪崩遭難事故は発生したり、横尾から先では入山規制をしていたそうだ。

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 わさび平小屋の前に着いた頃には空が晴れてきていた。今日はここでテントを張る。

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 テントの中で話し合って、今後の行動を相談する。とりあえず再び小池新道を辿るという選択肢は無くなった。明日早々に新穂に下山して解散という雰囲気になってきたのだが、まだ槍ヶ岳を目指して登っているはずの中崎尾根Pや横尾尾根Pもいて、計画では彼らも29日には新穂に下りてくるのだ。
 残り2日間をどう過ごそうかと相談して、このまま東京に帰るのはもったいないと考えていた私は西穂に行こうと提案した。これにHGSさんとS旗さんが乗ってくれたので、急きょ西穂に転進する計画を決めた。
 西穂そのものは、5年前のやはりゴールデンウィークに滝谷4尾根を登った後に西穂まで縦走したことがある。今回、好天は確実だし、他の登山者もロープウェイを使ってたくさんいるだろうから、槍ヶ岳に比べたら本当にお気楽スノーハイキングになるのは分かっていたけれど、槍ヶ岳に行けなかった悔しさを少しでも薄めるため、高いところに行きたかったのだ。

■4/28(日) 西穂高岳登山 & 雪洞掘り
 西穂ロープウェイが動き出すのは8時くらいだろうと考え、4時に起床に朝食を済ませ新穂まで下山する。S藤さんとN島さんはこの日のうちに東京に帰るとのこと。
●西穂へ
 にわかリーダーの私とHGSさん、S旗さんの3人は、動き出したロープウェイに乗り込む。登山者姿のほか、普通の格好をした人達もたくさんいる。前日の降雪が一転、空は晴れ渡っている。ロープウェイからは前日ラッセルした小池新道のある谷が眺められる。遠方からも雪崩れた跡があるのが分かる。やはり危険地帯の中にいたのだ。
 2つのロープウェイを乗り継いで山頂駅へ。そこから小1時間ほど歩いて西穂山荘に到着。山荘前にはテントがいくつも張られ、登山者でごった返している。

 テントや寝袋など不要な装備を袋に入れて山荘前にデポして、西穂山頂までの往復に出発。多少風はあるけれど、荷物は軽いし、晴れ渡っているし、本当に気楽は山歩きで、春山ジョイっていう感じだ。

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 1時間ほどで独標に到着。西穂まで行かず独標で引き返す登山者が多いようだが、西穂方面に行く人ももちろんいた。独標北面が危険という情報が独り歩きして、ここから先に足を延ばすのをためらう登山者も多いのかもしれないけれど、北面を見下ろしてみれば、ただの階段状のところを下りるだけだ。時間はまだまだ早いので我々はもちろん西穂に向かう。

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 ほかの登山者を見ていると、アイゼンも6本爪程度の人達もいて、おっかなびっくり歩いている様子。慣れない人こそしっかり前爪のあるアイゼンを履いて歩いたほうが楽だと思うのだが。
 あと、ガイド登山なのだろうか、ロープを腰に結んで後ろの人に繋がれて歩いている登山者もいた。何でもないような緩い斜面でもロープを結んだまま歩いている様子は、まるで犬の散歩のようで人間としての尊厳は…、とちょっと思ってしまった。
 下降する緩斜面でお客がバランスを崩した際にロープを張って確保するのだろうが、斜面をトラバースしている場面を見た時は、万一お客が滑落したら、前方向から下方向に引っ張られてそのまま引きずりこまれるだろう。ほとんど形だけの確保にしか見えなかった。
 そんな光景も見ながら、ピラミッドピークを越え、西穂の山頂に到着。前穂から明神岳も見え、西には加賀白山。乗鞍岳の先には御嶽山も少し見えた。中央アルプスや南アルプスも。

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●雪洞を掘る
 西穂山荘に帰着してから、今夜の寝床を作る。テントを持ってきているが、時間もあるし雪洞を掘ることにした。
 山小屋の近くに掘るため、黙って勝手に掘るワケにはいかないので、きちんと山小屋の人に雪洞を掘る旨を伝えたら、今後除雪車が入る可能性があるので、掘るなら夏期の診療所となる建物脇の斜面に掘ってくれと言われた。そして、幕営料と同じく一人500円を払う。テントを張らず、穴を掘って寝るのにもお金はかかるのだ。ショバ代だからね。
 私は以前所属していた山岳会時代には、登山中に何度か雪洞を掘ったことがあるのだが、かれこれもう5年も掘っていないので、今日はよい機会なのでぜひ掘ろうと考えていた。HGSさんもS旗さんも雪洞を掘って泊まった経験がないとのことで、よい練習になるし。

 N島さんに借りたスコップ1本とスノーソーで作業開始。独標から山荘に下りてくる複数のトレースの一つが近くにあるので、斜面の上から人が浸入してこないようにストックをクロス状に雪に刺して立ち入り禁止の意思表示をする。雪洞を踏み抜いて、人が落ちてきたら大事だからだ。
 それから入口となる横穴を掘っていく。スコップが一つしかないので、掘り出した雪をさらに遠くに捨てるのに手間がかかる。最初は3人で交替しながら作業したけれど、効率が悪いので、私とS旗さんで雪洞を掘り、HGSさんには雪を融かして水づくりをしてもらうことにした。山荘で水を得られるけれど有料だし。

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 ある程度横穴を掘ってから、少しずつ横にも掘って居住スペースを広げていくのだが、少し掘った奥のところで固い氷の層にぶつかってしまった。スコップをたたき込んでも歯がたたない。融解と凍結を繰り返したらしい氷の層がバウムクーヘン状に幾重にも重なっているようだ。スノーソーで切れ目を入れていくのだが、スノーソーの歯を食い込ませていくだけでも大変なほど固い。二人で交替しながら少しずつ氷の層をブロック状に切りだしていく。こんなのがずっと奥まで続いていたらどれだけ時間がかかるだろうか、ちょっと心配になったが、根気よく氷を切っていく。
 氷の層は幅は居住スペースいっぱいにあるが、奥行きは20㎝ほどしかないことが分かり、その奥は再び雪になっていた。二人の身体が雪洞に入るようになると、スコップとスノーソーを同時に使えるので作業も捗る。
 床面も氷った部分がありこれもスノーソーで削った。天井は水滴が落ちてこないようにドーム状にきれいに均したかったのだが、固いところもあるし疲れてしまったので、適当なところで止めておいた。
 掘り始めて2時間20分。氷の層がなければ、1時間近くは縮める自信はあったのだけれど。とりあえず3人がぎりぎり寝られそうなスペースが確保できた。テントの本体と銀マットを中に敷いて荷物を運び込み、入口はフライシートで覆ってピッケルで固定した。フライシートのチャックを開けると中に入れるというワケだ。

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 お酒を飲みながら夕食を作る。本日の夕食担当はS旗さんで、仙台麩や春雨を使った料理が美味しい。調味料は味の素の鍋キューブというもので、これは重宝しそうだ。
 明日はロープウェイの運航開始に合わせて、山頂駅に下りるだけなので急ぐ必要がない。寝ている間、上から水滴がポタポタと顔に落ちてくるのにはまいった。起き出して天井の雪を削って水滴が落ちてこないようにしたけれど、もっと天井をきれいに作らないとこういうことになる。

■4/29(月) 右俣谷を歩く
 5年ぶりに雪洞で過ごした翌朝、朝食を済ませて荷物をまとめる。スコップで雪洞をつぶしてからロープウェイ山頂駅へ下山。9時前くらいにロープウェイが動き出す。新保高温泉に下りてくる。メールチェックすると、横尾尾根Pは予定どおり槍ヶ岳に登れたらしい。いいなあ。中崎尾根Pのことは書いてなかったので不明。
 いったん駐車場に戻る。中崎尾根Pも横尾尾根Pも、計画通りなら本日中に新穂に下りてくることになっている。我々だけ先に帰ってしまうこともできるが、私の車にはあと2人乗れるので、彼らを待とうと考えた。それでも車3台のうち1台はすでに東京に帰っているので、計算上2人はバスか電車で帰らなければならなくなるのだが。
 さて、彼らがいつ下山してくるか分からないので(翌日も予備日としてあるのでこの日のうちに下りてくるという保証もない)、槍平に向かう右俣谷を歩いて彼らを迎えに行こうと、HGSさんとS旗さんに提案した。
●右俣谷
 S旗さんは足のマメをつぶして痛むということで新穂で待つことになり、私とHGSさんとで行くことにした。
 快晴のもと、林道を歩いていく。道端にはフキノトウが芽を出している。山菜にはまるで詳しくない私だが、HGSさんに教えてもらってあまり芽が開いていないフキノトウを摘む。天ぷらにしたりすると美味しいのだ。
 だんだんと林道にも雪が出てくる。上から下山してくる人もいて、聞くと今朝槍から下りてきたと言う。穂高平小屋や白出沢を越えていく。なかなか横尾P達と落ち合わない。本当に下山してきているのだろうか。
 S旗さんを待たせていることもあるし、どこまでも歩いていくわけにはいかない。3時間近く歩いた12時半頃、標高約1,650mの滝谷出合手前のチビ谷付近で引き返すことにした。

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 帰り道、白出沢を渡るところでトレースを間違え20分ほどタイムロス。新穂に向かってどんどん戻っていき、新穂に着く直前で知った顔ぶれが前を歩いているのを発見。我々が白出沢で迷っている間に行き違ってしまったのだ。
 無駄足みたいになってしまったが、5時間くらい散歩できたし、彼らと合流できたので良かった。HGSさんはとにかく健脚だった。
●帰途へ
 ずっと待っていたS旗さんと駐車場で落ち合い、計12人で帰りの交通手段を相談する。2台の車に乗れるのは5人ずつ10人までなので、2人には電車やバスで帰ってもらうことになった。
 平湯からバスが出ているので、まずは私が2人を平湯に送ることにして、その間に他の面々は深山荘の温泉に入って待つことに。
 私は2人を平湯に送って、トンボ返りで新穂に戻り、急いで深山荘の温泉に入った。ゆっくり浸かってはいられなかったけれど、3日間の汗を流してさっぱりした。
 2台で平湯に移動して食堂へ。10人全員ともカツ丼を注文。上信越道~関越道で帰るF士車と別れ、私の車は中央道へ。H光さんやS旗さんに運転を替わってもらう。大月から先で18㎞の渋滞とあったので、これくらいなら渋滞に突っ込んでも良かったのだが、都留ICで下りて山中の抜け道を走って渋滞を回避。22~23時ころに同乗者を駅や自宅に送ってから帰宅。ああ、疲れた。

 今回、槍ヶ岳にとどくずっと前に敗退となり残念な結果となった。これについては、降雪時に入山しないとかコースの変更など反省すべきことはいろいろあるだろう。
 冒頭に書いたように不完全燃焼に終わってしまったが、3週続いた雪山登山は今期はこれで終了。さて、5月からの山行計画は…、それもその都度このブログにアップしていこう。

北ア 鹿島槍ヶ岳 天狗尾根 (天狗の鼻まで) 残雪期登山

2013.4.19()夜~21()

 所属山岳会の人達と北アルプスは鹿島槍ヶ岳の天狗尾根を天狗の鼻まで登ってきた。先週末の北ア・五竜岳・遠見尾根に続いて、2週続けての雪山登山だ。

 今回のメンバーは、T城さん、A久さん、MY田さんと私の4人。元々は、T城さんとA久さんが将来、鹿島槍の北壁主稜を登攀するため、その取付を偵察しようという計画で、それにMY田さんと私が加わった形だ。

今回の計画を聞いたひと月前のその日、ある出来事から今回の計画が単なる偶然ではないとも感じ、途中までであっても天狗尾根に行こうと思い、私は参加の手を挙げた。

 鹿島槍については、縦走時代に3回ほど登っているはずで、6年前の5月連休に東尾根を登ったことがある。

 今回の計画にあたっては、都合上、T城・A久パーティーと私・MY田パーティーの2つに分けて、登攀具やテントなどの装備も別々にしたが、基本的には4人で一緒に行動する内容だ。

 先週の遠見尾根では登攀具は大して用意しなかったが、今回は50mロープやスノーバーも用意し、バイルやスノーソーも加えた。先週初めて使ったストックは今回も持って行く。ストックに慣れると手放せなくなりそうだ。

 天狗尾根の枝尾根に取りつくまでの間に、数回の渡渉が必要になるということなので、A久さんの提案で渡渉用に沢登りで使うネオプレン製ソックスを持って行く。沢靴まで持って行くと、荷物も増えるし(渡渉を終えたらデポしておくこともできるけれど)、裸足で歩くのは痛いので、この沢登り用の靴下で沢を渡る計画だ。

4/19()

 前夜、JR八王子駅前で皆で待合せて、T城車に乗り込む。中央道から長野道経由で安曇野ICを下り、道の駅安曇野松川で4時間ほどテント仮眠。

4/20()

 5時半に起床。今週末は下り坂の天気予報なのだが、今のところ下界は晴れている。登山口となる大谷原に車で移動すると、東尾根に行くという3人パーティーがちょうど歩き出して行ったところだ。

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(↑大谷原)

我々も荷物をまとめて天狗尾根に向けて橋を渡り大川沢に向かう。高いところを走る林道跡を通れば渡渉の回数を減らせたのだろうが、沢沿いに進んだのでさっそく最初の渡渉となった。登山靴を脱いでズボンをたくし上げ、ネオプレンソックスに履き替える。ストックでバランスを取りながら、脛ほどの水深の沢を通過する。冷たい。

ガイドブックには大川沢の右岸を進む表示がされていたりするが、これが前述の林道跡のようだが、我々は左岸側をしばらく進んで行った。

と、小一時間ほど歩いたところでT橋さんが不調を訴えた。腰が痛むらしい。相談した結果、無理を圧して山中でさらに腰が悪化して行動できなくなっても大事なので、T城さんとパーティーを組むA久さんは引き返すことになった。

MY田さんと私は、引き続き天狗尾根に向かうということになった。計画書上は2パーティーに分けてあるし、登攀具もテントも分けてあるので、我々のパーティーだけ進むことは確かにできる。計画書上、一応パーティーリーダーとなっている私だが(無線機を持っているというだけの理由なのだが)、T城パーティーにほとんど付いていく気分でいたので、にわかに責任重大な場面となった。

A久さん達はここで引き返すことにして、翌日大谷原で待っている約束をして別れる。しばらく河原沿いを歩いていくと、沢がカーブするところではその外側が崖状になっているところがあり、再び渡渉することになった。A久さん達と別れてから大川沢の取水堰堤に至るまでにさらに3回渡渉した。登山靴と靴下を脱いで、ネオプレンソックスを履いて、渡渉後に再び履き替えるという繰り返しがかなり面倒くさい。

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(↑徒渉するMY田さん)

大川沢の右岸を歩いていくと、堰堤があり橋の架かった対岸に小さな建物がある。そのまま通過すると、雪の上を歩くようになる。やがて荒沢出合だ。

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(↑取水堰堤)

左手に荒沢に入ってしばらく右岸側を進むと、最後の渡渉点に着く。両岸とも積雪があり、沢に降り立つのに段差がある。沢の中には飛び石と倒木2本があり、うまくすればこれらを伝って対岸に渡れそうだ。こちら岸から沢に降り立つのは簡単だった。花崗岩らしき飛び石にアイゼンの歯を聞かせながら倒木に乗り移る。その倒木が少し揺れたので焦った。

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(↑荒沢の徒渉点。通過後に撮影)

対岸の雪面は私の胸まであるような高さで立っているので、乗り上がるのが大変そうだ。ピッケルを刺して、それを頼りに雪壁にアイゼンを刺して身体を持ち上げ何とか突破。続くMY田さんもピッケルとバイルを2本使って乗り上がる。さすがアイスクライマー。靴を履き替えずに渡れて良かった。

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(↑ダブルアックスデ登るMY田さん)

我々がこうして間に男性2人組パーティーが追い付いて着た。聞くと、やはり天狗尾根を登って北壁主稜を登りに行くのだという。しかし、天気が悪くなる予報なので、北壁を登攀できるかは微妙とのこと。彼らは先週も天狗尾根に来たそうだ。彼らは渡渉点から左岸を少し進み、枝尾根の末端を上流側に回り込んだところから、この天狗尾根の枝尾根に取りついたようだ。足回りが沢靴なので気にせず水の中に入って行った。

我々はもう沢の中を歩きたくなかったので、渡渉点から続く雪面を左上し適当なところから雪のない樹林帯に取りつく。少し登ると左下から登って来た2人組と合流したので、取り付いた尾根はこれで正しいようだ。彼らの後を追うように、我々も樹木と薄いヤブ、落ち葉の土斜面を登って行く。崩れやすい土斜面もアイゼンとピッケルがガシガシ刺しながら登って行く。

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(↑カタクリが咲いていた)

地形図を見ると標高1,650m付近で他の枝沢と合流し、天狗尾根の主尾根になるようだ。25,000分の1地形図を見ると、もっと北側の尾根に天狗尾根と記載されているが、我々が登っているのは荒沢の北側尾根のことだ。途中から雪が現れるようになり、斜度も緩やかになってくる。標高1,7001,800mほどだったろうか、お昼前ごろからちらちらと雪が舞ってきた。気づけばどんより空模様。しかし風はないのですごく寒いわけではない。

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緩やかな幅広の樹林の雪の尾根をストックで登って行くのは、さきほどまでの急登に比べたら楽だ。やがて両側が切れたリッジが現れる。この先で第一クーロワール、第二クーロワールというところがあるはずで、少しずつ急になってくる。それでも先行パーティーのトレースがあるのでその分楽できている。

リッジを進むと左下から上がってくるルンゼ状の雪斜面が現れた。これがおそらく第一クーロワールだろう。これを登ると再び両側が切れたリッジがある。再び左下から上がってくる雪面が現れた。第二クーロワールだ。第一より登高距離がありそうだ。ダブルアックスとアイゼンを使ってこの雪面を登って行く。

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(第二クーロワールを登る先行P)

登り始める前から話していたのは、北壁の取り付きを偵察するためカクネ里に下りていくというのは、天気が悪くなる一方だし雪崩の危険もあるし、メインのT城さん達もいないので、行かないことにしていた。

では、今夜はどこでテントを張ろうかということになり、当初は天狗の鼻を越えた最低鞍部を目指していた。しかし、翌日の下山のことを考えると、天候がどれだけ悪化するか分からないけれど、下山だけでも大変だろうから、もっと手前で泊まろうということになった。

第二クーロワールを越えてリッジを通過すると、正面に天狗の鼻への登路を臨む小さな鞍部に着いた。

MY田さんの提案によりここでテントを張ることにした。まだ午後早い時間だったので、宿泊装備などをすべてここに残して、天狗の鼻まで往復することにした。天狗の鼻への登りもク―ロワールと同じくらいの斜度といったところ。登高距離はもっとある。天狗の鼻に着くと、先行パーティーがそこでテントを張る準備をしていた。ガスって北壁方面も見えないので、彼らと話した後下りることにする。

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(↑天狗の鼻)

荷物をデポした場所に戻り、スコップとスノーソーでテント場を整地する。スノーソーで切り出したブロックを回りに積んでいくが、弱い雪は降り続いているものの、夜を通しても風が無かったのは良かった。

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(↑テント場を掘る私)

テントに入ってから、お湯を沸かしてお茶を飲むと落ち着いた。テントの中は暖かい。湿雪のせいか服はびしょびしょだ。ガスの熱で服からもうもうと蒸気が上がる。

さて、水づくり。土嚢袋に溜めた雪をマグカップで掬ってジェットボイルの中へ。ジェットボイルは縦長で口が狭いので、マグカップくらいがちょうど良い。熱効率の良いジェットボイルではどんどん雪が融けるので、水を別の鍋やテルモスに移し替える作業が忙しい。

水をひとしきり作ったところで、お酒を飲みながら夕食を作る。MY田さんが作ってくれたのはあんかけ風ご飯。前夜の寝不足と疲れもあって20時頃には寝袋に包まった。起床は4時とする。明日は下山するだけだ。

4/21()

 4時起床。朝食は各自用意することを忘れていて、私は残った行動食のドーナツをかじる。外は前日と同じような天気で、弱い雪が降っているが風は無い。視界はもう少し良くなっていて、離れた尾根も見える。

 テントを撤収して6時前に下山開始。昨日登って来たトレースは新雪に埋まってほとんど分からない。狭いリッジ上を進むのはちょっと怖い。柔らかい新雪の下の硬い雪を足裏で探しながら歩を進める。

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 下に向かって右下にあるはずの第二クーロワールの上部では下降に少し手間取ったけれど、第二クーロワールもバックステップで下りていく。ちょっと急なところではバックステップのほうがアイゼンの前爪が効いて安定する。第一九―ロワールも下りると尾根は緩やかになる。とりあえず前半の危険地帯は通過できた。

 しばらく樹林の緩い尾根を下って行く。ここから昨日登って来た枝尾根に入って行かないといけないのだが、ほかにいくつも枝尾根があるので間違えないようにしないといけない。

 出発前に予め地形図から1,650m付近から徒渉点に下りる尾根の方角にコンパスを合わせておいたので、その付近の標高まで下りてきた際に尾根が複数に分かれていたけれど、コンパスから右手の尾根を行けばよいと当たりが付いた。

 目印の赤テープも少しあったし、もっと下には前日MY田さんが付けたテープがあったので、選んだ尾根が正しかったことが確認できた。

 前日アイゼンとピッケルで登った土斜面も15㎝ほどの新雪に覆われている。急なところはヤブをつかみながらアイゼンの爪を効かせてバックステップで下りていく。下りていっている方角はおそらく正しいようだ。下のほうから沢の音が聞こえてくる。

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(↑新雪後の斜面を下りるMY田さん)

 斜度がきつくなってきたので、MY田さんに確認してロープを出して懸垂下降することにした。50mロープ1本しかないので折り返して一度に25mしか下りられない。

 適当な木にロープを架けて懸垂すること5回。これで結構時間を食ってしまった。荒沢が下のほうに見える。地形を眺めると、このまま下りると沢の中を少し歩かないといけなくなるようなので、下流寄りの小尾根を乗っ越す。最後にもう一度懸垂して、荒沢の徒渉点のある雪面に出た。この頃、昨日の2人組パーティーも下りて来た。北壁主稜の取り付きまで見て来たという。

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昨日苦労した徒渉点の通過では、まずは私が空身になって、ダブルアックスで沢の中の倒木に降り立ちザックを受け取って、飛び石を伝って対岸にザックを置く。MY田さんのザックも受け取って対岸へ。最後にMY田さんが倒木にクライムダウンするのをスポットする。2人組は先に行った。

A久さんがもしかしたら荒沢出合くらいまで我々を迎えに来るかもしれないと、昨日別れる際に話していたので、どこかで合流できるかもしれない。取水堰堤のところで最後の休憩を取ってから、このあとの徒渉を覚悟しながら歩き始める。右岸側の林道跡を辿れば徒渉の回数は減らせるはずだ。結果的に2回の徒渉で済んだ。

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(↑徒渉するMY田さん)

徒渉を終えたところでA久さんがやってきた。3時間ごとにA久さんと無線交信することになっていたので、昨日も今日も時間になると声を送っていたのだが返事がなかった。私の声はA久さんに届いていたのに、A久さんの声は私のほうに届いていなかったようだ。原因は分からないが、相手の声が聞こえなくても、こちらの声が届いている場合があるということが分かった。これを知って、こちらの現在地や状況だけでも一方的に伝えておくのも必要だと分かった。

 林道跡は大川沢から結構高いところに造られていて、疲れた身体には最後のある気がちょっと堪えた。大谷原でT城さんが待っていてくれた。MY田さん、お疲れさまでした。

 手袋はとっくにびしょびしょだったので途中で替えたし、アウターだけでなく、その下の中間着まで濡れてしまって、身体が冷えた。

 まずは温泉へ。薬師の湯というところで冷えた身体を解凍。ああ、温まった。体重を測ったらまた少し減っていた。先月、二子の「振り返るな」5.13aを登った頃は結構筋トレして筋肉が付いて体重も増えたのだが、下山直後で一時的に減っているとはいえ3㎏も軽くなってしまった。クライミングするうえでは軽いほうが良いけれど、筋肉が落ちてしまうのはマズい。来月にもクライミングツアーが控えているというのに。

 帰りの高速道路は空いていた。心配していた小仏トンネルの渋滞は、先週は20㎞もあったのにこの日はゼロ。天気が悪かったのと、ゴールデンウィーク直前ということで、行楽客が少ないのかもと皆で話した。

 八王子駅で解散。帰宅してから、濡れた装備をずべて広げて干す。来週末はGW前半で、再び北アルプスに行く。ここ2週連続で雪山を歩いたので、体力面ではちょっと自信がついたかな。またがんばろう。

北ア 五竜岳 遠見尾根 残雪期登山

2013.4.12()夜~14()

 所属山岳会の人達と北アルプスは五竜岳の遠見尾根を登ってきた。1月に八ヶ岳・文三郎道~赤岳、3月に八ヶ岳・天狗尾根と登って、私としては今回で3回目となる会での雪山山行だ。

 今回の山行も、会に入会して1年未満くらいの人達に雪山登山を体験してもらうという企画の一つだ。今回も10数人と人数が多いので、北ア・爺ヶ岳・冷尾根に1パーティー、私も参加した五竜岳・遠見尾根に2P入る計画となった。

 先週まで二子山でフリークライミングに打ち込んでいた身としては、荷物を背負っての雪山登山でどれだけ頑張れるか試されるところだ。

 五竜岳そのものは、縦走登山をやっていた昔、夏に登っている。しかし、遠見尾根は歩いたことがないので、その点だけでも行ってみたいと思っていた。

 今回、遠見尾根に入る2Pのうち、私のいるB班は4名なのだが、出発数日前になってリーダー役が私に振られてきた。私は入会1年未満の一応新人会員だけれど、まるっきり登山経験に乏しいわけではないので、車を出す立場でもあることだし、リーダー役を引き受けた。たいしたことはやらなかったけれど。

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 遠見尾根に入る2P合わせて8人は、私とMZ谷さんの車2台で現地に向かう。金曜日夜にそれぞれ待ち合わせて、私は中央道経由で信州へ。久しぶりに北アルプスまでの長距離運転で、さすがに途中で疲れてきたし眠くなってきたので、運転を同乗のYN田さんに替わってもらう。

 深夜1時前にJR神城駅に到着。MZ谷車はすでに到着している。駅で仮眠するのだが、ほかの皆はしばらくおしゃべりをしている。眠くてしかたのない私はすぐに寝袋に包まった。

4/13()

○遠見尾根へ

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(↑JR神城駅)

 遠見尾根の下はスキー場があるので、スキー場のゴンドラとリフトを乗り継いで上まで上がることにしている。運行開始が8:15なので、朝は早くから起きて準備をする必要がない。コンビニに寄ったりとのんびり支度をしながらスキー場へ移動。ほとんど雪が残っていないようにも見えるが、リフトで上に上がればまだ滑れるのだろう、スキーヤーが乗り場の前に並んでいる。ゴンドラの料金は10㎏以上の荷物料金混みで往復2,000円。ゴンドラに乗って、さらにリフトにも乗って(380)、スキー場の一番上へ。

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(↑とおみスキー場)

 天気は快晴。パーティー編成としては、B班は私、OK村さん、SW幡さん、HGSさんの4人。C班はMZ谷さん、YN田さん、N島さん、F士さんの4人。

○ストック

 ところで今回初めてスキー以外でストックを使ってみた。スキーだってもう何年もやっていないけれど、先月のカモシカスポーツのセールで、ブラックダイヤモンドの折りたたみ式のストックを買ったので、使ってみることにした。もっと齢をとってからでもいいかなと思って、これまでずっと使っていなかったけれど、いざ使ってみるとその楽チンさに気付かされた。

不安定な雪面を歩く際、バランスを崩した際のリカバリーに体幹の筋肉などを使っていただろうけれど、ストックがあることで無駄に踏ん張る必要がなくなる。また、これが大きなポイントだろうが、雪面に刺したストックを後方に押すこと前方に身体を押し出す推進力を得られる。斜面を登っていて、足を前に踏み出す際、上体も遅れないように体幹を使って前方に出しているはずなのだが、ストックがあることによってそれが容易になる。

電車に乗っていて、揺れた際に下半身の踏ん張りでバランスをとったりするが、吊革に捕まっていれば、それが楽になる。力を伝える箇所が地面と接している足元だけでなく、ストックを通して腕にもあることで、いわば四足歩行ができている感じだ。

長々と書いたけれど、普段ストックを使っている登山者には当たり前すぎる話だろう。

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(↑五竜岳を臨む)

 さて、そんな感じで小遠見山、中遠見山、大遠見山と過ぎて行く。武田菱の五竜岳が少しずつ近づいてくる。高齢のOK村さんがちょっと辛そうでペースが進まないため、メンバーで荷物を分けて背負う。

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(↑鹿島槍ヶ岳北壁を臨む)

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 我々2Pのほかにも登山者が何Pかいる。やがて、白岳の登りが近づいてくる。五竜山荘のある鞍部へ直登するトレースもあるが、先行するC班は白岳経由で山荘に下りるラインを取るようだ。鞍部を目指す雪面は雪崩の危険がないとは言えないからだろう。

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 先行するC班は2人組登山者と一緒にラッセルしているようだ。我々もいつまでも後塵を拝しているワケにはいかない。早く追いついてラッセルに加わらないと。途中でワカンを付けて、白岳への斜面を登って行き、C班に追いつく。先頭を行く人はひとしきりラッセルすると、列から離れ交代する。私も先頭でラッセルしたが、ワカンを履いた足を引き上げて踏み込むのは結構大変だ。右側は雪庇が張りだしているので、あまり近づくのは危険だ。

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 そんな感じで皆で力を合わせて進んでいくのは良いものだ。白岳に着いたのは14時半頃。五竜山荘はすぐ下に見えているのだが、雪面が固いので、皆ここでアイゼンとピッケルを用意する。

山荘前のスペースにテントを張ることにする。この日、ここでテントを張ったのは我々2Pと一緒にラッセルした2人組の3P。スコップを2つ用意したC班は雪の斜面を切りだしてテント場を作っている。私のいるB班はスコップが1つだけなので、あまり大々的に斜面を切り崩すのは大変なので、なるべく平らなところに張ることにする。ただ、それだと西からの風がもろに当たってしまうので、やはり斜面を切り崩して風上側にブロックを積み上げることにした。陽が暮れるまで時間はたっぷりあったので、手間を惜しまず時間をかけてブロックをL字形に積み上げていった。それからテントを張る。用意した竹ペグやストックを使ってテントの綱を張る。P4130033p P4130036p

ようやくテントに入ると一息つける。ああ、疲れた。土嚢袋に溜めた雪を使って、まずは水を作る。ガスはHGSさんのプリムス・スパイダーとOK村さんのジェットボイル。これらを使って、お茶を沸かしたり、雪を融かした水をプラティパスに溜めていく。ひとしきり水ができたので、食事担当HGSさんによる夕食の支度が始まる。3月の八ヶ岳・天狗尾根ではM田さんによる鍋料理に感動したものだが、今回もM田さん鍋をアレンジしたというHGSさん鍋を堪能できた。持参したお酒を飲みながら、夕食を取る。

 頂上を目指す翌日は未明の3時起床、5時出発の予定なので、21時頃には寝袋に入る。夜中は多少風が吹いたようだ。

4/14()

 スマホのアラームをセットしておいたので、きっちり3時に起きる。シュラフをたたんで、朝食の支度をする。HGSさんが用意してくれた朝食のおじやをかき込み、テントの中で登山靴を履く。頂上往復に不要な荷物はテントに残して出る。念のためハーネスとカラビナ・スリング少々。私は補助ロープ30mも持っている。アイゼン・ピッケル・ヘルメットのスタイルで、C班に少し先んじて5時きっかりに出発。この日の予報は午前中から天気が崩れ出してきて夕方には強風になるとのことだったので、とにかくまずは早く頂上を往復しておく。

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 今のところ風は大したことないし晴れてもいて、気温も思ったより低くない。歩いているうちに東の空から太陽が顔を出した。

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 2,658m峰を右から巻くように登って行く。SW幡さんを先頭に、時々ちょっと斜度のある雪面ではピッケルとアイゼンの前爪をしっかり効かせながら登る。HGSさんはこの斜度にちょっと慣れないようだ。

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(↑後続のMZ谷P)

そうやって620分頃に五竜岳山頂に着く。やった。五竜岳に登ったのは10数年ぶりだろうか。西のほうは曇りつつあったけれど、剱岳も見える。すばらしい眺めだ。記念写真を取ってから下山開始。

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(↑五竜岳山頂)

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(↑剱岳・立山方面)

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(↑鹿島槍ヶ岳)

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少し下ると、登ってくるC班とすれ違う。登って来たトレースやアイゼン跡を辿って五竜山荘に帰着。

テントを撤収して荷物をまとめているとC班も帰って来た。テント場を発ったのは8時。前日の白岳の登りでは雪庇側に結構近づいていたので、下りではそのトレースを離れて、改めてトレースを作って下る。C班と抜きつ抜かれつという感じでどんどん歩いていくと、五竜岳はどんどん離れていく。高度を下げるうちに気温も上がっていくので、着ている服を脱いでいく。ストックの推進力を得てがんがん下って行く。11時半前にはスキー場のトップに着く。スキー場の中を通ってゴンドラ乗り場へ。

ゴンドラに乗って下に着いたのはお昼前。スキー場の建物にある温泉施設・竜神の湯がちょうどお昼から開いたので皆でお風呂に入る。はあ、さっぱりする。翌日、白馬でスキーをするというOK村さんと別れ、7人で山品(やましな)という手打ちそばのお店へ。鄙びた山里にあるこのそば屋はちょっと知られているらしく、そばはもちろん山菜皿やきのこ皿も美味しかった。

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上信越道経由で帰るMZ谷車と別れ、安曇野IC(旧豊科IC)から高速にのる。例によって中央道の小仏トンネルを先頭に20㎞の渋滞に耐え、同乗した皆を駅や自宅に送って帰宅できたのは夜になってから。昼に下山できても、北アルプスはやっぱり遠い。

前回の八ヶ岳・天狗尾根ではシャリバテという体たらくだったけれど、今回はストックという秘密兵器?の力も得て、余裕を残して登ることができた。ラッセルの力はもっと必要だけれど、五竜岳山頂に向かうあれくらいの斜度なら、普段のフリークライミングのことを思えば比べ物にならないくらい簡単だった。

さて、また次も頑張ろう。

八ヶ岳・天狗尾根 積雪期登山

2013.3.8()夜~10()

 所属山岳会の人達と八ヶ岳の天狗尾根を登ってきた。このところの春の陽気を感じる暖かさが続く中で八ヶ岳に向かったのだが、その八ヶ岳でもそれほど寒い思いもせず登山ができた。けれど、天狗尾根を登り終えてからシャリバテでヘロヘロになってしまったのは今回の反省点。

 今回の山行は、会に入会して1年未満くらいの人たちに雪山登山の体験をしてもらうという企画の一つだ。1月には赤岳鉱泉から行者小屋を経て赤岳に登る山行がありそれにも参加した。

 今回も10数人と人数が多いので、私を含む天狗尾根のパーティー(A)と真教寺尾根P(B)、杣添尾根(C)3つに分かれて登ることになった。

 私個人としては天狗尾根を7年前の10月に登ったことがあるが、積雪期に登るのは今回が初めてだ。

○前夜発

 前夜発ということで、金曜日夜のうちに八ヶ岳の近くまで行って泊まることにする。

参加者は3班計14人だけれど、車を出せるのはMZ谷さんと私の2台だけなので、車に乗りきれない人は電車で向かうことになった。

荷物の受け渡しなどもあり韮崎駅に寄ったあと、A班とB班の計9人は「道の駅南きよさと」に移動してテント泊。C班は某駅で仮眠するらしい。

道の駅に着いた我々は、深夜1時に就寝。起床は4時半としたので、3時間ちょっとしか寝られないけれど、明日の行程を考えるとゆっくり寝ているわけにもいかない。

9()

○出合小屋へ

 4時半に起床。荷物をまとめて、車で美し森の駐車場に移動する。天狗尾根に向かうA班と真教寺尾根に向かうB班に別れて、610分頃それぞれ歩き出す。

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 A班は5名。MZ谷さんをリーダーに、MY田さん、NG野さん、N島さんと私。しばらく川俣川左岸にある雪の残る林道を歩いていく。堰堤をいくつか越えるようになると川床を進むようになる。トレースがあるのでそれを辿って行けば良いのだが、そのトレースの中でも踏まれて固くなっているところはほんの狭い幅だけのようで、それをわずかでも外すとズボリと足が沈んでしまう。これが続くと結構疲れる。N島さんは何度も雪に足がはまっていて大変そう。けっこう体力を消耗するはずだ。

 8時半頃に出合小屋に到着。高根山岳会という地元山岳会によって管理されている小屋だ。7年前に来た時にもここを利用させてもらった。

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 当初の予定では、このまま天狗尾根を登って、主稜線をツルネ側に行ったところにあるキレット小屋でテント泊して、翌日、真教寺尾根を下る計画だった。

しかし、N島さんの体調が思わしくないため、N島さんは出合小屋で待ってもらうことにして、残った4人で天狗尾根を登ってその日のうちにツルネ東稜から出合小屋に下山してくることにした。

 そのため、寝袋などの不要な装備は全て小屋にデポしていくことにしたので、背中の荷物は大幅に軽くなった。結果的にこれが良かった。泊まりの装備を全部背負って天狗尾根を登るというのは相当に大変なことになっていただろう。

○天狗尾根

 N島さんは小屋の中で寝袋に包まって休むことにして、天狗尾根に向けて9時過ぎに4人で出発。トレースを辿って少し行くと赤岳沢への出合だ。そのまま行くとツルネ方面に行ってしまいそうになる。赤岳沢へのトレースはうっすらと残るものの、少なくとも今日は先行者はいない様子。

 赤岳沢をしばらく詰めてから天狗尾根に取り付くとは分かっていたものの、10分ほどで尾根に向けて上がっていくトレースを登って行く。今更戻って沢を詰めても面倒なので、このまま尾根を上がって行くことにした。だんだんと雪が深くなってくるので、小屋から先頭を歩いていた私はラッセルを替わってもらう。

 斜度があるせいか、ラッセルもヒザより高く感じる。途中でハーネスとアイゼンを装着する。あらかじめ決めておいた周波数でB班と無線交信して、こちらの班の状況を伝える。当初はA班も真教寺尾根を下降する計画だったので、いずれB班と合流するはずだったのだが、ツルネ東稜から下降するので、それがなくなったことを伝えておかないといけないし。MZ谷さんも無線機を持っているが、私も持っている。もちろんきちんと無線局の登録をしている。

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そうやって少しずつ高度を稼いでいき、樹林帯を抜けて、大小二つの岩塔が立つカニのハサミに着いたのは12時半頃。3名は左から巻いたけれど、私はハサミの間を抜けて向こう側へ。Ⅲ級あるかどうかの易しい岩登りなので、せっかくだから真ん中を抜けたほうが良い。

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 第一岩峰に着く。7年前にもこの岩峰のどこかに取り付いて登ったはずだ。岩峰の左側にトラバースするように踏み跡が続いているのでそれを辿って行くと、踏み跡が切れ落ちたところに行き当たったので、右上に見える岩斜面を登ることにした。トラバース中、どこからでも登れそうに見えたけれど、いずれにしても岩を登って上部に抜けないといけないのだ。木のある小テラス状の場所なら待機できるので、そこでロープを出して私がリードすることにした。岩にはほとんど雪が付いておらず寒くもないのでグローブを外して素手になる。焼き石で登る冬の二子と比べたら岩はぽかぽかだ。

 どこでも登れそうなのだが後続のことも考えて、なるべく段差状の易しいラインを求めて登っていったので、多少じぐざぐしてしまったけれど、50m近く登ったところで太い木で支点をとる。もう1本のロープを連結して、3人が間隔を保ちつつフォローで登ってきた。

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 ここからは再び踏み跡がある。おそらくもっと手前から岩を登ってこの上部の踏み跡に出るのだろう。踏み跡から第一岩峰を回り込むとその向こうに新たな岩峰が現れた。第二岩峰のはずだ。第二岩峰を右から巻くように行くとその背後にもう一つ岩峰が現れる。これが大天狗だ。14時半頃。大天狗は右から巻けるけれど、直登もできるらしい。MZ谷さんとMY田さんは右の巻き道へ。念のためロープを持って行く。私とNG野さんは直登ラインへ。

○大天狗

 左上に緩い斜面を登って行くと、ハーケンとスリングのビレイ支点があった。そこでNG野さんにビレイしてもらい、私がリードする。岩場を登って行くと、凹角状の数メートルほどのちょっと立った岩がある。取り付いてみるとガバがたくさんあり、ぐいぐい登って行ける。せいぜいⅢ級程度。

そこを越えると大天狗の反対側が望める。小天狗の岩塔も見える。下を見ると数メートル下に踏み跡がある。それを辿れば小天狗への鞍部に下りられるようだが、その踏み跡までクライムダウンするのがちょっと危なそうだ。大天狗の上をそのまま辿るとハーケン3枚にロープが結ばれた懸垂支点があったので、ここでフォローをビレイ。この時、真教寺尾根を登っているB班が我々を写真に撮ってくれていたらしい。

支点にロープを架けて懸垂下降する。50mロープ折り返しで、25mでぎりぎり緩い斜面に降り付く。最初からクライムダウンするのはさすがにちょっと危ないだろう。

大天狗を巻いたMZ谷さんとMY田さんが鞍部で待っているところに合流。向かいの真教寺尾根にはB班がいるはずで、それらしい人影もあった。

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(↑左が大天狗。ピークにいる人影は私らしい。真教寺尾根のB班撮影)

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(↑小天狗との鞍部にいるMZ谷さんとMY田さん)

○ツネル東稜

日暮れを考えるとあまりのんびりとしていられない。小天狗を巻いて最後のひと登りをすると主稜線の登山道に出た。赤岳から権現岳に向かう登山道だ。赤岳の山頂を往復している時間も体力的余裕もないので、ツルネに向かって下って行く。

今回、私の行動食は菓子パンとチョコレートで、休憩のときに食べていたのだが、このチョコレートが良くなかった。板チョコをばりばりとかじっていたのだが、お腹が気持ち悪くなってしまったのだ。

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ツルネに向かう途中から気持ち悪さが増してきて、空腹になっているはずなのに食べる気になれなかった。ほかにもパワーバーやカーボショッツまで持っていたというのに、胃がムカついて口にする気になれなかった。そのため、エネルギーが切れたように身体に力が入らなくなってきた。だんだんと夕暮れが迫る稜線は風があって寒い。MZ谷さんやMY田さんが心配してくれているのが分かり申し訳ない。フラつく感じでゆっくりと歩いていく。

水分摂取も足りていなかったのだと思う。500mlのテルモスは持っていたのだが、プラティパスに入れた水は小屋に置いてきてしまったのだ。

 キレット小屋近くで休憩した際に、MY田さんにロープを持ってもらった。すみません。ひと登りでツルネの山頂に着く。そこからは東稜を下って行けば良いだけだ。樹林帯の中に入って行くと風も遮られる。暗くなっていく中、東稜を下りていく。ここは登山者が入っているようで、トレースがしっかりある。やがてヘッドランプを点ける。バテバテの私は頻繁に休みながら下って行く。MZ谷さんによると、ハンガーノックという状態らしい。要は車でいえばガス欠だ。山用語ならシャリバテか。テルモスのお湯が尽きてしまったので、MY田さんの水を分けてもらう。

 急だった下り道もやがて緩やかになると、平坦なところを延々と歩くようになる。真っ暗なので先の様子が分からないが、ずっと先を歩くNG野さんの灯りが見えるので、出合小屋はまだ先なのだう。

○出合小屋

そうして19時頃にようやく小屋に着いた。近くには数張りのテントがある。我々が帰るのを小屋の中で待っていたN島さんは調子がだいぶ回復したらしい。といっても、到着した時の私はそれどころではなく、小屋の板張りの上に横たわると、再び起き上がる気になれなかった。MZ谷さんが外でテントを張っているようだ。N島さんが沸かしてくれた飲み物を少しずつ飲む。温かい。水分を摂ると少し回復してきた。小屋の中には数名の登山者がすでに休んでいた。

夕食はテントの中で取ることにした。起き上がるくらいに回復した私もテントに移動する。夕食の担当はMY田さんで、通称MY田鍋というのが美味しいと聞いていたので楽しみだ。

どっさりと鍋の具が袋から出てくる。すごい。ネギやシイタケなどはカットされてるし、豚バラ肉は下茹でまで済ませてあるという。そのままでは煮崩れするからと、お餅を油揚げに入れる。生ニンニクもスライスして加える。最後は雑炊でしめる。準備が大変だったろう。おかわりごとに次々と異なる具の鍋を食べて、バテバテだった私もすっかり回復できた。MY田さん、ありがとうございます。

満腹になってお酒も飲んで、一日頑張って歩いて疲れたので寝袋に包まって寝る。

10()

 6時に起床。今日は美し森に下りるだけなので気楽だ。NG野さんが用意した朝食はうどん。小屋の中で食べてから、出発の支度を済ませる。行きではずぼずぼと雪にハマっていたので、帰りはワカンを付けることにした。トレースを辿って美し森へ。振り返ると山の上はまっ黒な雲に覆われている。昨日のうちに山から降りてきて正解だった。

 真教寺尾根から下りてくるB班はもう下山しているらしい。美し森の駐車場に帰着した我々は、車でサンメドウズスキー場へ。スキーかあ。7年くらい前まではちょこちょこスキー場に行っていたけれど、今のように登山やクライミングに行くようになって、すっかりスキーからは遠ざかってしまった。

下山していたB班の人達を車2台に乗せて、甲斐大泉にある温泉施設へ。お風呂に入ってさっぱり。2台の車はここで解散。

地図を見て、近くに中村農場という鶏肉や卵を使った料理が美味しいお店に行くことにした。このお店は昨夏、T沢さんに連れられてきたことがあるのだが、濃厚な卵が美味しかったことを覚えている。前回食べた親子丼を今回も食べる。

まだ午後も早い時間なので中央道も渋滞無しで走れた。皆を駅や自宅まで送ってから帰宅。今回、シャリバテしてしまったけれど、無雪期に続き、積雪期の天狗尾根も登ることができて良かった。

八ヶ岳・赤岳 雪山登山

2013.1.18(金)夜~20(日)
 所属山岳会の人達と八ヶ岳の主峰・赤岳(標高2,899m)を登ってきた。冬の八ヶ岳はさすがに寒いし稜線は風が強かったけれど、好天に恵まれて登山を楽しめた。
 今回の山行は、会に入会して間もない人たちに雪山登山の経験をしてもらうという企画の一つだ。冬の八ヶ岳にはこれまで何度か来て、横岳西面のバリエーションルートなども登っているが、私も昨春入会したばかりなのでこの計画に参加した。普段は専らフリークライミングばかりしているので、こういう機会に少しでも雪山に行っていこうと思ったわけだ。

■18日(金)夜 美濃戸口へ
 今回の参加者は、金曜日の夜に出発するのが11名で、後から土曜日中に合流するのが2名いて、計13名だ。金曜日夜に新宿駅西口のロータリーに集合して、車3台に分乗した。私のエクストレイルも出番だ。崩壊事故が起きた笹子トンネルの対面通行区間を抜け、小淵沢ICで下りて道の駅小淵沢でいったん3台が集合。
 ほかの2台は、今回の山行リーダーS原さんのBMWとH本さんのステップワゴン。H本車はノーマルタイヤのため、ここから先の雪道を走るのは無理なので、ここに停めておくことにして、S原車と私の車で先に美濃戸口に行って、道の駅に残ったH原車の人達をS原車が往復して迎えに行った。
 土曜日朝は5時起床ということにして、美濃戸口の八ヶ岳山荘の中で数時間寝る。眠い。

■19日(土) 赤岳鉱泉~ジョウゴ沢
 まだ暗い5時に起床。荷物をまとめて11名で6時過ぎに出発できる準備が整う。外にある温度計を見るとマイナス12℃。寒いわけだ。

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 テントに泊まる際など、いちおうA~Cの3班に分けているけれど、全員一緒に行動した。

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 美濃戸山荘から北沢の林道を進み、赤岳鉱泉に着いたのは10時20分頃。私はお酒とか余計なものを詰め込み過ぎたせいか、ちょっと荷物が重く少々苦労した。普段アプローチの短い岩場までしか歩かないものだから、足腰が強くならない。昨秋の甲斐駒の赤蜘蛛に行った時はよく歩けたものだ。
 赤岳鉱泉の人工氷瀑・アイスキャンディーが見事に造られていた。昔来た際にここでアイスクライミングをやったことがあるけれど、その時よりも一回り大きく見える。

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 天候は晴れ。班ごとにテントを張り終わると、午後はジョウゴ沢に移動して、雪の斜面を歩く練習などをすることになっている。
 テント場を12時前には出て、ジョウゴ沢へ。トレースをしばらく歩くとF1に着く。低い滝が氷っている。その氷の右側の斜面を使って、皆でキックステップなどしながらわしわしと上り下りを繰り返す。氷のところも斜度が緩いところを登ってみる。平爪アイゼンとピッケル1本でちょっぴりアイスクライミング気分。もちろんアイススクリューなどはない。

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 ひとしきりF1で過ごしてから、ジョウゴ沢を詰めるとF2が現れる。こちらはもっと高さがあり、やはり氷っていて、登っているパーティーがいる。

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 そのF2の手前右岸の沢に入って行くと、少し開けてくる。その左手の斜面を登った疎林の中でいったん止まる。11人もいるので狭い。
 ここで立木でビレイしてロープで確保しながらの雪面のトラバースをしたり、さらに雪面を懸垂下降する練習をした。

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 懸垂下降では、ロープを下まで伸ばすことも兼ねて私が最初下りたのだが、斜度が緩いうえに雪にズボズボとはまり、懸垂下降とは名ばかりで後ろ向きでの下りラッセルという感じだ。
 だんだんと風も出てきて、皆が下りてくるのを待っている間、寒くなってくる。皆が下りてからロープを回収して、この日の雪上体験は終了。ジョウゴ沢を戻りテント場に帰着。日中、鉱泉に上がってきた2名が加わって計13名となった。

 班ごとにテントに入り、夕食の支度にかかる。まずは雪を融かして水作りをする。小屋に行けば水が汲めるのだが、今回は練習のためわざわざ雪を融かす。以前雪山に行ってた頃はよくこの水作りをしたものだ。
 この水作りはけっこう時間も手間もかかる。融けた水はいつまでも鍋に入れていては、ガスがもったいないので、掬ってプラティパスなどに移していく。それを繰り返し、ひとしきり水ができたところで食事の準備にかかる。
 準備に時間がかかるので、その間おつまみをぽりぽりと食べながらお酒を飲む。今回、私はワインを一瓶持ってきた。これも荷物が重かった原因だけれど。夕食の献立は鍋。担当のN島さんが白菜などの野菜類、肉とかをどかどかとたくさん用意してくれていた。これが結構大量で、何度かおかわりすると満腹になった。
 周囲のテントも寝始めたようなので、我々も寝ることにする。21時頃だったかな。トイレのため夜中に外に出ると、ちらちらと雪が舞っていた。明日も晴れますように。

■20日(日) 赤岳
 4時半に起床。寝袋などを収納して、朝食の支度にかかる。まずはお湯を沸かしてコーヒーやスープなどを数杯飲んで水分を摂っておく。行動中は寒くて水分をあまり摂らなくなるけれど、意外と身体から水分が失われるらしいので積極的に飲んでおく。高所登山だと水分を大量に摂るのは尚更らしい。
 テントを残したまま、登山の身支度を整える。アイゼンにピッケル、ヘルメットという出で立ち。いちおうハーネスも履いておく。13人全員の準備が整った6時20分くらいに赤岳鉱泉を発つ。まずは中山乗越を越えて行者小屋へ。

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 ちょうど一年前の1月に八ヶ岳に来た時は、初日午後に赤岳鉱泉入りしたあと、2日目は午前中に中山尾根登はんし午後には石尊稜登はんと、一日に2本も登ってどちらも地蔵尾根を下降したものだ。3日目に大同心南稜に登って帰った。
 すでに明るくなった行者小屋からは阿弥陀岳~中岳~赤岳がぐるりと眺められる。雪に覆われてきれいだ。文三郎道を登って地蔵尾根を降りて鉱泉に帰る計画だ。しばらくは穏やかな登りだけれど、樹林を抜けると強風にさらされるようになる。
 左手にバリエーションルートの赤岳主稜の取り付きが見え、数人のパーティーが取り付いている。取り付きへのトラバース地点となる登山道上にもパーティーがいて順番待ちとなっているようだ。この強風の中待っているのは大変そうだ。ここらへんが最も風が強かった。耐風姿勢を取るほどではないので、昨冬12月に富士山に登った時に比べれば弱いけれど、やっぱり寒い。このあたりから寒冷のせいでカメラが動かなくなってしまい、以後の写真を撮れなくなってしまった。氷点下10℃まで対応しているというオリンパスのタフシリーズのカメラなのだが。ということは、マイナス10℃を下回っているということか。

 後方には阿弥陀岳と中岳が間近に見える。稜線を右に回り込むと風が遮られて弱くなった。ほっ。そこからは岩がちなところを登って行く。山頂も近いはずだ。登って行くと赤岳山頂に出た。360°の展望だ。
 赤岳の山頂に来たのは、学生の時に5月にやはり文三郎道から登ったのと、いつだったか秋に縦走した時の2度くらいかもしれない。ずいぶん昔の話だ。数年前の秋に天狗尾根を登った時は山頂には行かなかったし、冬に赤岳主稜を登った時も暗くなってしまったのですぐ近くにあるはずの山頂には行かず、展望荘に下りてしまったし。
 そういえば、北陵は登ったけれど、阿弥陀岳の山頂もまだ踏んだことがない。

 さて、記念写真を撮って赤岳山頂を後にする。展望荘を経て地蔵の頭から地蔵尾根を降りる。風が無くなってくる。樹林の中をどんどん下ると行者小屋へ。さらに朝来た道を戻ると11時頃には赤岳鉱泉に帰ってきた。早い。メンバーそれぞれが感想を述べ、リーダーS原さんが総括してからテントを撤収。そして美濃戸口に下山。歩いていると暑くなってきて、休憩のたびに服を脱いでいく。
 13時半過ぎに美濃戸口に帰着。H本車を停めている温泉施設のある道の駅小淵沢に移動するのだが、車2台では13人全員を載せきれないので、片道17㎞を私の車で往復して乗り切れなかった人たちを運んだ。
 温泉で身体を温めて、交通費などの清算を済ます。帰る方面が近い人たちごとに車に分乗。私の車には計5人が乗る。途中のパーキングエリアで夕食を済ます。笹子トンネルの対面通行区間で若干の渋滞はあったけれど、代わりにいつもの小仏トンネルの渋滞はまったく無かった。同乗者を自宅や駅に送ってから帰宅。
 今回は、自分には珍しく所属山岳会の大勢の人達とテント生活や登山ができたし、寒冷で程よく強風の体験もできたのは良かった。

雪山登山 白毛門でラッセル

2013.1.5()

 雪山を登ろうと思い、谷川岳を臨む白毛門(しらがもん 標高1,720m)を目指した。同行は所属山岳会のNK野さん。

 当初、奥多摩の岩場にクライミングに行く計画だったのだが、前日になって水上方面の天気予報が好天したため、行き先を変更したのだ。

 お正月休みの6日間は、元日に雲取山を登ったほかは、二子山でずっとクライミングをしていた。仕事始めの4日だけではその疲れが抜けきらきらず、そのまま土曜日早朝から登山口となる土合を目指すことになった。

 まだ暗いうちにNK野さんの家まで迎えに行き、関越道を走り水上ICで下りる。道路は除雪されているが、周りは雪だらけだ。宝台樹スキー場に行く道と別れると、完全には除雪しておらず、スタッドレスタイヤが活躍する。

 昨夏、万太郎沢を登るために訪れたJR土合駅に車を停め、駅舎のロビーで準備をする。準備をしていると、登山者3人が乗った車がやって来て、聞くと彼らも白毛門を登るとのこと。

 前日まで降雪があったので、ラッセルが強いられることが予想されたので、ラッセルの交代要員として、ほかのパーティーがいるのは助かる。

 720分頃に土合駅を出発。MAXというアウトドアツアーをやっている建物があるところから入山するのだが、先行するパーティーはいないようでトレースはない。

 用意したワカンを履くのに私が手こずっている間に、スノーシューを履いて両手にストックを持った3人組は平たんな雪の上をスイスイと先に行く。その後を追って、我々2人もワカンで歩いていく。

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 ワカンではスノーシューの浮力には敵わないので、スピードが違うのだが、橋を渡って山の斜面に取り付くと、さすがのスノーシューもスピードが落ちる。というか、ちょっと斜度が急になると、スノーシューでは上がりづらいようだ。積雪がどのくらいあるかは分からないが、ラッセルする深さはヒザくらいか。

 樹林帯の中に、以前のトレース跡がうっすらと残っているので、3人組はそれを辿って登って行く。斜度がいよいよ急になったところで、我々が先頭を替わる。

 ヒザくらいだとラッセルというほどのことはないのかもしれないが、今のようにフリークライミング漬けでなく、雪山にも多少は出かけていた数年前の頃の雪と戯れていた頃を思い出す。しかし、ワカンはお正月に北アルプスの横尾尾根を登った際に少し履いたことしかなかったので、今回こうしてワカンを履いて歩く感覚は新鮮だ。

 樹林帯の中を登る最初のころはまだそれなりにトレース跡が分かるので、そこを辿ると柔らかい雪の下の踏まれた雪に足が乗ってそれなりに歩きやすい。それが、だんだんとトレース跡が分からなくなって、どこでも歩けそうなところだと、足裏でトレース跡を探りながらなるべく歩きやすいところを探す。そうでないと、余計に足が雪に沈んで進むのが大変だ。

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 標高810mあたりで最初の休憩を取っている間に、3人組が追い抜いて行った。彼らはずっとスノーシューにストックというスタイルだ。休憩を終えて歩き出すと3人組は少し先で休憩していたので、再び我々がラッセルすることになった。

 いちおう私がリーダーということもあり、NK野さんよりも私がなるべく長くラッセルするようにした。他パーティーが入山しているとは限らないのだから、3人組が先頭を行ってくれるかどうかは関係なく、我々で頑張らないと。斜度のあるところでは、ピッケルで目の前の雪をかき崩してから膝で押し込み、それから足を踏み出す。無我夢中でラッセルするこの感じも新鮮である意味楽しい。

 天気が良くて、谷川岳がくっきりと眺められる。一ノ倉の岩壁も見える。あれが衝立岩だとかコップかなどとNK野さんと話す。これだけ天気が良くて風もないから、ラッセルを楽しむ余裕があるのだろう。

 高い樹木がなくなって、丈の低い木々の間を進むようになり、3人組と合同で計5人でラッセルする。ここからペースが遅くなり、時間がどんどん経っていく。どうやら白毛門の山頂まで行くのは厳しそうだ。山頂手前では急峻なところがあり、ロープを出したほうが良さそうなところがあるとのことのなので、下山の時間も考えると、どこかで引き返すことになりそうだ。

 コース上にある1,484mピークと思われるところの少し手前で、先頭を行っていた3人組が休憩したので、我々は残りを登って、1,484mピークにたどり着く。12時過ぎ。その先には白毛門が見え、そこまで至る尾根はまだまだ長そうだ。ジジ岩、ババ岩らしきものも見える。

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 休んでいると男女2人組が登って来たので、写真を撮ってもらう。我々はここで引き返すことにしたが、彼らもここまでのようだ。ピークの手前で休んでいた3人組もすでに下山していったし、後から一人で登って来た男性も引き返すようだ。

下りは速かった。

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ちょっと急な斜面ではシリセードを楽しむ。どんどん下って行くと、谷川岳ロープウェイのベースプラザが近づいてくる。下山に要した時間は1時間半くらい。午後2時過ぎに土合駅に帰着した。今回、雪の上ではずっとワカンを履いていた。

 ところで、この日は、谷川岳の西黒尾根を所属山岳会のK池さんが一人で登っているはずで、下山のタイミングが合えば合流して一緒に帰れるかもしれないので、NK野さんがK池さんのケータイに留守電を入れておいた。そうしたら、我々が車で土合を発って少しした頃に、K池さんから電話がかかってきた。今、下山してきたところだという。ちょうど良かった。すぐに引き返してベースプラザでK池さんを乗せる。途中、上牧の湯という温泉に寄る。高速道では渋滞が発生していて、早めにした道に下りたりして時間がかかったけれど、K池さんにとっては新幹線で帰るよりは交通費は安く済んだはずだ。

 早めに下山したので、くたくたに疲れたというわけではないけれど、ラッセルしたので、腕もけっこうヨレた。白毛門には行けなかったけれど、数年ぶりにまともにラッセルできたのは良かった。フリークライミングばかりでなく、たまにこういうのも楽しいものだ。

 さて、明日の日曜日は奥多摩の岩場でクライミングだ。年末からほぼずっとクライミングや登山が続いていて、いよいよ疲労が溜まってきているけれど、明日も頑張らないと。

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冬富士を登る

12/9夜発~11

 冬の富士山を登ってきた。これまで何度か富士山には登っているが、冬は登ったことがなかった。夏の富士山は子どもでも登れるので、一般観光客ならそれで「富士山に登った」と言えるけれど、山を登る者としては積雪期の富士山を登らないと、富士山を登ったと言えないのではないかという思いがあった。それだけ冬富士は厳しいはずだ。

 今回、山岳会のH谷から富士登山の提案があった。H谷さんは還暦を過ぎているけれど、今夏ヒマラヤの8,000m峰を登ってきたところだ。加わったメンバーは4人。たまにクライミングなどに一緒に行くIS見さん、これまたここのところジムに一緒に行くO石さん、山スキーをやるというT井さん、それから私。

 過去富士山には何度か登っている。

中学2年と高校1年の時に富士吉田口から夜間に登ったのだが、いずれも浅間神社までで、剣ヶ峰までは行っていなかった。

その後、10年程前に再び富士吉田口から夜に登り始め、ようやく剣ヶ峰を踏んだ。

それから4年前に、富士山に登ってみたいと言う職場の女性二人を伴ってこれまた富士吉田口から夜に登り始めてそれから5年前に、富士山に登ってみたいと言う職場の女性二人を伴って登ったのが4回目。

その後、山岳会の雪上訓練で馬返しから6合目付近まで登ったのが2回ある。

さらに、3年前の5月の連休にも行ったのだが、この時は風が強く8合目付近で引き返したことがある。

前回登ったのは昨年9月で、何度も登った吉田口ではなく、富士宮口から半日で登ってきた。

 今回は、金曜日の夜に東京を発って、初日の土曜日は馬返しから佐藤小屋まで。日曜日は未明から登り始めてお鉢巡りをして下りてくるという計画だ。

富士山は、晴れた朝には職場の建物からよく望めるので毎日のように眺めていたが、前々週までは上の方しか白くなっていなかった。それが数日前からの降雪で、一気に見える範囲が白くなった。雪山らしい様相になってくれた。これなら佐藤小屋のあたりも積雪がありそうだ。

 9()夜、車2台でそれぞれ富士吉田に向かう。私の車にはT井さんとO石さんを乗せていく。迎えに行ったO石さん宅からはO石さんに運転を代わってもらい、私は後部座席で寝る。

 富士吉田ICで下りて、コンビニでH谷車と合流後、道の駅富士吉田へ。道の駅には登山姿の人達が他にもたくさんいてテントを張っていた。明日は多くが富士山に行くのだろうが、必ずしも山頂を目指すとは限らず、この時期、雪訓をやる山岳会も多いはずだ。我々もT井さんが持ってきたエスパースを張って寝る。私は新たに買った冬用シュラフ・イスカエア810で寝てみたが、5人でぎゅうぎゅう詰めということもあるが、暑いくらいだった。

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 この日は佐藤小屋までしか登らないのでそれほど急ぐ必要もないのだが、6時には起きることに。眠いし寒い。荷物をまとめて車2台で馬返しに向かう。ダートに入った先から路面に雪が現れてくる。ずいぶん進んでもうすぐ馬返しかというところで、道路の勾配がわずかにきつくなり、2駆の私の車ではタイヤが空転するようになってしまった。T井さんと私が車を降りて、運転していたO石さんを誘導する。少し戻った道路脇に車を停め、馬返しまで車で行けたはずのH谷さんとIS見さんのところまで歩く。馬返しを発ったのは745分頃。過去3度歩いた登山道を登って行く。1合目、2合目と進み、雪は少ないものの少しずつ増えてくる。

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佐藤小屋に着いたのは10時半頃。空は快晴だ。たくさんのパーティーがテントが張っている。佐藤小屋のテント場はいっぱいだったので、少し上の星観荘の前にテントを張った。隣りには某山岳会が2張りテントを張っている。少ないが新雪が積もっているので、水にするために袋に雪を入れる。時間はたっぷりあるので、テントを張り終えてからちょっと上まで登ってみることにした。

空身でアイゼンは着けずに、ピッケル片手に6合目まで登る。道中あちこちにテントが張ってあって、人も多い。滑落停止の訓練をしているパーティーもいる。我々も斜面でやってみるが、雪面が固く凸凹しているので痛い。滑落停止をほどほどにして、テント場に戻る。

まだまだ時間が早いのだが、午後2時くらいにはテントに入って、各自持ち寄った食材で鍋を作る。鍋奉行はT井さんだ。調味料もあれこれ出てきて、刻んだニンニクも用意している。マメだなあ。暗くなる5時には早々に寝る予定で、それまでの数時間、雪を溶かして、ひたすら鍋料理を作って何杯も食べた。お酒も少しだけ飲んだ。満腹になったところで、寝不足もあってとろとろと眠くなってくる。予定の5時頃には寝袋を出して、ぎゅうぎゅう詰めになって皆で寝ることにした。鍋で水分を摂り過ぎたせいか、何度かトイレに立つためにテントを出る。晴れた夜空に満月が浮かんでいる。きれいだ。そういえば今夜は皆既月食だとIS見さんが言っていたが、結局それを見ることはなかった。

隣りのテントも静かになった夜8時頃だったろうか、外で大声をあげている人がいる。聞いていると、どうやら県警のようだ。学生がいないかと声をかけて廻っている。そういえば数日前に単独で富士山に入った学生が行方不明になっているとネットのニュースで読んだ。その警察がテントの前を通りかかった時に話したのは、その学生はまだ見つかっておらず、それとは別に今日6合目で1人死亡する事故があったとのこと。また、上のほうの閉鎖中の山小屋に登山者が避難したらしいとのこと。冬の富士山は普通に人が死んでしまう危険地帯なのだと、改めて認識する。あとで知ったところでは、死亡したというのは外国人らしく、学生を捜索していた県警がたまたま発見したようで、死んだのがこの日なのかどうかは分からない。

テントの中では私は端に寝ていたので、暖かい寝袋とはいえテントの側面に当たる側が寒い。しかも夜中に強い風が長々と吹いていてテントを揺らす。その風も深夜には収まったようだ。ウトウトと睡眠と目覚めを繰り返す。

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 深夜2時起床。残った材料にうどんを加えて早い朝食とする。とにかく寒いだろうと思い、私は上も下も何枚も重ね着をした。ダウンジャケットも重ねる。登山口にスパッツ。アイゼンも出発時から着けておくことにした。ヘルメットはかぶるが、ハーネスやロープなどは持ってきていない。万一誰か滑落しても止められないので、一緒に登るとはいっても各自注意して登るだけなのだ。その分、身体を拘束されず軽い。ザックにテルモスと行動食、小物類を少し入れただけで、背中の荷物は軽い。ヘッドランプを点けて予定どおりまだ暗い4時にテントを発つ。満月が相変わらず明るい。下界の街の灯りも鮮やかだ。東京のほうは一面光で埋め尽くされている。

 手は薄手の手袋にウールの厚手、さらにオーバー手をしているのに、それでも指先がかじかむ。H谷さんが教えてくれたのは、手をぶんぶんと何十回も振ると遠心力で指先に血が巡るというものだ。やってみるとほんの少し実感できる。

 昨日登った6合目からは木もなくなり風が強くなってくる。着こんでいるので少し暑く感じるが、上のほうは風がもっと強いだろうから、これで良いだろう。今夏マナスルを登ったというH谷さんを先頭にゆっくりと登って行く。この日のためにアイゼンの爪を研いでおいた。東の空が少しずつ赤く明るくなってくる。640分過ぎだったろうか、太陽が顔を見せた。思わず太陽に向かって手を合わせて登山の無事を祈る。

 明るくなってヘッドランプの灯りはもう不要だ。7合目、8合目と上がるにつれて、風も強くなってくる。風は常時吹いているのだが、特に強い風が吹くと耐風姿勢を取って風をやり過ごす。しかし、身体ごと飛ばされるような風ではないから、登山は続けられる。前日は晴れていたものの、もっとずっと風が強かったらしい。休憩時にはポケットに入れておいた行動食を口に入れる。私のテルモスは500mlなのだが、ちょっと少なかったかな。H谷さんが、8合目から出発する際に、では行きましょうと皆に声をかけると、4人がよっしゃーと応える。皆テンションが高くて良い。Imgp4789

風が強いこともあって、そのH谷さんのペースが少し落ちる。T井さんと私が前に出て、歩を進める。やがて浅間神社の鳥居が見えてくる。そこに至る凍った雪の斜面を慎重に登る。登ることそのものは何でもないはずなのだが、強風で身体が振られて滑落をするのは怖い。各自の間が少し開いたが、まずは私が浅間神社に到着。午前107分。続いてT井さん、O石さん、それからH谷さんとIS見さんが登って来た。まずは一安心。

 H谷さんがちょっと疲労気味なのか、剣ヶ峰に行くのを止めようと提案したのだが、時間もまだまだ早く風があるとはいえ冬富士にしてはコンディションが良いはずなのだから、折角だから山頂まで行こうとT井さんと私が進言して、お鉢巡りは止めるものの、山の斜面が風避けになる北側から剣ヶ峰を往復することにした。ここまで来て、気象条件も身体の調子も良いのに、山頂に行かないのはあまりにももったいない。

 緩い雪の斜面を下ったり登ったりして、剣ヶ峰に到着。やった。H谷さんも着く。Imgp4796

皆で記念写真を撮る。見渡したところ、他には誰もいない。風が強いとはいえ、快晴の富士山の山頂に登ってくるのは、冬ではやはり限られた人間だけのようだ。来たところを戻るが、浅間神社に至るまでに、私はどうやらエネルギー切れになったようだ。神社の前で座り込んで行動食をとる。標高も高いこともあり、息苦しく少し疲れが出たようだ。こまめに食べてエネルギー補充する。今回は、パワーバーをちょこちょこと食べた。寒くても固くならないタイプもあるらしいが、持参したのはカチカチに固い。ピッケルで叩いて割って、それをそのままポケットに入れておく。寒くて溶けないから、そのまま入れておいてもポケットが汚れない。

 浅間神社に戻ったのは正午5分前。下りはしばらくは急な斜面を下りていくので気が抜けない。アイゼンの爪を効かせて下りていく。急なところを過ぎると、あとはどんどんと下って行くだけだ。ただとにかく下って行くだけ。空気が濃くなってきたのか、山頂にいた時のような息苦しさもなくなってくる。

 晴れていて展望が良く、河口湖に山中湖、三つ峠などの近くの山々、奥秩父、八ヶ岳、甲斐駒、さらに遠方の山々も望みながら下って行く。14時半前にはテントに帰着。着重ねした服を何枚か脱ぐ。荷物をまとめて馬返しに向かって再び下山開始。

 すでにアイゼンは外してあるので、薄いながらも固い雪の道を下って行く。山頂からがんがん下って来たので、さすがに疲れてくる。3合目での休憩をはさんで馬返しについたのは1640分頃。私の車までさらに車道を下りていく頃には暗くなりかけていた。ともあれ無事下山。荷物を車に載せ、2台で富士吉田の街にある牛丼チェーン店へ。つまり、すき家。若いO石さんとIS見さんは隠しメニューというキングサイズ牛丼を注文。O石さんは見事に平らげ、力尽きたIS見さんは残りを持ち帰り用容器に入れてもらった。それにしてもキングサイズは尋常な量ではなかった。

 帰りの中央道は小仏トンネルの大渋滞も全くなく、思ったより早く帰ることができた。しかし、氷点下の中、風に吹かれて長時間行動したのでさすがにクタクタだ。湿った荷物を部屋の中にぶちまけてから、風呂に入りさっさと寝る。ああ、疲れた。でも、冬富士に登れたのは本当に良かった。メンバーもやる気満々で、会心の登山だったといえそうだ。

アイゼンの爪研ぎ、ワカンの購入

12/1(木)

 ここ数日、昼休みに職場の近くの公園に行って、丸くなったアイゼンの爪をダイヤモンドヤスリでギコギコと研いだ。

 グラインダーで研いでしまえばあっという間なのだろうが、持っていないし。

 毎日少しずつ研いで、今日3日目で全ての爪が概ね研ぎ終わった。

 今冬はフリークライミングだけでなく、このアイゼンを履いて雪のある山に行きたいものだ。

 すでに決まっている計画もあるし。


 それから、今日は仕事のあと、高田馬場のカモシカスポーツに行って、ワカンを買った。

 使うかどうか分からないけれど。

 あと、ファイントラックのアクティブスキンというアンダータイツも買った。

 モンベルのメリノウールのタイツを持っているのだが、これのさらに下に履いてみたら、汗を吸ってくれて具合が良いかもしれないと思って。
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