サイクリング

北海道サイクリング旅行記4

    【第4日:帯広の手前まで】

76():塘路 釧路 白糠 浦幌

池田町まきばの家泊

 3時過ぎに起床。未明から本格的に雨が降り出すも、テントにあたる雨音を聞きながらパッキングを進める。だんだん雨が弱くなってきた438出発。走り始めてしばらくすると雨は上がりました。良かった。

 途中、道の駅しらぬか恋問で休憩して、916白糠、1020音別駅前に到着。音別を出てトンネルを二つ抜けた先の橋の上で、5060才くらいのチャリダーに会う。オートバイに乗ったライダーにはよく会うものの、荷物を積んで自転車を漕いでいる人はまったくと言ってよいほど会いません。道路の反対側同士で少し話をして別れました。

 翌年、私は再び北海道を訪れ、250ccのオートバイで道内を一周したのですが、やはり楽ちんです。一日に500㎞、600㎞走っても大して疲れません。それが自転車となると毎日100キロ少し漕ぐのが本当に大変です。しかしその充実感は良いものです。オートバイでは風景があっという間に過ぎてゆきますが、自転車の速度なら程好く景色を眺めながら行けるからです。そして肉体的な充実感も味わえます。ヒザが痛いのは困りものですが。

 13時前に浦幌に到着。帯広で有名という豚丼をここでまず食べました。当時、BSE問題で牛肉の輸入が制限され、牛丼チェーンが豚肉の丼を出した際に、たしか帯広では昔から豚丼があると知られるようになった ことを覚えています。Dscf0063

 豊頃を通過し、1515に池田町のワイン城に到着。白ワインを試飲。近くのハッピネスデイリーに寄りバニラさつま芋味のジェラートを食べながら、店員に温泉とキャンプ場の場所を聞く。残念ながら清見温泉は定休日。まきばの家というキャンプ場に着くとまた誰もおらず、Dscf0064離れたところにある受付も閉まっていた。構わずテントを設営しました。

 夜になって、何人かやって来てバーベキューを始めた様子。うるさくて深夜まで寝付くことができなかった。翌日は帯広に10時頃に着いてお店に寄ったりする予定なので、出発は遅めで良いのですが。

【第5日:帯広で豚丼 サホロリゾートへ】

77():池田 帯広 新得

サホロリゾート泊Dscf0065

 5時に目が覚めたが、しばらくごろごろと横になっていた。前夜と同様、スープだけの朝食を済ませ、7時過ぎに出発。9時前には帯広駅前に到着。

 まずは六花亭本店で詰め合わせを注文し自宅に発送。本店のみで売っているというサクサクパイを食べました。

 豚丼のお店「ぱんちょう」は11時開店なので止めて、駅構内にある「ぶたはげ」というお店で豚丼を食す。おいしい。10時半に帯広を発ち、御影駅、十Dscf0066勝清水を過ぎ、新得温泉に寄る。サホロリゾートの手前にあるそばの館というお店で、そばを食べる。うーむ、おいしい。

 サホロリゾートに寄ったのは、リゾートするためではなく、キャンプするた め。体育館で受付を済ませ、この日はここで泊まりました。キャンプ代は無料。

【第6日:富良野】

78():サホロ 狩勝峠 樹海峠 ~富良野 美瑛 西神楽Dscf0067

 3時過ぎ起床。出発しようとしたところポツポツと雨が降ってきた。雨具の用意をしているうちに止んでしまったが雨具を着て発つことにする。514狩勝峠。つらい登りだった。ただしガスDscf0080 Dscf0081 Dscf0083  で視界はゼロ。雨も少し降っている。幾寅の道の駅で休憩して、7時に樹海峠を通過。東山やなぎを過ぎ、いよいよ富良野の平野に入って行く。

Dscf0084Dscf0085Dscf0087途中でメロンやメロンパフェ、チーズ工房というお店では牛乳を飲んで、チーズアイスを食べました。町営ラベンダー園ではカラフルな花々がDscf0088咲いていました。 綺麗なものです。道ばたで、学生っぽい男が ヒッチハイクをしていた。「旭川」と書いたボードを掲げていました。誰か乗せてくれたのでしょうか。

フラヌイ温泉に寄り、美瑛の富川食堂というお店でトンカツ定食Dscf0096Dscf0091を食す。パッチワークの丘にも寄って、 ゴールの旭川もいよ いよ近い西神楽キャンプ場に到着。地 面が傾いていてあまり良いところではない。

【第7日:三浦綾子記念文学館 そして旭川にゴール】

79():西神楽 三浦綾子記念文学館 旭川(

ホテル泊)

 4時半起床。雨がザアザアと降っています。結果的に昨日のうちに距離を稼いでおいて正解でした。しばらく雑誌を読んで時間をつぶし7時半に雨の中を出発。Dscf0098

9時半に三浦綾子記念文学館に到着。雨具を脱いで館内に入ると、館長の三浦光世氏(故三浦綾子の夫)がキリスト教系の学校と思われる子供たちにお話しを始めるところで、一緒に聴かせてもらいました。三浦綾子が朝日新聞の懸賞小説に入選した時のことなどをお話ししていました。その後、サイン会があるというので、「道ありき」の文庫本を買ってサインしてもらいました。光世氏は三浦綾子の小説作品を口述筆記することでサポートされていたとのことです。

さて、旭川といえば旭川ラーメン。みづのと蜂屋の2軒はしごして、15時にホテルにチェックイン。往復の航空券とホテル一泊がセットだったのです。部屋の中で濡れたものを広げて干しました。ホテルを出て、料酒屋しれとこというお店に入り、ビールを手始めに、刺身、ホタテ焼き、トンブラー、タコに塩辛、日本酒もいろいろ4合も飲んでしまいました。長い長いサイクリングを終え、北海道最後の夜とはいえ、飲み過ぎてしまいました。でもお酒はおいしかった。

【東京へ帰る】

710():ホテル~ 旭川空港

東京

 この日はメモに記録していないので詳しいことが分からないのですが、自転車を漕いで行ったか、自転車をまとめて空港までバスで移動したのかも知れません。ちょっと記憶があいまいです。いずれにしても空路東京に帰りました。帰宅後、女満別から旭川まで一週間で走った経路を地図でたどり、総走行距離を測ったら約700㎞。一日平均100㎞ということになりました。ぶっつけ本番の長距離サイクリングしては上出来だったと思います。

 しかしサイクリングはこれで終わらず。翌8月には1,000㎞をひた走る旅に出ました。

北海道サイクリング旅行記3

【第2日:羅臼岳登山 そして知床半島横断】

74():ウトロ 岩尾別温泉から羅臼岳(往復) 知床峠

羅臼泊

 午前3時過ぎに起床。まだヒザが痛い。4時過ぎにキャンプ場を出発し、ヒザの痛みに歯を食いしばりながら何とか岩尾別温泉のホテルの前に到着。そこに自転車を停め、いよいよ羅臼岳登山開始。535

 前日の駐在Dscf0024  所のお巡りさんに会う。熊除けの鈴を用意しなかった代わりに、自転車のベルを外して手に持つ。一人で歩いている時は心細いので、時々チリーンチリーンと鳴らしながら進んで行きました。途中、栃木県かDscf0029ら来たという年配の男性と話しながら行きました。雪渓を登り、8時前に羅臼平に到着。さらに840に山頂に到着するも 、強風とガスで視界はゼロ。1140に岩尾別温泉に戻り、駐車場の下にある滝見の湯という無料の露天風呂に入る。気持ちよい。

 12時半に出発して、再び国道334号に戻ったところにある知床自然セDscf0031ンターで、ガスカートリッジを購入。そして、ここから標高740mの知床峠越えに挑みます。この峠まで登るのも本当に大変でした 。ヒザが痛くて、自転車を手で押しながら登って行きます。必死の思いで1510知床峠に着きました。濃霧が立ち込めていて寒い。羅臼岳は見えません。Dscf0042

 峠からの下り坂は快調。スピードが出過ぎてカーブで転倒しないように気 をつけないといけません。それにしても高速で走れるのは気持ち良いものです。途中、羅臼岳を見ることもできました。16時前に熊の湯という温泉に到着。ここも無料ですが、お湯がめちゃくちゃ熱い。長く入っていられ ません。Dscf0043

 羅臼の町にある道の駅に寄ると観光案内のカウンターがあり、案内所の人にずばり「近くで安い宿」を聞く。それなら志賀旅館というのDscf0045があると教えてくれました。ちょっと有名な宿らしい。素泊まり3,000円のところ、寝袋持参ということで半額にしてくれDscf0046  ました。宿のオヤジは一見粗野な感じですが、丁寧に館内を案内してくれたし、マットや毛布も貸してくれました。感謝。

 宿のオヤジが経営しているという「いさり火」という店で夕食。おまかせ定食というものにして、ビールを飲む。うまい。おDscf0048通しはいきなり毛ガニ。それからホッケ焼き、イクラの和えもの、刺身などで2,300円。宿に戻って大部屋で寝るが、同室のライダー二 人はあとで別室に移った様子。他にも部屋が空いていたらしい。旅館のお風呂に夕食後に入浴して就寝。サイクリング2日目を終え、なんとかここまで来ることができたという感じ。

【第3日:開陽台 そして釧路湿原へ】

75():羅臼 開陽台 中標津 虹別 標茶

塘路泊

 315に起床し、また入浴。宿を出発する際、宿のオヤジにイカの一夜干Dscf0051しをもらう。感謝。親父に見送られながら4時過ぎに出発。国道335号から道道11Dscf005445号、975号を行くので、しばらく内陸を進みます。直線の道路が何kmも続く。915に開陽台という展望台に到着。さらに1030、中標津のすしロードという回転寿司屋 に着くが残念ながら開店前。回転を待たず、道道13号を走り虹別へ向かうこ とにする。計根別、虹別と過ぎ、1410標茶に到着。セイコーマートの前で休憩。それにしても北海道は広いなあ。

 途中、シロンドー温泉に寄って、17時過ぎに塘路のキャンプ場に着く。テントのペグを打つための石を探しに荷物から離れたすきに、標茶で買っておいDscf0061たカップ焼きそばをカラスに奪われるハプニングが発生。逃げるカラスを走って追いかけたが、塘路湖の湖畔で残がいを見つけた時にはもう中身は空っぽだった。くそっ。

 さらにテントを張っているうちにポツポツと雨が降ってきた。キャンプ場には他には誰もいない。再び自転車を漕いでカップ焼きそばを買う。雨が強く降ってきて、明日の天気が心配になってきました。東京を発つ前の天気予報のとおり、明日は雨かも。しかしウトロや羅臼よりは寒くありません。明日は、時間と距離を考えると、釧路の街は朝早過ぎて通過するだけになりそうです。

北海道サイクリング旅行記2

【第1日:ウトロへ ヒザが痛い~ !!

73():空港 小清水原生花園 オシンコシン滝 ウトロ(しれとこ自然村) カムイワッカ湯の滝(往復)

ウトロ泊Dscf0004

 320に起きて出発。いよいよ長い長いサイクリングの始 まりです。Dscf000550kmを走り、650斜里町のローソンに到着。そこでソバを食べる。国道334号を走り続け、いよいよ知床半島へと入って行きます。左手にはオホーツク海が広がっていまDscf0008  す。途中、オシンコシンの滝を見物。大型バスで来た観光客がたくさんいます。

 そして、1100にウトロの町に着きました。この日の今後の予定は、テントなどの荷物を置いてカムイワッカ湯の滝を往復してウトロに戻って泊まるというもの。

まずは、観光案内所に寄って情報収集をしました。近くのキャンプ場のことからカムイワッカ湯の滝、羅臼岳登山のことを聞きます。ちょうどそこに年配の男性ハイカーがやって来て、羅臼岳は熊が出没して入山禁止と言います。それが本当かどうか案内所の人が山小屋に問い合わせてくれて、そんなことはないと分かりました。しかし、念のため警察に確認したほうが良いとのアドバイスから、駐在所に寄りました。駐在所でも、入山できることを確認して、入山届を提出。そのあと、食堂で鮭イクラ丼を食べる。1,600Dscf0010。ちょっと出費です。Dscf0011

しれと こ自然村というキャンプ場にテントを張って、余計な荷物は皆テントの中に残します。正午少し前にキャンプ場を出発。ここまで長い距離を漕いできたので、じつはウトロに着くずっと前からヒザがものすごく痛くなっていました。この北海道サイクリングは、 このヒザ痛との戦いといっても過言ではありませんでした。

ヒザが痛み、上り坂があまりにもつらく、ところどころ自転車を押して歩きました。こんな調子で最終目的地の旭川まで行けるのでしょうか?帰りの飛行機の便が決まっており、一週間で本当に旭川まで行けるかどうか分からなかったので、時間切れの際は途中から鉄道に乗って旭川に向かうことも考えていました。

国道334号から分かれ、道道93号に入ります。途中からダートになり1330頃にようやくカムイワッカ湯の滝の入口に到着。バスで来た観光客もいます。すぐに500円でワラジを借ります。仮設の更衣室があり、持参した海パンに履き替え、上はTシャツ。足回りは靴下の上に借りたワラジを履きます。防水袋に財布とカメラを入れて、いざ出発。Dscf0016

ここでお金をケチってワラジを履かないと後悔します。素足やサンダルでは沢を遡行していくのに滑ってしまって大変です。そういう人達が木の枝をつかみながら恐る恐る登って行くのを横目に、私はお湯 が流れる沢の真ん中をペタペタと進んで行きます。ワラジだとまったく滑らず岩に吸いつくような感じです。後年、私は専用のシューズを履いて沢登りをすることになりますが、初めて履いたワラジは新鮮でした。ワラジを作った先人の知恵に感服。それから素足に履くのではなく、靴下の上から履いたほうが擦れて痛い思いをしないで済むでしょう。Dscf0018

10分もしないうちに中段の滝つぼに到着Dscf0020  。入浴するもお湯はぬるい。そこから上流はロープが張ってあって、暗に立ち入り禁止のようですが、構わず遡行。滝つぼの右側のスラブを登り5分ほど行くと、誰もいない滝つぼに到着。深いので注意。ワラジを返して着替え、Dscf00231510分帰途につく。途中、エゾシカの群れに遭遇。というかシカは何度も見かけることになり珍しいものではない様子。1700にウトロのキャンプ場に戻ってテント泊。それにしてもヒザが痛い。

北海道サイクリング旅行記1

20047210

 女満別  知床  釧路  帯広  富良野  旭川

 取り立ててサイクリングが趣味というわけではない私が、思い立って一週間ほど北海道をサイクリン グしました。

しかし、長距離を漕ぐトレーニングをまるでしないで、テントなどを積んでいきなりの北海道は本当に大変でした。それに、サスペンションのあるMTBは路面の段差を吸収してくれる代わりに、踏み込む力も吸収してしまい、長距離には不向きだということも走り始めて気付きました。

それでは、当時記録したメモをもとに旅行記を書きます。(後年、20096月記)

【準備】

 私は登山が趣味なので、寝袋やテント、雨具などはひと通り揃っています。

 今回のサイクリングにあたり荷台を取り付け、さらにハンドル前面のバッグ、後輪両側のサイドバッグ2つを買いました。バッグ専用の雨よけカバーも。

 4月に遭った交通事故の反省からヘルメットも購入。パンクに備え修理キットや空気入れ、工具類なども揃えました。その他いろいろ。

 自転車は前後輪をばらして輪行シートという袋に包んでおきます。

【北海道へ出発 !!

72():空路、北海道へ。女満別空港に到着

 梅雨の本州を離れ、いざ北海道へ。仕事も一週間休みました。

 午前中だけ仕事をして帰宅。家族に車で最寄り駅まで送ってもらい、16時頃、羽田空港に到着。

 自転車本体とリアサイドバッグ2つを預けました。手荷物検査ではスパナなど工具類を出してチェックされ、ビクトリノックスの10徳ナイフも預けることにDscf0001_2

 1810離陸、1930着陸。あっという間です。

 空港の建物の外で自転車を組立て、空港敷地内にテントを張って寝ることにしました。すると15分して警備員がやってきて、空港の門を閉めるので敷地の外に出るよう言われ、仕方なく移動することに。その人が親切に車で私の荷物を門の外まで運んでくれました。すぐDscf0003に空港を取り巻く柵のすぐ外でテントを張り直し、2120就寝。

みなさん、自転車に乗るときは十分気をつけましょう!!

~ 九死に一生を得た私の交通事故日記 ~

 20043月、ゲイリーフィッシャーというメーカーのMTBを買いました。約10万円。悪路を走りたいわけではなかったのですが、昔からMTBに乗ってみたかったので。

 普通に舗装路を走るには、ボコボコと凹凸のあるタイヤは路面に噛みつき過ぎて漕ぐが疲れます。せっかくMTBだというのにすぐに舗装路用のタイヤに付け替えました。

 買ってすぐの43日、荒川の堤防を走っていて交通事故であやうく死ぬ思いをしました。

東京足立区の鹿浜橋(7)をくぐって車道を横断するところで、気が付くと目の前に10tトラックがいました。そして正面衝突。トラックがこちらに気づいて停止する直前だったとはいえものすごい衝撃で、自転車は車道側に、私は自転車歩行者道側に飛ばされました。

路面に叩きつけられ、そのまま頭を先にしてやや左向きの仰向けの状態で、私の身体は路面を滑っていきました。その先には、自歩道と車道の間に車両進入止めのポールがあります。ビデオのコマ落としのようにポールが眼前に迫ってきます。刹那、60㎝ほどの間隔の2本のポールの間をすり抜けました。

ポールのどこにも身体をぶつけることはありませんでした。間一髪でした。3mくらいは路面を流されたようです。救急車で運ばれた鹿浜橋病院では、はでに擦りむいた腕や膝を消毒してガーゼを当てるだけの治療で終わりました。骨折もありません。

思い返すと、あの場面で死んでいてもおかしくはありませんでした。頭からポールに衝突していたら無事で済むわけがありません。それが頭も身体もポールにぶつけることはありませんでした。九死に一生を得た思いです。西新井署の警察官にも、路面で頭を打って脳挫傷になってもおかしくなかったと言われました。

あわや死んでもおかしくない場面で、痕が残ったとはいえ擦り傷程度で済んだこと。これはどういうことなのか?

失っていたかもしれない自分の命を後生大事にして生きるか、一度は死んだと思って無茶してもいいか?

事故後、しばらくそう考えていたものです。5年経った今でもよく分かりません。

後年20096月記

2017年5月
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