アルパインクライミング

瑞牆山 十一面岩奥壁「一粒の麦」6P 5.10c/d、大面岩「左稜線」8P 5.10b

2014.11.02(日)~03(月)
 4週連続で瑞牆山へ。当初は糸魚川の明星山へ行く予定だったが天気予報が悪いため中止し、代わりに、同行者の所属山岳会のH明さんと瑞牆で登ることにした。
 2日(日)は、先週登った「Joyful Moment」のある十一面岩(といちめんいわ)奥壁にある「一粒の麦」を登攀した。
 3日(月)は、所属山岳会のT城さんも加わった3人で、大面岩(おおづらいわ)左稜線を登攀した。

■11/1(土) 宴会
 3連休初日は完全な雨予報だったため、昼過ぎにH明さんと待ち合わせ、須玉ICから北杜市内の某所へ。雨を避けて某所の東屋の下で荷物を広げて、夕食の支度をしていると、富山県からMさんもやって来た。先日Mさんは、奥利根にある大滝の登攀で墜落した際に、右足首を骨折してヘリで救助されるということがあったのだが、ギプスで固定した足でアクセルを踏んでわざわざここまでやって来たのだ。もちろん今はクライミングができないので、今夜の宴会だけ同席して、翌未明に富山へと帰って行った。
 ということで、この日は夕方から23時頃までキムチ鍋を食べつつ延々とお酒を飲んで過ごした。ワインを何本も空けて、明らかに飲み過ぎで二日酔いが心配。

■11/2(日) 十一面岩奥「一粒の麦」6P 5.10c/d
 未明にMさんが富山に帰って行き、再び寝て起きると一応雨は上がっていた。植樹祭広場に移動すると、雨の直後からか車は少ない。
 これから晴れてくれたとしても、クラックの中はまず乾かないだろうなと思いつつ、先日取付きの場所を確認しておいた十一面岩奥壁の「一粒の麦」を登りに行くことにした。所属山岳会のH内さんとI藤さんが7月に登っているルートで、佐藤裕介ガイドのサイトに載っていた写真のトポを参考にした。
 取付きは、先週登った「Joyful Moment」の取付きに向かう途中にある。今回、一粒の麦では私が全ピッチをリードして登った。Joyful Momentと同じで奥壁ピークからは歩いて下降できるので、シングルロープ1本で登ることにした。記載のグレードは、H内さん達の記録に寄る。

Pb020004
(↑植樹祭広場から末端壁に至るアプローチ道の途中にある、通称?うさぎ岩。うさぎの横顔に見えるでしょ)
Pb020005
(↑八ヶ岳を望む)

○十一面岩奥壁「一粒の麦」5.10c/d 6P
 取付きは、アプローチ道の途中、ズルムケチムニー取付きのある樹林内広場状にあがる手前の短いフィックスロープのさらに手前を、肩幅ほどのテラス状を入ったところにある。見上げる岩壁はやはり雨後で湿気っているか、ビショビショに濡れているところも。

1P目(5.10a/b) 登攀開始は10時過ぎ。ガタガタしたフェイスを上がるとテラス状の先にハンドサイズの短いクラックがある。ここを乗っ越すのがちょっと難しいが、ここを越えるとスラブ状になっている。直上して灌木やクラックでランナーを取ってから、左下にある樹林までクライムダウンする。フォローのためにも直上からクライムダウンに移る前でランナーは必ず取ったほうが良いのだが、ロープの流れが悪くなるので、屈曲部分のランナーは長め長めに作ったほうが良い。
 樹林のところまで行くと、見上げる岩壁にバシッとクラックが伸びているのでそこでピッチを切る。

Pb0200111p
(↑1P目を登るH明さん)

2P目(5.10c) 前半の核心ピッチ。H内さん達の記録にも30m近いクラックとあるのに、私には用意したカムが少な過ぎた。出だしは、背後の樹木の枝を踏むと結構な高さまで登れてしまう。前半はキャメロット3番サイズのクラックが続く。ジャミングというより、左向きのフレークをレイバック様のムーブで登る感じ。さっさと1~2番キャメを使ってしまい、3番も使ってしまいタマ切れになりかけ、この先が怖くなってテンション。途中までロワーダウンしてカムを間引くことにする。ここでは3番がいくつもほしい。いったんテンションしてしまうと、その後はテンションが増えてしまう。
 さすがにカムエイドするほどの箇所は無かったけれど、後半はオフィドゥスサイズになってきて、今度は5番サイズ前後がいくつもほしくなり、前半と同様間引きながら登って行く。
十分な数のカムを用意しておけば、もう少し思い切り登れただろうなあと思いつつ、クラックを抜けたところの太い木でピッチを切る。フォローのH明さんも苦戦しているようだ。

Pb0200132p
(↑2P目のクラックを見上げる)
Pb020015
(↑2P目途中から見下ろす。写真横向き)
Pb020018
(↑2P目を登るH明さん)

3P目 右側にある大岩の基部をトラバースして樹林の中に入ると、顕著なチムニーが現れるのでそこでピッチを切る。

Pb0200223p
(↑3P目トラバースのH明さん)

4P目(5.9) チムニーを中へ中へと入って行く。いよいよ突き当たった辺りで直上すると、頭上にチョックストーンがある。CSの隙間を抜けることもできるかもしれないが、私はCSの外側から越える。CSの手前でカムが取れる。狭いので、フォローはザックがあれば背負わずにぶら下げたほうが良い。
 CSを越えるとチムニーがT字路状になっており、幅の広いほうの右を除くとその先の樹林が見える。ロープの流れが悪くなりそうだったので、ここでいったんピッチを切る。T字路から右は狭く身体が入らないので、直上して岩の上に出る。
 樹林帯まで行き回り込むと、うす暗い大溝状に複数のクラック状が見上げられるので、ここで再びピッチを切る。

Pb0200254p
(↑4P目のチムニー内。写真横向き)
Pb020031
(↑チムニー内T字路で岩の上に上がる)
Pb0200334p
(↑T字路で上に上がるH明さん)

5P目(5.10a) 大溝内に3本ほど見える短いクラック状では、私は右寄り辺りから越える。その先に樹林が続いていて、右手にはクラックが1本走っている岩壁がある。最終6P目取付きに向かうにはどこをどう行けば良いのか、いまいち分らない。振り返ると、すぐ脇に大きな岩塔が立っているので、写真トポを参照して、現在位置はだいたい分かるのだが。
 結果的に3回くらいピッチを分けてずいぶん迂回する感じで6P目取付きまで行ったことになるので、もっと効率の良いショートカットできるラインは今回は確認できなかった。遠回りしたので参考にならないが、右手の岩壁基部に沿って樹林を少し進むとコーナーに出る。コーナー部分の岩は濡れていたし難しそうだったので、コーナーの左のほうにあるクラックに取り付く。このクラックもちょっとワルいが、越えると再び樹林の中を適当に歩いていく。ロープの流れが悪くなりピッチを切る。樹林帯を見上げると、右上方が明るく開けているように見えたのでそこまで歩くと、岩場に出た。奥壁ピークへと続くらしき傾斜の緩そうな岩場が見上げられるのだが、これが6P目ということはないだろう。目の間にハングした岩があり、写真トポと見比べて、6P目はハングの向こう側(右側)にあることはずなので、ガレ場を少し降りると、果たして最終6P目のクラックがあった。写真トポよりもずいぶんと左から大回りして来てしまったようだ。

Pb0200325p
(↑複数のクラック状が見える。写真横向き)
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(↑クラック状を登るH明さん)
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(↑迂回し過ぎて、6P目取付きより上に出る。ここを登っても奥壁ピークに行けるのかも。写真横向き)
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(↑ハングした岩の向こう側に6P目がある。写真横向き)

6P目(5.10c/d) 後半の核心ピッチで、これまた長い。そして2P目よりもワルい。特に最初のところで、途中にハング状の岩があり、そこでクラックが途切れてしまっている。ここでテンション。カムをきめて、岩の上に生えた細い灌木を掴んで、ランナーをタイオフ。それから右上に続くハンドサイズのクラックに移るところが足元がきれいているのでワルい。ここらで何度もテンションする。
 ハンドクラックはスラブ状で傾斜が緩めなのは助かるが、1~2番を多用するためすぐにタマ切れに。間引く作戦で登って行くが、ハンドサイズのセクションがとにかく長い。クラックが細くなったところで、フレーク状の縁を持ちながらスラブを左上するのだが、使えるカムが尽きかけていたし、手前で緑エイリアンをきめただけなので、落ちたら間違いなくカムが吹っ飛びそうでちょっと緊張する。最後の垂壁のクラックでは、手持ちのカムが0.4番しかなく、サイズが合わずほとんど意味がなかったけれど、クラックが閉じ気味のところにセットして越える。

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(↑6P目を見上げる)
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(↑ハンドサイズのクラックを見上げる。写真横向き)
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(↑奥壁ピークへと抜けるH明さん)

 こうして奥壁ピークに出ると、ガスっていて風がビュービューと吹いて寒いのなんの。フォローのH明さんをビレイしている間、ガタガタ震えながら寒さを我慢する。もっと服を着てくれば良かった…。
 H明さんが登ってくると、すぐに記念写真を撮って靴を履き替え下降に移る。先週も歩いているので迷わず行ける。登ってきたのとは反対側にあるチムニーに向けてクライムダウンし、チムニーの足元にあるトンネルから樹林帯に出る。途中、Joyful Momentの取付きをH明さんに伝えて、荷物をデポした取付きに戻ったのは16時過ぎ。登攀開始から約6時間。
末端壁まで戻ると、所属山岳会のKM田さんが仲間の人達と登っていた。もう暗くなりかけている夕方で、あわよくば帰りがけに末端壁で1本くらい登ろうと思っていたけれど、とてもそんな時間はない。植樹祭広場に帰着する頃に真っ暗になる。

Pb020046
(↑取付きに帰着)

 大きなテントを張って、今夜は豆乳きのこ鍋を作る。ワインを1本空けて食べ終わって、疲れているので早めに寝ようとしていた夜9時頃にH内さん達がテントにやって来た。明日一日登る予定で、所属山岳会のH内さん、I田さん、T城さん3人が来たのだ。明日朝にはM藤さんも来るそう。
 起きて宴会を始めると、近くでテントを張っているというKM田さんも顔を出した。日付けが替わる頃に寝る。疲れた。

■11/3(月) 大面岩「左稜線」8P 5.10b
 昨日の朝ほどではないが、飲みなれないワインを飲み過ぎたせいか頭が重い。よく晴れた空のもと、出発の支度を進める。M藤さんもやって来た。
 H内さん達が来て6人になったので、3人3人に分かれて、それぞれマルチピッチルートを登りに行くことになった。
 H明さんは大面岩の左稜線を何度も登っているとのことだが、私は大面岩に行ったことがないので一度は訪れてみたいと思っていた。それにT城さんが加わって3人で行くことにした。
 H内さん達3人は十一面岩奥壁のJoyful Momentを登りに行くそうだ。タイミングが合えば、我々が大面岩のピークに立った時に十一面岩にいるH内さん達が見えるかもしれない。
 数年前にカンマンボロンへシングルピッチのルートを登りに二度ほど行ったことがあるだけで、植樹祭広場から車道を少し戻ったところにある駐車場からの登山道から歩き出すのはずいぶん久しぶりのことだ。葉の落ちた樹林帯の中の道を歩いて行き、水の流れる沢に出合うとその右岸側の道を登って行くようになる。見上げる樹幹越しにカンマンボロンが見える。巨大な洞穴状ハングが眺められ、そこにも人工のルートがあるらしい。
 大面岩は、いったん通り過ぎるように歩いてから戻るようにして歩き、ルンゼ状を詰めて行くと、各ルートの取付きがある。H明さんが左稜線の取付きの場所を教えてくれる。すぐちかくには、「ニューモンタージュ」や「自由登攀旅行」の取付き付近も確認できる。岩壁の基部に沿って踏み跡を右に辿ると、「フリーウェイ」や「イクストランへの旅」の取付きがあった。ボルトラダーも見え、それが「北稜会ルート」のようだ。

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(↑カンマンボロンを望む)
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(↑左稜線の取付き)
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(↑ニューモンダージュや自由登攀旅行の取付き)
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(↑フリーウェイの取付き)

○大面岩「左稜線」7P 5.10b
 ダブルロープ2本にフォローがそれぞれつながり、H明さんのリードで登攀開始したのは9時前。

1P目(5.7)H明さん スラブ状から、さらに右側の木の生えた凹状に入り、立ち木でピッチを切る。

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(↑1P目を登るH明さん)

2P目(Ⅳ)H明さん 左に上がって行くようにスラブを登って行く。

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(↑2P目のT城さん)

3P目(Ⅳ+)H明さん 立ち木もある岩場を過ぎると、水平クラックが右に伸びるスラブに出る。水平クラックはジャミングがきく感じではないがリード者はカムをきめつつ右トラバース。スラブにフットホールドがあるので、姿勢を低くしながらそこに足を乗せ慎重に通過。

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(↑3P目終了点でビレイするH明さん)

4P目(5.10b)私 ここでリードを私に交替。3P目で右トラバースを済ませているので、このピッチは難しめのスラブを左上に抜ける短いピッチだ。スラブにはホールドが乏しくちょっと難しいのだが、出だしは右カンテを使って直上できる。ボルトにクリップしながら登っていき、途中から左上へとトラバース気味に登って行く。フォローのH明さんとT城さんもアブミを使って続く。

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(↑4P目5.10bの箇所をリードする私。写真横向き)
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5P目(5.10a)私 目の前の大岩を登り上がるのにちょっと苦労したが、この大岩に立つと、10aのスラブが始まる。ホールドを探しながら登って行くと、右カンテに近づく。ここでは右カンテをうまく使って突破するのだろうが、なかなか良いムーブが見つけられない。あれこれさんざん試して時間を費やす。右手でカンテにあるガバを持ちつつ、カンテの小さなフットホールドに右足を乗せ、乗り上がってカンテ右面にあるホールドに手が届くと確信が抜けられる。
 その後も正面のスラブを登って行き、足元に水のたまったポットホールのある狭いテラスでピッチを切る。

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(↑5P目のスラブをリードする私)
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(↑T城さん)

6P目(5.10a)私 出だしの垂壁がワルく、止む無くスリングをアブミ代わりにしたりボルトの頭を踏んでしまう。ということでこのピッチはフリーで登れず。スラブから樹林帯に入ると、岩壁の基部を右に進んで行く。するとその先に大きく暗いチムニーが見える。太い木がいくつもあるのでピッチを切る。

Pb030100
(↑6P目をリードする私)

7P目(5.7chim~5.10a o.w)H明さん ここで再びH明さんにリードを交替する。チムニーの中へと詰めて行き、残置ハーケンがあるところでいったんピッチを切る。
 チムニー内にボルトがあり、H明さんはアブミを駆使してチムニーを抜ける。フォローの私は、フリーで頑張ってみたが、チムニー内は登るにつれて身動きが取りづらくなり、ニー&フットで身体を支えたりするも、なかなか身体があげづらく、時間がかかりそうだったのでボルトにかけたヌンチャクをつかんで身体を引き上げる。
 チムニーを抜けた先は左壁と右スラブの間はオフィドゥスサイズのクラックが続く。オフィドゥスも越えた先でピッチを切る。

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(↑チムニーを登るH明さんとビレイするT城さん。写真横向き)
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(↑T城さんも登る。写真横向き)
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(↑オフィドゥスを登るT城さん)

8P目 H明さん 大面岩ピーク付近のブッシュ帯までロープを伸ばす。

 樹林帯を避けて大面岩ピークに向かうこともできるようだが、私は初めてでよく分らないので、樹林を抜けてピークに向かく。もうロープで確保する必要はないが、一か所だけ岩を乗り上がるところがあり、ここでは上からロープを張ったほうがよいかも。
 こうして大面岩のピークに立つと、十一面岩方面が眺められる。十一面岩は左から左岩壁~正面壁~奥壁と並び、登ったことのあるルートのラインが確認できる。さらに右に目を移すと瑞牆山本峰や大ヤスリ岩があり、すばらしい眺めだ。見ると、ちょうど奥壁のピークに立つパーティーがいた。Joyful Momentを登ったH内さん達だと思い、我々は手を振って大声で呼びかける。すると、相手方も気づいてくれたようで手を振り返していたけれど、あとでH内さん達に聞くと、H内さん達はすでに下降に移っていて、彼らは後続Pだったらしい。大声で呼んだりして、ご迷惑おかけしました。

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(↑十一面岩を望む。左から左岩壁、正面壁、奥壁)
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(↑奥壁ピークにいるH内さん達の後続Pの姿が見える)
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(↑八ヶ岳)
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(↑富士山)

 我々の後に3人Pがいたのだが、彼らは我々より一足先に下降を開始しており、我々もその後に続くことにした。彼らはガイドの男性と女性客2人らしい。ニューモンタージュなどのある岩壁を懸垂下降を繰り返して下りて行くのだ、斜めに下りて行くところもあり、知らないとうまく次の懸垂ポイントにたどり着けない。最初は彼らの後を付いていったのだが、途中でロープがスタックしてしまうという事態が二度あって、引き離されてしまった。私が先行しながら、懸垂ポイントを探しながら下りて行く。夕刻迫る中、ピークから懸垂5回で岩壁基部の樹林帯に降り立つ。無事ロープも回収できた。降り立った箇所から岩壁基部を左トラバースしても行けるようだが下がスラブで危険なので、踏み跡を辿って降りて登り返して荷物をデポした取付きに戻る。17時前。登攀開始から約8時間。

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(↑大面岩ピークの少し下から懸垂下降を始める)
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(↑懸垂下降する)

 靴を履き替え、急いで荷物をまとめて下山する。途中、ヘッ電を点けて樹林帯の登山道を歩いていると、他にいくつもヘッ電の灯りが見える。ボルダラーの人達のようだ。
 すっかり暗くなって駐車場に戻ると、車がたくさん停まっていて、ちょうど下山してきた人たちがたくさんいた。やはりボルダラーが多い。植樹祭広場に戻ると、H内さん達の車が停まっていた。まだ帰って来ていないようだ。Joyful Momentを登ったあと、左岩壁の錦秋カナトコルートから途中、山族ルートにつなげるラインに継続すると言っていたので、下山が遅れているのかと思い待っていると、30分ほどして帰って来た。さすがに継続する時間はなく、ジョイフルを登ったあと、末端壁でまた登っていたそうだ。
 それにしても、今日は昨日以上に寒かったのだが、夜になるとさらに寒い。H内さん達と別れ、H明さんと私は先に帰途に就く。須玉ICから中央道に入ると、小仏トンネルの渋滞があまりヒドくないことを渋滞情報が告げていた。渋滞区間に近づくにつれて、渋滞は解消していっているようで、結局小仏トンネル手前1㎞くらいで少し渋滞しただけで済んだ。某所でH明さんと解散し、帰宅。
 今回、テンションやチョンボはしてしまったけれど、2本のマルチピッチルーを登ることができて良かった。H明さん、ありがとうございました。それにしても瑞牆はもう寒い。

糸魚川・明星山P6南壁 墜落事故

2014.09.27()28()

 明星山P6南壁にあるマルチピッチルート「マニフェスト」の登攀中、同行者が墜落、グラウンドフォールし負傷した。

 ケガを負い入院したこともあり、本人の容体などに触れるのは憚られるので書かないが、事故発生時の様子からその後の救助活動について、事故事例の一つとして、他のクライマーへの事故防止の注意喚起の一助となればと思い筆を執る。

 メンバーは私および所属山岳会のAさんの2人。

記録の内容は基本的に私の視点から書いたもの。

 

 

1 行動時間

ただし、時間は概ね

 

9/26()

20:30 都内待ち合わせ

 

9/27()

 

1:00 明星山駐車場到着、仮眠

5:00 起床

5:30 駐車場出発

5:50 小滝川渡渉

6:35 マニフェスト登攀開始

6:40 事故発生

7:45 旅行者に救助要請

8:16 消防へ通報

8:40 私、通報者の元へ

8:45 消防隊員到着

8:55 消防隊員を案内開始

9:40 負傷者を中州に搬送

9:50 ヘリ飛来

10:00 隊員下降

10:20 負傷者をヘリでピックアップ

11:15 救助関係者解散

12:00 所属山岳会に一報

13:00 私、病院到着

21:30 負傷者家族、病院最寄駅に到着

 

 

2 事故発生まで

 前夜都内でAさんと待ち合わせ、私の車で中央道~長野道を走り、日付が替わった深夜1時頃に明星山P6南壁を望む駐車場に到着。テントを張って仮眠。

5時起床、少し明るくなってきた5時半に出発。土産物屋脇から草むらのアプローチ道へ。草むらを通過中にAさんがヘッ電を紛失。草むらをしばらく探すも見つからず。そのうちすっかり明るくなる。

河原に降り立った場所から10mほど上流側で渡渉。深いところで膝上程度の水深で無事に通過。南壁側の小滝川左岸を下流に歩き、南壁基部に沿ってガレたアプローチ道を登る。

フリースピリッツの取付のあたりを確認し、さらに登ってマニフェストやクイーンズウェイの取付のあたり(残置リングボルト2)を確認。

ボルトの5mほど右上のやや平たんなガレ場に荷物を降ろす。

ここで私もヘッ電を紛失したことが判明。河原のどこかで落としたものか。この日の目標ルート・マニフェストは登攀後に同ルートを下降することになっている。

ヘッ電を紛失していないとしても、暗い中を懸垂下降することを避けるため、明るいうちに下山することとし、糸魚川の街で懐中電灯を買えれば買おうという話をする。

天気は晴れ。特に風もなく寒くない。岩はよく乾いている様子。

2人でルート図と実際に見上げた岩壁を見比べる。

マニフェストは、クイーンズウェイと取付きが同じ。左上方遠くに右上する形をしたハングが2段ある。最初のハングを越えたあと、クイーンズウェイはさらに次のハングを越えて左上するが、マニフェストは最初と次のハングの間を右上するものと、ルート図から読み取れる。実際の岩も見て、あの辺りで1P目のピッチを切るのだろうと話す。

主な登攀装備は、ダブルロープ2本、ヌンチャク10数本、カム一式、その他に確保器、スリング、ビナなど。

西面下降路ではなく、同ルート懸垂下降なので下山用のアプローチシューズは持たず取付きにデポする。

サブザック1つに2人分の水・食料と救急用品をまとめ、フォローが背負うこととする。

基本的につるべ登攀することとし、順番については、1P5.10aAさんリード、2P5.10bを私がリードすることとした。

なお、この日マニフェストを登攀した場合、翌日は最初と最後をマニフェストと共用するJADEを登攀する計画であった。

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(↑早朝の明星山P6南壁)
P9270003
(↑小滝川に降りる)

 

3 事故発生時

 

6:35頃、Aさんのリードで登攀開始。

取付き箇所は、リングボルト地点から5mほど上の荷物を置いた少し平たんな場所。

34mほど直上すると1mほどの垂壁があり、リードするAさんは越えられないようで、その基部を左にトラバースしていこうとしている。そのトラバースが悪いようで、Aさんの動きが慎重になる。いったん右に戻るが、再び左に進みだす。

数メートル左にトラバースしたあたり、左足を置くのも慎重にしているのが見て分かる。私の位置からAさんの姿は左上に見える。

この間、Aさんはカムをセットできるところを探す素振りは特に見受けられず。

 

つぎの瞬間、Aさんが墜落する!

一瞬の出来事であるが、始めは壁のほうを向いたまま直立した姿勢のまま落下する。直後、反転して頭が下となり、岩壁の基部から下に続くアプローチ道のガレ場の上を、頭を下にうつ伏せ(ダイビングするような姿勢)で滑り落ちて止まる。

スラブ状の岩壁の墜落距離が概ね5メートル、その後のガレ場の滑落距離は34メートルくらいか。

1P目を取る前に墜落し、そのままグラウンドフォールしてしまった。

ビレイしていた私のロープが引っ張られることはなく、その前にAさんの身体は止まった。スタート地点から左上に出ていたロープがそのまま左下に向いたという感じ。

P9270006
(↑Aさんの落下地点付近を見上げる。写真横向き)

 

4 セルフレスキュー

 

消防の救助が来るまでを、ここではセルフレスキューとする。

Aさんのグラウンドフォールは一瞬のことで、落下中にAさんの声は聞こえなかった。

私は名前を叫びながらすぐに駆け寄り、うつ伏せに倒れたAさんを抱き起して仰向けにさせる。

Aさんは目を閉じ身体の動きもなく全くの無反応。見た瞬間は、生死が不明だった。私は声をかけ、仰向けにさせながら胸部を押したりする。

直後、Aさんはグ~という大きな鼾のような音を出す。

突然倒れてグーグーと鼾をかき始めたという話を瞬間的に思い出して、脳卒中という言葉が浮かんだ。が、その鼾の音は一度だけで、その後は当初ほとんど呼吸をしているのかどうか分からない感じだった。あとで思うと、鼾のような音は停止していた呼吸が急に回復した音だったと思われる。

Aさんの墜落から呼吸回復までの時間は、駆け寄り抱き起しマッサージまでの一連の動作で、おそらく10秒かもう少しくらいと思われる。

この最初の呼吸音を聞いて、生きていることが分かったが、完全に意識を失っている状態には変わりはない。とにかく声をかけながら胸部マッサージを続け、仰向けに下Aさんの姿勢を手足を伸ばせるように変えていく。

 

以後、声がけはずっと続けていたので記載は省略するが、私は「Aさん」「しっかり」「大丈夫ですよ」などと声をかけ続ける。

ガレ場で足元が安定しないので、ずり落ちないように私はAさんの下側に回り込み身体を支える。

Aさんは最初の呼吸回復後も、当初はほとんど呼吸をしているかどうか分らない状態のため、私は胸部を手で押してマッサージを続ける。10数回押して、押すのを止めた直後はハッハッと浅く呼吸をしているのが見受けられた。

私はAさんのヘルメット、ロープ、ハーネス、ギアラックを少しずつ解く作業をする。ヘルメットは呼吸回復直後にすぐに外してある。一つ外すごとにマッサージを行って呼吸を確認することの繰り返しで行う。あとでクライミングシューズも運動靴に履き替えさせる。

ガレ場で不安定のため、作業ごとに身体を支えたまま位置がズルズルとガレたアプローチ道に沿って下がる。最終的には数10分かけて落下停止地点から10mほど下までガレ場を移動した。

Aさんは舌が落ち込むようなことはなかったが、当初は顔をなるべく横向きになるようにする。口を閉じてしまうので、鼻で呼吸できているのか分らなかったため、何度か手で口を開くようにした。

視認した範囲では、大きな出血はなく、明らかな骨折も無いと思われた。

Aさんの頭の下には、引き寄せたロープの束を枕代わりに当てる。Aさんは呼吸以外にも、手足をわずかにもぞもぞという感じで動かす仕草も時々するようなった。ずっと目は閉じていて声を出すこともない。

 

事故発生からその後発見者が現れるまでの約1時間のうち、呼吸がほとんど分からずマッサージを頻繁に行っていたのを概ね前半とし、呼吸が見ても分かるようになり、後述する受け答えや水飲みなど、当初よりも少しだけ安定した様子を後半とする。

最終位置では、Aさんを支えながらその下のガレ場を足でけり崩して斜めに腰かけられるような形にして横たえる。

後半では胸部が上下して呼吸しているのが分かるようになったため、以後マッサージは止める。それでも気を失わせないように、常時声をかけたり手足や背中をさする。

呼びかけに対し、はっきりとした声ではないがAさんが「はい」と答えることが23度あった。また、目を時々ゆっくりと開閉していた。手で顔を掻くしぐさも。しかし、意思表示はハイの返事以外は無く、半分意識を失う感じで半分寝ている感じに見受けられた。

後半では、プラティパスの水を口に含ませることを試みる。Aさんの口元にプラティパスを近づけるとわずかに口を開くので、間隔をあけて湿らせる程度に何度か飲ませる。

まだ岩場基部に陽が当たる前の時間帯で、Aさんが少し寒がる仕草を見せたので、ダウンジャケットをかけ保温する。

 

後半になると、これらの介抱を続けるのと並行して、今後の救助の方法を考える。

介抱をしながら頻繁に対岸上方の車道を見上げ、通りかかる人がいないかを見る。車道は対岸の50m位上を通っている。

Aさんを運ぶ場合を考え、介抱と並行して、リングボルトを支点にロープを懸垂下降用にセットする(下の河原までまっすぐ降りるにしてもまだ10メートルくらいはガレたヤブの斜面を下りる必要があるため)

また、空にしたザックの伸ばしたショルダーベルトに横木を通して背負子も作る。ひとつやりながらAさんの介抱をするということを繰り返す。

 

救助について当時の考え

自力でAさんを運ぶ、または他人に救助を求める、あるいはそのミックス。

自力でAさんを運ぶ場合に備え、ロープや背負子の用意をしながらも、一方で、無理に背負って運ぶことによるAさんへの負担を想像した。

体重の軽いAさんを力尽くで背負ってガレ場を懸垂下降することは私一人でも可能と思われたが、Aさん側からすると、無理に起き上げさせられ、落ちないようにスリングでぎゅうぎゅうに縛られて、さらにヤブ漕ぎ懸垂下降となっては、Aさんに計り知れない負荷となることが想像された。

河原まで降り立ったところで、さらに渡渉、対岸の車道までのヤブ漕ぎ登りが続き、Aさんへの負担の大きさを考えると現実的ではないと躊躇した。

一方で、ここはヒスイ峡という観光地で、岩壁を眺めて登っているクライマーを見つける観光客がいることも知っていたので、他人に救助を求めるほうが現実的とも考える。

 

これらを考えているちょうどその時に、車道を歩く人の姿を認める。事故発生から約1時間後の7:45頃。

叫びながらAさんの雨具を振り回すと、歩行者が立ち止まってこちらに気づいてくれた。返事の声は聞こえない。その後、その人が腕で丸印を作るジェスチャーをしたので了解したものと分かる。

あとで対岸に戻って聞いたところでは、この発見者は通りかかったフィッシングセンターの管理人の車を呼び止め、管理人が消防に通報してくれたとのこと。通報は8:16

フィッシングセンターは、駐車場から少し先に行ったところにある観光施設。その管理人がちょうど朝やって来たところだったという。

発見してもらったものの、消防隊が土産物屋脇のアプローチを知っているとは限らず、また状況をすぐに伝えるためにも、Aさんを残して一人で車道に戻ることを考える。

Aさんを残していくのは極めて不安であったが、当初よりは容体がほんの少し安定したように見えたので、なるべく早く戻ってことを言い残して、走って戻る。

10分ちょっとで車道に戻ると、発見者(写真を取りに訪れたという旅行者の男性)とフィッシングセンターの男性がいた。聞くと、消防には通報済みで、もうすぐ到着するだろうとのこと。

私はすぐにもAさんのもとに戻りたかったが、消防を案内する必要があるため待っていると、数分後に消防車がやってきた。8:45。糸魚川の消防隊員約10名。警察官もパトカーで一人到着。

消防隊と私は車道から、対岸下方を見下ろして、色の目立つ雨具をかけたAさんの場所を教えると、消防隊は無線でヘリコプターの出動要請をした。

Aさんと私の氏名等を聞かれたので、山行計画書を渡して見てもらう。

私はすぐに消防隊員を現場に案内する必要があるので、発見者には紙に連絡先を書いて私の車のワイパーに挟んでおくようお願いする。また通報者はフィッシングセンターの管理人であることも聞く。

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(↑対岸の車道から、眼下にAさんのいる岩壁基部を望む)

 

5 消防隊救助活動

 

8:55、隊員一人を連れてアプローチ道を下る。ほかの隊員もその後続く。河原に降りると、登攀に来ていた某山岳会の3人パーティーがいた。

私は上流側の渡渉地点から渡り、ひとまず先にAさんのもとへ。40分くらいその場を離れていたが、反応があることを確認しながら、Aさんに消防が救助に来たと声をかける。すでにガレ場にも陽が当たり出して、Aさんは逆に暑いくらいの様子だった。

山岳会の一人がAさんのもとに付いてきてくれたので、私は対岸にいるままの消防隊のところへ戻る。

私の渡渉地点よりも下流側に大岩の間に、チロリアンブリッジのように残置の固定ロープが張ってあり、そこを渡る準備ですでに消防隊員が集まっていた。

山岳会の人達が自分達のロープでもう1本固定ロープを張りつつ、私はロープにセルフを取って大岩の間に足を伸ばして立つ。

ストレッチャーやAEDなどの機材をリレーで渡していく。その後、隊員が一人ずつロープにセルフを取って渡る際に、間にいる私は隊員のベルトを掴んでひきあげるのを手伝う。

先に渡った隊員は順次Aさんのもとへ行く。6人ほどの隊員が渡り終えたところで私も後を追う。

Aさんのもとに到着すると、先ほどボルトに張った懸垂下降用のロープがすでに真下の河原まで流してあり、Aさんをストレッチャーに載せるところだった。

ベルトでAさんをストレッチャーに固定してから、ロープ伝いに、消防隊員6名、某山岳会および私でストレッチャーを担いで河原まで降ろす。

中州まで運んだところで下すと、Aさんが頭が痛いと訴えたため、一時、隊員が酸素マスクをつけた。

消防隊員から、もうすぐヘリが来るが、風圧で岩壁から落石があるかもしれないので、離れて待機するように指示される。

9:50頃ヘリが飛来する。下流側でゆっくりホバリングした後、上流側に移動しゆっくりと谷間に進入してきて、中州上空で停止すると、隊員2人がホイストで下降。その後、ヘリはしばらく周囲を旋回している。

ヘリが再び谷間に進入してきて、10:20Tさんを乗せたストレッチャーに隊員1人が付いて引き上げられる。続いてもう1人の隊員も引き上げられ、そのまま飛び去って行く。

地上に残る消防隊員らが、我々2人分の装備まで回収して持ってくれて撤収を開始。固定ロープを渡る際に某山岳会の人が再び応援してくれる。山岳会の人達はしばらく河原に残るとのことで、連絡先を聞いてお礼を言う。

消防隊員たちと上の駐車場にあがる。Aさんの搬送先は、富山県内の某病院だと教えてもらった。

待機していた警察官に、事故時の状況を答える。病院搬送後のAさんの容体について、警察宛てに電話をくれるように言われる。

私の車にワイパーに発見者の連絡先メモを見つける。11:15、解散。消防車両、パトカーを見送る。

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(↑Aさんを中州に搬送後、ヘリを待つ消防隊員)
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(↑救助のヘリが谷間に進入してくる)
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(↑隊員2名がホイストで下降してくる)
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(↑同上)
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(↑ヘリの隊員が河原に降り立ったところ)
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(↑上の駐車場で解散後、消防車が帰っていく)
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(↑明星山P6南壁を望む。写真横向き)

 

6 病院

 

私は病院に向かう前にフィッシングパークへ寄り、お礼を言う。管理人は、発見者に呼び止められた時の様子などを話してくれた。

駐車場付近は電波が入らないため、車で国道に出てから所属山岳会の下山連絡担当者に事故一報を電話する。Aさんの家族への連絡は、私が病院に到着して状況を確認できてからとした。

13時頃、北陸道経由で富山県内の某病院に到着。病院の受付で、健康保険証が無いか聞かれるが、Aさんの手荷物の中には見当たらず。AさんはICU(集中治療室)に収容されているとのこと。

病院側からAさんの家族へ電話するとのことで、緊急連絡先の電話番号を伝える。病院側が電話した時点で留守だったが、警察からすでにAさんの家族宛てに電話がいっており、その後、家族と病院間で連絡が行われた模様。

看護師によると、緊急に手術が必要になる場合に備え、家族が病院に直接来る必要があるとのこと。看護師から、それまでの間、私は控室で待機するように言われる。

その後、私もAさんの家族と電話連絡がつくようになり、家族の人は今夜中にこちらに到着するとのこと。

家族の人が今夜到着する見込みとのことから、私は夕方に控え室を退室する(控室で待機中に、室内のテレビで御嶽山噴火のニュースを知る)

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(↑御嶽山噴火を知らせるテレビのニュース)

家族到着までの時間、私はごちゃごちゃになったままのロープなどの装備を整理したり、近くの銭湯に行ったりして過ごす。

21時半、家族から病院の最寄駅に到着したと電話があり、車で迎えに行く。Aさんの家族が、Aさんに面会して医師から説明を受けている間、私はロビーで待機。

面会終了後、Aさんの容体について警察が連絡を求めていることから、家族から警察に電話する。

待機中の昼間、所属山岳会に事故一報を入れておいたところ、会員のBさんからメールがあった。Bさんはごく最近白馬に引っ越したばかりなのだが、明日は時間があるので病院まで応援に行けるとのこと。ありがたくお願いする。

この日の夜は、家族の人は控え室で泊まることにして、私は某所で車中泊。

 

28()、応援に来てくれたBさんを含め家族の人と3人で再び集まって相談する。午前中の面会を終えた家族の人にAさんの様子を教えてもらう。AさんはICUに収容中で、家族でも面会時間が限られることから、昼ごろに解散することとなった。明日再び検査があるとのことから、家族の人はもう一晩泊まるとのこと。

 

以上、家族以外の部外者は、Aさんとの面会や容体等のプライバシーに立ち入れないこともあり、Aさんが病院に収容され、その後家族が病院に到着して医師と会ったことをもって、事故発生以降の区切りとした。

 

 今回の事故については、所属山岳会に対し、事故報告書を作成して、その中で事故発生時の状況からその後の救助活動、さらに考えられる事故原因について報告しているところである。

 よって、このブログで事故原因の考察は書くことはしないが、今回、カム等で1ピン目をセットする前に墜落してグラウンドフォールしたことから、たった一言で書くとすると、当然のことであるが早めにランナーを取らないといけないということだけを申し添えておく。

とにかく今はAさんの一日も早い回復を願うばかりである。

 

 

 

解散後、御嶽山の麓へ

 28()昼に解散し、私はこの日のうちに車で東京に帰ることにした。御嶽山噴火のニュースを聞いていたので、帰る道すがら、御嶽山の近くを通って帰ることにした。富山県内から岐阜高山経由で延々と下道を走って行ったので、とにかく時間がかかった。

高山から国道361号線を走り、御嶽山の麓の開田高原に至る県道20号線の分岐に至ったのは陽が御嶽山に隠れた日没後で、夕闇が迫るころだった。

ここでは御嶽山に向けて望遠カメラを向ける人がいて、話しかけると、噴火当日の昨日よりは噴煙が減っているとのこと。某テレビ局の取材班も居合わせて、近所の男性と話していた。聞くと、この男性は御嶽山が昭和54年に噴火した時も目撃していて、その時撮影した写真を見せてくれて、噴火の様子を話してくれた。

山頂付近では大勢の登山者が噴火に巻き込まれて犠牲となり、消防や自衛隊が決死の救助活動を始めているところであったが、噴煙を上げる御嶽山をこうして皆で眺めていると、夜の闇が少しずつ訪れる中とても静かだった。犠牲になった多くの方々に合掌。

 その先の展望のきく道路脇では、いよいよ闇に包まれていく御嶽山を撮影するカメラマンの姿が何人もあった。

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(↑噴煙を上げる夕暮れの御岳山を望む)
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(↑月と御嶽山。写真横向き)

 御嶽山を離れた後は、再び下道を延々走って、伊那ICから中央道へ。辰野SAで夕食。龍王らぁめん(半ライス付)760円。帰宅したのは日付が替わる頃。

以上。

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(↑龍王らぁめん)

越後湯沢 飯士山・負欠(ふっかけ)スラブ

2014.09.13(土)
 敬老の日の3連休。越後水無川真沢を遡行する計画だったが、連休初日の天気予報がいまいちのため、入渓を一日遅らせ1泊2日の計画に変更した。
 余ったしまったこの日、日中ずっと雨が降っているワケでもなさそうなので、時間つぶしに近くにある飯士山の負欠(ふっかけ)スラブというごく易しい岩場に行ってきた。
なお、水無川真沢はあとの2日間で無事遡行できた。
 メンバーは、先月南ア・イワンヤ谷遡行で同行したKぽんさん、それからKぽんさんの知り合いの富山県のF野さん、私の3人。

 金曜日夜、都内でKぽんさんと待ち合わせ、一路関越道から六日町を目指す。六日町ICで降り、深夜のコンビニ前で富山からやってきたF野さんと合流。F野さんと会うのは初めて。三国川ダム近くにある某所の東屋下で仮眠をとるが雨が降っている。これでは明日の真沢への入渓は難しいかも。

 6時に起きるとザーザー降り。この天候での入渓はあり得ないということで二度寝。8時前に再び起きると雨は上がり、晴れ間も広がっている。今日午後にまた天気が崩れるような予報だったので、やはり今日の入渓は取りやめることにした。まずは明日入渓する前提で、2台ある車のうち1台を下山先となる十字峡にデポしてくることにした。2台で十字峡まで行って、F野さんの車をトンネル手前の駐車場にデポ。

○飯士山・負欠(ふっかけ)スラブ
 それから、今日一日が中途半端に余ってしまったということで、Kぽんさんの提案で、越後湯沢にある飯士山の負欠スラブというのを登りに行くことにした。
 雨が降りそうもない良い天気の中、登山口へと至る草ぼうぼうの舗装された林道を進んで行くと、道路脇の登山口の少し先に廃屋のある駐車スペースがある。テニスコートがあったらしい。
 沢靴を履いて登山道を登って行くと、分岐があるので右の尾根コースを行く。どこかからスラブに取り付くはずなのだが、そのスラブがどこにあるのか樹林に隠れてよく分らない。登山道から適当に左手のヤブに入ると岩場が見えた。しかしどうやらこれは目指すスラブではないらしい。負欠岩という岩塔があるスラブがあるらしいのだ。

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(↑廃屋のある駐車スペース)
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(↑飯士山のスラブを望む)
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(↑登山口)

 引き返して、今度は右手のヤブに入ると、広く開けてスラブが現れた。スラブの末端に至ると、左上に岩塔が見える。負欠岩だ。スラブの傾斜は緩い。最初こそちょっと急なところに取り付いてしまい、念のためロープを出したりしたが、あとはほとんど歩いてどんどん登って行ける。岩とブッシュの中を登って行くと、左手に見える負欠岩はあっという間に足元に見えるようになる。後ろを振り返ると上越の各スキー場が眺められる。スラブが終わる辺りで左手を目指し、わずかにヤブを漕ぐとすぐに登山道に出る。あっという間に終わってしまった。

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(↑スラブを登るKぽんさん)
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(↑負欠岩)
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(↑スラブを登る私(青服)とF野さん)
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(↑スキー場を望む)
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(↑KぽんさんとF野さん)
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(↑六日町方面を望む)

 登山道はスラブと樹林の境目辺りを下って行き、途中、負欠岩の基部を通る。負欠岩を見るとボルトが売ってあるので、せっかくだから私だけ登っておくことにした。グレードがいくつか分らないほど易しく、すぐに岩塔のてっぺんに立てる。懸垂下降しながらヌンチャクを回収。さらに下山して、駐車スペースに帰着。ほんの数時間の登山だった。この辺りに来た人が、我々のように中途半端に時間ができた時には、暇つぶしに登ってみるのも良いかもしれない。

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(↑負欠岩。写真横向き)
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(↑負欠岩を登る私)
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 五十沢温泉ゆもとかんという温泉旅館のお風呂へ。近くの五十沢温泉旧館には、昨夏利根川本谷から下山してきた時に泊まったり、今年6月の芋川ジロト沢右俣の帰りに寄ったことがあるけれど、こちらのお風呂は露天風呂もあり広い。ただし混浴なので女性は利用しづらいだろう。500円。

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(↑五十沢温泉ゆもとかん)

 イオンモールで買い出ししてから、今夜の寝床に移動。場所はKぽんさんの案内で行った関越道付近の某所。付近というか真下というか。真沢へは明日早朝から入渓することにして、荷物をまとめて早めに寝ることにする。

北ア・錫杖岳 「見張り塔からずっと」

2014.08.03()

 北アルプスは錫杖岳にある「見張り塔からずっと」というマルチピッチノルートを登ってきた。

 錫杖の前衛壁では、無雪期に「注文の多い料理店」などを登りに2回、また今年3月に3ルンゼ~グラスホッパー継続で訪れている。

 錫杖4回目の今回は、初めて錫杖岳の山頂に立つことを目指す。メンバーは、所属山岳会のH明さんと富山県のMさん、私の3人。

 土曜日は、午前中に中央道の某所でH明さんと待ち合わせ、午後に新穂入りしてMさんと合流後、宴会して寝る。登攀は日曜日の計画だ。

 

 ところで、私は水~木曜日で、やはり北アの笠ヶ岳の岩壁を12日で登攀し、おまけに雷雨の中を間一髪の渡渉で命からがら下山してきたばかりだ。その前の週末もやはり岐阜県の川浦谷(かおれだに)を遡行しているので、ここ1週間ほどで3回も東京から岐阜まで通っていることになる。

 というワケで今回、疲労が回復していない私としては金曜日夜の出発となるとちょっと大変だったけれど、土曜日出発にして助かった。

 

 しかし、日曜日は夜明け前の3:30に出発し、「見張り塔からずっと」を登攀後の錫杖岳からの下山で散々道に迷ってしまい、登山口に帰着できたのが日付の回った月曜日0:30で、21時間行動となってしまった。

 それから東京に帰ったのが朝6時となり、ほとんど徹夜のまま出勤したので、週明けのこの日は日中眠くて仕方がなかった。

 

 

8/2() 新穂高へ

 H明さんと中央道の某PAに午前10時待ち合わせとして、自宅を出発。晴れた週末のこんな真っ昼間の時間帯では予想できたことだが、ひどく渋滞している。PAに入るのにも本線の路肩に並ぶ始末。なんとか駐車したものの、首都高も大渋滞しているというH明さんの車は1時間以上も遅れてやっと到着。お疲れさま。あまり詳しいことは書かないけれど、待ち合わせ後は私の車で一路新穂高温泉を目指す。

ところで、長野道松本ICを降りて安房トンネル方面に向かう際の最後のコンビニはどこだったっけというのが行くたびに思うことだった。道中いくつかコンビニはあるものの、夜中だと普通の商店は閉まっているため、最後の店を逃すとトンネルを抜けて新穂まで買い出ししそびれてしまうのだ。

先日笠ヶ岳に行った際にも通っているのだが、新島々の駅の近くにセブンイレブンがオープンしていた。駅より少し松本寄りの場所だ。店員に聞くと、4月に開店したとのこと。現在のところ、ここが最後のコンビニとなる。

さて、そうして16時過ぎに登山口となる砂防会館近くの某広場に到着すると、富山市内から1時間半ほどで来られるというMさんが待っていた。

広場にタープを張ってシートを敷き、食材を並べる。H明さんとMさんが用意してきた食材は相変わらず豪華だ。まずはメキシコのビール・コロナのボトルにカットしたライムを入れて乾杯。冷たくてうまい。Mさんが用意した飛騨牛のステーキ肉をH明さんがフライパンで焼く。油は一切敷かず、塩コショウだけで両面を焼く程度のレアで。これにレモン汁をかけて食べると、肉汁が出てきて美味しい。スパークリングワインも飲む。さて、そんな感じで夜が近づいてきた。明日の出発も早いので早々に寝ることにする。

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(↑タープを張り終えた)
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(↑メキシコのビール・コロナ)
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(↑飛騨牛のステーキ肉)
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(↑肉を焼いた)

 

8/3() 「見張り塔からずっと」登攀、下山で道迷い…

 未明の2時半起床。広げた荷物を撤収し、砂防会館近くの駐車場に移動。歩き出したのは3時半だ。ヘッ電の灯りを頼りに槍見温泉の登山口からクリヤ谷沿いの登山道を登って行く。歩き出して1時間20分ほどで錫杖沢出合に到着。薄明るくなってきた空に錫杖岳前衛壁が立っている。出合に下りていくと、テントを張ったパーティーがちょうど朝食を取っているところだった。他にも2Pほどいた。錫杖沢に入って水を汲む。知らない人のために書いておくと、クリヤ谷側の水はあまりおススメできないらしいので、錫杖沢側から水を汲むこと。目指す「見張り塔からずっと」の取付は、「注文の多い料理店」の取付に近いので、何度か歩いている道を登って行けばたどり着ける。前衛壁基部に出ると、左方カンテも注文もまだ誰も取り付いていないようだ。前衛壁を右手に見ながら北沢を回りこんだところに注文はあるのだが、その北沢がルンゼ状になったところが見張り塔の取付だ。ここも先行Pはいなかった。

 

 虫がわんわんとうるさい頭上のルンゼ内にチョックストーンがある辺りでロープを結ぶ。

 以後、ネットで見つけて参考にした某トポ図の記載にも寄るけれど、今回は結果的に前半の岩場はH明さん、中盤の長い草付き帯はMさん。大洞穴以降は私がリードした。

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(↑錫杖岳全英壁が見えてきた)
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(↑振り返ると焼岳)
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(↑「注文の多い料理店」を見上げる)
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(↑「見張り塔からずっと」を取付から見上げる)

○前半の岩場

ということで、まずはH明さんのリードで登攀開始。登攀自体はとても易しいので省略するけれど、1P目はトポ図に沿って、CS付近から左手の岩場を登って行く。60mロープを持ってきていたので、23P目相当部分を2P目としてつなげて登れたようだ。階段状から途中ガレ場を通過し、さらに登った適当なところでピッチを切る。45P目相当部分も3P目としてつなげて登った。草むらに入る辺りの岩でピッチを切った。ハーケンやリングボルトがあって使ったけれど、ピッチ支点が必ずしもあるワケではないようなのでカムで構築。草むらを通過中、ごく弱い雨が短時間降るも服がビショ濡れになるほどではない。

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(↑1P目をリードするH明さんとビレイするMさん)
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(↑1P目フォローのMさん)
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(↑2~3P目をリードするH明さん)
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(↑2~3P目フォローのMさん。ガレ場を通過したところ。写真横向き)
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(↑4~5P目をリードするH明さん)
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(↑4~5P目フォローのMさん)

○中盤の草付き

 緩傾斜の草付き帯なのでロープを解いても良かったのだが、Mさんのリードでいちおうロープを結んでおく。当初、右奥に聳え立つ岩塔が錫杖岳かと思ったけれど、それは間違い。烏帽子岩らしい。左手に見えるブッシュの盛り上がりが中央稜らしく、それをずっと左上に回り込んだ先に後半部分の取付となる大洞穴があるらしい。大洞穴に上がる手前のルンゼ部分でもロープを出していると後続Pが追い付いてきた。やはり易しいところではロープを解かないと無駄に時間がかかってしまう。それに私がビレイ中、ロープが弾いたらしい石が落ちてきて、私の右脇腹と左手首にクリーンヒット。脇腹への野球ボール大の落石はそれこそボディを殴られたようで一瞬息が止まる。肋骨に当たらなくて良かった。手首への落石はもっと小さかったが出血した。いずれにしても、落石のフォールラインを想定して避けていなかった私のほうの落ち度が大きい。ロープによる落石の誘発もあるので、易しいところではロープを使わないという判断も時には必要だ。

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(↑草付きを登るMさん)
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○大洞穴~錫杖岳山頂

 そんなこともあったけれど、大洞穴下に到着。ここからは私のリード。大洞穴の左壁に取り付く。グレードは5.8らしい。カムをいくつもきめながら登って行く。核心となる序盤の垂壁部分を越えて木を左に回り込むと左上するハンドサイズのクラックがある。さらに登るとテラス状に出るので、テラスを左に行った凹角下でピッチを切る。クラックがしっかりあるのでカムでビレイ支点を作れる。

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(↑大洞穴が見えてきた)
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(↑大洞穴に向けて登るMさん。写真左の穴は違う)
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(↑大洞穴下まで登るH明さんと私)
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(↑7P目をリードする私)
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 続くピッチも5.8らしい。凹角を少し登ってから、右のフェイスに移る。プアプロとの記載もあるが、よく見ればいくつかカムがきちんときめられる箇所がある。段々状をいったん右上してから今度は左上するように抜ける。ごく易しいので乾いてさえいれば落ちる気がしない。登った先の展望台状の岩でピッチを切った。

 続くⅡ級というスラブ状をまっすぐ登って上部壁の基部へ。基部を右へトラバースして適当なところまで。

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(↑8P目をリードする私)
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(↑9P目のスラブを振り返る)

 上部壁を右に回り込んだ草付きルンゼを登れば山頂直下に至るはずだったのだが、何を勘違いしたのか上部壁右寄りの猛烈なブッシュ帯に突っ込んでしまいタイムロス。ヤブ漕ぎ5級だ~と悪態をつく。その間に後続Pに追い越される。遅れて正規ラインに戻り、最後の山頂直下の5.7に取り付く。こうして錫杖岳山頂に到着。「見張り塔からずっと」の完登を祝って3人で握手。

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(↑間違ってヤブ漕ぎしてしまった)
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(↑山頂への最終ピッチをリードする私)
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(↑最終PフォローのMさん)
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(↑最終PフォローのH明さん)
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(↑となりが本当の山頂?)

 

○下山で道迷い

 狭い山頂の岩塔の反対側のすぐ下に道があるのでそこでロープを束ねたりシューズを履き替えて下山の支度を整える。幅は狭いながらも明瞭な道がある。南に向けて岩稜状を進むとピッケルの立つもう一つのピークに着いた。2,168mの小さな木製の標識が置かれていた。ここが錫杖岳の本当の山頂なのかな?さらに岩稜状の道をたどって行く。考えているのは、P6を越えてから東に向かう牧南沢を下降するとやがて錫杖沢へとつながるという下山路。テープ印と踏み跡につられて、あるところから左下に降りて行く。開けたガレ場を通過し樹林帯の中を少し行くと踏み跡が消えてしまった。この辺りで1時間以上迷うことになる。錫杖岳の稜線の西側は笠谷に至る枝沢の源頭部に当たるのだが、結果的にはその源頭部の枝尾根に知らない間に入り込んでしまっていたようだ。そうと気づいていない我々は18時を過ぎて夕闇までの時間が少なくなってきたこともあり、途切れた踏み跡からさらに笹藪を下って行くことにした。

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(↑となりのピークにはピッケルとこの標識がある)
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(↑ここに至って、すでに間違えていたようだ)

 ところで、私は前週の奥美濃川浦谷(かおれだに)遡行の際に、使用5年目の愛用の腕時計カシオ・プロトレックを紛失してしまっていた。直後の笠ヶ岳登攀の前にビックカメラに行って新しいプロトレックを買ったばかりだ。

 まだ操作方法を覚えきれていなかった私だが、コンパス機能を表示した際にどうも東西逆の方向に進んでいるのではないかと話したものの、ちょっと自信がなかった。

 暗くなってゆく中、笹藪から沢筋に出てやがて水も出てきた。時々コンパスを見ていた私はどうも北東方向に進んでいると分かり、持っていた地形図のコピーもたまたま錫杖岳の西側も少しだけ載っていたので、ヘッ電で照らしてそれをじっくりと眺めてみた。すると錫杖岳の少し南の標高2,000m鞍部から北東方向に下る緩い沢筋地形が読み取れた。どうやらこの沢を下って行ってしまっているようだ。

○復帰

雨も降り出していてびしょびしょに濡れている。暗闇の沢の中、皆を呼び止めてやはり間違っているのではないかと話す。MさんのiPhoneにコンパス機能があることに気づき、改めて見てみるとやはり私の時計と同じ方角を刺した。これで北東方向に下る笠谷の枝沢に入り込んでいることがほぼ確定した。錫杖岳山頂で標高を合わせておいたので現在地が概ね分かる。時刻はすでに19時半頃。雨も降っている。ここでビバークすべきか相談するが、体力的には元気なので登り返すことにする。もし下山を終えるのが明朝になるとしても、できれば今夜中に電波の通じるところから所属山岳会のメンバー宛てに下山が遅れている旨を連絡したい。

ここからは私が先行した。手元に地形図のコピーがあるし、腕時計で標高と方位を随時チェックできる。登り返すに当たり、南東方向へ登って行くように注意する。登るにつれて枝沢が分かれて南に進みそうになるので単純に歩きやすい沢筋を進んではダメだ。カンだけで方向を見定めると知らず知らずのうちにズレていってしまうので、それこそ510mおきくらい頻繁に時計を見た。ずいぶん下ってしまったけれど、登り返しは2,000m鞍部を目指すので標高差にして170mくらいだ。大した高さではない。ヘッ電の灯りを頼りに沢筋を進んで行く。

当初は南東方向に進んでいたが、やがて南寄りになってきたので、左手の笹藪に突っ込むように方角を修正しながら登って行く。いよいよ2,000mが近づいてくるが、真っ暗なので鞍部の地形が分からない。それでもヘッ電で浮かび上がる1020m先の樹木の立つ様子から地形を推測する。ほぼ真東に向かっているのは良いが、右手はさらに斜面が登っている。これ以上高度を上げる必要はないはずだから、鞍部南側のピークへの斜面と推測される。しかし、このまま標高を保ったままトラバースしては鞍部を通り過ぎて南側ピークに沿って回り込んでしまうかもしれない。

進行方向左前方が平たんな鞍部だと考えヤブを漕いで行くと左から上がってくる斜面の斜度がどんどん緩くなってくる。鞍部に間違いない。すると踏み跡らしきものが現れて、目の前の枯れて折れた大木に赤テープが結び付けてあるのを見つけた。やった。ピンポイントで鞍部に着くことができた。時刻は21時過ぎ。

ここまでたどり着く際に注意したのは、真っ暗なので稜線の岩峰などはもちろん目印にならないし、登り返す沢筋など地形図に現れないような小さな地形状の特徴は無視することにした。

それよりも比較的緩やかな地形であることもあり、地形図上の鞍部の方角を念頭に、方位と高度を頻繁に見ながら、上から俯瞰するイメージで歩いた。もちろんヘッ電で照らし出される範囲で地形の様子を把握することにも努めた。

そうやって、GPSの軌跡をたどるようにイメージに近い形でピンポイントで鞍部に到着できたのは良かった。なんだかフリークライミングで頭で描いたムーブのイメージと実際の身体の動きがぴったり合って登れた時のような感覚だ。でも、私がザクザクとヤブ漕ぎを先行したので、ついてくるMさん達は大変だったかも。

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(↑2,000m暗部の枯れた大木)

○下山

 鞍部でMさんがiPhoneの電源を入れるとアンテナマークが立った。我々の所属山岳会の一人に電話がつながった時は皆で喜び合った。道に迷って下山が遅れているが無事であることを伝え、山岳会のメーリスにも流すようお願いする。

 さて、この鞍部から東に向かって降りていけば良いはずだ。錫杖沢へとつながる牧南沢を下っていくことになると思うが、せっかく赤テープのある道を見つけたのだから、なるべくそれをたどって行きたい。クリヤ谷からこの鞍部を経て錫杖岳本峰へ向かう道がそれなりに通っているとすると、この鞍部から見ると、錫杖岳本峰に向かう北向きと、牧南沢へと下る東向きがあると思われる。この鞍部がT字路となって、南のピークへと向かう道があるというのは考えにくいので、この枯れて折れた大木赤テープの付近から牧南沢に下っていく道があると推測される。ヘッ電で笹薮を照らしながら、大木から数m南に向かう踏み跡をたどると東の斜面に向けて急に下っていく踏み跡を見つけた。これに間違いなさそうだ。笹に覆われてはいるものの、足元は明瞭だ。どんどん下っていくと、やがて水の流れる沢筋になってきた。やはり正しいようだ。

 下るにつれて左岸の奥に黒い大きな壁のシルエットが浮かび上がる。前衛壁だろう。北沢らしきところと出合う。懸垂下降を要する滝はないが、ところどころ大きな岩の段差ではショルダーなどをして降りる。やがて今朝登ってきたはずのところに至る。左岸側につけられた山道をところどころ通って滝を巻く。そうしてクリヤ谷出合に着いたのは23時過ぎ。今朝いくつか張ってあったテントは無い。笠谷の枝沢を登り返しているときは降っていた雨も今はあがっている。あとは槍見温泉の登山口に向けて登山道を歩くだけだ。

長時間の行動となっているが、ここのところ長く歩く機会が多いおかげが足がヒドく疲れたという感じはせず、良いペースで歩いていける。しかし、安全な登山道に出た安心感で緊張が解けたのか、眠気を感じてきた。そのためかちょっとフラフラする感じ。それでも良いペースで歩き続けて登山口に帰着したのは日付を回った月曜日の0時半。皆で改めて無事の下山を祝う。朝3:30に出発したから21時間行動となった。

駐車場に戻ってから、新穂高の湯と言ったか、露天風呂があるので入ることにした。深夜のため本来は入場できないのだが、疲れた身体を癒そうとH明さんと無人の真っ暗な露天風呂にヘッ電を点けて入る。しかし、お湯がぬるい。というか入っていると寒くなってくる。おそらく閉じる時点で熱いお湯を止めてしまうのだろう。

駐車場に戻り、富山に帰るMさんと解散したのが0時半前。さて、これから東京に帰らなければならない。帰る頃には朝になっているだろう。新島々駅近くのセブンで空腹を満たす。それから運転を交代しながら中央道を走り、某PAH明さんと解散。帰宅したのはすっかり朝を迎えた6時過ぎ。運転を替わってもらった1時間ほど助手席でうとうとしただけなので、眠いのなんの。出勤時間までにシャワーを浴びて洗濯も済ます。週明けの月曜日、職場にいる一日は眠くて仕方がなかった。

それでも、「見張り塔からずっと」から錫杖岳を登ることができたのは良かった。大変だったけれど、真っ暗闇でも地図読みして元の道に復帰できたし、源頭から錫杖沢の下降もできた。

北ア・笠ヶ岳 穴毛谷二ノ沢右俣あけぼの壁「夏休みルート」フリー化

2014.07.30(土)~31(日)
 北アルプスは笠ヶ岳の東側にある穴毛谷二ノ沢右俣あけぼの壁「夏休みルート」(1984年初登)をオールフリー、オールナチュラルプロテクションにより登ってきた。

 あけぼの壁は、穴毛谷の二ノ沢を入り右俣を詰めた右岸に立つ大きな岩壁で、左側のドリュ状岩壁と右側のあけぼの壁がある。新穂高からも朝日を受けたこれらの岩壁が眺められるのだが、同行者のF巻さんの話では、夏休みルートを含め拓かれているルートは初登以来ほとんど登られていないだろうとのこと。

 今回トライする夏休みルートは、人工登攀も交えて拓かれたルートだが、今回、登るに当たってのF巻さんの考えは、ひとつにはフリークライミングで登ること、ふたつめはランナー・ビレイ支点とも残置はもちろんハーケンも使用せず、極力カムやナッツといったナチュプロだけを使用するというもの。
 そのうえで、一日で完登するのは難しいとのことから2つの案が示された。ひとつには、初日にロープを伸ばせるだけ登ってフィックスしたロープで懸垂下降して取付に戻り、2日目にユマーリングして残りを登攀するというもの。もうひとつは途中壁の中でビバークするというもの。後者の場合、ビバーク時を含む2日分の水・食料や装備を担ぎ上げる必要がある。結果後者を選んだ。

 ところで、F巻さんが同行者といっても、F巻さんはツヨツヨのアルパインクライマーで、四ノ沢の岩壁にも新ルートをいくつも開拓しているし、ハンノキ滝を冬期初登しているという人。今回私はほとんどお伴で付いていくような感じだ。
 とはいえ本チャンに行く以上、私も主体性を持った態度で臨まなければならず、もちろん頑張るつもりだったのだが、フリークライミングはもちろん危険回避やルーファイなどF巻さんの様々な判断・技術には目からウロコの感心しきりで、100回くらい反省と勉強の連続だった。
 なお、ルート図は参考に「改定日本の岩場(下)」(白山書房)がある。

 金曜日夜、F巻さんと待ち合わせ、深夜に到着した道の駅上宝で前泊。
 3時間ほどの仮眠後、新穂高温泉の駐車場に移動し、穴毛谷に向けて歩き出す。F巻さんに説明されて初めて気づいたのだが、ロープウェイ駅のあるここ新穂からも目的地の岩壁が眺められるのだ。朝日に照らされたドリュ状岩壁やあけぼの壁が遠くに見える。
 左岸側に登山道がある左俣谷から大きな堰堤がいくつも並ぶ穴毛谷に入る。小さな護岸のある堰堤下を石伝いに渡渉した右岸が一ノ沢出合。そのすぐ先が二ノ沢出合なので入って行く。二ノ沢を登って行くと大きな雪渓が現れたので、軽アイゼンを装着し、私はピッケルも持つ。ブリッジ部分が薄くなったスノーブリッジを通過し、滝のところではロープを出してF巻さんがリード。続く少し小さめの滝でもロープを使用。アプローチだけでも立派な沢登りだ。靴はなるべく濡らさないように気をつけたけれど、少しは濡れてしまう。二ノ沢右俣へは自然と導かれる。ドリュ状岩壁とあけぼの壁がいよいよ近い。迫力だ。

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(↑新穂高から左奥に目的の岩壁が見える)
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(↑写真中央の日当り部分がドリュ状岩壁とあけぼの壁)
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(↑F巻さんが立っている護岸のある箇所から穴毛谷を渡る)
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(↑一ノ沢出合)
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(↑二ノ沢出合)
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(↑写真中央がドリュ状岩壁)
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(↑雪渓が出てきた)
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(↑雪渓が長く続く。右俣へは自然と入って行く感じ)
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(↑CS滝の左壁を登るF巻さん)
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(↑二ノ沢下流を振り返る)
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(↑スノーブリッジを行くF巻さん)
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(↑滝の左壁を登るF巻さん)

 壁の基部付近に荷物を広げて登攀の準備をする。F巻さんは前述したとおり、初日にいったん取付まで降りることなく、壁の中でビバークしてそのまま登る作戦を選んだ。そのため、ビバーク装備と2日分の水をたくさん持ち上げる必要がある。水はプラティパス2個にナルゲンボトル2個で6.5Lくらい。F巻さんのザック一つにまとめて、アプローチシューズなど不要なものは基部にデポしておく。
 でも、水は登り始めて2P目頃にプラティパスのうちの一つが漏れてしまい、結局1.5Lほどは漏れ出てしまったようだ。後述するテラスでのビバーク時の夜と翌朝で結構水を消費するので、行動中の水はたっぷりあるとは言えなかった。それでも、2日目は曇り空で暑くなかったのが幸いしてそれほど水を飲みたい状況にならずに済んだのは良かった。

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(↑左がドリュ状岩壁、右があけぼの壁)
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(↑あけぼの壁の右への食い込む二ノ沢右俣)

 以下、記載の最初のピッチ数は今回のもの、[ ]内は体感グレード、( )内のピッチ数・グレードは「改定日本の岩場(下)」(白山書房)記載のもの(1~2Pはバリエーションのため記載無し)、名前はリード者。
 体感グレードは、帰り道で話したF巻さんの感想だけど、「日本の岩場」に記載してある3P目の5.10cはそのまま引用するとして、その他のピッチは落ちずに登れたから5.7かなと言った感じ。結局どれも5.7になってしまい、明らかにもっと易しく感じたものを5.6にした。実際は浮石など危険要素も加わるので、フリーの岩場の同じ感覚ではないと思う。

○1P [5.7] 私
 1P目のラインが判然とせず、またどこでも好きに登ってとのF巻さんの言から、ロープを解いた場所から登り始める。垂壁の中のいくつかある適当な短いクラック状のひとつを選んで直上。フォローのF巻さんは10数㎏のザックを背負う。重そうだ。

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(↑1P目をリードする私)
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(↑1P目フォローのF巻さん)
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(↑1P目のビレイ支点。ナチュプロのみで構築)

○2P [5.6] F巻
 私がオリジナルのずっと左側から取り付いたため、右へトラバースして黒いスラブの左側の凹角下へ。黒いスラブの左縁だと思われるハングした岩下でピッチを切り、オリジナルラインに合流。小型冷蔵庫くらいの浮石があると言うので、F巻さんはそれを足で押して崖下に落とす。浮石は轟音を立てながら落ちて砕け散って行った。
 フォローの私はザックが重すぎるため背負わず、登りながらF巻さんがロープでザックを引き上げる際に手で引っ張り上げた。それでも岩を保持しながらザックを持ち上げるのは大変だ。特にトラバースの際は大変で、ザックの振られ止めのロープをそのまま握ってしまったため、荷物が降られた際に手のひらをロープバーンしてしまった。痛っ。こういう場合、ロープを支点で折り返して制動するべきだったのだ。反省。

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(↑2P目をリードするF巻さん)
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(↑ビレイ支点を構築するF巻さん)

○3P [5.10c] (2P 5.10c AA1) F巻
 黒いスラブ左側の凹角を登る。ハング気味のところを乗っ越すのにムーブを組み立てる必要がある。どうやらここで5.10cのグレードを与えているようだ。ポケットをうまく使うこと。このピッチでもザックはロープに吊るして引き上げたけれど、直上するラインなので、前ピッチよりは引き揚げ作業はラクだった。

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(↑3P目をリードするF巻さん)
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○4P [5.7] (3P ⅤAA1) 私
 短いチムニー状の凹角では右上のクラックでフィストからハンドがきまるのだが結構伸び上がらないと手が届かない。そこを乗っ越すと、プロテクションの取れないスラブ帯なのだが、スラブを登り出す前に目の前の岩溝をハンマーのピックでほじくる。ピックで細い溝を掘って詰まった土をかき出すと、深さ1㎝ほどの溝が出てきた。そこに気休めにもならないマイクロカムを2つきめてから、ランナウトするスラブを右上するように慎重に登っていく。
 万一落ちればマイクロカムは簡単に吹っ飛ぶだろうことは想像していたので、相当な距離を落ちてケガは避けられない。落ちずに登れてよかった。

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(↑4P目をリードする私。前半の凹角)
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(↑4P目フォローのF巻さん。凹角を抜けたところ)
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(↑あの辺りで、私はまるで効いていないマイクロカムをセットしておいた)

○5P [5.7] (4P Ⅳ+AA1) F巻
 ビレイ点から左上に見える途中のテラスを今夜の寝床とすることになった。F巻さんはそのままテラス右端の凹角を登ったところでピッチを切る。フォローの私はテラスにザックを置いてから、残りを登る。もう少しピッチを伸ばそうかとも話したが、その時ごく弱い雨がポツリと降った感じだったので、夕刻も迫っていることもあり今日の行動はここまでとした。頭上にダブルジェードルを見上げるビレイポイントに、フィックスロープを張る。それにしてもF巻さんの支点構築の入念さと的確さには感心するばかりだ。

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(↑5P目をリードするF巻さん。写真左下のテラスが今夜の寝床)

 フィックスしたロープでテラスまで懸垂下降する。先に降りたF巻さんに続いて、私も懸垂下降していると、ふと右足を当てた壁面の岩が動いた。見ると、50㎝四方厚み10㎝以上のフレーク状が剥がれかけている。ヤバい。当てている右足を離した瞬間に落ちてしまう。下のテラスにはF巻さんがいるし。とはいえ、手はロープを持っているし、ほとんど横向きに近い体勢で、かかとを脱いだシューズで押さえているだけなので絵、身体を起こして片手を伸ばしてフレークを持つこともできない。バックアップを取っていて両手を離せたとしても、フレークは手が届きそうにない。下にいるF巻さんに声をかけて足を離すとフレークがごそりと壁から剥がれて落ちていき、テラスにぶつかって砕け散っていった。幸いF巻さんにぶつからずに済んだ。

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(↑テラスまで懸垂下降するF巻さん)

○ビバーク
 横長のテラスには壁に沿って腰高さのフレークの水平クラックがあり、そのクラックに詰まった土や草をバイルでかき出してカムをきめる。F巻さんがテラス全幅に渡ってトラバース用のロープを張る。手際が本当に早い。横に張ったロープはところどころカムでランナーを取っておく。今夜はずっとハーネスを付けたまま、このロープからセルフビレイを取って寝るのだ。F巻さんはさらに草付き部分を整地して、タープを張った。なんとか二人が横になるくらいはできそうなスペースだ。
 空はガスってきたけれど幸い雨が降り出すまでには至らなかった。ちょっと外傾したテラスでお湯を沸かしてアルファ米の食事を済ます。F巻さんが持ってきたお酒を少し分けてもらう。すっかり暗くなったのでツエルトの中に移動して横になる。セルフを取ったままシュラフカバーに入り、足を折りたたんで寝ることにする。固い地面に身体が痛くなるので夜中に何度も寝返りを打ったけれど、その時外を見ると星が見えていた。ガスが晴れたようだ。風もなく、寒さでどうしようもないと言うほどではない。

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(↑テラスを整地するF巻さん)
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(↑こんなふうに荷物を広げた)
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(↑タープというか、ツエルトのフライシートを張った様子)

 翌朝、暗いうちに起き出して、やはりアルファ米の朝食。残りの水は1.5Lほど。そのおかげで、ザックはずいぶんと軽くなった。けれど、10㎏弱はありそう。
 まずは昨日フィックスしたロープを伝って5P目終了点まで上がるのだが、ユマールは持っていれど、やったことのない私はコツがわからず、ユマーリングはうまくできない。仕方がないのでF巻さんが先行してユマーリングであがることになった。F巻さんはみるみるうちにユマーリングで登って行く。私はフォローで前日のぼった凹角を登る。

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(↑清々しい朝を迎えた)
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(↑ユマーリングするF巻さん)

○6P [5.7] (5P ⅣAA1~6P Ⅳ) F巻
 ビレイ点から右にトラバースし、頭上右側のジェードルを登る。さらに左上して南東カンテを越える辺りまで。

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(↑6P目のダブルジェードル右をリードするF巻さん)
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(↑ジェードルを抜けた先の草付き。この辺りが南東カンテか)

○7P [Ⅲ] (7P Ⅲ) 私
 緩傾斜のスラブだがほとんどプロテクションが取れない。ビレイ支点作れる岩のクラックがほとんど見当たらず、ロープが伸びきるあたりの岩で何とか構築。結果的にはもっと左寄りのチムニー取付に進めば良かった。

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(↑7P目をリードする私)
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(↑7P目フォローのF巻さん)

○8P [5.7] (8P Ⅳ+AA1) F巻
 F巻さんが再構築したチムニー下のビレイ支点まで移動する。それから改めてF巻さんリードでチムニーを登る。チムニーは上下2階建てのような感じで、2階部分は内面が濡れていて、左内面壁のクラックに2番キャメが残置してあった。キャメを見ると開拓した頃と古いものではなく、もっと最近登った際のものだろう。
 フォローの私はザックがチムニーで使えそうなので吊るして引き上げることも考えたけれど、結局そのまま背負って登り、ノーテンで抜けられた。

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(↑8P目チムニーをリードするF巻さん)
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(↑チムニー2階部分の左壁に残置されていた2番キャメ)

○9P [5.7] (9P ⅣAA1) F巻
 最終ピッチ。ビレイ点から見上げると右上の蛇腹状のような岩の凹角が見える。そこを登り左に行くとチムニー状にすっぽりと入る。チムニーを抜けるとブッシュ帯となり登攀終了。

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(↑最終ピッチを見上げる。まずは写真左のサイコロ状岩まで行ってビレイ点を再構築)
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(↑最終9P目をリードするF巻さん)
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○下降
 終了点から少しヤブ漕ぎし、ブッシュの中を2ピッチ斜めに懸垂下降すると、NEW DAWNの終了点がある。終了点と言ってももちろん残置物はない。F巻さんは昨年NEW DAWNを登っているそうで、その終了地点を見つけ出したワケだ。そこからは3回の空中懸垂で二ノ沢右俣のガレ場に降り立つ。3回とも大きな空中懸垂が続くので見上げると巨大なルーフが張り出している。懸垂支点はハーケンなどで、昨年F巻さんが使用した際に補強したそうだ。
 ニノ沢右俣自体も激しくガレているので、F巻さんの指示で一人ずつ降りて行くことにする。私が先行し、荷物をデポしたところまでほとんど降り着くあたりに至ってF巻さんが降り始めるほど距離を空けて歩いた。

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(↑ブッシュの中を下降するF巻さん)
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(↑ブッシュを抜け、1回目の空中権するをするF巻さん)
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(↑2回目の空中懸垂をするF巻さん)
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(↑2回目の懸垂を終えたところから上を見上げる)
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(↑3回目の懸垂で二ノ右俣に降り立ったF巻さん)
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(↑NEW DAWNはこの辺りらしい)
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(↑ガレガレを下って荷物をデポした取付に戻る)

○下山
 デポ地に帰着し、休憩がてら荷物をまとめる。下山を開始。滝のところではロープを出して懸垂下降。前日登った大きな雪渓では、爪の数が少ない軽アイゼンでの下りに私が苦戦。
 雪渓を通過した頃に雨が降り出す。それも雨脚がかなり強い。しかも雷雨で、雷鳴がゴロゴロと聞こえる。雨具の上衣を着るも、土砂降りのような雨に全身ビショビショになりながら二ノ沢を降りて行く。

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(↑雪渓の間を下山)
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★増水した穴毛谷本流の渡渉!
 堰堤がいくつも並ぶ穴毛谷に至ると、堰堤からは前日とは比較にならないほどの水がドウドウと落ちている。その下を渡渉していく。相変わらず雨も強い。最初と二つ目の渡渉はまだラクだったが、最後の3つ目が困難というより、極めて危険だった。中州にある足元の岩に立ち、その先1.5mほど先に幅数㎝のコンクリート製の小さな護岸が見える。この間の流れが強すぎて歩いて渡れそうにない。その護岸の先も流れがあるのだが、それはまだ浅くて弱そう。その弱い流れの向こうは対岸で草むらを入っていけばよい。
 この流れの強いところを越えなければならない。まずはF巻さんが空身でジャンプして護岸に着地。荷物の軽いF巻さんのザックを私が投げて護岸に立つF巻さんが受け取る。そうして私が空身でジャンプ。F巻さんは再び中州側にジャンプして戻り、重い私のザックを私のいる護岸側に投げようとする。その時、F巻さんがバランスを崩し水の中に落ちてしまう。流れが強くそのまま数m流されてしまう。対岸にいる私は声を上げることしかできない。何mか流されたF巻さんは近くにあった岩にしがみついた。私のザックも手にしたままだ。マジで危ないところだった。あのまま流されていたらさらに下の堰堤から落ちていたかもしれない。
 さて、何とか水から這い上がったF巻さんは私のザックからロープを取り出し、末端を私に投げる。ロープをザックに結び、手繰り寄せようというワケだ。なんとかザックを手繰り寄せることができたのだが、そうしているうちに浅かった流れの部分も気が付けば20㎝ほど水かさが増している。激しい部分はさらに増している。
 どんどん増水していてヤバい状態だ。F巻さんは3度ジャンプして護岸に移り、2人で最後の流れも急いで渡って草むらに入る。
 草むらに入ったところで、後ろを振り返ると上の堰堤から茶色い濁流が一気に流れ出してきて、つい1分も経っていない前にいた小さな護岸も完全に濁流に覆われていた。中州部分も激しい濁流をかぶっている。間一髪だった。ほんの少しでも堰堤に下山してくるのが遅れたり、ジャンプするところで手間取っていたら、戻ることも進むこともできずに濁流に押し流されていたところだった。
 もっと下山が遅れていれば、そもそも渡渉を諦めて、渡渉前の対岸に待機するなりしたのだろうが、ほんのわずかのタイミングで押し寄せる濁流を避けられたのは運が良かったとしか言いようがない。それとF巻さんの臨機応変なジン俗な判断と行動だ。加えて私のザックを手放さずに握っていてくれたことに感謝。装備が全部濡れてしまったけれど、それは家に帰ってから乾かせば済むことだ。

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(↑穴毛谷は増水している)
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(↑この渡渉はまだラクだった)
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(↑最後の渡渉がヤバい。F巻さんの先に護岸が見える。護岸の先にも流れがある)
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(↑必死に渡渉を終え岸を上がると、一気に濁流が押し寄せてきた。つい先ほどまで我々が立っていた護岸も水の中に)
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(↑みるみるうちにさらに水嵩が増してくる。水も茶色く濁っている)
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(↑渡渉地点からひとつ下の堰堤を見る。濁った水が吐き出されている)

 草むらの中を歩き、林道からやがて新穂に至る車道に出る。雨が降る中、ビショ濡れのまま歩き、ニューホタカという旅館前に着く。19時頃。F巻さんが足を痛めたとのことなので、ここからは私が空身で駐車場まで行って車で戻ってくる。
 ビショビショのまま帰途につく。安房トンネルを越え、松本側のコンビニに着いたところで、私は服を着替え、運転もF巻さんに代わってもらった。再び私がハンドルを握って中央道を走っているとパトカーに捕まったしまった。反則金9,000円はかかったものの、違反内容は免停になるようなものではなかったので、まあいいや。
 そんなこともあって、F巻さんを某駅まで送る終電には間に合わなかったが、深夜日付を回る頃に解散。帰宅した私は濡れた荷物をひと通り広げてからシャワーを浴びる気力もなくベッドに倒れ込んだ。

 と、こんな顛末で今回の山行を終えた。F巻さんの判断・行動がスゴかったのは冒頭触れたとおり。壁の中で1泊してオールフリー、オールナチュプロで登ったのに加えて、最後の間一髪の渡渉もハンパなくスゴかったので、翌日職場に出勤しても何だか昨日のことを思い出すとフワフワした感じだ。生きて還れて良かった。F巻さん、ありがとうございました。

北ア 錫杖岳前衛壁 3ルンゼ~グラスホッパー継続

2014.03.15(土)

 北アルプスは錫杖岳前衛壁にある3ルンゼからグラスホッパー上部に継続して登ってきた。錫杖では無雪期に過去2度登ったことがあるが、積雪期の登攀は初めてだ。2010年9月に「注文の多い料理店」と「P4ルーフ」を登り、2013年8月に注文を再登した。

  今回、所属山岳会のH明さんにこの週末の予定を聞いたところ、この計画を聞きメンバーに加えてもらうことにした。当初の計画のメンバーは、H明さん、NG野さん、私、それに富山県のMN子さんの4人。

 しかし、H明さんがインフルエンザを患い行くことができなくなったため、別に同じ計画を立てていた同会のON田さん、IG嵐さん、M藤さんの3人パーティーに、残った我々3人が合流させてもらい6人で行くことになった。 編成は3人登攀を2組として、ON田・IG嵐・M藤のパーティーとNG野・MN子・私のパーティー。

  金曜日夜、私の自宅近くの駅でNG野さんと待ち合わせ、私の車で関越道~上信越道~長野道経由で松本ICを降り、安房トンネルを抜けて平湯経由で新穂高温泉へ向かう。交代しながら4時間強の運転で、日付が替わる前に砂防会館横の駐車場に到着。道中、松本ICを降りて、国道158号線を走っていると、弱い降雪があり、路面も凍結しているところがありスリップしそうになったけれど、安房トンネルを抜けた飛騨側は雪が降っておらず夜空は晴れている。天気予報では明日は晴れる見込みだ。

 明日の出発は未明4時半の予定なので、睡眠時間が少しでもほしいのでテントを張るとすぐに寝た。ON田さん達3人は途中の道の駅で仮眠して、明日の出発時間までにここに来るとのこと。富山のMN子さんも同様。

  3時40分頃に起きだしてテントを撤収し、出発の支度をしていると、MN子さんがやって来た。家から1時間半ほどだと言う。近いなあ。4時半にON田さん達もやって来た。ヘッドランプを点けて4時40分に歩き出す。道路上の薄い積雪に残る足跡を見ると、2人組の先行パーティーがいるようだ。槍見館の先で登山道に入ると正接の上を歩くようになる。クリヤ谷添いの登山道上にはトレースが残っているので迷うことはない。

 1時間ほどで渡渉ポイント。ここで2人組に追い抜かれる。ということで、この日錫杖を目指すのは我々6人のほかに彼ら2組4人で、少なくとも計10人だ。おそらく皆3ルンゼだろう。

 さらに歩いていると夜が明けてきて、晴れた空のもと錫杖岳の前衛壁が見えてきた。無雪期の様子しか見たことがないので、雪をまとった前衛壁に俄然モチベーションが上がってくる。

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(↑前衛壁が見えてきた)

 錫杖沢出合付近は雪崩のデブリが堆積しておりその上を歩く。出合からクリヤ谷をもう少し進むとクリヤの岩舎というのがあり、そこから3ルンゼ取付きに向かうこともできるはずだが、錫杖沢側の雪崩の危険は少ないとの判断と、トレースもあり先行Pもそちらへ進んでいることから、我々も錫杖沢を詰めることにした。その前に、ここまで使わずに背負ってきた6人分のワカンを出合にデポしておく。

 前衛壁を見ると、最も切れ込んだところが3ルンゼだ。以前登った「P4ルーフ」やあるいは「じーやの大冒険」などを登る際も、出だしは3ルンゼなので訪れている場所だ。その右手の岩壁の中に顕著な白い筋が伸びている。1ルンゼだ。下から上までずっと氷結しているのだろうか。しかし恐ろしく立った滝に見える。こんなところも登る人がいるらしい。1ルンゼ上部の積雪が落ちたのか、音もなく1ルンゼを雪が舞い落ちている。あの中で登っていたら、雪ごと引きずり落とされそうだ。

 NG野さんを先頭に錫杖沢を登っていくと、前衛壁が近づいてくる。晴れた空と積雪の中に立つ岩壁がカッコいい。ずいぶんと錫杖沢の左岸側のトレースを登っていき、前衛壁がぐっと近づいてくる。3ルンゼに向かうようにトレースが右に行く。しばらく歩くと、狭い3ルンゼが開けた場所に先行2P 4人がいて、登攀の準備をしていた。我々も身支度を整える。先行が3ルンゼの中に入って行く。我々も跡を追うように入って行く。私を先頭にNG野・MN子さんが先行し、ON田さんPは少しあとから登ってくる。

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(↑錫杖沢から前衛壁へ)
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(↑3ルンゼへ。写真横向き)
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(↑準備をする皆)

■3ルンゼ

 最初は積雪の緩い斜面なのでロープは不要だ。おそらくF1は雪の下だ。F2らしき凍った小滝が現れる。先行者達はロープ無しでここを登っていったので、我々もそのまま続く。  

 F3だろうか、その下で先行4人がロープを出した。登る順番がまわってくるまでロープを結んでいないなど、彼らの準備の遅さにちょっとイライラしたけれど、彼らが登っていってから我々3人Pも続く。

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(↑3ルンゼの最初の部分を登るNG野さん)
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(↑ON田さん達はまだ下に)
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(↑F2らしきところはノーロープで)

○1P目(F2後半?~F3~F4下)MN子リード

 1P目はMN子さんのリード。出だしの氷に取付く前にクラックに3番キャメをきめようとしたのだが、中が氷っていてカムが滑って全く効かないのでそのまま登り始める。少し上にハング気味の氷があり、ここを越えるのがこのピッチの核心。ハング下の小テラス状の残置ピンでランナーを取り、左上から抜けていく。その先は雪の斜面が続くのだが、ピッチを切るところがF4下の狭い場所だったらしく、先行者がいてMN子さんはずいぶんと待たされたようだ。さらに下で待っている我々2人とON田さんP3人は、上の様子が分からないので、あまりに長時間待たされて大変だった。その間、上から砕けた氷が雨のように降り注ぎ、それが体にぶつかって痛かった。狭いルンゼの中では逃げ場がない。

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(↑F3らしきところをリードするMN子さん)
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(↑同)

○2P目(F4~F5)NG野リード

 2P目はNG野さんのリード。ビレイ箇所が狭いため、後続のリードIG嵐さんがピッチを切るため支点から長いスリングを伸ばす。NG野さんはトンネル状の中を抜けて登っていった。フォローでMN子さんと私も続く。

 無雪期は岩のチムニー状らしいが、冬は氷が覆ってトンネル状になるらしい。このトンネルを抜けるのが面白いけれど、抜け口から雪の斜面に出るところはリードだと怖そう。ずっと登っていくとF6チョックストーン下に着く。

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(↑IG嵐さんを先頭にON田さんPも登ってきた)
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(↑トンネル状チムニー内のようす)
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(↑トンネルを抜ける。先を登るフォローのMN子さん)

○3P目(F6~3ルンゼコル左寄り~グラスホッパーのつらら下)私リード

 3P目は私のリード。頭上のチョックストーンは右壁との間からフリーで登って行けそうだが、せっかくアブミを用意してきたので左壁にあるリングボルトを使って人工で抜けることにした。

 MN子さんのプレートアブミを2台借りて取付く。残置リングボルトは2つ。1つ目はすぐに手が届いてアブミをかける。そのアブミに乗り込み、つぎのボルトに手を伸ばすがちょっと遠い。アブミの上の段に乗り、右手のアックスを岩の凹みにひっかけて身体を引き上げて2ピン目にアブミをかける。そこからチョックストーン上の雪面に出るところがちょっとイヤらしい。積雪の下は氷っているようだが何だか柔らかい。いちおう短めのスクリューを打っておく。チョックストーンの庇にはフットホールドがあるのでアイゼンの爪をかけられる。雪面にアックスを刺しながらチョックストーン側に乗っ越す。ふう。

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(↑リングボルトが見えづらいけれど、チョックストーン左側のこの岩に2つある)
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(↑アブミに乗りながら下を撮る)

 あとは延々と雪の斜面を登っていくのだが、ランナーが取れるようなところがないので、先行Pのトレースを辿るようにアイゼンでしっかりとステップを切りながらロープを伸ばす。30mくらい登っただろうか、トレースが2つに分かれている。まっすぐ行くと3ルンゼのコルだ。つまり3ルンゼでロープを出すのは3ピッチ分。もう一つのトレースは岩の間を左上に上がって行く。私もそっちに進み、途中の細い灌木でやっとランナーを取る。さらに登ると氷瀑が現れた。グラスホッパーだ。60m近くロープを伸ばしてきているのかもしれないが、さらに登って氷柱の下に取り付いた。上を見ると2人組が登っている。4人いたうちの2番目らしい。1番目の2人組は3ルンゼだけで下降してしまったようだ。つまり、3ルンゼのコルに至るトレースは彼らのものだ。

  初登者の人のトポ図によると、3ルンゼのコルから少し下りてグラスホッパーに取り付けるらしいが、残り時間を考えると、そのまま上に登ってグラスホッパーの上部つらら状に取り付いたのは結果的に良かった。

 目の前の太い氷柱に240㎝スリングを回してビレイ支点を作り、すぐにNG野さん達をセカンドビレイする。ロープアップはほとんどなかったので、やはり60m近く登ったのだ。NG野さんとMN子さんが登ってきた。

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(↑氷柱にスリングをまわす)
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(↑グラスホッパー上部のアイスを見上げる)
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(↑右のほうを見る)
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(↑後方はこんな景色)
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(↑フォローのMN子さん)
 グラスホッパーを登っている2人組はザックをこの氷柱取付きにデポしていたのだが、ロープ1本だけで登っていったようで、もう1本をザックの中に残してしまったと、上から声をかけてきた。ロープの端を下ろしてきたので、それにザックから出したもう1本のロープの束を結んであげた。私もいくらでもポカはするけれど、これはあまりにも拙いのでは?

■グラスホッパー上部

 ON田さん達も登ってくる。さて、見上げる氷は2段になっているようだ。10何m登ったところで傾斜が緩んでおり、もちろんそのまま続けて登れる高さだが、いったんそこでピッチを切ることにして、MN子さんがリードすることになった。出だしから結構バーティカルなアイスだ。

 MN子さんはアックスにテンションしながらスクリューをセットしながら確実に登っていく。緩傾斜のところでスクリューでビレイ支点をセットして、フォローのNG野さんと私が続く。ロープに吊られているので何とかノーテンで登れた。

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(↑グラスホッパー上部のアイスをリードするMN子さん)
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(↑同)

 続くピッチは私がリードすることになった。最近では先月、湯川でちょっとやっただけのバーティカルのアイスクライミング、リードとなるとやはりキビしいのなんの。数手上がってアックスにテンションすると、スクリューを氷にねじ込む。このスクリューがやけに入りにくい。氷の質のせいなのか、スクリューの葉が欠けているせいなのかはわからないが、両手でぐりぐりと押し込まないと食い付かない。これでは片手でアックスを持ったままもう一方の手でセットするのは無理だ。そうでなくても、フォールした時のことを考えると、カム以上に不安になる。短い間隔でスクリューをセットしまくりながら、これまた10数mくらいだろうか氷を登り終え、雪面を登っていくと、先行2人組がいた細い灌木でピッチを切った。

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(↑下を見ると、後続のM藤さんが余裕の笑顔)
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(↑バーティカルアイスを越えたフォローのMN子さん)

 私が後続をフォローしている間、先行2人組は登攀を終え懸垂下降の準備をしているようだった。すると、彼らはロープを1本落としてしまった。お互いが相手がロープを保持しているものと思って手を放してしまったらしい。これはお粗末すぎる。先ほど私が結んだもう1本があるので、それ1本を木にフィックスして降りようとしている。彼らが懸垂で降りたら私にロープをほどくようたのむ。しかし、懸垂しながら下りると下に雪や氷を落としてしまい、まだ真下にいるON田さん達に降り注いでしまう。下にいるON田さん達に注意され、その懸垂も中断。我々6人が登り切ってから一緒に懸垂下降するになった。

 バーティカルアイスを2ピッチ登り終え、さらに上を見ると、右手には氷が続き、真上には岩棚とその上の大きな木が見える。懸垂下降を中断した先行Pによると、その岩棚の上の灌木に残置があり、それで懸垂できるという。

 そこで、先ほどリードしてきた私がそのまま登ることにした。いったん左手の雪面をあがるが、さらにその先の岩棚下部に登ってしまってはランナーが取れそうにないので、微妙なところを右トラバースして右側のアイスに取り付いた。ここでもアックステンション。凹角状をあがって左上の残置物でピッチを切った。ここで登攀終了とする。上を見ると、雪面の先に烏帽子岩が見える。さらに遠くを見ると笠ヶ岳が見え、その山腹に岩場があった。穴毛谷から詰めたところの岩場らしい。あの岩場も登られているらしい。いい眺めだ。

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(↑最後のピッチを登るフォローのMN子さんとNG野さん)
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(↑笠ヶ岳。私はまだ登ったことがない)

 NG野さんとMN子さんが続いて登り終えたのは16時頃。急いで懸垂下降して下山しないと。ON田さん達はもう時間がないのでアイス2ピッチを終えたところで終了とした。2人組と合わせて計8人で懸垂する。先に下りた者が2人組のロープも使ってさらに下に懸垂していく。人数が多いのでロープをたくさん使って、先に先にロープをセットしていかないと時間がかかるためだ。

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(↑懸垂下降の順番待ち)

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(↑3ルンゼのコルから焼岳)

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(↑グラスホッパーを見上げる。登ったところは上部のほんの一部なのだ)

 1回目の懸垂でグラスホッパーの氷柱取付き。続く2回目の懸垂で斜めに下りて3ルンゼのコル。そこから3ルンゼとは反対側に下りる。先行するON田さんが残置視点を掘り出すのに時間がかかったようで、あたりが暗くなってきた。短いピッチでさらに2回懸垂したころにはすっかり暗くなっていた。最後の5回目でロープをいっぱい伸ばして緩傾斜の雪面に降り立った。夜になってしまったが、空は晴れて月明かりもある。19時くらい。ここでロープを収納。2人組は先に下山していった。ヘッドランプを点けた我々6人は先行者のトレースを追って、私を先頭に雪のクリヤ谷を降りていく。朝のアプローチでは錫杖沢を結構な高さあがったので、懸垂下降を5回やったとはいえ、錫杖沢の出会いはまだまだ下のはずだ。ずっと歩くとクリヤの岩舎に出た。私はこの岩舎を見るのは初めてだが、確かに岩の下がえぐれてテントが張れそうだ。岩の左手からは上にトレースが伸びており、ここからも3ルンゼに行けるようだ。

 岩舎から錫杖沢出合は近い。デポしておいたワカンを回収し、朝歩いてきた登山道を降りていく。渡渉ポイントを経て槍見館の道に降り立ったのは21時。駐車場に戻った。早朝4時40分に駐車場を歩き始めて、帰ってくるまで16時間半行動となった。疲れた~。

  下山でかいた汗が冷えて寒くなってきたので、車内で着替えた。お互いのギアを整理してから、富山に帰るMN子さんと解散。残る5人の車2台で安房トンネルを抜け松本方面を目指す。眠気がひどいので途中でNG野さんに運転を替わってもらった。ON田さんがネットで調べて、塩尻に信州健康センターという入浴仮眠施設があると分かり、そこを目指す。着いたのは23時半頃と夜遅いのに、館内は多くの人で賑やかだった。いくつもあるお風呂に浸かり、凍えた身体を温める。ふう~。日付が回ってから大広間にいくと、夜中だというのに食事をしている人が多い。我々もまずはビール大ジョッキを注文。疲れた身体にビールがうまい。それから3時半頃までお酒を飲みながらバカ話をしていると、我々以外の人たちはほとんどいなくなった。さすがに睡魔に耐えられなくなってきたので、各自適当に寝ることにする。2階に仮眠室があるそうで、そこに空いていた場所で横になり泥のように眠りにつく。

 ON田さんからのメールの着信で目が覚めたのは日曜日の朝9時。5時間くらいは寝たのだ。焼酎を飲み過ぎたか、頭が重い。身体も疲れている。

 ON田さん達と解散して、NG野さんと空いた中央道を走って東京に帰る。道中、八ヶ岳や南アルプス、富士山がきれいだった。

  NG野さんを送って帰宅したのは昼過ぎ。昨夜までは、今日の午後はジムにでも行こうかと考えていたが、そんな元気はない。珍しく休日の日中に出かけずにいるので、服を選択してから、汚れまくった車の掃除をすることにした。外装はガソリンスタンドの洗車機でピカピカにした。タイヤの空気圧も見る。それから駐車場に戻って、落ち切らなかった外装の汚れを雑巾で拭いて、車内も掃除機を隅々までかけて、さらに雑巾で拭いた。エンジンルームも手の届く範囲を拭く。二日酔い気味なのとヨレヨレに疲れていたので、洗車も重労働だ。

 こうして、積雪期の錫杖の登はんを無事に終えることができた。インフルエンザで参加できなかったH明さんは回復してきたらしい。そうそう行く機会のない積雪期の本チャンルート。天気とメンバーに恵まれていくことができて良かった。

  ここのところ、トルコツアーを含めフェイスのクライミングや城ヶ崎でのクラックの機会はあって、合間に湯川のアイスなどに行ったけれど、こういう登はんも本当に良いものだ。

瑞牆山 十一面岩左岩壁 山河微笑

2013.10.27()

 瑞牆山十一面岩左岩壁にあるマルチピッチルート・山河微笑を登った。

 瑞牆の各ルートを登る我々6人と小川山に行く3人の計9人が、台風一過の前夜某所に集まって大宴会。各自持ち寄ったワインボトルが次々と空になり、きりたんぽ鍋も美味しかった。私も相当にお酒を飲み過ぎてしまった。明日の天気は申し分ないはずだけれど、果たして登れるだろうか。

 瑞牆山のマルチピッチルートとしては、

200711月 大ヤスリ岩「ハイピークルート」(紅葉がきれいだった)

20105月 十一面岩末端壁「調和の幻想」

・今年8月 十一面岩正面壁「ベルジュエール」(7P目まで)

・今年9月 十一面岩左岩壁「山族79黄昏ルート」

4つのルートを登ったことがある。

 まだ暗い5時に起き出すけれど、案の定頭が重い。秋も深まり明け方は寒い。お湯を沸かしてお茶を飲んだりカップラーメンを食べて、張ったテントを撤収する。小川山に向かう3人と別れ、6人で植樹祭広場へ。

 私はK藤さんと組んで、十一面岩左岩壁にある山河微笑というルートを登ることにした。H明・M上さんパーティーは、私も先月登った隣接する山族79黄昏ルートを登るという。HO田さんパーティーは、大面岩にあるルートを登いりに行くそうだ。

 二日酔いの身体を押して、1時間20分かけて歩き十一面岩左岩稜に到着。途中の末端壁には朝早いのでまだ誰も来ていなかったけれど、ルートによっては濡れているようだ。

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(↑錦繍の植樹祭広場)

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(↑十一面岩末端壁)

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(↑八ヶ岳を望む)

 先月に山族を登った際に、山河微笑の取付を確認しておいたので、取付探しで迷うことは無かった。山河微笑は、最高5.10aを含む全5ピッチのルートとのことで、私が奇数ピッチを、K藤さんが偶数ピッチをリードすることにした。H明さん達は山河微笑の取付で支度をしてから、山族の取付へ移動していった。

前日は雨が降ったはずだが、岩は概ね乾いている様子。登攀開始は9時頃。

○瑞牆山 十一面岩左岩壁「山河微笑」5P

1P(5.8)リード私

 クラックの奥は湿気っている感じがするけれど、ビショビショということはなかった。カムをきめながら登っていくと、頭上の小ハング状岩に行き当たる。この岩の下側にカムをきめながら左に抜けるところが一応の核心か。左の壁に抜け出ると、左上する感じで登っていくと、ホールドが大きくなっていき易しくなっていく。そこから今度は右上するように登り、木の根をつかんで乗っ越すと奥の木にカラビナのかかったスリングが回っている。大きな木が生えるテラス状だ。フリーで登れたのは結局このピッチだけ。

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(↑山河微笑の取付。写真横向き)

2P(5.7 chim)リードK

 目の前に立てた本のように巨大な板状の岩があり、その右手には深いチムニーが切れ込んでいる。左手にも出だしダブルクラックのようなラインがあり、こちらが山河微笑のルートのようだ。このピッチ、出だしからして悪く、K藤さんも人工交じりで何とか越える。フォローの私も、この出だしではテンションして、カムをつかまないととても登れない。傾斜が緩んでもなお難しかった。

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(↑2P目を登るK藤さん)

3P(5.9)リード私

 このピッチではエイドしまくり。というか、こんなワイドクラックをとても登れる力量はないので、ひたすらアメリカンエイドで登る。疲れた。リードの私がその先で使うために下のカムを回収しながら登ってしまったので、フォローのK藤さんは手づかみできるカムも乏しく大変だったようだ。

 山族を登っているH明さんパーティーも同じくらいのペースで登っているようで、山族の4P目のバンドを右に回り込んでH明さんが我々のすぐ近くに上ってきた。

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(↑3P目を見上げる。写真横向き)

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(↑3P目フォローのK藤さん)

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4P目 リードK

 テラスにいったん上がり、5P目のオフウィズスの取付きにクライムダウンするピッチ。クライムダウンする上部でカムやハーケンでランナーを取って、リードのK藤さんをロワーダウンする要領でビレイした。

 クライムダウンするのでフォローの私のほうが怖い。ここではカムをつかみながら下に下にセットしつつ下りた。

5P(5.10a o.w)リード私

 このピッチは3P目以上に大変だった。最初からひたすらカムエイドしまくりで、途中ほんのわずかフェイスを使ってフリーで登れたのもつかの間、傾斜が緩くなるところでもカムエイドしないととても登れない。

 出だしでは5番も使えるが、あとは3番と4番がとにかくほしい。セットしたカムにスリングをかけ、アブミの要領でそれに足をかけて立ち込む。こんな登り方だからとにかく時間がかかった。

 途中の灌木のある緩傾斜から再び岩のセクションを登り頭上の岩を右に抜けると大きな岩が集まる平場に出た。ああ、本当に疲れた。

 残したカムが乏しいためフォローのK藤さんはさらに大変だったはずだ。フォローなのでフォールする恐怖感はないだろうけれど。時間が押してきて16時が近づいてきている。秋の陽はつるべ落とし。17時ではもう暗くなっている。これからまだ懸垂下降することを考えるとのんびりしているワケにはいかない。

 ロープをとにかくぐいぐいと引っ張って、長い時間をかけて何とかK藤さんも登ってきた。エイドしまくりだったけれど、とにかく山河微笑のルートを登り終えた。

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(↑5P目フォローのK藤さん。写真横向き)

 山族を登っているH明さん達は残置したカムの回収の関係で、いったんカナトコ岩(左岩壁の頭)まで登るそうだ。

 我々は山族の終了点にある支点を使って懸垂下降に入る。途中、ロープの絡まりに苦戦しつつ、懸垂下降4回で17時頃に取付に降り立つ。樹林帯の取付に下りると暗く、ヘッドランプを点ける。少し先に下りていたH明さん達が片づけをしていた。

 暗い中を4人で下山していく。来るときは明瞭な踏み跡も真っ暗な中では時々迷いそうになる。18時を過ぎていただろうか、ようやく植樹祭広場に帰着。O田さん達が出迎えてくれた。O田さん達は大面岩に行ったはずだけれど、O田さんの体調不良でクライミングはしなかったという。不動沢まで歩いてみたりと、我々が帰ってくるまで時間をつぶしていたらしい。

 というワケで、想像以上に山河微笑には苦戦させられた。普通のハンドサイズのクラックだってろくに登れないのに、こんなワイドクラックは手も足も出ない。アブミの乗り込みのせいか、股関節が攣りそうになるほど筋肉が張っているのが分かる。本当に疲れた。今回はHさんの車で瑞牆まで来たので、帰りの渋滞する中央道では後部座席で眠らせてもらった。八王子で解散後、自分の車で帰宅。

青森県 下北半島 縫道石山 マルチピッチクライミング(敗退) ◆東北クライミングツアー2

2013.10.18()20() 東北クライミングツアー

 東北ツアー2日目は、青森県は下北半島の縫道石山(ぬいどういしやま)でマルチピッチクライミングを試みるも途中敗退。

10/19() 青森県 下北半島 縫道石山(ぬいどういしやま) マルチピッチクライミング(敗退)

 縫道石山は、下北半島にある岩山で、その岩壁がマルチピッチクライミングの対象となっているそうだ。今回の東北行を計画している時に、YT川さんに薦められた場所だ。ネットで登攀記録を調べてみて、東面にある「緑友ルート」がグレード的にも難しくなさそうなので登ってみることにした。

 しかし、結果的には間違ったラインに取り付いてしまい、行き詰まって途中で登攀を中止し、敗退する結果となってしまった。

 まだ暗い5時に起床。寒い。南側の野平から縫道石山の登山口へ至るダートの林道に入るが、すぐに整備中の舗装道路に出た。整備中のこの道路、仏ヶ浦を通る国道のバイパス的な道なのかも。

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(↑縫石道山登山口)

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(↑熊除け鈴を貸し出す箱があったけれど、中には2つしか無かった)

 登山口の駐車場には、貸し出し用のクマよけの鈴があったので、一つ持って行くことにした。登山道をしばらく歩いて行き、鞍部を超えて再び登っていくと、樹間越しに岩壁が見えてきた。登山道の適当なところから左手に入る。踏み跡らしい踏み跡は見分けられなかった。しばらくヤブ漕ぎして行くと、岩壁の下に出た。見上げると大きな壁が広がっている。

 手持ちのルート図を眺めてみるも、目指す緑友ルートがどれなのか判然としない。顕著な凹角やカンテがあるのだが、そのどれが緑友ルートにあたるのかがよく分からない。初めてくるところはまずは岩場にたどり着けるかが核心だし、ラインを見つけるのも難しい。

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(↑東面を見上げる)

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(↑フォローのK寅さん)

 結局よく分からないので、それらしい凹角のところを登ってみることにした。ダブルロープを結んで、私のリードで登攀開始。時刻は8時頃。登り始めてみたものの、残置ピンも見当たらず、ラインが分からないので、樹林帯の際を右上に登っていく。これだけでも結構苦労して、いたずらに時間を費やしてしまう。

 緑友ルートも出だしは凹角のはずなので、それと見定めた凹角(結果まるで違っていたワケだが)を目指して左に移動するように登っていく。が、これもとにかく悪い。

 岩そのものは固くしっかりしていて、プロテクションは細い灌木で取ったり、カムも結構きまる。

 細かな点は省略するけれど、そんなこんなであっという間に数時間が経ってしまう。チクチクと痛いブッシュをつかんだり、およそⅣ級とかⅤ級とかのグレードでは済まないところを登ったりするも、いよいよ行き詰まってきて、はるか頭上に見えるブッシュ帯に至るのは無理と判断し、登攀を諦めることにした。顕著なピナクル状岩があったので、それに細ロープを結び、懸垂下降する。懸垂下降1回で取付近くの樹林帯に降り立てた。あれだけ苦労して登ったところも、わずか50mしかなかったわけだ。K寅さんも下降してくる。

 荷物をまとめてから、岩壁の取付付近をぐるっと見てみることにした。左手のほうに歩いていくと、だんだんとラインが分かってきて、ボルトが打ってあるというHCCルートが目印となり、「傷だらけのクラック」という顕著な凹角クラックのルートが分かり、それにより緑友ルートの位置も分かった。下から眺めた本当の緑友ルートは、Ⅳ級ということで確かに易しそうだ。

 ということで、敗退という結果になり非常に悔しい。わざわざ下北半島まで来ながら、狙った登攀ができなかった。あんまり悔しいので、この日記にもあまり詳しく書く気にはならないのだが、K寅さんと話して、いつか機会を作ってリベンジしようということにはなった。本当にまた来る機会を作りたいものだ。

 登攀をやり直す時間はないけれど、まだ時間はあるので、登山道を歩いて山頂には行くことにした。天気が良ければ山頂からは遠く北海道が望めるはずだ。登山道をしばらく登っていくと、岩だらけの山頂に到着。果たして北海道も眺めることができた。周辺のなだらかな山の紅葉もきれいだ。

 岩壁を登って山頂に至り北海道を眺めるということが叶わず、ますます悔しい思いだが、いつまで悔しがっていても仕方ない。山は無くなってしまわないから、また来ればよいのだ。

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(↑山頂から遠く北海道を望む)

 さて、下北半島といえば恐山が有名だが、私もK寅さんもそれぞれ過去に訪れたことがあるので、恐山観光に寄ることはせず、次なる目的地の秋田県を目指すことにした。マグロで有名な大間にも、さすがに寄り道する時間はないし。

 青森県内で温泉に入って行こうということで、青森市に近い浅虫温泉に行ってみることにした。すっかり暗くなった頃、ゆーさ浅虫という道の駅にある温泉施設に到着。露天風呂がないのが残念だが、この施設にあるB級グルメを標榜する牛バラ焼定食980円を食す。すき焼きみたいなもの。

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 東北道に乗って秋田県に入り、鹿角にある道の駅に到着。テントを張って寝る。

山形県 黒伏山南壁 中央ルンゼ ◆東北クライミングツアー③

2013.921(土)~23(月)  東北クライミングツアー

 東北ツアー3日目は、黒伏山南壁にある中央ルンゼでマルチピッチクライミング。

■9/23(月) 山形県 黒伏山南壁 中央ルンゼ マルチピッチクライミング

 黒伏山の南壁は、「日本の岩場 上」(白山書房)や2007年の岳人誌で知ってから、いつかは行ってみたいと思っていた。今回、O前さんからあっさりとその話が出て、なかなか実現できなかった黒伏山の登攀が急に目の前に現れたワケだ。
 それに、U松さん達東北クライマーが一緒なので、岩場取付までのアプローチで迷う心配がないのは大きなメリットだ。

 前夜酒盛りをした6人は、暗いうちに起き出して、5時半過ぎには車で出発。ジャングルジャングルというスキー場の駐車場まで車で行くのだが、30分とかからない。近いものだ。スキー場の反対側に黒伏山の南壁がどーんと迫力を持ってぶっ立っているのが眺められる。あの壁を登るのだ。

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(↑スキー場駐車場。奥に黒伏山南壁を望む)

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(↑黒伏山南壁)
 南壁の左上には大ピナクルと呼ばれるピークが見える。南壁は特に上部がブッシュに覆われているところがほとんどなのだが、このピークの右下側にある中央ルンゼだけはほぼ稜線近くまで岩が露出している。岳人誌の記事では、中央ルンゼルートのみがほぼ登攀対象となっているらしい。そのほか、三十路ルートや天の川というルートもあるようだ。

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 駐車場近くから林道に入り、すぐに草に覆われた踏み跡を下りて、単管パイプで造られた橋を渡る。林道から朽ちた標識のある左手斜面を登ると、森の中に登山道が続いている。しばらく登ると、そのあとはアップダウンの少ない道になる。
 駐車場から50分ほど歩いただろうか。キビタキの池という水たまりのような凹地から岩場取付までは10分ほどだが、行きではキビタキの池に至る手前の涸れ沢から詰めて左手に進んで取付きに行った。樹林の向こうに岩場が見えるので、迷うことはなさそうだけれど、通常はキビタキの池経由で行ったほうが無難だろう。

 南壁に出ると、すぐ目の前が竜王ルンゼルートの取付だ。我々6人は、2人ずつ3パーティーに分かれて登る。ルートを知っているU松‐T村さんPが先行して取り付き、O前‐私Pが続く。3番手のH野‐T橋さんPは、3P目まで中央ルンゼルートと共通で、その後は左に分かれて三十路ルートを目指す。

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(↑中央ルンゼルート取付から見上げる)

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(↑取付で登攀の準備をする皆さん)

 先行のU松さんPは、T橋さんのリードで登攀開始。50Mダブルロープを結んで我々も登り始めたのは午前8時過ぎ。奇数ピッチを私、偶数ピッチをO前さんがリードすることにした。以下、ピッチ長、グレードは「日本の岩場 上」による。

■黒伏山南壁中央ルンゼルート 9ピッチ(5.10b)

○1P目(30m,Ⅴ+)リード私
 少し登ったところで1ピン目のランナーが取れる。中盤のピンが短い間隔で打たれたところは微妙で悪い。その後、右手に残置支点のある岩のチムニー状を登り、その先の支点まで。さらに上側にはペツルの立派な支点があるのだが、先行Pが使っているので、我々はここでピッチを切る。

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(↑1P目をリードする先行PのT村さん)

○2P目(30m,Ⅲ)リードO前さん
 ここはⅢ級なので易しかったと思う。ここを登ると三人テラスというちょっと開けたところに至る。

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(↑2P目リードのO前さん)

○3P目(40m,5.8)リード私
 右上に向かって上がり、そこからボルトが短い間隔で打たれた直上部分が悪く、足元のボルトを一度踏んで使ってしまった。そこから、左トラバースするところはフリーでイケた。このあたりが5.8ということか。抜けたところでピッチを切る。このルートはピッチ支点ごとにペツルがきちんと打たれている。前後に古く錆びたリングボルトの支点もあるけれど、探せばペツルがあるはずだ。ルート中も残置が豊富。

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(↑3P目をリードする先行PのT村さん)

○4P目(50m,Ⅲ)リードO前さん
 いよいよ中央ルンゼの中に入って行くという感じのピッチ。50mいっぱい伸ばして右上していく。

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(↑4P目リードのO前さん)

○5P目(18m,Ⅲ+)リード私
 短めのピッチ。傾斜の緩い広い斜面で、どこでも登れそうに見える。並行して登れるので、先行のT橋さん達に追いついてしまい、このあとしばらく待つ。

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(↑5P目をリードする先行PのT村さん)

○6P目(35m,Ⅴ+)リードO前さん
 脆くて崩れそうな岩がグレード以上に難しく感じさせる。右上から左上に抜けるようなラインだったと思う。

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(↑6P目リードのO前さん)
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(↑三十路ルートを登るH野‐T橋さんP)

○7P目[前半](5.8)リード私
 すぐ先に垂壁があり、ここが5.8のようだ。事前にT村さんから、ここ7P目が崩壊しているから登れるかどうか分からないと言われたけれど、U松さんによると、新たにボルトが打たれており登れるとのことだった。
 この垂壁のすぐ上で先行のU松さんPがピッチを切ったので、我々もルート図にある25mも登らず、その半分くらいでピッチを切る。
 で、この垂壁部は、崩壊前はフレーク状のガバを伝って快適に登れたそうだ。それが崩れてしまったそうだが、新たに表れたらしい左サイドが効くので、ルート図にある5.8というグレードが難しくなったという感じはしない。というか易しい。
 しかしムーブそのものよりも、冷や汗モノだったのは、垂壁抜け口の板状の岩が剥がれかけて浮いていたことだ。本を立てたように層状の岩が壁に張り付く感じであり、その一部が過去に剥がれたらしいが、抜け口の畳サイズの岩(厚みは20㎝くらいか)の中央に亀裂が入り、観音開きの扉がわずかに開きかけたようになっている。
 垂壁下から見上げると、抜け口左手がその岩で、亀裂は視認できるが、開きかけの観音開き扉だとは登った後でないと分からない。先行したT村さんに注意するよう教えてもらったから良かったものの、知らずにこの岩に手をかけたら間違いなく崩落して下敷きになっていただろう。この岩に触れないように右寄りのリップを乗り越える。
 この観音開きの岩だが、誰もいない間に自然崩落してくれれば良いけれど、あの様子では崩落も時間の問題かも。
 なお、6P目までは緩々のシューズを履いていたが、このピッチからは背負ってきたソリューションに履き替える。キツキツサイズなので、ビレイ時は脱いでおく。

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(↑7P目[前半]垂壁部を見上げる)

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(↑垂壁部抜け口の浮いた板状の岩は写真中央から右上寄りにある)

○7P目[後半]リードO前さん
 垂壁のパートで短くピッチを切ったので、残りの部分をO前さんがリードする。正午になり、先行PのU松さん達はここ7P目終了点で登攀を終えて下降すると言う。

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(↑7P目[後半]リードのO前さん)

○8P目(40m,天の川ルート)リード私
 7P目終了点から頭上には広くブッシュまじりの岩場が続いている。頭上は比較的ブッシュが少ないが、右手の方はブッシュが濃い。U松さんによると、直上するのは天の川といるルートのラインらしい。中央ルンゼのラインは右手にあると思うのだが、ブッシュが濃いので直上することにした。一か所、小ハング気味を超えるところが悪く、ペツルにかけたヌンチャクでA0して突破。チョンボは3P目に続き2回目。

○9P目(40m,5.10b)リード私
 最終9P目も私がリードさせてもらう。ここは5.10bの箇所があるらしい。
 中央ルンゼルートに戻るため、右手にトラバースしていく。ガバが豊富で易しい。そこから直上が5.10bだ。カチやパーミングなどで慎重に登っていく。ヌメる手にチョークを付けたり、ホールドにもチョークを付けたりして、核心を超えてガバをキャッチ。こうして、この5.10bのピッチはオンサイトできた。
 ブッシュ帯の中の岩にペツルが打たれているので、そこで終了とする。ルート図によると、あとは100mほどブッシュを登ると稜線で出られるらしいく、黒伏山の反対側に下りる登山道に至るそうだ。
 我々は登って来たルートを懸垂下降するので登攀はここまで。時刻は12時半頃。先行Pの待ち時間を除けば、4時間かかっていないはずだ。悪くないスピードかな。

 O前さんが先行して懸垂下降を続ける。6回くらい懸垂しただろうか。取付では、先に下りたU松さん達が待ってくれていた。しばらくしてから、三十路ルートを途中まで登ったH野さん達も下りて来た。
 往路を戻りスキー場駐車場へ。途中、登山道わきにキノコが生えていた。O前さんによると、イグチとのこと。傘の裏がスポンジ状になっているのが特徴だ。美味しいハナイグチという種類ではないそうだが、食べるためにいくつか摘んでおく。このイグチは翌朝、味噌汁の具にして食べた。トロトロした感じ。

 お世話になったU松さんと駐車場で解散。宮城県に出て、東北道へ。福島県内でこれまたお世話になったT村さんを下ろす。その後もずっとO前さんが運転してくれて、夜遅く埼玉県内でO前さんと解散。O前さんにもお世話になりました。
 こうして、3日間の東北ツアーを終了。ドライツーリングに始まり、行きたかった山寺でフリークライミング、これまた行きたかった黒伏山のマルチピッチルートも登ることができ、満足の3日間となった。
 機会があればアイスクライミングでこちら方面にまた訪れたいものだ。

瑞牆山 十一面岩左岩壁 山族79黄昏ルート

2013.9.7(土)
 瑞牆山十一面岩左岩壁にあるマルチピッチルート・山族79黄昏ルートを登った。
 先週、正面壁のベルジュエールを7P目まで登ったのだが、今回は午後から雨が降り出す天気予報だったため、ピッチ数の少ないルートを選んだ。

■9/6(金)夜
 先週以来、内科でウイルス性胃腸炎ではないかと診断された体調不良は未だに続いている感じだ。お腹の調子は逆に便秘気味が続いていて、食欲もわかず身体に力が入らないという調子だ。
 同行は先週も一緒にベルジュエールを登った所属山岳会のO田さん。我々とは別に、H明さん達3人も今週も瑞牆で、フリーウェイを登りに行くという。金曜日の夜、塩川ダムを臨む東屋で2パーティー5人が集まる。
 体調が芳しくない私は、350mlの缶ビールを1缶空けることができなかった。いつもならごくごくと飲めるのに、お酒を美味しく感じられないとは悲しいばかりだ。というわけで私は先に眠らせてもらう。

■9/7(土)
 4時半に起床。行き先が異なるH明さんパテーィーと別れ、植樹祭広場へ。前回アプローチで少し迷ったけれど、今回はそれもなく末端壁を経て正面壁へ。正面壁から燕返しのハングの下を通って左岩壁へ。とある凹角が山河微笑ルールの取付だと、O田さんが教えてくれた。さらに左上へと登っていくと開けた場所に出る。錦秋カナトコルートや目的の山族79黄昏ルートの取付があるところだ。準備を済ませ、7時過ぎに登攀開始。
○山族79黄昏ルート
1P目(5.9)リード私
 手前に見えるピナクル状の岩を左から抜けて、その後ろ側にあるスラブ壁に取付くようだ。最初、O田さんがリードを試みると、このスラブの出だしが悪いらしくりーどを私に交替する。
 5.9とはいえ慣れない微妙なスラブ登りは確かにちょっと怖い。小川山にあるような薄いホールドを指先で保持してじわじわと身体を上げるようなムーブで登り、リングボルトにランナーを取る。
 右に上がってから、今度は左に大フレークが見えるのでそこに向けてトラバースする。このトラバースもいやらしいが、ここまでは何とかフリーでいけた。最後は大フレークのオフィドゥス状を抜ける。ここがまたいやらしく、持参した5番キャメはフォローのO田さんに預けてしまったので、何とか伸び上がって奥に3番を決める。ここでたまらずA0してしまう。岩の間を抜けるとテラス状でピッチを切る。

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(↑1P目フォローのO田さん)

2P目(5.10d)リード私
 出だしのスラブが5.10dととても悪い。まともにトライしていたら時間がかかってしまうので、フリーはさっさと諦める。短い間隔でリングボルトが打たれているので下のボルトにかけたヌンチャクをつかみながら、上のボルトにヌンチャクをかけていく。いくつかリングボルトを使って登るとペツルが一つ打ってある。宴会テラス下の壁の下側を左にトラバースしていく。壁の下を通り過ぎ、さらに左寄りに進んだところから登って宴会テラスに向かって右に登った。ここで私が抜けた個所はカナトコと重なっていたのかもしれない。手前のクラックから登るのが黄昏のラインなのかも。

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(↑2P目フォローのO田さん)
3P目(5.8)リード私
 O田さんがリードを試みるが、やはり出だしが悪いらしく私に交替。出だしは確かに一見悪いが、フットホールドを見つければ、最初のクラックを上がれる。そこから左上するのだが、大きなカムをきめながら斜めの大フレーク状を這うように左上するのがちょっと怖い。そこを抜けると、目の前に凹角が現れるので、この凹角にカムをきめ、凹角の右側のスラブに一つ打たれたリングボルトにランナーを取りつつ登り、左上の樹木でピッチを切る。ここはフリーで登れた。

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(↑3P目フォローのO田さん)
4P目(5.8)リードO田
 O田さんのリード。樹木を抜け、右上に抜けるように岩を登る。水平部をトラバースするがカンテ状を回り込むところがちょっと怖そう。右に回り込んだ奥でピッチを切る。
5P目(5.10a)リード私
 前半は反対側が抜けて見える岩の隙間を登る。出だしで5番が使える。あとはランナウト気味にレイバックで身体をあげていくと狭いテラス状に出られる。後半の出だしはスラブというには急すぎる壁で、リングボルトにA0して登ることにする。最後が開いた溝状のところを登るのだがちょっと怖い。大きめのカムを溝状に浅くきめながらここでもA0。すると終了点のボルトは目の前だ。フォローでO田さんが登ってくる。

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(↑5P目フォローのO田さん)

 登攀所要時間は3時間20分。先週ベルジュエールで時間がかかり過ぎたことを考えると、今回は速く登れた。それにポツポツと弱い雨が降り出している。さっさと懸垂下降してしまおう。
 懸垂3回で山河微笑の取付に降り立つ。下降の途中、2パーティーが山河微笑を登っているのに会った。黄昏ルートの取付にデポ下荷物を回収して、末端壁を経て下山。瑞牆山の上の方は雲の中で雨に降られたが、末端壁まで下りてくるとまだ降っていない。
 時刻はまだ昼過ぎと早いけれど東京に帰ることにする。H明さんの車にメモを残して、まだ渋滞の始っていない中央道を走る。
 秋雨シーズンで、週末のたびに雨に見舞われているが、先週今週と、ひとまず瑞牆のマルチのルートを2つ登る機会を得られたのは良かった。カンマンボロンを含め、自分でも登れそうなルートが他にもいくつのあるので、またそのうち登りに来たいものだ。

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